【12】緑の行方
ノアは住処でもある、大図書館を見渡した。
他からみればどこに何があるのかさっぱり分からないし、世界標準語以外の地域言語で書かれた書物は読めない物ばかりだ。今となっては他の国に合併され、滅びた言語もある。
世界の歴史を紡ぐ場所――大図書館とその主であるノアは、どこに何をしまっているのか全て把握している。その大図書館を見渡した。
もはや違和感を感じなくなりつつあるが、またどこからともなく本棚から1冊の本がひとりでに飛び出し、ノアに体当たりする勢いで飛んできた。
抱きかかえるほどのサイズのあるその魔導書は、自分の存在をアピールするようにノアの周りを飛び回る。そんな本に、まるで頭を撫でるような仕草でノアは表紙を叩く。
「……確かに、人の居場所を特定する超魔術もあるんだけどね」
ため息交じりにそう呟く。
「そうなんですか!?」と目を輝かせるサク、トワ、ヨウをみて、ノアは苦々しく笑う。あるのに使わない、使えない、その理由を知っているヒトオミはノアと同じように苦々しく笑った。魔導書も理由を知っているので肩を落とすかのように高度を落とした。
「お嬢さんを助けたい一心の少年達には申し訳ないけど、使ってあげることは出来ないよ」
なんで?3人が首をかしげる。
「んー……」とノアは言葉を濁すように、頬を掻く。
「私が魔術を使うと、いろいろと厄介でね……。魔導師だからって言う理由なんだけどさ」
「魔具を作れることが、何か問題なんですか?」とヨウ。
「魔導師の本職は魔具を作るだけのことじゃないよ」
はて何のことやら。学園で教えてもらっていない事実に、3人は首をかしげる。
『だから検索かけなさいよ……』と無駄だと分かりつつも口にするのは、もちろんエイティである。
「私はね、魔導書がなければ君たち以下だよ。魔術が使えないからね」
表面上の言葉は理解できる。だがそれの本質を理解できているのか、多分できていないのだろう。3人は首をかしげたままだった。
「ハ?」とヨウの口から素っ頓狂な声が出る。
「ただし、魔導書があれば何でも出来る。媒体とかそういうの気にせず、何でも」
ふむふむと頷いてはいるが、本当に理解できているのはサクだけなのだろう。ヒトオミは友人達の姿を見てまた苦笑する。
「君たちが扱うような小さな魔術から……膨大な魔力を消費する大魔術、国一つ大陸一つを巻き込めるような超魔術、禁忌と言われる黒魔術、他にも沢山。言葉通り、何でもね」
サクの目が好奇心で煌めく。
「本当に、何でも?」と弾むサクの声色に、「そうよー」とノアは返した。
大して、他2人の顔がこわばったまま固まる。詳細が理解できているのかは不明だが、おそらく「黒魔術」という響きに戦いたのだろう。
「何でも出来るから、私が魔術を使うと厄介なのよ。超魔術や大魔術を使って何かやったんじゃないのか?って世界中が慌ててしまう。大混乱に陥ってしまう」
「使ったことを察知されちゃうんですか?」と相変わらず弾んだ声のサク。
「もちろん生活していく上で魔術に頼る分は問題ないの。ただ、超魔術、大魔術ぐらいの規模になると、今や使えるのは私ぐらいだからね。疑うのは簡単よ」
「……東雲さんを探すのには、その規模の魔術が必要って事ですか?」
ヒトオミが聞くと、ノアは慰めるように小さく笑った。
「私は死んでも魔導師だからね。魔術に頼らなければ、君たち子供となんら違いはない。それだけ。私が見つけられないだけで方法は山ほどあるはず」
他の考えを探そうか、というノアの提案に、4人は黙って首を縦に振った。
だが、案はない。
探すにも彼女の場所は探知できない。
GPS機能も使えない。
魔術が妨害されると言うことは、こちらからのアプローチを遮断すると言うこと。それを利用して、魔術が使えなくなる場所を虱潰しにするのもない手段ではないが、そんな広範囲で魔術を張っているはずがない。他に気づかれる恐れがある。なるべく小規模に、それも目立たない場所だろう。
「当然だけど、屋外ではないだろうね」
ノアがいう。浮かんだ物から片っ端に潰していこうという魂胆だろう。
多分屋内だろう。なら他人が入ってこないような場所なのも間違いない。
「足が付くことを避けるだろうから、自分の領地に連れ帰ることはない」
「どこか、別の領地ですかね?」
「どうだろ……。国によって警備体制は異なるから、見ず知らずの土地だと怖いんじゃないかな……」
独裁国家【火宮】と並ぶ四大国家の一つ、軍事国家は一度密偵に入られたとき以来国内の人数を定期的に――下手したら1日に一度、確認しているらしい。これは大げさだが、下克上を企む国や、企まれていることを自覚している国はそれぞれの方法で自衛している。
なら残された陸地は【
陸じゃない海のはずがないし、人類の生活範囲外は先代人類が戦争をした際の毒ガスで満ちたままだ。
「東雲のお嬢さんを気絶させて、その後は転移したんだっけ?」
はい、と頷く。
「私が睡眠効果と転移を付加した魔具を渡した相手の『色』は『黄』だった。『赤』ほどではないけど飛べる範囲は狭いはず」
「他の人に渡したとかって言う可能性は?」
サクが聞くと、ノアは「ないね」と即答した。
「私は魔具を作る際に、頼まれた魔術の他に、その依頼人にしか起動できないような術式を混ぜてる。碌な事に使われないとは分かってるけど、悪用されないように――例えばマフィアに密売されたりとか、できないようにしてる」
「でも、その『黄』が転移で離脱した後、別の人の手で遠くに移動したとか……」
「それなら、はじめっから『青』か『藍』あたりの魔術師で作戦を遂行すべきよ。なんでそうしないのかは、分からないけれど」
単に人材不足なのか。
「……【火宮】領の一番近い【
ノアが軽く手招きをすると、今度は世界地図が飛んできた。
見やすい高さで滞空するがどうも見慣れた地図と少し異なる。
「最新のやつでおねがいよ」とノアが言ったので、少し昔の地図なのだろう。ここにならあってもおかしくないし、今見た地図よりも古い地図すらありそうだ。
ノアの言葉で、別の地図が飛んでくる。今度はみたことはあるけれど、どこか違和感のある地図だった。
「これ私がかいた奴じゃん。ちがーう、一般的なやつ」とノアがいうと、また別の地図が飛んできた。
今度はマップ機能で普通にみることが出来る一般的なものだった。
先に飛んできた2枚は、肩を落としたように低空飛行をする。
「かまってやれなくてごめんよ」とノアは手のひらをあわせた。
「……やろうと思えば、『黄』でここまで転移できるのかなぁ?」
そう呟いた後、トワのほうをみて「どうかな?」と尋ねた。
不意に声をかけられ、「うぇ!?」と声を上げ、それからノアが指さす地図をみた。
「……『緑』寄りなら、いけなくもない距離かもしれない、です」
トワは歯切れ悪くそう言った。
「足が付かないように遠くににげるんじゃないですか?」とサク。
「でも、もし誘拐することだけが目的なら遠くに運ぶ理由はない……はず」
ノアは首をかしげて唸る。
【東雲】の人間を攫うだけが目的なのだとしたら、その事実だけが重要で他に重点は置いていないはず。強いて上げるのなら、足が付かない方法か。
攫えて、探されにくい。
それさえ満たせばいいのなら【火宮】領内に八重を隠すだけでもなりたつ。
【火宮】領から【東雲八重】が拉致された――その事が得られれば良い。
発見が遅れれば、それは【火宮】と【東雲】だけの問題でない。東雲が世界に重宝されている。どの【国】も【東雲】の恩恵を受けたい。ならば、恩を売っておこうと世界中が【東雲八重】の捜索に入る。
世界が許可を出せば、ノアの超魔術だって使える。そうすればすぐに見つかってしまう。それだけは避けたいはず。
ならば、遠くまで運ぶ理由はない。もし【火宮】が八重の居場所を探せて、それをその近くの【国】に伝え捜索を依頼すれば、それこそ最悪なパターンだ。
誘拐犯がどこで線引きしたかは不明だが、そこまで長引かないようにしているはず。それでいて自分たちがばれないようにしている。
「――最悪、東雲のお嬢さんが、自分の足で帰れる距離……」
八重が家に帰りさえすれば、事は終わる。
「それなら、やっぱり【火宮】領の周辺だよ」
「なんでです?転移もあるし、交通手段もある。マップを見ればナビで帰れる」
「学園内で攫われたのなら、お嬢さんが来ているのは制服でしょ?当事者の君たちはいまいち分かってないかもしれないけど、その制服、【他】じゃ死ぬほど目立つからね?」
4人は自分たちの格好をみる。
確かに移動中視線を感じたのは事実だ。
先代人類の遺産である【システム】を使えば、現代の人類は勉学をする必要性は少ない。【システム】を使えばその知識は得られるからだ。人が教えなくとも【システム】で自ら学べる。
学校や学園という子供を教育する場を作ったのは【火宮】が先駆者だ。勉学の他にも、知識、歴史、世界情勢、そして魔術を教えている。【火宮】の魔術師は質が良いと有名なのはそれが理由だ。それを受けた【他国】は教育の場を導入しつつあるが、それでも【火宮】には劣っている。
そして、文化祭や体育祭では【他国】へ向けて学園内を開示している。世界最高峰の教育の場の制服だ。有名でないはずがない。
仮に八重の姿が遠い場所で見られたとして、【東雲】の娘だと分からなくても【火宮】の学園の生徒なのだと分かれば、何故【火宮】の生徒がこんな場所に?と疑問に思われる。
八重の性格上自分の身にあったことを言いふらすとは思わないが、そう判断出来るのは八重の性格を知っているからだ。八重の性格をしっていない誘拐犯は、端的に東雲の他の娘達――八重の姉達のことを思うだろう。傲慢で図々しい。
その性格なら言いふらしかねない。
八重の姿を遠くまで運ぶのはリスクが高すぎる。
「場所は、【火宮】周辺の【
ノアは割り切るようにそう言った。
「【火宮】領内ってことはないですか?」
ヒトオミは首をかしげる。
「……誘拐されたって事実だけあればいいのも事実だけど、けど、優れた『藍』である【火宮和妃】のいる領内って可能性は低いかなって思ったの」
『藍』は空間を支配する能力に長ける。
和妃が掌握できる空間の範囲を他者は知らない。知らないなら恐れるに違いない。領内全てを掌握できる可能性だってあるからだ。
そうすれば、穴が開くように魔術が弾かれた場所を特定されてしまう。
「……あれ?問題ないのでは?」
ノアはヒトオミと同じく首をかしげる。
早期発見でもかまわないのなら、何の問題もない。足はついていないのだから。
「……いや、でも東雲さんの姿を隠すのを目撃される恐れがあるかも」
ヒトオミは先ほどかしげていたのとは逆の方向に首をかしげる。
「……1日以上同じ魔術を張ってるのは難しい。となると、妨害をしているのは遮壁魔方陣かもしれないね」
「……魔方陣となると、発動前も発動後も魔方陣がその場に残ってしまう」
「……【火宮】領内にそれをおいておくの?それはなんていうか……心臓に毛、生えまくってるね」
「……やっぱり【
「そう思うー?」
うーん、と2人は考え込む。
【中立区域】の可能性は十分高い。だけれど、決め手がない。
仮に【中立区域】だったとしても、その数は複数点在する。どの場所なのか。
「あの……もう全部行ったらええんとちゃう?」
妙に乱れた髪を直しながらそう言ったトワに、考え込んでいた3人が顔を上げる。ヨウは宙に浮かぶ地図とにらめっこをしていた。
「今のとこ候補は2つでしょ?だったらここで考えてるより行った方が早いんじゃないの、っていやそれはお前基準やろ」
上を見ながらトワが言った。もちろん独り言ではない。
「精霊さんでもいるの?」とノアが問うと、ノアの前髪付近でパチンと光が弾ける。
「……光属性の魔。【火宮】領の外れに位置する【久遠の森】の方かな?」
トワが目を丸くして、また上を見上げるようにする。ノアもその視線をなぞるようにして、トワの頭部に目を向ける。
今の今までずっと姿を消していたエイティは再び姿を現していた。
『「青玉の魔女」――アナタは知識があるだけで知能が高いわけではないでしょ?所謂脳筋』
「それは痛いとこを突かれたな」
ノアは頭の後ろに手を回し、「あはは」と潔く笑った。
「うん、その通り。私にはこれが限界みたいだ、ヒトオミ君」
申し訳ない、そう言ってぺこりと頭を下げる。
床に付きそうな程長い白い髪が肩よりも前に垂れてくる。
「あ、いえ、急に来て、こっちこそ謝るべきでした」
「いつでも急に来て良いよ。もちろん、そっちの3人もね」
今度は普通に遊びに来てよ、とノアが手を振ると宙に浮いていた本や地図やらが歓迎するかのように上下に、左右に、揺れた。
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