【10】口碑の青玉
◇
「やっべ、風紀委員だ。姿隠せ」
ヨウは廊下の端にある太い柱に背をくっつけ、まるでスパイのように背後の様子を窺う。
そんなヨウの姿を他3人と精霊エイティは白けた目で見守る。
風紀委員が取り締まるのは怪しい生徒のみ。
「そんなことしてるからお前は捕まるんや」
「なんでやねん」
「今のお前の姿やばいで?怪しい塊そのものや」
「ノリ悪いわーこの人達。風紀委員の目をかいくぐって侵入するシーンじゃん」
「その感覚って親の目盗んで悪戯する子供と同じだよねー」
「遠回しに精神年齢低いってディスってんだろ、サクてめぇ!」
「それは被害妄想の極みでしょ」
いじる2人に反論をするヨウの声は廊下に響くぐらいの声量がある。
風紀委員達も手がかりを掴めず参っているのだろう。疲労を滲ませる顔色で、こちらを呆れた目で見ているあたり、「あぁまたあいつがなんかやってんな」ぐらいに思われてるのかもしれない。
『この先がアナタ達の教室?』
エイティが外にはねるヒトオミの髪を引っ張る。
「こっから3つ先にあるのが俺らの教室」
『緑の少女がそこを出たのは間違いないのね?』
「うん、そのはず」
『とりあえず、教室まで行きましょ』
そう言うと、エイティは誰よりも先に教室の前まで飛んでいき、速く速くと小さな手を招く。
ヒトオミが先頭を歩き出すと、その後にサクとトワが続く。
「お前ら、あっさり俺のこと置いてくのな」
「誰もお前に興味ないねん」
「いじけるわー」
柱の陰から姿を出し、ヨウは3人の後を追う。
『彼女が教室を出た時刻、大体でいいから分からないの?』
「昨日の放課後だから、4時ちょっと前とかだと思う」
『OK』
エイティは歩いてきた4人と向き合い、目を閉じ、彼らに向かって小さな両手を伸ばす。
そして、特に何か言うこともなく準備をする動きもなく、再び目を開ける。瞬間、世界が巻き戻った。
廊下の窓から差し込む日差しの色は、オレンジ色に上書きされる。
どことなく白濁した見慣れた廊下に、緑色の髪をした少女が教室から出てくる。
教室の後ろのドアから出てきて、教室内に手を振っている。おそらく友人と会話をしているのだろう。
――『ヤエちゃん、なんか急ぎ気味だね』
どことなくくぐもった声だが聞き取れないほどではない。
――『ちょっと人を待たせてて』
八重はそう返事をすると鞄を持ち直し、ドアを出て左の方向へと、ヒトオミ達をすり抜けて小走りで去って行った。
『追うわよ』
エイティのその言葉に、4人は八重の後を追いかける。
廊下を進み、一番初めに見えてきた階段を下る。下の階の廊下に着くと、また反対側に回り階段を降りなければならない。
事はその道中に起きたらしかった。
ぷつん、とまるで操り人形のひもが切れたかのように八重がその場に崩れ落ちる。今見ているのが過去の映像なのは分かってはいるが、支えるために思わず手を伸ばした。
がくり、と膝から崩れ落ちしゃがみ込む八重。
反対側から歩いてきていた普通科の制服を着た少年が、そんな八重の肩に手を伸ばす。大丈夫か、そう確認するのではなく、そのまま転移の魔法で姿を消した。2人の姿が目視できなくなると、エイティの過去映しが解かれた。少し曇っていた視界が元に戻る。
『今のがあらましね』
「俺には紙も魔方陣も見えなかったわ』
一番後ろにいたヨウの言葉に、トワが「そういやそんな話やったな」と付け加える。
「どう思う?ヒトオミ君」
サクに意見を求められ、軽くそちらに目を向ける。つかみ所がないため、サクには真相が見えているのかいないのか、いまいち分からない。
エイティも試すように此方を見ているようだった。
「『魔具』だと思う」
「『魔具』かぁ……」とサクが唸る。
意見の食い違いを指摘していると言うよりは、知識を吸収しているようだった。ちらりと上に目線を向けると、『妥当ね』とエイティは素っ気なく呟いた。
「マグ?」と訛り口調。それに続いて「なんそれ、マグカップ?」とどこか投げやりなヨウの口調。聞き覚えがないのだろう。
「魔術を記録した道具だよ」
『ニンゲンなら【システム】に検索かければ?』
【システム】には全ての知識が詰め込まれている。その情報の全てを誰しもが閲覧できるわけではなく、機密事項とも言える先代人類が隠蔽したい事実にはアクセスの権限が必要となる。
だが『魔具』は一般権限でも知ることの出来る常識の範囲にある道具の名前だ。
「かたっ苦しい言葉で書かれてて分かんねぇもん」
「せやな」
『向上心のないニンゲンねぇ』
ヒトオミは苦笑いをしながら、また口を開く。
「さっき話してた紙の魔方陣と同じで証拠を残さない方法の一つだよ」
「魔術を記録って言ってたね。何にでも記録できんの、それ」
「できるよ。ただし、俺らにはできない」
「ほえ?」
「魔術師じゃなくて、魔導師にしかできない芸当だよ」
ヨウとトワはそろえて首をかしげる。別に知ってても知らなくても差し支えのない知識なので、ヒトオミはそれ以上説明する気は無く口を閉じた。混乱させるだけだ。だが、サクの好奇心には火を付けたらしかった。
「付加ってこと?」
博識なサクに聞かれるとは思ってなかったヒトオミは数回瞬きをしてから、また話し出す。
エイティが『【システム】使いなさいよ……』と飽きれるように呟いた。
「付加は原則魔力の持つ物にしかできないから、ちょっと違うと思う。魔力を持たない物に魔力を与える――それが出来るのは魔導師だけ」
「へぇ。じゃあヤエちゃんを連れ去った彼は魔導師?」
「いや。魔導師は魔具を使えないから連れ去ったのは魔術師」
「……じゃあ協力者的なポジションで魔導師がいる?」
「全否定は出来ないけど、確率は低いと思う……。魔導師はそんなに多くない」
「へぇ!そうなの?」
「相手の活動拠点がどこかは知らないけど、【火宮】周辺にいる魔導師は今のとこを一人しかいない」
「随分とすくないね」
「魔導師であることを隠してる人は沢山いるから本当かは分からない。けど、話を聞きに行くのは……無駄じゃない、と思う」
「お、その口ぶりは、まさか知り合いだったりしちゃう?」
話を聞いて興味がわいたのか、サクの口が弧を描く。
興味があることだったら悪事にだってひっついていきそうだ、そんなことをぽつりと考えながらヒトオミは「まぁね」と答える。
「じゃあ行こう!その魔導師さんが最近何の魔具を作ったか覚えてれば、その人の顔を覚えてれば、進展になるじゃん!」
そう都合良くは行かないとは思うが、行き詰まってしまったことには違いない。男子生徒の格好をしていたが、おそらく擬態だ。その案を外して考えたとしても、その男子生徒を探して話を聞くよりかは魔導師の元に行った方が幾分かマシに思える。
全てがまねごとだ。
自分はこういうことに疎い。
◇
【絶対的中立機関】こと通称【ミドル】に統括された、絶対中立である区域【ブランチ】の一つに【大図書館】と呼ばれる、世界各地から必要とされている崇高な場所がある。
大図書館という名の恥じないほど膨大な数の魔導書が集められ、文字通り世界中の魔導書が集結している。それの管理、統括は大変で大掛かりで人手が必要だと思われがちだが、実はすべて1人で賄われている。
世界中からあてにされているその場所を担う人物ともなれば、世界中から信用された人物でなければならない。彼女はその条件を満たしていた。
有名人でも有名な革命家でも、有名な魔導士というわけでもない。
今この世に存在する人類の中で、彼女以上に世界を知っている人物はいない。
彼女が博識だというのも事実だが、単純に、世界のすべてを見てきたからである。
言い換えれば、今存在する人類の中で一番の最年長ということである。
そんな彼女に会うためには、彼女の家でもある【大図書館】に行かなければならない。転移で一気に行ける距離にあればいいのだが、そうはいかない。【大図書館】は世界のほぼ中心に位置している。【火宮】からでは少し距離がある。
転移は魔術師の腕で移動距離やその精密さが決まっていて、ならば複数回転移すればいいのだろうけれど、魔力の消費に伴い距離も精密具合も劣化していく。疲労の果ては動けなくなるので、そこまでして転移にこだわる理由もない。似たような理由で飛行魔術も却下である。
移動手段としては、普通に公共手段を使う。
機関車など地を行くのもいいが、障害物に遮られない空の道が案外楽だったりする。科学の結晶である飛行機ではなく、飛行魔術をふんだんに使った言うなれば空を行く機関車を利用して、【大図書館】まで来た。
「精霊パワーで瞬間移動とか出来ないの?」
付いてきたエイティにヨウがそう尋ねると、エイティは間髪入れずに『無理ね』と答えた。
『ワタシ達はこう見えて飛行速度が速いのよ。転移なしでも十分間に合ってるわ。だから得意とはしないの』
そう言いながらトワの頭の上に座り込んでいる。
厳粛な大聖堂のような外観をする大図書館。
学園内にある図書館塔も十分大きな建造物だが、それなんかと比べものにならないほどの大きさに、初めて見たヒトオミ以外の3人は口を半開きにして見上げていた。
白を主体とした年季のある建物で、新品とは言えない古めかしさが味になっていて中に用事が無くとも見に来る人は後を絶たない。
段差の低い階段を数段上り、入り口に近寄る。
いったいどんな生物が入ることを想定して作られたのか、人の何倍もの高さのあるドアは、人が近寄るとほんの少しだけ隙間を空けて招き入れた。
四人とエイティが入ると、そのドアは蝶番の不調のような音を出しながら、ゆっくりと静かに閉まる。
中に入り、また3人は言葉を失う。
天のように高い天井。そしてそこまで届きそうな巨大な本棚が一定の間隔で並べられている。どの本棚も本がびっしり埋まっている。
「わぁお、ヒトオミ君じゃない。今日はいつもの3人とじゃないのね」
世界に誇る大図書館を一人で管理している魔導師ノアが本棚の陰からひょっこりと顔を覗かせる。
「お久しぶりです」とヒトオミは軽く頭を下げた。
ノアは両手で運んでいた本の山をバサッと、細い腕では想定できないほど高く宙に投げる。すると、本は宙に浮遊し、戻るべき場所めがけてまっすぐに飛んでいった。
片付けが終わると、ノアはヒトオミの方に歩み寄ってくる。
背丈は平均身長のヒトオミの肩付近までしかない。
青玉を思わせる青藍色透明の瞳の色。それ以上に薄い髪の色彩は白に近い。【火宮】の先代人類で言うところの和を主体とした文化にはない服を好んで着ている。
「どうした?珍しい」
年下の少女のような容姿と、それに似つかわしい声をしているが、どことなく貫禄がある。そんなノアの姿を3人はまじまじと見つめる。
「楽しそうなお友達。彼らは同級生?」
そうですとヒトオミが頷くと、3人はそれぞれ会釈をする。
「ヒトオミ君、この方は?」とサクが言うと、今度はノアが礼儀正しく頭を下げた。
「こちらの3人は初めまして。大図書館の管理人してます、ノアです」
この人がさっき言った魔導師ね、とヒトオミが補足するとヨウが本日何度目かになる奇声をあげた。
「うるさいわお前。図書館ならどこでも大声出したらあかんやろ」
「うえ!?だって、俺達より年下じゃ……」
「見た目はねー。けど、年は上よ」
「えっ……あのー、オンナのヒトにお歳を聞くのはシツレイだと存じますが、何歳……なんです?」
躊躇があるためか変な棒読みでヨウが尋ねた。それが面白かったらしくノアは笑いながら答える。
「ぶっちゃけ数えてないから正確な数ではないけれど、多分600ぐらいじゃないかな?」
「世界最高齢らしいよ」とヒトオミが付け足すと、3人は「でしょうね」と口をそろえた。
「ノアさん、人外なんですか?」
「ううん。私は人よ。不老不死の呪いを13歳ぐらいの頃にかけられちゃってね」
「……ってことは、魔女?」
「そうよー。まぁ、正確に言うと私は不老不死じゃないんだけどね」
サクの好奇心を刺激するのには十分だったらしく目を輝かせるが、ヒトオミはそんなサクの肩を少し強めに叩いた。目的は彼女の素性を聞くことではない。
「魔具についてなんですけど」
「作るの?学園は禁止じゃなかった?」
「そうじゃなくて。えっと……魔具についてなんですけど」
どう質問すればいいのか、勝手に混乱するヒトオミの様子を微笑ましそうに見守りながらノアは「長くてもいいから、一から話してちょうだい?」とまるで小さな子供に声をかけるように、そう言った。
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