【09】東雲の姉妹

「ヤエちゃんのお姉さんって……確か、六つ子じゃなかった?」


ヨウのその言葉に3人は頷く。

【東雲】の現当主に娘ができれば、それは世界的に報道される。【東雲】の付加魔術の技能は世界最高峰であり、右に並ぶものはいない。その魔術師の協力を欲する【国】は山ほどある。だから世界的に注目された。それは子が産まれる度、毎度のことだった。だが、今回はそれ以上に注目された。


あの【東雲】に子供が産まれ、更には珍しい六つ子の赤ん坊。

世界情勢に興味のない人々の目にも六つ子という存在は珍しく映った。


「その事の大きさに隠れて産まれたのが、東雲さんだよ」


八重の誕生ももちろん世界的に報道された。だが『六つ子』の前では霞んでしまい、あまり存在は知られていない。


「……あんまり表立って知らされないようにされてるって聞いたこともあるよ」

「へぇ、誰から?」ヨウの純粋な疑問にヒトオミは目をそらす。

「……ご本人から」

「ならヤエちゃんを狙ったわけではないってこと?でも計画犯なんやろ?」

「そうなんだよね……」とサクが唸る。

「……逆に考えるんじゃない?あまり知られていない東雲さんを知ってたって事は前々から【東雲】の能力を欲してたコアな連中なのかもしれないよ」

「え、それだと大分ヤバくない?【東雲】を雇うお金はないから強引な策に出たって……最悪、下克上を望む小国かもってことでしょ?」

「……、」


話の規模が膨らみ、ヒトオミとサクは顔を見合わせて苦笑いをする。

小国ならまだいい。四大国家を引きずり下ろそうとする都市国家なら、完全に戦争だ。


いまいち話の見えないトワはヨウに「どういうこと?」と視線を向けると、手のひらを上にして肩をすくめられた。


「分かんないけど、なんかヤバそう」

「そんくらい分かるわ」

「とりあえず犯人像?っていうの?それはひとまずおいといて、ヤエちゃんの身のこと考えようぜ?キリねぇもん」


それもそうだね、とサクは重荷から解放されたように小さく息を吐く。


「となると話は振り出しに戻って。えっと?いつどこで、って話にまで戻る?」

「放課後、約束の場所いく途中で、だろ?ってか場所どこよ」

「……校舎裏ですけど」

「まさか園芸部の花壇のとこ?めっちゃ綺麗なとこじゃん。ヒトオミ君やるぅ!まぁ僕は見たことないけど」

「なんやねんお前」

「じゃあ、『放課後、校舎裏行く途中で、簡易魔方陣を利用した何者かに攫われた』ってことか?」


そうなるね、と言ったサクにヒトオミとトワも同意する。

そのまま部屋には沈黙が漂った。


普通なら残留魔力を探せばいいのだが、それを可能にさせない手練れが相手だ。手っ取り早いのは『過去視』の魔術を使うこと。だが、時の関わる魔術は成功率が低い上に魔力の消費量が他と比にならない。他にも、『人捜し』の魔術もあるが、これは尋ね人が長年利用していた物を代償に見つけ出す方法だ。勝手に他人の所有物を消してしまう事は出来ないし、もし外れだった場合は結果が出ずに物だけ消えてしまう。ましてや学び舎にそんな大事な物を持ってきているとも思えない。


ふと、人の魔力を感知できると言われているビーストの存在を思い出す。人は魔術を介して他者の魔力を探し出すが、そのビーストは息をするのと同じように感知することが可能らしく、それならば妨害の魔術も苦にならない。

とはいえ、そんなビーストは簡単に見つからないし、第一【火宮】領の周辺にはビーストの一匹もいない。


「いたっ」


唐突に声を上げたトワを見る。

「何?足でもしびれた?」「んじゃ足伸ばしな」と言う2人にはトワの髪を引っ張る小さな存在は見えていない。


『もういい!直接ワタシが言うわ!』

「そんな唐突に出てってお前が信用されるわけないやろ」

『何よ!トワ、あんた自分のトモダチ信用できないわけ!?』

「そうは言っとらん。一般論や」

『ニンゲンの価値観を精霊ワタシ達に押しつけないで!』


唐突にしゃべり出し、唐突にばつの悪そうな顔をするトワに視えていない2人は首をかしげる。そんな2人の鼻先に精霊は飛んでいき、パチン!と光を弾かせた。


ヨウは「うおぉ!」とお化けにでも会ったかのように驚き飛び退く。対して、サクは少し肩を跳ねさせただけで「何かいるの?」と冷静にトワに尋ねる。


トワは髪を掻き、「エイティ」と子供を叱るように彼女の名前を口にした。

姿は人。大きさはわずか手のひらサイズ。背には羽が生えていて、光る鱗粉と共に空を舞う。

座布団に座る4人と同じ目線で滞空しながら、彼女は姿を現した。


「うおぉぉ!」とヨウが驚きと感動の混ざった声をあげた。

「これって……精霊?」とサクは目の前の小さな存在に指を伸ばす。

『ビンゴ!アナタの話はトワからいろいろ聞いてるわ、サク』


自分の前に伸びてきた人差し指に、精霊エイティは小さな手のひらでハイタッチをする。


「いろいろ?悪口かな?」

『人とは違う着眼点は素直に感心するわぁって、トワが』

「余計な事言わんでええねん」


トワは慣れた手つきでエイティの頭を小突く。『何するのよ』と頭を抑えるエイティはさほど痛がっているようにはみえない。


「待って待って待って。お前ら冷静すぎない!?精霊でしょ!?……えぇ!?精霊!?」

『Hi!アナタがヨウね!聞いてたとおり声が大きいのね』


本当に目の前にいるのか。そこに存在しているのか。確かめるように指さすその爪先にエイティは軽く口づけをした。

「はいえぇ!?」と奇声を上げたヨウに『挨拶よ』とウインクを添える。


『ということは、アナタがヒトオミね』

「前に俺が会った精霊とは別の精霊?」

『前というと教室かしら。ワタシは教室に行ったことないから、そうなるわね』


エイティはヒトオミの面にそっと触れた。途端、面が机の上に転移する。精霊にならこのぐらいの転移は造作も無いことだ。

晒された素顔を前に、エイティはヒトオミの目に近づく。緑柱石を思わせる煌めきを秘めた瞳。


『綺麗な目ね』

「……そりゃ、どうも」


緑の目に映る精霊は小さくても確かに顔があって、そこには気を遣うような笑みが張り付けられていた。『皮肉じゃないわよ』と付け足されたが、素直には喜べない。面でもついているかのような無表情だろうと、かたくなに上がることを拒む口角に気付かされた。慈愛に似た笑みを浮かべながら、エイティはそっとヒトオミのもとを離れ、4人が囲むローテーブルの上に立った。


『話は全部聞かせてもらってたわ』

「待って。いつからいたの?どっから入ってきたの?もともとここにいたの?俺の部屋には精霊が住み着いてんの?」


ヨウ君めっちゃ混乱してる、とサクは腹に手を当てながらケタケタと笑う。


『手っ取り早く説明するなら、そうね、トワと一緒に入ってきたわ』

「あ、じゃあもれなく招き入れちゃったってことね」


なるほどなるほど、と数回つぶやきながらヨウは少しずつ落ち着いていく。というか自分に言い聞かせて落ち着こうとしている。


「って、えぇ!?じゃトワ君精霊とお友達!?」


お友達なんてヨウの口からはめったに出ない。サクの笑いが加速する。うるさくないのは息が止まりかけてるからだ。追い打ちをかけるように、「トワ君も精霊?」なんて言い出すものだから、収拾がつかなくなる。


「アホか。俺は見てのとおり人間だよ。説明してやってもええけど、それはまた後でな。今はそれどころじゃない、ってか何しに出てきたんやお前」

『そう邪険に扱わなくてもいいじゃない。言ったでしょ、話は聞かせてもらったって。事情は分かってるわ、だから「過去映し」してあげようかと思って出てきたの』


「本当?」と食いつくヒトオミに、エイティはもちろんとウインクを添える。


「あん?『過去映し』?なんやそれ」

『なんでアンタが知らないのよ!ドアホ!』


精霊が叫ぶと、その声を具現化するように風が吹いた。トワの髪が後ろになびく。慣れているのか、トワは顔色一つ変えなかった。


『ニンゲンの言う「過去視」と大差ないわよ。その場の過去を視せるの』

「でもどこで攫われたんか分からんやろ?」

「その『過去映し』って何かリスクあるの?」


ヒトオミが聞くとエイティは『いいえ』と首を横に振る。


「乱発可能?」

『限度はあるけど、ニンゲンよりは出来るわよ』


ヒトオミはサクの方を見る。言いたいことは通じたらしく一度頷くと、「ならすぐ行こう」とサクは立ち上がった。





 ◇



目を覚ます。

目に入った景色が普段と違うからといって、そんなことで取り乱したりはしない。緑の目で周囲を見渡し、自分の状況を確認する。

廃墟ではないのだろうけれど、床には何も置かれていない。

決まった間隔で太めの柱が立っている。数階建てになっている建物なのか。そういえば、窓がない。


背に堅い感触がある。自分は連れ去られた後ここに運ばれ、壁に背を預ける形で座らされていたのだろう。少し背が痛い。

顔にかかった髪を払おうとしてふと気づく。手の自由がある。

足の自由もあるので、そのまま立ち上がる。


自分は攫われたのか。

ここまで運ばれる際の記憶が無い。けれど、多分そうだ。

身体に攻撃をされたような痛みはない。魔術で意識を奪われたのか。そこら辺の記憶が曖昧だ。魔術で記憶をいじられても、いじられた側はそれに気づけない。もしかしたら『紫』で軽く捏造されているかもしれない。


自分の名前を試しに確認してみる。東雲八重。母の名前も父の名前も、姉達の名前も友人達の名前もしっかり覚えている。


なら杞憂していても仕方ない。

ここから出る方法を探さなければ。

そういえば今何時なのか。自分はどれほど気を失っていたのか。

空を指でなぞり、ウインドを起動させる。本来ならそこには時刻と日付、【システム】への検索機能、後は便利機能を起動させるためのアイコンが並んでいる。それらが全て機能していない。

他へのアクセス権限を奪われている。連絡して助けを求めさせないためのジャミングがこの建物に施されているのだろう。それを見つけて停止しなければ、連絡することもマップを見ることも出来ない。


試しに相手と魔術的通信を行える『思念』の魔術を使ってみるが、魔力を練れるだけで発動する気配がない。

無理矢理必要以上の魔力を送り込み、暴発を狙ってみたがそれでも発動はしない。

魔術を封じる何かがこの空間に施されていると考えるのが妥当だろう。


大体今の状況が分かってきた。

まだ認識できていないのは、自分を攫った人物がどこにいるのかということである。拘束されていないのだし、この空間を歩き回ってもいいのだろうか。どこかに罠が仕掛けられているとか、そう言う可能性があるのではないか。


八重は試しに今いる場所から数歩横に歩いてみる。そこまでたどり着くと、前に進めなくなった。

透明な壁があるというよりも、元いた場所と見えないひもでつながれている様な感じがある。微弱だが後ろに引っ張られる感覚がある。

いや、でも手を伸ばしてみると、堅い何かを押すような、見えない何かを触っている気がする。手を伸ばしたまま、八重はそのまま横に歩く。自分の周りにある見えない空間は球体なのか、それとも四角なのか。


結果から言えば、球体だった。天井は自分の手で届かないほど高いところにあるが、ドームのような何かで覆われているのだろう。自分はそこからでれないらしい。そういう魔術がこの空間に張り巡らされている。


外部との接続を遮断され、ここに閉じ込められ、為す術が何もない。

ここで誰かが来るのを待ち続けなければならないのか。本当にそれしか出来ない非力な自分でいるしかないのか。


もう一度、試しに『緑』が得意とする『地』の魔術を使ってみる。ここが何階なのか定かではないが、床が抜ける程の威力で揺らしてみようとする。

魔力を練り上げ、術式を組み立てる。ここまでは問題ない。最後は自分を媒体に外部の魔力を取り入れるだけなのだが、それが出来ないので発動しない。


術式の構成が出来る。言うなれば発動するまでの下地を組立てることは出来る。それすら封じる魔術があるのにもかかわらず、封じられていない。


術者が見当たらないと言うことは、人の手がなくとも魔術が維持できるようになっているはず。ならば魔方陣しか手段はない。

術式を組立て、起動させてしまえば術者が解除しない限り発動し続ける。


魔術の発動は出来ずとも、その下地はくみ上げられるのであれば、魔方陣の術式を上から書き換えられるかもしれない。

そんな特殊技能は学園では教えないし、一般では使われない。だけれど、いざというときのことを想定していた母から少しだけ教わっている。その記憶を辿れば、不可能ではない。


となると、問題になるのは監視があるかないか。もしくは監視のレベルだ。自分の動きを逐一確認しているのか。だが動きが制限されているとは言え拘束されていないのであれば、動き回ることは許されているのかもしれない。

何故そんな扱いをされているのか理解できないが、不幸中の幸いというべきだろう。


八重は自分の長い髪を首に巻き付け、締めるように引っ張ってみる。

途端に、動きを奪われ、先ほど感じたひものようなもので手の動きを操作される。手から髪が抜け落ち、そのまま手をゆっくりと下ろされた。怪しい動きさえしなければ、向こうからは干渉してこないようだ。


相手のことは分からないことだらけだが、それだけ分かれば十分だ。

八重は壁に手を触れる。

こちらが発動することは封じられているが、相手のものを利用するのは封じられていない。


魔術発動時に外部の魔力を取り入れる。その応用を利かせれば、相手の魔力を逆吸収できる。それを利用して、魔方陣を書き換える。


自分の物じゃないから言うことは聞かないし、暴走しかけるし、体力を使う上に精密な作業を必要とする。その上、慣れていない。

決して楽なことじゃない。出来るというのは理論上の話で、自分にそれだけの腕があるとは限らない。


でも、捕らわれの身で居続けるつもりはない。

出来ないからやらない。そんな理由で諦めたくはない。【東雲】の名にこれ以上恥じることはしたくない。

尊敬する両親、誇りに思う姉たち。そんな人達に心配させてばっかじゃいられない。

自分と親しくしてくれる友人達に迷惑掛けてばっかりじゃいられない。

それに、心優しい彼は、八重がいなくなったことで自分を責めるかもしれない。どうだろう、それは都合よく考えすぎかもしれない。


でも、約束を破ってしまったことを謝りたいから。


「……、」


大きく息を吸い、ゆっくりとはき出す。

落ち着いて、リラックスして。


大丈夫、私にも出来る。

八重は震える手で自分を囲う檻に触れた。

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