【08】北部のあらまし
◇
「ヒトオミ君顔洗いすぎ!ふやけてしわしわになってジジイになんぞ!」
「超理論すぎる」
教室に戻ると、ヨウはヒトオミの席に座ったままだった。
教室内は出て行く前と比べると、人が随分と減っていた。その代わりというのはおかしいが、風紀委員が来ていた。風紀委員の腕章を付けた生徒3人がクラスメートに何か聞いているようだ。聞かれている生徒は、確か八重と親しくしていた気がする。
ヒトオミは彼らを指さして「調査しに?」と3人に聞くと、頷かれた。
「安心して。特に何も言ってないから」
サクはピースをして、笑いながらそんなことを言う。多分言う方が協力的なのだろうけど、俺個人からしても【火宮】は信用ならない。【火宮】は【俺】というか【目】をどうする気なのかまだわからない。
「ヒトオミ君が帰ってきたことだし話の続きでもしたいんだけど場所変えない?」
サクの提案にトワが頷く。
「いいけどどこ行く気だよ」とヨウが問う。
「人気のないとこ。まぁ多分今日はどこに行っても風紀委員がいるだろうけどさ」
「風紀委員のいるとこでなんかしてみ?捕まるぞ、俺」
「キメ顔で言うことか、それ」
「俺」とサクがヨウの真似をして爆笑する。
笑いが収まると、「名案があるんだけどさ」と手を挙げた。
いつもの好奇心むき出しの笑みに3人は白けた目を向ける。
「自分で名案言う奴おるか?」
「あの顔、絶対碌なこと考えてないよ」
「すげぇあの顔腹立つ」
「いやいやいやヨウ君には負けるよ」
「なんだと、やるかコラ!やるならじゃんけんな!」
ヒトオミはヨウとサクを適当に宥めて、「話すだけ話してみてよ」とサクに言う。
「ヨウ君たちの寮行こう」
無邪気な提案に3人はぱちくりと数回瞬きをする。碌なことではないだろうとは思ってはいたが、予想の斜め上すぎた。
「俺こいつの考えてること理解出来る気しないわ……」ヨウは妙に感心した風に唸る。
「そんなに寮気にならんやったら寮生なったらええやん」と諦めた表情のトワ。
「寮みたいだけでしょ?」とヒトオミが聞くと首を横に全力で振った。
「そうだけど、でも風紀委員来なくない?悪巧みに持ってこいじゃん!」
「まぁ……せやね」
トワは困ったような顔でヒトオミをみた。こんな話をしてるのはアホくさい。理由は不純だが言ってる通り『悪巧み』には適している。普通の寮ではなく北の国生の寮なのがまた適切すぎる。
ヒトオミはヨウの方に顔を向ける。面をつけていないので露骨に表情が見えている。
断るにしろ承諾するにしろ、ヨウ次第。
期待の青い眼差しと、考えを委ねるような信頼を寄せる黄に近い茶の目、断っても良いのだと安心を与えつつも憂いを帯びている緑の瞳。
「わぁったよ!」と腹をくくる。
「汚ねぇとか言ったらキレるからな!茶出せとか言ってもでねぇからな!覚悟しろや!」
ヨウは鞄を乱暴に肩に担ぎ、教室を1人出て行く。
行こうか。
時間もないしね。
そんなやり取りをして、ヒトオミとトワは鞄を持つ。早く早く、と廊下から手を招くサクについて行き教室を出た。
「ヨウ君は?」
「走って消えちゃった」
「根は真面目やし、片付けに帰ったんかもな」
「なんか悪いね……」
「ゆっくり行こう。聞き耳立てながらさ」
廊下には調査のための風紀委員がちらほらと姿を見せている。
サクはいつもの笑みを消し、不敵に笑いながら口に人差し指をあてた。
◇
領土の確定していなかった混戦時期、『紫』と『藍』は迫害を受けていた。他にも他に侵略され逃げるしかなかった魔術師達も多々した。住まう場所を奪われる人々が集まってやがて【国】と成立したのが、『北の国』である。
元はちゃんとした国名があったのだが、それで呼ばれることはおそらくもうない。なぜなら、今はもう存在しないからだ。
つい最近までは存在した。他国を脅かす怪しげな動きを見せていたことから、四大国家及び他の都市国家は『北の国』を殲滅することを決めた。今からたった8年ほど前の話である。
戦争孤児となった『北の国』の子供達は大半を【火宮】が引き取った。
住む場所のない子供達のために、彼らのための寮を建て、生きる目的のない彼らのために中等部を設立した。『北の国』の子供達のために立てられたとも言える中等部には、圧倒的に『北の国』の出身が多い。
彼らの大半が両親を戦争で失ったか、引き取られる際に生き別れたかで、親がいない。
ヨウがいるのは、そんな生徒ばかりの寮である。
「ヨウの部屋はね、ここ」
先に帰ってしまったヨウの部屋を知らなかった3人は、寮まで来たはいいものの、ヨウの部屋を知らなかったためどうしたものかとロビーで立ち往生をしていた。そこを運良く通りかかったシズに事情を話すと案内された。
木の温かみを感じる素朴なデザインを施された階段や廊下。シズによると個室にはトイレとシャワーだけでなく、小さめではあるが浴槽もあるらしい。広々とした浴槽で足を伸ばしたい場合は大浴場に行く。キッチンも個室に備わっているが、自炊できない生徒のために食堂を朝と夜は開けているらしい。
普通の寮に食堂はない。部屋に小さめの浴槽はあるが大浴場はない。普通の寮より親切設計だが、そんなことを口に出せるはずがなかった。彼らは帰る場所を失っているのだ。
「ヨウ、お客さーん」
シズがドアをノックする。
ガチャ、と鍵の開く音がして、シズはドアノブを捻った。
お邪魔します、と口にしながら3人は部屋に入っていく。
「はいお待たせ。靴はそこで脱いで。あ、ヨウのが邪魔くさいね、横に追い遣っていいよ」
「親かお前は。ってかなんでいんの?」
部屋の家主は幼馴染みを指さす。
「なんでって、3人が場所分んなくて困ってたから案内。本当はお前がするべきだろうに」
「あ、忘れてたわ」
「このお馬鹿さんめ」
「うるせ」
「いい?隣に迷惑掛けるような馬鹿でかい声で笑ったりしないこと」
「うぃっす、オカン」
「誰がママだ、オトンにして」
じゃあね、とシズはドアを閉めて姿を消した。
玄関とも言える個室のドアを入ると、細めの通路が迎えていた。右にトイレ、左にシャワー。その通路を行くと、突き当たりに広めの個室が現れる。広めのワンルームには勉強机や本棚、ベットが置かれていて、付属するようにキッチンがついていた。
「ヨウ君、お誂え向きに並べてある座布団に座っていいの?」
「テメェらのために並べたんだからそこに座れ」
部屋の中央に背の低い面積の広いテーブルが置かれていて、その周囲には座布団が4つ置かれていた。
「ベットに座ったら殺される?」と興味本位で聞いたサクに、「ヒトオミ君とトワ君はともかく、お前は絶対荒らすからダメ」とヨウがサクの鼻先を指さす。
「あらら。座布団ならどこ座っても可?」
「好きにどーぞ」
「じゃ僕ここで」
ヨウは指定席なのか、一番奥に座った。サクがその時計回りの右側に座る。
室内をきょろきょろと見渡すトワを見て、ヨウはトワの前に手をかざす。
「片付けてないんだからじろじろ見ないでくれます?」無愛想にそう言う場合は大体照れくさいときに限る。
「トワ君僕より楽しそうじゃない?」
「そ、そんなことないわ!」と部屋を一通り見渡した後、トワはサクの正面に座った。
ヒトオミは残りの座布団に座ることにした。
座布団の横に鞄を置き、とりあえず座る。
「……いや、正座じゃなくて足崩していいよ」
「そうそう。リラックスリラックス」
「お前はリラックスしすぎだろ!足伸ばすなや!邪魔くせぇ!」
「えー。胡座好きじゃないんだもん」
「正座しとけや」
「めっちゃ言ってること矛盾してんじゃん」
普段と変わらず愉快そうに笑うサクをよそに、正座をしていたヒトオミとトワは顔を見合わせて、座り方を変える。
トワは遠慮気味に胡座へ、ヒトオミは膝を抱えるように体育座りへ。
「……まぁそれでいいならいいけどさ」
「場も暖まったし早速本題なんだけど、風紀委員の話を盗み聞く限りまだとらわれている場所の検討もつかないみたい」
「いつの間にそんな話盗み聞いたんや……」
「ついさっきだよ。ここ来る途中。なんか、残留魔力を漁ってるみたいだけどまだ見つかってないって」
「……ということは、魔術によって連行されたわけじゃないってことか?」とヨウが首をかしげる。
「かもかも」とサクは頷く。
「……簡易魔方陣なら、その方法じゃ多分バレない」
ヒトオミが呟くようにそう言うと、3人の目がこちらにむいた。
「簡易魔方陣?」とトワが聞き覚えの内容に復唱する。
「でも魔方陣があったら、それこそ魔力が残るんじゃないの?」と尋ねるサクの言葉に首を横に振った。
「紙に魔方陣を書いて、その紙ごと持って帰ってしまえば魔力は残らないよ。足が付かないようにしたいなら、普通はそうする」
パチンとヨウが指を鳴らしてヒトオミを指さす。
サクも「それは盲点」と納得したらしい。
「簡易魔方陣だとなんで魔力が残らないん?」と訛り口調。
「魔力が残る理由は、媒介を通じて周囲に漂う魔力と自身の魔力を交換したり、混ぜ合わせたりするから。漂う魔力に利用した痕跡っていうか、代わりに引き出された術者の魔力が残り香のようにでてしまう。けど簡易魔方陣に使う紙は、魔力を込められた特性の紙。魔力を蓄積されているから、周囲の魔力を利用する必要が無いんだよ。術者の魔力と、蓄積された魔力で術を発動させる。利用された痕跡の残る魔力は紙に残留する。……で分かるかな、俺自分で言ってて分かんなくなってきてるんだけど……」
「なんとなく……。とりあえず、その方法なら残留魔力は残らないってわけやな」
「一応、そうなるね」
「けどもしそうなら、計画的犯行ってやつになるよ?」
サクの言い分に、3人はそりゃそうだろと頷く。
「【東雲】なんだから、生半可な準備じゃないだろ」と断言するヨウにサクは不満げに唇を曲げる。
「僕思うんだよ、本当に【東雲】だから攫われたのかなぁ?って」
「お前何を今更言ってんだよ」
「そりゃ3人はもう八重ちゃんと面識あるし親睦も深いからそう思うかもだけど、でも【世界】は【八重】ちゃんの存在を知らない人がほとんどだと思うよ」
「ハァ?」とヨウは顔をゆがめる。「そんなことあるかよ」とトワやヒトオミに同意を求めるが、2人は芳しくない反応を見せた。
「え、嘘だろ!?」
「前も言うたけど、俺、【火宮】の外れの森に住んでるんよ。世間の情報はあんま入ってこない辺鄙の地や。情報源は【システム】からのみ。多分情報量は【他国】と大差ない」
「……、」
「俺がヤエちゃんのこと知ったんは、確かに中等部入学した後なんだよ」
ヨウは狼狽えるようにヒトオミに目を向けた。ヒトオミは苦笑してから、ヨウを見て話し出す。
「……多分、サクの言うとおり」
「うっそ……」
「……"八重"さんにお姉さんがいるのはヨウ君も知ってるでしょ?」
「……"ヤエ"さん?」
「……"ヤエ"さん!?」
「……"ヤエ"さん!」
不思議そうに首をかしげるトワ。突然のことにオーバーなリアクションを見せるヨウ。変化した呼び方に食いつくように反応したサク。
周囲の人の呼び方に流されてしまったらしい。ヒトオミはわざとらしく咳払いを挟む。
「"東雲"さんにお姉さんがいるのはヨウ君も知ってるでしょ?」
「ヤエさん」とサクが茶化すように口を挟む。
「……東雲さん」
「ヤエさん」
「東雲さん」
「東雲さん」
「東雲さん」
騙されてくれないか-、とサクは肩を落とした。
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