【04】蝶との接触

サボりを決め込んだ授業の次の時間には間に合うように戻ろうと思っていた。だが、2人が去った後、いつもの4人でつまらない雑談を続けてしまった。

ヒトオミの最近の話やクラスメートの3人との面白いやりとりや、ツグトの人並み外れた身体能力を生かした武勇伝や、堅物とも言われる時宗をツルギがひたすらいじり倒したりなど。普段笑っていないわけではないけれど、久しぶりに笑った気分だった。

やはりまだ自分は同じクラスの3人との間に一線引いてしまっているらしい。あまりこちらに踏み込ませないように距離を開けているので仕方ないとは思っているが、まるで3人を信用していないような感じがして正直いい気はしない。


とりあえずまだ取り繕っているような自分を小さくするところから始めればいいのか。そんなことを考えつつ教室に戻る。

時刻は授業開始から15分ほど経過していた。


教室に戻りつつ、ウインドを開きメッセージが来ていないか確認する。

和妃からのメッセージは特にない。閉じかけて、別のメッセージが来ていることに気づいた。

既視感を覚えつつそのメッセージを開く。


サクからのメッセージで、丁寧に移動教室の場所を記しているものだった。親切な奴だなと思ってはいけない。多分あいつはメッセージの後ろに添えられている妙に腹立つ顔文字を送りつけたかっただけに違いない。どうせ後で感想を求めてくることだろう。

「どんな気分だった?」ともてあそぶように言ってくる奴の姿は容易に想像できる。

なんて言おうか。気づかなかったと元も子もないことを言ってやろうか。


そんなのんきなことを考えながら歩いていると教室に着いた。

ドアを開けようとすると鍵がかかっていた。教室の鍵を開けられるのは例外の教師たちを除き、その教室に所属する生徒のみ。先ほどまでいた保健室はその機能を持っていないので随分と昔の設備である手動式の鍵を使っている。


普段の授業なら中に人がいることは確定しているので鍵はかからないが、移動教室で無人になること場合は鍵がかかる。盗難防止のためらしいが、盗まれるものが果たしてあるのかと毎度ながら疑問に思う。


先代人類は紙幣や硬貨など、手に取れるものとして金を扱っていたらしいが、今は特別な事情がない限り目に見えないデータとしてシステムに内蔵されている。


ヒトオミがドアの前に立つと目の高さに四角い枠が発生する。

魔術を利用しているとは言え、仕組みは眼球認証システムと同じだ。魔術師の遺伝経路は目に色濃く表れる。ロックされている空間に立ち入ることが可能な魔術師の遺伝子経路を記録しているため、特定の人物しか開けられない仕組みになっている。

ヒトオミは必要最低限だけ面をずらして、枠内に目を認証させる。認識すると、教室を覆っていた術式の鍵が一気に解かれた。


面を直しつつ、ヒトオミはドアを開け、中に入る。


中に、1人生徒がいた。後ろ姿を見る限り、見覚えのない男子生徒だ。

鞄の中をあさっている様子を見ると、忘れ物を取りに来たのだろう。


正直、クラスメート全員の顔を把握しているわけではない。どの席に誰が座っているのか、覚えているのかと聞かれたら自信がない。とは言っても全く分からないというわけではない。自分の席周辺はそれなりに把握してる。自分の席から黒板を見たときに、目に入る席も多分把握している。

友人3人の席は完全に覚えている。男子生徒が物色している席はその3人の席ではない。他の席に自信はないけれど、でもその席は――。


男子生徒が振り返った。

ヒトオミを見ると、少し距離をとる。相手が大きく腕を振りかぶると、空気を伝って違和感を感じた。魔力を練り上げている。


ヒトオミは少し後退して、同じく術式を構成する。

相手は『赤』。媒体無し且つ瞬間的に出せる魔術は火属性の魔術のみ。

案の定、相手は少し距離を詰めてから3つの火球が不規則な動きで飛ばしてきた。『赤』の利点は接近に強いこと。距離をとれば威力は抑えられる。


ヒトオミは更に後退し、自分の正面広範囲に水の幕を張る。ヒトオミ自身は『青』ではないが、【目】があるので関係ない。『赤』が近接に対し、『青』は遠距離。ヒトオミは張った水の幕から複数連続的に矢のように撃つ。


相手は相殺されることが分かっていたのか、続けざまに火炎放射を放つ。

それを消すようにヒトオミは水を噴射する。


どうするべきなのかは分からない。だけれど、逃がしてはいけないような気がする。

ヒトオミは水で抵抗しつつ、相手の座標を確認し、そこを中心として床を振動させる。一発縦に揺らすと相手の体勢が崩れ火炎放射の位置がずれる。ヒトオミの横を通り、背後の壁を燃やす。

校舎の壁には魔術的攻撃を無効する術式が組み込まれているため、心配する必要は皆無だ。

相手の反応を見て、ヒトオミの疑問がより一層増す。


体勢を整えて、ヒトオミが入ってきた方とは別のドアから出て行こうとする相手を、転移で自分の前に連れてくる。


落ち着いて考えてみると、鍵のかかったこの教室に入ってこれるのは例外なくここの教室の生徒のみ。だから顔が見たことあろうがなかろうが、クラスメートだ。


「……、」


風紀委員に引き渡すべきか。

とりあえず、あの席で何をしていたのか、それを訊く。相手は沈黙を貫いた。

次いで、右手にずっと持っていたものについて尋ねる。先ほど漁った鞄から取り出したのか。誰のものなのか。

それでも相手は沈黙を貫いた。言い逃れしようとしているわけではないのだと思う。


不可思議な点がいくつかあった。

近距離を得意とする『赤』の魔術師が、距離を詰めたに魔術を撃つ。それがおかしい。見られた以上、痛めつけて黙らせるなりこちらを優位にしてとく必要がない。なのに接近せず、挙げ句の果てには遠距離攻撃の代表の一つである火炎放射。

そして、近距離を得意とする赤は機動性が他より優れているのにもかかわらず、緑の範囲型魔術を躱すそぶりを見せなかった。


まるで『赤』として戦ったことのないような稚拙な動き。

そんな違和感をあわせれば答えはでる。


「あんたに聞いてんですよ、姫更姉さん」


冷静さはすでに飛んでいた。教室で、この操られていた人物がとある人物の席を物色している時からずっと。

彼女を怒らせたら怖い。身に染みて覚えているそのことすら飛ぶぐらい、怒りに支配されていた。自分はとっくに冷めた人間だと思っていたのに。


相手がにやりと笑う。本人の意思ではない。間接的にこの場にいる姫更の意思だ。


「これ、あんたにあげるわ」


相手が言う。その口調は姫更本人のものだった。

直後、相手から光る鱗粉が舞った。ヒトオミは反射的に距離をとり、対抗しようとする。だが、その鱗粉は光って最後に散っていった。姫更の手から離れたクラスメートは膝から静かに崩れ落ちた。

どうやら意識を失っているらしい。倒れた際に、彼の手にあった手紙がその手を離れた。

ヒトオミは白い封筒を拾う。

封は切られている。表を特に何も書かれておらず、裏を見る。そこには『チー へ』と書かれていた。

チー。その渾名が誰を指すのかは分からないが、とりあえずこの手紙はあの席の主のものであっているのか確認するしかない。鞄の中に戻せばいいのだろうけれど、鞄を勝手に開けるのは抵抗がある。それに取り出している瞬間を見たわけではない。


ヒトオミは手紙を制服の上着の内ポケットに丁寧にしまった。

でも、この場合自分から声をかけなければいけないのか。それは、なんというか別問題が生じている気がする……が、仕方ない。


ヒトオミは宙を指で触る。そこを起点としてウインドが開く。

ウインドには先代人類で言うところの携帯電話やPCの機能がすべて備わっている。元々は【システム】へアクセスするための手段だが、それに便利機能を付け加え、今に至る。この技術は魔術なのか、それとも科学技術なのか、ヒトオミにはいまいち分かっていない。おそらく専門家のような深い知識を得た人物しか知らないだろうし、多分だれも構造なんて気にすることはない。


ウインドから通信機能を選び、ツルギにつなぐ。先ほど「まだサボるから」と言っていた。多分保健室でまだ惰眠を貪っているはずだ。


『やだミオちゃん。また俺の声聞きたくなったの?』


繋がった途端そんなことを言われ、反射的に切断する。

用があったので、仕方なくもう一度かけ直すとすぐに繋がった。


『なんですぐ切ったの!?用があってかけてくれたんじゃないの!?』

「すいません。気持ち悪くて、つい」

『……軽率に傷つけてくれるよね、ミオちゃんはさ』


もう一度謝ってはおくが反省は特にしていない。自分が悪いとは思わない。野郎にそんなこと言われるのは鳥肌以外なんでもないだろうに。


「教室で倒れている人がいたんで、そっち送っていいですか?」

『送るって転移?』

「俺に人1人運べる腕力無いんで」

『あらー、悪い子』

「サボり決め込んでる人に言われたかないです」

『はいはい。ベット、一番奥空いてるし、そこにどーぞ』


ヒトオミは倒れている相手の方に手をのせる。そのまま転移の術式を組み立てる。その時間わずか数秒。

クラスメートは虚空に消えた。


『受け取りましたー』


けだるそうにそう言ったツルギに手短に礼を言って通信を終える。

もう授業の半分ぐらいが過ぎている。ヒトオミは残り半分を受けるために、教科書とノート、あと筆記用具を手に教室を出た。


胸ポケットに入れた手紙の存在を確認する。早くこれを返さなければ。そんな焦燥感に背を押されながら、ヒトオミは教室を出た。

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