【03】赤の眼と緑の瞳

結局、一時間分丸々保健室で時間を潰した。

途中から参加した2人も追加して、最後まで無駄話をした。ヒトオミ以外の5人が同じ学年だからという理由もあるが、全員が中等部出身と言うこともあり、完全な初対面というわけでもなくすぐになじんだ。


全員社交性があるというか、性格の捻くれたもの同士が愚痴を言い合ってたという感じだった。愚痴というほど女々しい話ではないが。

会話が弾むとも思わなかったが、それ以上に口の悪いカルトと性格の悪いのあるツルギが共鳴したことにヒトオミは心底驚いた。

親しくない相手には丁寧な言葉を使うカルトと、親しくない相手には逆に親しくするツルギと。2人とも普段はその性格を隠しているからだ。

中等部の頃に互いの裏の噂は歩き回っていたし、知っていた可能性はあるが、いきなり裏で会話を始めるとは思わなかった。


「で、結局イールド君にくっついてるそれどうする気?」

「これどうすりゃいいんだろ。【ゴースト】ってことは、紱魔師に頼らないとってこと?もしくは、紱魔系の魔術が使える媒介みっけてこなきゃってかんじ?」


相変わらずイールドの背には黒い生物がしがみついているが、イールドはそれを感じさせないように振る舞っている。

「重たくないの?」とツグトが尋ねる。

「めっちゃ重いよ!もうね、あげたいぐらい!」

「いらないいらない!お持ち帰りください!」

「いたわってくれたっていいじゃん!」

「お大事にお持ち帰りください!」


だはははとイールドが豪快に笑う。

ツルギにキツいことを言われても、カルトに毒を吐かれても、笑って流すのがイールドの性格だった。そのおおらかな性格だからこそカルトと親しく出来ているのかもしれないし、逆に怒らないと分かっているからカルトもそのままでいるのかもしれない。


ヒトオミが2人の親しさを再実感していると、ふと視線に気づき、そちらを見る。

ツルギが目で「どうする」と尋ねていた。


この2人が嫌いというわけではない。イールドがいい人だというのはなんとなく分かった。それに、姉の八つ当たりに巻き込んでしまったという罪悪感もある。

多分やらない方が正解なんだと思う。

けど、それは後悔を招く。そこまで大げさなものにならなくても、魚の小骨のような小さなひっかかりを残すかもしれない。

かといって、やったところで気分が良くなるわけでもない。やらなければ良かったと思うのは目に見える。

『目』が嫌い。その根本が変わらないからだ。

この『目』に頼るのは嫌だ。嫌いだから。でも自分にはこの『目』しか価値がなくて、それでしか人の役に立てない。役に立ちたいとは思わないけれど、巻き込んでしまった以上は自分で外に出してやらなければいけない。


ヒトオミはゆっくりと面を外す。

ツグトが目を丸くして驚く。自分が面を外すと言うことがどういうことなのか、この2人はヒトオミと同じくらい知っている。

目敏いのか、それともずっと気にしていたのか、カルトもすぐに気づいたようだった。


「……イールド君」


ツルギが呼びかける。


「助けてあげようか?」


雰囲気の少し変わったツルギの様子に、イールドの青い瞳が戸惑いで揺れる。


「……助けるって?」


疑うように、探るように、でも期待するように。

尋ね返すイールドを見て、ツルギはくすりと意地汚く口元だけ笑う。


「言葉の通り。今君は身体が重たくて困ってる。そうでしょ?」

「……はい」

「それから助けてあげる、そう提案してるの。もちろん何か払えなんて言わないよ?ここは保健室だからね。身体の不調を治す場所……そうでしょ?」

「……【ゴースト】を祓うってことなんすよね?」

「さぁ?やってみたら分かるよ。君のお友達がちゃーんと確認してくれるだろうしね」


イールドは親友の方に目を向ける。

「自分で決めろや」とカルトが間髪入れずに答える。鋭くつり上がった環輪眼は信じてはいないようだった。

【ゴースト】を払えるのは紱魔の魔術のみ。普通の媒介では発動できない。それに、紱魔の媒介はそう簡単に手に入るものではない。


好奇心なのか。本当に辛いのか。


「お願いします」


そう答えてくれない方が、俺的には助かったのに。

緑柱石の色をした特殊な瞳が術式を練り上げる。本来は扱いにくいとされている代物だ。だけど、産まれてからの付き合いだ。他でもない自分の目だ。

地を歩くように。

文字を書くように。

音を聞くように。

意図もたやすく、その『目』を扱えてしまう。


発動まで、わずか数秒足らず。


イールドの背に張り付いていた害は溶けるように消えていき、跡形もなく姿を消した。


赤い環輪眼が丸く見開かれる。

青い瞳に驚きと喜び、そして感謝の色が浮かぶ。


最後にそれを見て、ヒトオミは面で蓋をする。

やっぱりこれはこの世にはない方が良い代物だ。

産まれてからの付き合いだ。多少情はあるし、欠損したいとも思わない。だけど、なくなればいいと思う。死ぬまでこれと付き合うのか、そう考えると後ろ向きに全てを考えたくなる。


黄色の視線に気づき、そちらを向くと「お疲れさま」と目で言っているのが分かった。

この人達がいなければ、多分自分は自分でいることをやめていると思う。痛いぐらいにそう感じた。


「ツルギさんすげぇ!めっちゃ身体が軽い!」

「でしょ?他言無用でよろしく。まぁ、誰かに言ったって君を狼少年だと決めつけるだろうけどね」

「あー、これは信じてもらえないかもしれませんね」


イールドはまた豪快に笑う。

今までの笑みよりも、すっきりとした笑みは人を引きつける何かがあるような、そんな気がする。見ていて気分が明るくなる。

笑顔で人を救える人がいるのか。分からないけれど、彼の笑みは限りなくそれに近い。


やってよかった。

少しは気が晴れた。

もしくはそう思いたいがために、そういう風に決めつけているのかもしれない。





 ◇




チャイムが鳴り、休み時間に入った。

このままサボってもいいのだけれど、さすがに戻らなければいけない。一応心配してくれた友人もいるので、もう大丈夫だと言うことを伝えておきたい。


イールドは手当をされた腕を見る。

ガーゼで傷口は見えないが、痛みが一切ない。違和感すらない。

傷なんてなかったんじゃないのか?そう錯覚するぐらい何もない。

いや、こんな短時間で治るはずがない。治癒の魔法をかけるような傷でもなかったし、あの黄色の魔術師はそんな素振りを見せていない。


「にしても、ツルギさんどんな裏技使ったんだろな。体軽いわ。さっきまでのが嘘みたい」

「ツルギじゃねーよ。やったのはあの緑の1年」

「え、そなの!?」

「賭けてもいい。あの1年、俺と同じで『目』に何かある」

「よく分かんねーけどお前が言うならそうなんだろうな。でも紱魔の魔術使えるってどゆことよ」

「さぁ?人体に兵器を宿した魔術師がいるとか、新たな生物兵器として生命を作ったとかいう都市伝説みてぇな話もあるし、そういう陰謀がらみの人工物がどーたらこーたらじゃねーの?」

「ひっでぇ……。そういうの考えるのはどんな極悪人なんだろうな……。人をなんだと思ってんだ」

「さぁ?」

「……待って、じゃ俺無意識にひどいことしたんじゃね?」

「だからってお前、今度あいつに会っていきなりごめんなさいとか言い出すんじゃねぇぞ」

「なんで分かった!?」


やっぱりか、とため息交じりの声が思わず出た。

なんでこいつはお人好しというか、自分のこと以上に相手優先なんだ。自己中の俺のことだって自分のこと以上に優先するし、意味が分からない。中等部の頃からの謎だ。それをこいつに聞いたって、「そうかぁ?」と信じられない未確認生物でも見るかのようにそう言う。だからお前の周りには自己中が集まるんだろうに。言わずとも分かってくれると思ってしまうから。そんなこと、死んでも言わないけど。ってか言えないけど。


「向こうの責任でやったんだからこっちの礼儀は触れてやらねぇことだ」

「……そういうもん?」

「そういうもんだろ」

「そっかぁ……」


そう言いつつもイールドは納得してなさそうな顔をする。もう一度念を押しておこうかとしたところで、少し離れたところから爆音と言っても過言ではない声が耳を劈いた。


「お前らサボるなら誘えや!」


歩いている廊下の延長線上にそいつは立っていた。束ねられるほどの『黄』の髪をした男子。


「サボってないですぅ。話し込んでたら1時間過ぎちゃっただけですぅ」


イールドがそうだそうだと賛同する。


「それをサボりっていうんでしょうが!いいなぁ!俺もお話ししたかったなぁ!……え?ちょっと待って、お前ら2人で1時間話し込んでたの?それはキモいわ……」


勝手に怒り出したかと思えば、勝手にドン引きし始める。そんな『黄』をカルトは蹴り飛ばす。激しく心外だ。


「いった!痣できるわ!保健室行ってくるわ!サボるわ!」

「どんだけサボりてぇんだお前は!」

「ちょっと、2人ともうるさいって!声のボリューム考えなさいよ!」

「「お前が一番声デカいわ!」」

「あ?真似すんな」

「お前が真似したんだろ」

「もーやだこの人達。助けてエイム……まぁ寝てるだろうけど。……あ」


遠くの階段からなにやら複数の足音が聞こえる。

廊下で雑談していた自分たちと似たような生徒達が、素早く道を空ける。


「またお前達か!」


その声と共に、風紀を取り締まる集団が自分たちを捕まえに来た。

イールドは素早くすぐ近くの教室に身を引っ込めて難を逃れた。

その後、自己中を具現化したような赤と黄の2人に理不尽な怒りをぶつけられたのは言うまでもない。

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