【11】青の救援

学校に来て早々、学園警察こと風紀委員に捕まった。

罪状は魔術の乱用。容疑は転移魔法乱用及び特別科校舎内でのむやみやたらな侵入。


普通科特別科間の不仲を取り除こうと学園側は考えているらしいが、それが現実的ではなく、果てしなく理想論なのは誰しもが分かっている。

ならばせめて悪化させないことが最善の行為である。そう言った考えに基づき、必要以上の侵入は校則で禁止されている。

その規則に基づき、ヨウは風紀委員の本部である風紀委員会室に連行された。

風紀委員は特別科と普通科の二つが存在し、部屋ももちろん格校舎に存在する。

ヨウはまず特別科側の風紀委員室に連れて行かれ、そのあと普通科の方に連行された。


普通科風紀委員長はヨウの顔を見るなり、「またお前か」とほとほと疲れた表情を見せた。


「はーい。また俺です」


反省の色一切見せずにそう言うと、風紀委員長は頭を抱えた。

ヨウは椅子に座らされ、両手の親指同士をつなぐ型の手錠をはめられ、片足と座っている椅子を手錠でつながれた状態だった。

そんなヨウの目の前には、職員室にあるようなしっかりとした机と椅子が段差の上に置かれていて、そこに風紀委員長は座っている。


「いったいお前の何がそうさせてるんだ。中等部から問題児だとは聞いていたが、粗相なことばかりだと聞いていた。事実、高等部での数々の悪戯も落ち着きのない子供同然だ」


当たり前だ。

計画的犯行なんて一度だって行ったためしがない。いつだって衝動的だし思いつきだ。

やらないで後悔するぐらいならやって後悔した方が良い。それがヨウの絶対的な持論だし、ポリシーだ。


「中等部でお前と悪さしていた他の3人は大分落ち着いたぞ」


そりゃそうだ。あいつらのポリシーは自分とは異なる。

だけど根本のところじゃ変わらない。だから誘えば反対せずにむしろ楽しんで乗ってくる。


「しかも、今回は特別科への侵入。……目をつけられたらどうしようとか、そういう恐れはお前にはないんだな」

「ないでーす」


間髪入れずに答えると、風紀委員長の何度目かの重たいため息がこぼれた。

「2年のあいつを相手にしているみたいだ」と溢れた呟きに、「2年にも似たような人がいるんすか?」と声をかける。


「あぁ。こいつはお前とは違うタイプの問題児だが」

「へぇ。どこの誰なんですか?」


ヨウが反省しないと分かってるので諦めているのか、そちらの件でも頭が痛いのか、風紀委員長は意外と素直に答えてくれた。


「『赤』で、『北出身』で、『黄』の連れも常習犯で……お前といくつか被るな。知り合いか?」

「2年に親しい知り合いはいないっすよ。誰なんすか?その人」

「首からペストマスクを提げた変わった野郎でな。今時眼鏡をしている。この前も文化祭実行委員の会議で何かやらかしたと聞いた」

「あぁ!閃光魔法っすよ!そんでそのあと特別科の生徒にも恐れることなく喧嘩売って、しかも言い負かしたんすよ!超かっこよかった!」

「あぁ、そうか。おかげで特別科ではその生徒を目の敵にした奴が恥をかかされたとかで報復を考えてるとか……って、お前、憧れて似たようなことしでかすんじゃないだろうな?」


委員長は座っていた椅子から思わず腰を上げ、机の上に手をついて思わず身を乗り出す。


「そんなわけないじゃないっすかー」

「その顔はするな」


話すんじゃなかった……、と風紀委員長はまた頭を抱える。

その姿に苦労しているなぁと他人事の感想を抱いた。



ヨウはしばらくその部屋に閉じ込められ、風紀委員長の何度目かの説教を受けた後、解放された。

何かをやらかしたらペナルティが加えられる――そういうものはない。


魔術を乱用するなら、媒体を取り上げてしまうのも手だが、それでは授業に支障が出る。謹慎を食らう可能性もあるが、それを下す場合は暴行行為に及んだ場合だ。暴行もしくは器物破損。だが、ヨウはそこまでのことはしていない。厳重注意止まりのことを何度も何度も繰り返している。


特別科侵入も謹慎には当たらない。

表面上では両科の交友を目指しているし、必要があれば入っても問題はない。むやみやたらの侵入は問題だが。


そんなこんなで、ヨウは説教だけだった。

朝からとんだ目に遭った。

ヨウはニィと満足げに口角を上げる。


特別科の生徒はプライドが高い。

普通科の生徒とあれば蔑むのはもはや当たり前のことだった。自分の方が地位が高い。優れている。そういった優越感が好物なのだ。


それの度が過ぎると、こちら側に危害を与えてくる。

下の人間が上の人間と同じ目線で話して良いはずがない。その考えから暴行に及ぶ。力量で、格差の違いを身体に教え込む。


そんなこともあり、実は特別科の生徒は案外謹慎を食らいやすい。

一度も風紀委員の世話にならないか、1発謹慎を食らうか。その二択らしい。


そんな考えの蔓延る巣窟に、ヨウは侵入をした。

気品のある廊下を、普通科の制服のまま肩身を狭くすることなく堂々と真ん中を歩いた。


向けられた理由もない敵意、蔑む視線、隠すことない暴言。

それらを浴びながらも、何食わぬ顔で教室内を覗いた。


自分のことを怖いもの知らずだと判断したのか、興味深そうに見てくる奴もいた。全員が全員強気というわけでもなく、弱気そうな生徒からはむしろ気遣われたような視線を向けられた。

そう言う生徒には、「どーも!」と快く声をかけた。


人の多いところを重点的に、目的もなくうろついた。

神聖なる学び舎に土足で踏み込んでやった。


狙われる理由は十分だ。


どうやら自分はちっぽけな悪戯しかしない狡い奴だと思われているらしい。

随分と舐められたものだ。


ヨウは図書館塔に向かう普通科側の植木の側を通る。

心地よい風がヨウの赤い髪を撫でる。

恐怖と興奮の狭間で左胸の奥が騒がしい。

口の端がぴくぴく動き、自分が怪しく笑っていることに気づく。

緊張で乾燥した唇を舌で舐める。


途端、視界がひっくり返った。


先ほどまでと場所が変わり、着地に失敗しこけた身体の数カ所にちっぽけな痛みが瞬間だけ走る。

起き上がる前に、赤い目を動かし周囲を見渡す。


ビンゴ。


思わず笑う口から声が出た。








興奮からなのか、痛みからなのか。

もはや頭は正常に回る気はなかったようだった。


幼少の頃から「お調子者」だとさんざん言われた。

子供のような挑発文句や煽り文句ばっかり言う一般的なうざいガキだった。


子供のうちはその挑発にほとんどが乗っかってきたが、少しずつ成長するにつれて乗ってくる馬鹿は減っていった。

今のクラスでつるんでる3人なんか呆れた顔どころかむしろ哀れみの視線を向けてくる。

気を悪くされない。だからやめるどころかむしろ数が増えた。


まさかそれが、役立つ日が来るなんざ思いもしなかった。思うわけがなかった。


目の前にいるのは『黄』と『緑』で、纏っている制服は特別科。

自分が『赤』なのに、相応の対応をとらなかったのはこちらを舐めてたからに違いない。それでいい。馬鹿にされたことが触るプライドなんて持ち合わせていない。舐めてくれてくれて結構だ。

下に見ていた相手に負かされると分かったときの顔は嫌いじゃない。覆してやった。それは1種の達成感だった。


『赤』は乱暴――なるほど、そう言われるわけだ。


肩で息をする。

痛いところがありすぎて、もはやどこが痛いのか分からない。

そのせいで身体が重いのか、違う理由で身体が重いのか。それすら脳みそは判断出来ない。

眼前には倒れた特別科の生徒が数人いる。けれど、まだ立っている人物がいる。終わっていない。


「勝負あり、……で異論はないな?『赤』の一年」


敵。

そうカウントしていた人物はそう告げた。


改めてよく見ると、着ている制服は普通科のもので、腕に付けている腕章には『風紀委員』と書かれている。

学年は分からない。けれど、どこかで見た顔……の気もする。

いや、顔よりもその髪型を覚えている。男のくせに女子以上の長髪の風紀委員。覚えていないが、どこかで見た。


その人物はずっとここにいた。

いつ手を出してくるのか、ずっと身構えていた。


ということは、一部始終みていた、のか?

止めずに?手を出さずに?


「風紀委員に通達。裏門付近にて暴力事件を発見。加害者は特別科1年数名。被害者は普通科1年1人。両者ともに怪我をしているため、保健委員にも連絡を入れてほしい」


以上だ。

そう言って、『青』の風紀委員はウインドを閉じた。

そして、ヨウの方を見て冷静な口調で言う。


「立っているのも辛いだろう。座って良いぞ」


何が起きているのか分からない。

だけれど、身体はその言葉を聞き入れると膝から崩れ落ちた。


「一応聞くが、こいつらとは知り合いか?」


息切れにより、言葉が繋がらない。

落ち着くまで待とうと思ったが、いっこうに落ち着かない。とりあえず、形だけでも言葉にしようかと口を開くが、唇の端が切れているのかなんなのか、痛みを伴い声にならない。


相手はひたすらこっちの答えを待ってくれているようだった。

見ていないが、視線を感じる。

ヨウは首を横に何度も振った。


「だろうな」


相手の口調は変わらず冷静なままだった。


「なら、知り合い同士の喧嘩ではないんだな?」


ヨウはまた首を左右に、さっきよりも激しく振る。


「突然喧嘩を売られて、自分を守るために手を出した。間違いないな?」


事情を話そうにもまだ息が落ち着かない。

酸欠なのか、視界すら落ち着かない。


「違いないな?」


もう一度、上から声が落ちてくる。

はっきりと、一音一音区切るように、聞こえやすいようにゆっくりと。

威圧感を感じるのは、相手の口調に感情が感じられないからだろう。

そうに違いない。


ヨウは首を縦に1回、確実に振った。


「そう報告しておく」

「……いいんすか、そんな、テキトーで」


息に混じり、なんとか音らしい音を出す。

相手には聞こえたのか。確認するために顔を上げると、相手は静かにこちらを見ていた。


「なら聞くが。お前に分かるか?」

「……?」

「ここにいるのは誰なのか。こいつらの意思で動いていたのか、誰かの指示で動いていたのか。初めての犯行なのか。2回目以降の犯行なのか。そういうことを間違いなくはっきりと、誰に聞かれても戸惑うことなく、証言できる明確な何かを持っているか?」


――ない。

確証はない。全てが予想でしかない。


「だろう?お前が明言できるのは、自分はここに連れてこられて暴行を加えられた、それだけだ」


その通りかもしれない。

自分はこの件を表面上でしか把握できていない。

何か裏があるのか。ないのか。そんなことを念頭に置いていないからだ。


「……だが、お前が身を張ってくれたおかげでようやく尻尾をつかめたのは事実。それに関しては礼を言う」


なにやら上からものを言ってくるのは年上だからなのか。

でも不思議と不愉快には思わず、むしろ礼を言われてどちらかというと気分がいい。

とりあえず、自分のしたいことは終わった。

堅くなった顔の筋肉を緩めようとしたが、少し動かすだけでも痛い。


それを見ていたのか、その風紀委員に「悪化するぞ」と忠告された。


「時期に保健委員が来るから待っていろ」

「保健委員って、委員長すか?」


大分整った息でそう尋ねる。

相手の表情や態度は冷静そのものだが、少し嫌そうな顔をしたのが分かった。それを見てヨウはこの前の会議で見たことをようやく思い出した。


「……多分、奴が来るはずだ。だが、なにぶんサボり癖の多い怠惰な奴でな、責任は持てない」


力なく首を振る。青く長い髪が左右に揺れる。

それに気をとられていると、虚空から突如誰かが現れた。


「やーっだ、時宗さん俺のこと信用してない?」


透けるような『黄』というよりも金の髪。

その容姿は女子達の視線を集めるらしい。

なんと腹立つ話だろうかと思ったが、改めて近い距離で見ると確かに目を引きつけられる。


「お前、風紀委員の前で魔術の乱用をする奴があるか」

「怪我人いるからお願い早く来てーって言ったのは時宗さんじゃん」

「そんな気色の悪い言い方はしていない」

「そういう内容は言ったと認めるんですね?」

「怪我人がいるんだから当たり前だろう」


いいから仕事しろ、と時宗は保健委員長の背を乱雑に押した。


「ひっどい。俺が怪我したらどうすんの。かっこつかないでしょ」

「知るか」

「超雑」


ひどいわー、と呟きながら、金髪がこちらに歩み寄ってくる。

座った状態のヨウに目線を合わせるように腰を下ろすと、「雑な人だと思わない?」と同意を求めてきた。


どう答えたらいいものか。

露骨に動揺したヨウを見かねて、「後輩を困らせてどうする」と時宗の声が2人の間を割って入った。


「ねぇ時宗さん、魔術乱用許可してくれるー?」

「怪我人を運ぶための転移か?」

「そぉ。俺のことよく分かってるじゃん」

「気持ち悪いからさっさと行ってくれ」

「やった許可でたー。やっさしぃ、ありがと♡」


そう言って金髪はヨウの肩に左手人差し指だけ当てる。

ヨウがその場で見た最後の光景は、時宗のまるで汚物でも見るかのような、向けられてもいないのにひどく傷つく目つきだった。

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