【10】赤と緑の動向
保健委員長からの忠告は、3日は包帯を付けておけ、とのことだった。
事件に遭った翌日。
シズは包帯を外していた。
クラスメートであり幼なじみであり、事情を全て知っているテツとモノはそんなシズの姿を見て、これでもかと言わんばかりに目を丸くした。
「お前馬鹿なのか」「何で巻いてないの?」と2人におはようよりも先に言われた。
「巻こうと思ったんだけど、1人じゃ巻けなくて」
そう言うと、2人は顔を見合わせて「確かに……」と納得してくれた。
嘘ではない。事実だ。全部外してしまうのは昨日の今日でおかしいと思われるだろうと思い、腕だけ巻こうとした。
足に巻いても良いけれど、それは制服のズボンで隠れてしまう。だから腕。
そう思って巻こうとしてみたものの、巻く方の腕を固定し、片手だけで包帯を巻く、という作業が残念ながらできなかった。
「巻こうか?」とモノが提案してくれたが、それを丁寧に断った。
彼はまだ何か言いたげだったけれど、シズが良いならそれでいいけど、と引き下がった。
昨日包帯を巻いた状態で教室に戻ったら、沢山のクラスメートに心配された。実はもう治っているんだ、と言える雰囲気でもなく、罪悪感で胸が痛んだ。
だから巻きたくはない。
昨日の状態で完治しているのはさすがにおかしいが、翌日なら疑われない。治癒魔法があるからだ。それをかければ1日である程度は治る。
「で、どうしたの?」
「……ヨウが」
「ヨウがなんかしたの?」
聞くと、2人は顔を見合わせて深刻そうな顔をする。
「なになに、どしたの?」
「……話聞こうにも、聞けない状態で」とモノが目を伏せ気味に。
「もう、手遅れかもしれない……」とテツが力なく首を横に振る。
「え、まさか巻き込まれた!?怪我した!?」
シズのその声に、クラスメートの数人の視線がこちらに集まる。
「ごめん」と軽く謝ると、その数人は各自の時間に戻っていった。
「声でけぇんだよ馬鹿」
「一緒にいるこっちが恥ずかしいからやめてくれる?」
「お前らが嘘つくからだろぉ!?」
「だれが嘘ついたって?」
「え……、ほんとに巻き込まれたの?」
今度は声を潜めて尋ねる。
内緒話でもするように距離を縮めると、テツは深刻そうな顔をまた見せて、すっと視線をそらした。
助けるようにモノを見ると、彼はけろっとした顔で言う。
「風紀委員に連れて行かれちゃった」
「そんなことかよ!」
思わず2人が囲んでいた机をひっぱたく。
そんなシズの様子を見て、モノが楽しそうにケタケタ笑い出した。
「そんなことって、ひどいなぁ。友達が今頃こっぴどく怒られてるかもしれないんだよ?」
「そうだけど、そうじゃなくて!俺はてっきりボコボコに殴られちゃったのかと心配したの!俺みたくなったのかと思ったの!」
「ぴんぴんしたまま風紀委員に連れて行かれたよ」
「あっそ。元気そうで何よりです」
朝から変に疲れた。
相変わらずからかうだけなのにテツの演技力は無駄に上手い。まんまと騙されてしまった。
モノは多分騙すつもりはあまりなく、素だろう。
「でも風紀委員に連れて行かれたなら逆に殴られる心配はないね」
自分の席に鞄を置いて、椅子に座ると、逆に2人が立ち上がった。
「あれ、どっか行くの?」
「お前も行くんだよ」
「へ?」
「ってか、シズ来るの待ってたんだよ」
「え?え、どゆこと?」
困惑しているシズの袖をモノが引っ張り立たされる。
モノはそれだけすると、先に教室を出ようとしていたテツの後を追うように離れていく。
いまいち話が読めない。
よくヨウに「お前は鈍いなぁ」と言われるが、確かにそうかもしれない。あの2人が何を考えているのか分からない。
分からないけれど、とりあえず追いかけた方が良さそうだ。
シズは小走りでついさっき入ってきたばかりの教室を出た。
廊下に出て左右を見ると、右側に大きめの後ろ姿と華奢な後ろ姿を確認。見慣れた後ろ姿だ。間違えるはずがない。
その2人の横まで走って追いつき、歩幅を合わせて歩き出す。
「どこ行くの?」とテツに聞く。
「ちょっとそこまで」
「何しに行くの」
「行けば分かる」
分かってはいたが教えるつもりはないらしい。
昔っからこうなので得に意地悪だとも思わない。
助けを求めるようにモノを見ると、モノはこちらを見てにこりと笑った。
高校に入り周りに気を遣うことで良く笑うようになったが、昔はほとんど笑うことのなかったような奴だ。だからこそ、その笑顔の裏には何か隠されているのではないか?と深読みしてしまう。
まぁ喧嘩しに行くわけでもないんだろう。
2人には何か考えがあるなら、とりあえずそれに付き合おう。言うつもりはないらしいけど、隠すつもりでもないらしいからきっとすぐ分かるんだろう。
疑問を残したまま、シズは特に何も考えず2人と同じように廊下を歩く。
ついた場所は、ヨウが所属する教室だった。
後ろのドアから中を覗くと、すぐに青の短髪の生徒がこちらに気づき、手を振った。モノはそう言う性格ではないのでやらないが、テツがそれに軽く手を上げて答える。
関わった回数は少ないけれど、ヨウの友達であることは把握している。
その『青』の生徒の横にいた明るい色の茶髪の生徒が、椅子から立ち上がりこちらに歩いてきた。
「2人だけか?」とテツがトワに聞くと、首肯した。
「ヒトオミ君はおらん。来てるけど、来てすぐどっか行ったわ」
「どこ行ったとかは?」
「分からん。ホントに、来てすぐどっか行ったから」
「ほんとほんと。鞄置きに来ただけ-みたいな」とサク。
「ヨウは?風紀委員に連れ去られたままか?」
「そのまんま。帰ってきてないよ」
ここら辺ではあまり聞かない、流暢ななまりのある口調で喋るトワは壁に肩を預け軽く腕を組んだ。
「聞きたいんは昨日の話やろ?」
「あぁ、ヨウが何もしないはずがねぇからな」
「悪いけど何してたかまでは分からん。ただ、1時間分授業サボってたんは事実や」
「ちなみに何時間目?」とモノが言うと、「4限目」と指を四本立てたサクが答えた。
「1人で?」
「いや……ヒトオミ君も同じ時間サボってるんよ。さらに、その時間の前に2人でなんかこそこそ話しててな」
「こそこそつっても態度だけね。声大きいから聞こえてたし」
「ヒトオミ君もこそこそしてたのか?」
「いや。ヒトオミ君は冷静だし、いつも通りだったよ。ってか、あの人隠し事とか上手いから」
「面つけてるしなぁ……」
「面なくてもポーカーフェイスだよ」
へぇ、とあまり関わったことのないテツが興味深そうに数回首を縦に振る。
中等部から同じ学園に通っているが、同じクラスになったことはなく、そういえば面の下の顔を見た記憶がない。むしろ面を付けた状態が当たり前だと思っていた節があり、顔を気にしたことがないかもしれない。
初めて会ったときは変わった奴だと思っていたのだが。
「ところで、ヨウはなにやらかして風紀委員に連れて行かれたの?」とモノ。その一言に、シズが「え」と驚きの声を出す。
「なに?」と、じろりと軽めに睨まれ、「てっきり知ってるのかと思って」と説明をする。
「知らないよ。まぁ、魔術の乱用だとは思ってるけどさ」
「あぁ!なんかね、転移魔法で特別科に乗り込んだかららしいよ?」
今思い出したと言わんばかりにそう言ったサクに、「お前どこでそんな話聞いたん?」とトワが呆れるような、でもどこか感心するような目を向ける。
「職員室……だったかな?分かんない。偶然前歩いてた人の噂話かも。覚えてないや」
「当てにならんし。使えんヤツや」
「ちょいちょい。立派な情報でしょ?すごくない?」
ね?すごくない?と念を押すように、無理矢理同意をさせるかのようにまくし立てるサクに、「お前うるさいねん。黙っとれ?」とトワが咎める。
「その話が本当なら、まぁ捕まるわな」
納得するようにそう言ったテツはどこか楽しんでいるようにみえた。
彼もヨウほどではないが常習犯だし、中等部では問題児の1人だ。そういうことに理解がある。
「とりあえず、風紀委員に捕まってるなら何かやらかす心配はないね」
シズの意見に幼なじみ2人がうなずく。
3人はモノの「時間だし戻る?」の一言で、来た道を戻っていった。
帰る前に、
「馬鹿しかやらないヤツだけど、まぁこれからも仲良くしてやってくれ」
「悪い奴ではないから」
「いっつもありがとうね」と3人言い残していった。
そんな3人の後ろ姿に「せわしない幼馴染みがいると大変そうやな」とトワが苦笑交じりに呟くと、「でも面白そうじゃない?」とサクが答えた。
「まぁ……かもしれんな」
「毎日愉快そうじゃん」
「あ?お前は勝手に毎日愉快そうだろ」
「若干僕のこと変人だと思ってるよね、その言い草」
「お前以上の変人見たことないわ」
「えー。ヒトオミ君も大分変人じゃん。お面付けてるよ?お面。しかも変わったお面」
「うるさいわお前。変人仲間作るなや」
「トワ君のしゃべり方も楽しそう」
「あん?馬鹿にしてんのか」
「してないしてない。この【国】にそんな方言あると思ってなかったからさ、驚き発見!って感じ」
不機嫌を貼り付けた顔でトワはサクを横目で見ると、相手は嬉々とした表情で笑っていた。悪気はみじんもない。短い付き合いだけど、それは分かる。
「そか」
「うんうん。だからそっちの、なんだっけ?森の方だっけ?の話聞かしてよ」
「気ィ向いたらな」
「それ一生向かないヤツじゃん」
2人は立ち上がる前まで座っていた、自分の席に着く。
2人とも席は近いので話はそのまま続けられる。
「まぁヨウ君はとりあえず、ヒトオミ君は何してんだろ」
「そればっかりは分からんなー。ヒトオミ君は自分のことあんま喋ろうとしないし」
「そうなんだよねー。嘘は言ってないけど、なんか隠してるみたいな。まぁいいけど」
「……なんや悪口みたいでヤだな、これ」
トワは顔をしかめる。
別に自分のことを話さないことに不満があるわけではない。自分だって話してないことはあるし、人間誰しもそういうものを持っていたって何らおかしくない。友達をしている上でそれは不都合のものじゃない。隠すからには隠したい理由があるのだ。彼の場合、多分面を付けている、その顔にも。
話したいなら話してくれたら聞くし、聞きたくなったらこちらから少し踏み込む。もちろん強制的に話してくれなくて良い。触れられたくないならそれ以上は触れない。嘘でもいい。ごまかしてくれてもいい。変な壁は作りたくない。変な気も遣いたくない。
高望みだろうけど、望むことは別に悪いことじゃない。
「悪口じゃないよー。ね、ヤエちゃん」
サクは斜め後ろでペンを握り紙と向き合いなにやら作業をしていた緑髪の少女に声をかけた。
唐突のことに、彼女は椅子から落ちる勢いで肩を跳ねさせた。
何でバレたの。そう言いたげに口をあわあわと動かす彼女に、サクは面白そうに笑いながら言う。
「盗み聞きは良くないよー」
「ご、ごめんなさい……。するつもりじゃなかったんだけど」
「つい?」
「……つい」
「でもヤエちゃんもそう思うでしょ?」
「そう、ね……。盗み聞きは良くないよね……」
反省の色を濃く見せる八重に、サクの笑いは加速した。
「そうじゃないって。別に僕は聞かれても良いよ。隠すような話大声でする方が悪いんだから。違くて、ヒトオミ君の話」
「へ、え?あ、そ、そっち?」
「そうそう。ヒトオミ君の話だから盗んでまで聞いちゃったんでしょ?」
ニタニタと笑うサクに、八重は必死に反対した。
そんなんだからこいつの餌食になっちゃうんやで?と内心でトワは忠告をしておく。口にして言わないのは、自分も楽しんでるからなのと、それぐらい明確にしておかないとヒトオミは見ない振りを続けるだろうと思うからだ。
からかわれ続ける八重が少しかわいそうにみえて、トワは助け船をだす。
「そういやヤエちゃんの席そこじゃなくない?」
「へ?あ、私の席今使用中だから」
そう言って彼女は彼女の本来の席の方を指さす。
指の先を目で追うと、女子が集まって話しているのがみえた。確かにその一角に彼女の席は巻き込まれている。
「だから代わりにこの席貸してもらってるの」
「どいてもらおうとはしなかったんやな」
「しないしない。むしろラッキーだと思ってるぐらいよ。これ書くの人が多いところじゃなんか嫌で」
彼女は机の上に置いた紙を指さした。
「便せん?」とサクが聞くと、彼女はうなずく。
「姉様からお手紙が来て、その返事を書いているの」
「あ、そうなん?ならこの馬鹿が邪魔しちゃった感じやな」
トワはぺしっとサクの額にチョップを食らわせる。
飛んでくるとは思ってなかったらしく、サクは珍しく当たった。
「そんなことないよ。その……」
「聞き耳立てたくらいだから進んでなかったでしょ?」
サクの容赦ない一言に、逃げ場を失った八重の顔は赤く染まった。
トワはまたサクの頭にさっきより強めに咎めるようにチョップを下した。
ヤエちゃんがこんな馬鹿野郎に遊ばれてるのに、こんな時にヒトオミ君は何をしてるんだか。
だがこれと言って具体的な例が浮かぶわけでもなかった。
何をしているのか。一切の予想がつかない。3年の付き合いはある友人なのに。
彼の本心を覗けた試しなんて数えられるぐらいしかないんだろうな、とトワは落胆するようにため息をついた。
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