【09】緑柱石色の眼
学園を二つに分断する通り――ひねり無く、通称大通りと呼ばれているその通りは『普通科』と『特別科』を分断している。
両方の校舎は一カ所のみ渡り廊下としてつながれていて、あの大教室はその大通りの上に位置している。
大通りは正門からひたすらまっすぐ、どこまでも分断しているのだが、敷地の奥でとある建物にぶつかる。図書館塔だ。
各領主によって治められている【国】は、【国土】内に法律は存在しても、【世界】共通の法は存在しない。他国侵略を止める存在はいない。
だが、そうはいっても世界の各国全てが戦争や抗争を好むわけではない。
だが、対立してしまった場合は何らかの形で勝敗を決めなければいけない。それら全てを担う【絶対的中立機関】――通称【ミドル】に統括された、同じく絶対中立である区域――通称【ブランチ】が世界にいくつか転々と存在している。
その一つに【大図書館】という魔道書や魔術書を扱う場所があり、学園の図書館塔はそこから本を借りているらしい。
なので警備体勢が非常に堅く、図書委員達がその図書館塔を守っている。
その図書館委員はすべて成績優秀である特別科の生徒から構成されており、つまり何が言いたいかというと目撃情報を聞き出しにくい、ということだ。
「……なんか、おっかねぇ場所だな」
図書館『塔』というだけあり、その建物は非常に高い。
ヨウはその建物を見上げながら、そう呟いた。
入り口である扉は厳かな装飾で飾り立てられ、意味があるのかと問いただしたくなるほど無駄に大きい。
それらは確かに威圧感を与えてくる。そういう意味を見いだしたかったのなら効果覿面だ。
「どうする?シズ君があそこからの帰りで狙われたのなら、話聞く価値はあるかもだけど……」
話したい?と聞くと、ヨウは複雑そうに顔をゆがめた。
友人の敵討ちのためならばなんだってする、そういう気持ちが駆り立てているのだろう。だが、同時に特別科は関わっちゃいけない場所だという先入観が襲う。高等部から入学したサクとかならばその警戒心はまだ薄いのかもしれないが、中等部の間だ3年間教え込まれてきている。
もはや本能的ともいえるところが拒絶をするのだ。
「……ヒトオミ君はどうよ?」
複数の感情に支配された表情のまま、ヨウはそう尋ねるきた。
「そこで俺に判断ゆだねちゃうの?」
ヒトオミの苦笑に、ヨウも似たような表情を返した。
「俺は、まぁ隠すことなく言うなら……死んでも嫌だね」
「今日のヒトオミ君はなんか攻撃的だな」
「え、そう?」
聞くと、ヨウはさっきとは違って迷わずに「うん」と答えた。
特別科に対する嫌悪感が無意識に出ているのかもしれない。
「……じゃあ、図書委員に話を聞くのはやめよう」
「でも、他になんか手がかりあるか?」
ヨウは当たりを見回す。
周囲には高さのそこそこある植木が植えられていたり、花壇があったり、休憩スペースとしてベンチが置かれていたり、特にこれといったものはない。どこにでもある公園のようだ。
「何のために授業サボって出てきたと思ってるの」
現在授業開始から15分ほど経過している。
真面目な生徒である特別科生がいるわけでもなく、模範生とも言える成績優秀者で固められた風紀委員がいるはずもない。そんなタイミングをわざわざ見計らってこんなところにいるのだ。
深く探られないように、サクとトワにも何も言っていない。あとで追求されたら本当のことを言おうかごまかそうか、それはそのときその場で判断しようと思ってる。
「何のためにサボったの?」
純粋な疑問を抱くヨウに、ヒトオミは呆れたような目を向ける。
「いったっしょ?ズルするよ、って」
「あー、そんなことも言ってたような言ってなかったような……」
少し前の会話を思い出そうとしているヨウをとりあえず放置して、ヒトオミは顔を隠していた面を外す。
人よりも幾分か大きい瞳孔があらわになる。ヒトオミが普段から面を付けているのはその『目』を隠すためだ。隠すからには隠すための理由がある。
「……え、なにすんの?ビームとか出ない?」
「俺の目をなんだと思ってんのさ……」
どこか嬉々とした表情をしているのを見ると、内心期待してたんじゃないのか?と疑いたくなる。が、残念ながらそんなものはでない。
ヒトオミは肉眼で周囲を見渡す。この目は普通では見れないものを見る以外の使い方もある。というか、どちらかと言えばそれが本領だ。
「……、」
ヨウは妙な気配を感じてヒトオミの方に視線を向ける。
この気配はなんだっけ。一瞬疑問に思ったが、答えはすぐに出た。
魔術の術式を構成する時の魔力の動きだ。
ヒトオミが魔術を使っている。
あぁ、だから風紀委員が出払っていない時間を狙ったのかとここでようやく合点がいった。
「……え!?」
すべてを納得した上で、ヨウは素っ頓狂な声で驚いた。
魔術師が魔術を使うためには、媒体が必要となる。有名どころでは魔法の杖あたりなのだろうけれど、最近では技術が発展し指輪やブレスレットなど身につけやすいものとしても出回っている。そういった加工技術が発展しても、魔術師は媒体を手放せない。
尤も、全ての魔術に媒体が必要なわけではない。魔術師には『色』があり、色には『属性』がある。その系統の魔術だけは媒体を使わずとも発動できるし、容易なものや簡易なものも媒体はいらない。
だが、その容易な魔術の中に手がかりを探せるような重要そうなものはない。
ヒトオミの手や首元を見るが、媒体らしきものは付けていない。
「……え?」
困惑の声が思わず漏れた。
3年も同じ学園に通っていたのに、友人のこんな一面を見たのは初めてだった。
「言ったっしょ?……ズルするよって」
聞くのは何度目だろうか。
今までのどこか腹をくくったような言い方とは違う、何かを失ったような寂しさの含まれた声。
自分の方を見たそんなヒトオミの翡翠の瞳は、不可思議な光を帯びて煌めいているようにみえた。
「……その目――」
「――あ、こっちだ。ヨウ君、こっちにシズ君が飛ばされたらしい座標の痕跡がある」
ヒトオミが指さして歩き始める。
一切こっちを見なかった当たり、触れてほしくないのだろう。そう察したのは自分も似たようなものを抱えているからだ。
その片鱗を少し見せた彼は何を思っているのだろう。
自分はそれを共有できる存在がいる。だけど、彼にはどうなんだろう。
ヨウはなんとなくヒトオミと初めて会った中等部の頃を思い出しながら、その背を追った。
「ここで飛ばされたみたい」
ヒトオミの瞳から光が薄れていく。
彼が足を止めたのは植木の裏だった。背丈はそれなりに高く、夏場の熱い日差しから逃れるのにはもってこいだ。
それぐらいの人を抱擁できるだけの陰を伴っている。
「ここからどっかに飛ばされたのか……」
とはいっても、植木があるぐらいで他には特に何も無い。
ここで飛ばされて暴行を受けたのなら、問題はこの座標がつなぐ場所にあるはず。
「……飛んでみる?」
ヒトオミがそう言った。
試しているような口調。怪しくも綺麗に煌めく翡翠の瞳。少し不敵気味に歪んだ口元。
やはり今日の彼はいつもの冷静そのものの彼じゃない。
「飛んでみなきゃどこにつくか俺にも分からないけど、多分特別科。どうする?」
好戦的な笑み。
口元から少し覗いた八重歯が鋭く光ってみえた。
何が彼をそうさせているのか、そっちに傾きかけるが今の目的を自分に言い聞かせて軌道を戻す。
「そりゃ行くしかないっしょ。そのためにここまでしてんだし?」
「いいの?もしかしたら、あんま嬉しくない場所かもよ?」
「ダチやられてる時点で嬉しいも悲しいもねぇよ」
あぁ、確かに。そうに違いない。
ヒトオミは残された魔術の術式に魔力を注ぎ、再現させる。
転移魔法は得意不得意が別れやすい魔術の一つだ。モノは得意としていたみたいだが、ヒトオミはそうじゃない。むしろ苦手だ。媒体がなければ間違うどころか発動すらしない。
緑柱石ともたとえられる緑の眼にまた煌めきが宿る。
「いくよ」と軽く声を開けてから、ヨウの肩に手を乗せた。
そして2人の姿は虚空に消える。
◇
飛んだ場所が果たしてどこだったのか、それは分からない。
見たことのない、初めてきた場所だった。
学園の敷地はどこも土足なので慌てる必要はないはずなのに、ヨウは靴を脱がなければという意識に駆られた。そんな足下には赤い絨毯がしかれていた。落ち着いた色の、シックな絨毯。
「……どこだここ」
シズは一瞬にして学園の外に飛ばされたのか?そこで暴行を加えられて、また戻されたのか?
そんな混乱をひもとくように、隣から落ち着いた声がした。
「特別科の校舎だよ」
「これがァ!?」
ヨウは室内を見渡した。
足下はシックな絨毯。部屋には今まで見たことのないような高級そうなソファー。天井にはシャンデリア。窓の枠組みも普通科なんかとは比べものにならないぐらい上品だ。この空間にいるだけで卒倒しそうだ。
「……どこもかしこもこうなってるわけじゃない」
ヒトオミの表情がこわばったまま固まる。
この空間にこびりついた魔力に動けなくなりそうになる。なんとなく嫌な予感はしていた。その類いの連中ともしかしたら関係があるのかもしれないと疑わなかったわけじゃない。最悪の事態は想定しておくにこっしたことはない。
だけど、これは最悪の中の最悪だ。
なんとか自分を鼓舞していたが、この部屋にいるだけでそがれていく。
あまり長居はしたくない。
ここで精神をすり減らすと、戻るための転移魔法に失敗する。そしたらここに取り残される。そんなことが起きたらこの部屋の主と鉢合わせになる。そしたら、そしたら――。
ヒトオミはなんとか面を取りだし、顔に付ける。
普段から身につけているせいなのか、こうすると少し落ち着く。
「……ここで、殴られたのか?」
ヨウのつぶやきに、ヒトオミはハッと思い出す。
そうだ。ここで暴行を加えられたのだ。そしてその間のことはシズは覚えていない。
初めの一発で気絶したのか、それとも――記憶をいじられたのか。
きっと、多分後者だ。
ヒトオミは無意識下でそう決めつけていた。
ここでこの部屋の主に何かを問われた。
シズがそれにどう答えたのか分からない。もしかしたら『分からない』と答えたのかもしれない。どちらにせよ、シズの何かしらの行為が主の気に障った。だから殴られた。気が済むまで、ひたすら。
何の根拠もない。そんな証拠もない。
だけど、その考えが脳内を埋め尽くす。
それしかない。それ以外あり得ない。
思考が凝り固まっていく。
あの【家】は平気で拷問したってなんらおかしくない。
ならそこまでして聞き出したかったことはなんなのか。
主とシズの間に直接関係があるとは思えない。おそらく、手当たり次第に目を付けて、それが偶然ヒトオミの知り合いだったのだ。
「どうしようか、ヒトオミ君」
ヨウは先ほどまで驚いていたのが嘘のように室内を物色していた。
目に映るもの全てが珍しい。こんな高級そのものの部屋なんて滅多にお目にかかれない。
楽しけりゃなんでもいい、をスタンスにしている彼な好奇心を抱かないはずがない。
「……とりあえず、手当たり次第に触んない方が良いかも」
「うえぇえ!?」
奇声とも言える妙な悲鳴を発しながら、ヨウは手にしていた小さな鉢植えを落としかける。が、なんとかキャッチした。
変な汗を2人してぬぐう。
「な、なんで?」
「……ここに俺らがいたってことが悟られると、多分次狙われるのは俺達だ」
「悟られる可能性があるってこと?」
「そう。『紫』の感知能力は舐めない方が良い」
『紫』――その言葉にヨウののどは一気に干上がった。
基本的に、色は『赤』『緑』『青』が主流で、ここ最近では『黄』の人口も増えて、今となってはこの四色がほとんどだ。
実は他にも色はあって、『藍』及び『シアン』と『紫』が少数ながら存在する。
何故少数なのか。
随分と昔、この二色は狩られていた過去がある。その得意能力が危ないと危険視され、惨殺されていた。
『藍』は空間の把握に特化し、『紫』は他者への干渉に特化している。
抗争、戦争にあいて、火力の特化した『赤』よりも優先的に排除された。
その『紫』が特別科の生徒にはいて、特別科ということは極めて秀でていて、おそらくこの部屋の主で、感知能力がずば抜けている。
良いことなんてなにもない。
「……なら、逆手にとろう」
「……へ?」とヒトオミは間抜けな声を伴って、ヨウを見る。
ニィ、といたずらを考えるガキ大将のような笑みに、何を言っても無駄だと気づく。
楽しければなんでもいい。
彼の物事の基準は、すべてそれで決まっている。
今回の悪戯は特別科の生徒を罠にはめること。
「……シズ君の二の舞になるって」
止めるべきなのは分かっているけれど、止められるわけがないとも分かっている。
「いやー、そこは学園の風紀を整える方々に頑張ってもらおうかと思いましてぇ」
さながら新しいおもちゃでも手に入れたようなテンションで話し出すヨウに、ヒトオミの硬くなった表情も自然と緩む。
敵地のど真ん中でやって良い行為ではないけれど、むしろど真ん中だからこそ余裕がなければならない。視野を狭めるようなことをしたって得はない。
「分かったよ、今回はヨウ君が持ってきた案件だし、任せるよ。でも何するかは事前に教えてもらえる?」
「ヒトオミ君、ダメっていうからいーや」
「任せるってば」
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