【08】漂う鱗粉
◇
「……俺はいいけどさ、けど俺でいいの?」
ヒトオミはヨウにそう訪ねる。
「もちろん。ってか、ヒトオミ君こそ俺の話聞いてた!?聞いた上でそう言うの!?」
「……え、なんで俺が責められてる風なの。お願いって言ってきたのそっちじゃん」
「そうだけど、そうじゃないっていうか……」
ヨウはもどかしそうに赤い髪をかきむしる。
「ヒトオミ君、将来詐欺に会っても知らねぇから!」
「……断ろっかな」
「すまんかった!頼む!」
「ヨウ君こそ将来詐欺に会うんじゃない?」
保健室からヨウが戻ってくると、教室は授業の真っ最中だった。
入ってきたヨウは担当の教師に事情を説明し、すぐに席に着いた。教科書とノートを出し、授業の参加だけを取り繕うと、すぐにウインドを起動させ、ヒトオミにチャットを入れてきた。
用件は、率直に言えばシズに暴行を加えた犯人を捜し出すことを手伝ってほしい、ということだった。
特に断る理由もなかったのでヒトオミは詳細を聞く前に二つ返事でOKを出した。その後、ふと思った。別に自分ではなく、あの4人で探せば良いのではないのか。自分たちはクラスが同じだからつるんでいるだけで、あの3人も同じクラスならヨウは間違いなくそっちにいただろう。
だから、協力を頼む相手は自分で本当に良いのか?と確認をした。
あの3人じゃなくて、トワじゃなくて、サクでもなくて、自分で良いのかと尋ねた。
3人は巻き込みたくない。トワとサクに至っては尚更だ。
ひどいこと言ってるのは分かってるから、断ってくれて良い、とは言われた。
それでも、やっぱり断る理由はなかった。
その気持ちが分からないわけではなかったからだ。
「まぁその辺の話はいいよ。男に二言はないってことで。……なにか手がかりとか、そういうのは?」
「モノが言うには犯人は特別科なんじゃないのかって」
「なんで?」
「シズが言うには暴行を受ける前に転移させられたらしい。その座標が図書館塔の帰りなんだってさ」
「……あぁ、なるほど。普通科の生徒なら転移させずに殴るってことか」
「モノが言うにはそうらしい」
「……、」
「ヒトオミ君?」
「……いや、いいや。分かった。二言はないよ」
「へ?その話はもう終わったでしょ」
「探るからには徹底的にやろう。ちょっと、ズルするけどそれはないとか言わないよね?」
「うわお、ヒトオミ君、そういう悪い顔するんだ?」
「面越しじゃみえてないでしょ」
ヒトオミは顔を覆っていた特性の面から素顔を覗かせる。
「素顔の方が悪い顔してる」とヨウに言われた。彼も負けじと悪い顔をしている。
「風紀委員が別件で動いてる今の方がやりやすい。その飛ばされたって言う座標のところまで行こう」
「オーケイ、相棒。どこまでもついてくぜ」
◇
場所は鍵を内からかけた保健室。
黄色の男が人目を気にし、カーテンをしめているため室内は薄暗い。
電気を付ければ良いのだろうけれど、とくにそれをする気は起こらなかった。
「なんの手がかりもつかめてないの?時宗さん」
そこを根城とする黄色の髪を持ち、無駄に整った顔をした男は側にいた知り合いにそう声をかける。
「知らん。特に指示は無い」
時宗――そう呼ばれた女子と勘違いされてもおかしくない長さの青い髪を持つ男が雑にそう答えた。目についたベットに腰掛け、手にしていた腕章を放り投げ、重たくため息をつく。
「どちらにせよツルギには関係ない話だろ」
「そーだけど。でもミオちゃんがそのうちヘルプを求めてくるかもしれないじゃん?頼れる先輩でいたいじゃん?」
「……ヒトオミが?なんでお前にヘルプなんて出すんだ」
「えぇ?時宗さんしらないのぉ。新たな被害者、普通科の1年生よ?ミオちゃんの友達の友達だって」
「ヒトオミがその関係で動くか?あいつを動かすのは厄介だぞ」
「ミオちゃん友達想いだからねー。頼まれたら後先考えずに、『うん』って言うよ?」
「あの馬鹿……」
「聞いた話によると、特別科が動いてるみたいじゃん。更には【火宮】だとか」
「……、」
風紀委員である自分はともかく、委員会にすら出ないこの男がどこからそんな情報を持ってくるのか。まぁ、おそらく自分の容姿に寄ってきた女子から聞いているのだろうけれど。
話す理由もないが、隠す理由もない。
風紀委員の連中は『上』ばかり気にしていて息が詰まる。この金髪も腹立たしいが、幾分かマシだし、気を使わなくてすむのは正直助かる。
時宗はもう一度ため息をついてから話し出す。
「【蝶】が妙な動きを見せているらしい」
「あらー、喋っちゃうの」
「話した俺も、聞いたお前も同罪だ」
「超横暴」
「暴行を加えている犯人はもしかしたら特別科の生徒かもしれない。だが、毎回同じ人物とは限らない。蝶に寄生されている生徒が違う、かもしれない」
「【蝶】が黒幕?」
「その可能性もあるってだけだ。妙な動きをしているってだけで、断定はできない。それに――」
「――それに、【蝶】が黒幕なら風紀委員は何もできない」
「あぁ」
役立たずだな、と時宗は刺々しくいう。ツルギは腹を抱えて、息苦しくなるほど笑った。
「風紀委員がそれ言うの?」と笑いながら何とか言葉にする。
「俺が好きでやってるわけではない、ということをお前が一番よく知ってるだろ」
ギロリと青い瞳が鋭く光る。
ツルギは両手でそれをなだめる仕草をした。
「そうだけど。それじゃあさぁ、時宗さんは誰の味方なわけ?」
「誰かの味方にならなきゃいけないようなことに首を突っ込む気はない」
「いいね、そのスタンス。通りで俺らと仲良くできるわけだ」
「仲良いつもりはないけどな」
「あらー、フラれちった」
「それより、【蝶】が裏にいるならヒトオミに知らせた方がいいんじゃないか?」
「んー……」とツルギは考えるように唸り、そのままぐぐっと伸びに移行する。
「おい」と時宗の咎めるような口調。
「知らせるべきなんだろうけど、知らせたらミオちゃん萎縮しちゃうじゃん?」
「鉢合わせたら、もしくは【蝶】の方がヒトオミの動きに気づいたら元も子もないだろう」
「そーなんだよねぇ」
危機感のない、いつも通りの不真面目な言い方。どこかおちゃらけた態度。真面目に話してるこちらの方がアホらしくなる。
気を張ってるのが馬鹿らしくなり、体勢を崩した。
余裕が生まれる。
その直後の勘だった。
「お前、何かするつもりだろ」
「え?俺にそんな行動力があると思ってんの?」
「……ないな。委員会すら出席しないしな」
「うん」
「だが、ヒトオミが関われば別だろ。まぁ、ヒトオミに限った話じゃないが」
「ないない。悪いけど、俺は親しかろうがなんだろうが他人のためには動かないよ」
他人は興味ない。
自分以外全員敵――この男はどことなくそういう価値観で全てを計っている。
昔の話を聞いたことはないが、そういう育ち方をしたのではないのか?と内心思っているし、どこか決めつけている。それぐらい揺るぎない考えだった。
時宗もそれが理解できないわけではない。
自分というなれば身内以外、どうでもいい。その少数も守れないのに、他に気にかけている余裕はない。
そんな自分と奴の行動基準は似ている。
「まぁ良心があるなら、ミオちゃんのために【蝶】の動きを見張ってよ、時宗さん」
他に頼み方はないのか。
どうも子供っぽい節がある。そんなことを呆れつつ、時宗は首を縦に振った。
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