【06】赤色の眼光

場所は大教室。

特別科の校舎と普通科の校舎の中間に位置する教室だ。少し言い換えれば、2つの境目にある場所だ。

ドアは前と後ろに二つ。特別科側に特別科の生徒が、普通科側に普通科の生徒が座っている。

特別科の生徒が普通科側に来ることはないし、逆もない。


今ここが、2つの争いの最前線。

一触即発の可能性を秘めた場所だ。


そして、その争いの中立をするかのように文化祭実行委員長や生徒会役員を筆頭としたその他の委員長の分の席が横に並べられている。

教室の隅には学園警察の異名を持つ風紀委員の腕章をした生徒。


手前から1年。その隣が3年。一番奥が2年。

各クラスから実行委員は2人選ばれ、席は縦に並べられている。


指定されたわけではないのに最前列には『赤』の生徒がにらみを利かせている。

予想はしていたが、案の定過ぎる。

この流れに従う必要は無いだろうけど、自分も『赤』と共にいる以上従っておくべきだろう。

普通科の恨みを買いそうだし、自分も特別科を好いているわけではない。


ヒトオミはヨウに「前に座ってくれる?」と提案した。お願いにも近かったかもしれない。ヨウにはそれが伝わったのか、「任せろ」と親指を立てて前に座った。

ヒトオミは続けてヨウの後ろに座る。

座る前に自分の座る横列をなんとなく確認した。前列の『赤』率に比べればもちろん低いが、それでも『赤』はまだいる。


会議開始時刻が近づくと、どことなく殺気に近い圧を主に正面から感じた。居心地は良くない。

ヨウを前に送り込んでしまったことにもう後悔をし始めていた。彼は別に争いに来たわけではないのに最前列に座らせてしまった。


「保健委員長、また来てねぇのな」


前に座るヨウはいつもと同じように、軽い様子で話しかけてきた。

彼の言うとおり、ほぼ埋まっている委員長達の席は2つ空席ができている。片方のネームプレートには『保健委員長』の文字。もう片方には『生徒会長』の文字。

あの金髪はまた来ていない。


会議開始数分前。

普通科側のドアが開いた。


女子だと勘違いしそうなぐらい長い髪を垂らした『青』の男子が例の金髪の背を突き飛ばすように押しながら入ってきた。

『青』の男子の腕には風紀委員であることを表す腕章が付けられていた。


「俺の扱い雑じゃない?」

「丁重に扱ってほしいのなら決めごとには従ったらどうだ」

「俺団体行動って苦手なんだよねー」

「苦手は出来ないの言い訳にはならん」

「けちっ」

「いいから早く座れ」


背を押され、保健委員長は指定された自分の席に座った。

ヒトオミはなんとなく彼の方に目を向けた。彼はそれに気づいたのか、彼自身もこちらを見ていたのか、目が合った。

小さくこちらに手を振ってきたが、こちらが反応する前に先ほどの青い風紀委員に頭を小突かれた。


そして。チャイムが鳴った。

またドアが開き、1人の生徒が入ってくる。


青とはまた違う藍色の髪を垂らし、特別科の制服を纏った女子。

彼女の姿を目にした特別科の生徒達が軽く会釈をする。

火宮和妃。

今の代の生徒会長であり、この【国】を治める火宮家の当主の娘である。

家柄や血筋でちやほやされることもあるが、実力があることも認められている。普通科はともかく、特別科の生徒から信頼や憧れを受けている人だ。


「会長、始めてもよろしいですか?」

「あぁ。始めてくれ」


実行委員長が紙を片手に立ち上がる。

こうして普通科と特別科合同での第3回文化祭実行委員会議が始まった。


まず、文化祭開催日の確認。

その当日の風紀委員と生徒会の動き。


各科が使う場所の確認。

普通科の校舎を使うのは普通科の生徒で特別科の校舎を使うのは特別科の生徒――そういう単純な話ではすまないのが問題なのだ。


文化祭当日は他の【国】の人間の出入りが自由となる。

火宮と友好的なところや従順なところは問題ない。だが、敵視している【国】の人間も入ってくる以上広範囲の場所を公開するのは見張りの人数が足りない。

それに範囲を広げてしまうと、どうしたって人気の無い場所が生まれてしまい、隠密活動を許してしまうかもしれない。


人がまんべんなく埋まるように。人口密度がなるべく一定になるように。


隠された目的として、普通科と特別科の距離を縮めるためともされている。

なので特別科の校舎に普通科の生徒が出入りし、普通科の校舎に特別科の生徒が出入りする。

両者はそれを嫌い続けている。何か事件があったわけでもない。両者の関係性はどの代でも悪いまま。


「ではどの部屋を誰が使用するのかについてですが、話し合っても決まらないと思ったので大方こちらで決めました」


実行委員長のその言葉で、生徒会の役員がホワイトボードに地図を校舎の見取り図を貼り付けた。立入禁止ゾーンは斜線で塗りつぶされ、使用する場所に『普通科』『特別科』の割り振りが書かれている。


「異論がある方はどうぞ」


はい、と手を上げたのは特別科の中央に座っている生徒だった。


「特別科で物を用意して、そこから運び込むわけだから特別科側の教室を使うのが普通でしょ」

「この場所についての発言ですか?」


進行役の実行委員長は、地図上の特別科が使用する普通科校舎の奥に位置する教室を指さす。

「そうです」と発言をした特別科の生徒がうなずく。


「とのことですが、普通科側はなにかありますか」

「その教室は空き教室なんで自由に使えていいと思ったんすけどね。他の場所は普通科が普段使ってるんでこっちの私物が山ほどあるんすよ。混じったらどっちもヤな思いするじゃないですか」


普通科の中央に座る3年が答えた。もちろん名前はしらない。互いに名乗りあったことはないからだ。


「物運ぶつったって転移魔術だろ?何が大変なもんだ」と別の3年普通科生が言った。

「それともなにか?転移魔術へたくそか?」と別の3年が煽る。


両方ともまだ下級生は口を出さない。


「ならそっちだって転移魔法で私物をどかせばいい話だろ」と特別科生。

「どこにだよ」

「俺らが使うのは空き教室なんだろ?その場所に私物を移動させればいい話だろ」

「二度手間だろ、それ」

「それだけじゃない。広さにも問題があるだろ」

「狭いって苦情か。あ?こっちが使う特別科の教室も似たようなもんじゃねーか」

「たいしたことも出来ない普通科が場所とってどうする。無駄使いになるだけだろ」

「お前らのは堅いだけで中身が何もねーだろ。何したいのかわかんねーんだよ」


少しずつ少しずつ話し合いが暴言に発展していく。

しょうもないことしか話していない。こんな退屈な話し合いに付き合わされている他の委員長達が不憫だ。ヒトオミはそちらの方に少しだけ顔を動かすと、保健委員長は口を手でおさえているものの隠すことなく大あくびをしていた。

そういう態度も特別科の連中を煽るだけ。そういうことをこの男も分かっている。分かった上でやっているのだ。


「【外】に開示するんだぞ。【身内】だけの話じゃないんだ」

「知らんね!開示するときだけ見栄張ってなんの意味があんだよ!お前ら【内】のこと優先しねぇで【外】ばっか優先して、なにがしてぇんだかわかんねぇんだよ」

「そりゃ低脳にはわかんない話だろうよ」

「あぁ、生憎とその高尚な思想は気にくわねぇ!」


両者の3年が立ち上がり、手に炎を纏う。

びりびりと皮膚で魔力が逆立っているのを感じる。

この事態をどうするのか、生徒会長の方に目を向ければ、彼女は何やら資料に目を通しているだけだった。

彼女もまた、他の特別科と同じで【外】との交流を望んでいる。普通科の意見なんて聞く気は無いのだ。


隣に座っている他クラスの1年が心なしか震えている。

『赤』は乱暴。

ヒトオミはそんなデマを思い出しながら自分の前に目を向けた。


その背がくるりとこちらを向き、声を潜めて「どうすればいいの?この状況」と至って真面目に聞いてきた。風紀委員は彼の何をどう判断して不真面目認定したのだろうか、と毎度ながら首をかしげる。


「何する気よ、ヨウ君」

「いや、何って具体的な考えはないけどさ?争いは止めるべきじゃん」

「あー……」


止まるわけない、とは言えなかった。

とりあえず様子を見よう、と提案しようとしたら視界がくらんだ。


ダメージはない。閃光玉のような目くらましの魔術。


例外はいるだろうけど、おそらく術者以外の部屋にいる全員の目がこれでくらんだはずだ。

少しずつ視界が回復し、周りが見えてくる。


「どうです?ちったァ冷静になりましたかね、センパイ方」


普通科側の一番奥に座っている『赤』の生徒がそう言った。

純色のような燃える赤い髪。視力を治すこともできるこのご時世にわざわざ眼鏡をかけ、首から変わったマスクを下げている。

そんな特徴的な彼の後ろに座る生徒は、いたずらの成功した無邪気な少年のような顔をしている。男の割には長い、金色の髪。


「しょうも無いことに熱くなりすぎでしょ」


しょうもない?と特別科の生徒が聞き返すと、『赤』の生徒は「そうでしょ」ととぼけたように問い返す。


「だって互いに相手の意見聞いてねぇじゃん。意見ぶつけ合って、で、アンタら折れんの?」


両者の3年の目が『赤』の生徒に向く。

普通科側も、その生徒に向けているのは敵意だった。その生徒も普通科の3年に敵意をむける。


「話し合いの場を混乱させて、お前は何がしたいんだ」と特別科の生徒が問う。


「特になにも?つか、あんたらはなんで偉そうなわけ?」

「偉そうも何も――」

「言っとくけど、血筋が優れてるんだぜ?って話はくそ食らえ」


『赤』の生徒は眼鏡を外す。

つり上がった鋭い目つきに、相手を怯えさせる赤い瞳。

誰かがその目を見て「環輪眼……」と呟いた。室内がざわめく。渦中の彼はその様を見て、愉快そうに口元を緩める。


「で、もっかい聞くけど、お前らはなんで偉そうなわけ?」


怪しく歪む口元から覗く八重歯が野生的に見える。


「まぁ?喧嘩するって言うならしてあげてもいいけど、どうする?」


ニヒルに笑った口元と、ぎらりと光る眼光に逆らう生徒は誰1人としていなかった。








 ◇




会議が終わり、廊下に出るなり「さすがにやり過ぎたとかない?」と黄色の生徒が赤の生徒に尋ねる。

「なに、さすがにビビった?」と赤の生徒は挑発するように言う。


「まっさか。やってやったぜ!とは思ってんだけど、俺報復とかされたら腹パンで沈むよ?俺は」

「俺強調すんな」と眼鏡をかけた赤の生徒は愉快そうに笑みをこぼす。


「まぁ不安なら脳筋野郎の側にいれば?」

「お前の側じゃねぇんだ!うっける!」

「そりゃそうだろ。お前もみたろ?あいつらのキレた間抜け面。下手したら俺に八つ当たり来るぜ?」

「マジで?やばくねぇの?」

「俺が負けると思ってんの?」

「……いや、ねーな。うっわー、お前おそいに来た奴かわいそ!」

「マジそれな」

「お前に勝てるのってアレじゃん。脳筋野郎ぐらいじゃん」

「引き分けですけどね!」


赤の生徒の嫌味ったらしい澄まし顔が剥がれ、ムキになってそう返した。黄の生徒がそれを指差して笑うと、噛みつくような勢いで睨み返された。

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