【05】食えない金色

嘘だと世間に広まりつつも血液型でヒトの性格を判断してしまう風習が根強く残っているのと同様に、『色』でヒトの性格を判断してしまう風習がある。

『色』は所詮自分の血筋を表す物でしかないはずなのだが、積み重ねられた歴史はそう簡単に排除されない。一番たちが悪いのは、そのガセネタに一部とはいえ事実が含まれていることだ。


『緑』は温厚。

『青』は堅実。

『黄』は活発。

『赤』は乱暴。――もちろん、嘘だ。


だが。


「……、」


ヒトオミは集まるように指示された第1会議室内を見渡して、首をかしげる。圧倒的に『赤』の数が多い。

穏便に話を済ませる気がないのは明白だ。だからあの迷信が消えないのだと嫌なほど思い知らされる。

なんでたかだか文化祭実行委員の会議で戦闘する気満々なんだ、この先輩方は。そう思いつつも、あいにく自分の隣に立つ巻き込んでくれた張本人の瞳の色も『赤』であることを思いだし、頭を抱える。

多分自分たちも『赤』を引き連れて準備万端だ、と思われてるのだろう。


髪や瞳の『色』以外で目立つことといえば、校則が緩いがために身につけられているアクセサリーなどである。眼鏡は普通。サングラスも普通。ピアスや一見変わったマスクも問題ない。おかげでヒトオミが普段学園内を歩き回る際に身につけている面も目立たない。

これだけでたらめな学園であるがために、風紀委員の見回りが厳しいのだ。現に、この会議室にも風紀委員が数人立っている。

たかだか委員会の会議だというのに、なんでこんなピリピリした雰囲気なのだろう。ヒトオミは頭を抱える。


まだ会議が始まるまでには時間がある。空席もまだあるが、ほとんどが埋まっている。とりあえず、クラスの書かれた紙が貼られた席に座った。


机は『コ』の字型で2列並べられていた。前後で1クラス分だ。

ヨウはヒトオミが前に座るように頼む前に、自ら前に座った。前列の『赤』率が高い。


会議室の前にはずらりと机が一列に並べられ、ある程度埋まっている。

空いている席の机には『保健委員長』と書かれた紙が垂れ下がっている。文化祭実行委員の会議を実行委員長だけでは抑えられないときのために、他の委員長たちも同席している。


「……保健委員長の行方が分かりません」


文化祭執行部の役員が、委員長だと思われる人物にそう告げる。

保健委員長の人柄を知っている生徒たちが「またか」「あいつなら仕方ない」など、口々に言う。

殺伐とした空気に息苦しさを感じ、顔を覆っていた面を少しずらす。リンクしていた視神経が途切れ、面超しに見えていた室内が見えなくなる。


「無駄だと思うけど、もう一度呼びかけの放送してみて」

「了解です」


そんな会話がしたすぐ後に、保健委員長を呼び出す放送が校内に入った。

その数分後に会議の始まる時間がきた。案の定保健委員長は姿を見せず、その席は空席のままだ。


「第2回、文化祭実行委員会を始めます」


上級生の誰かがそういった。

初めて集まったのにもかかわらず、これが第2回。面で前を塞いでいるし、視神経をつなげていないので何も見えないが、多分数人はそんな些細なことにすら腹を立てているのだと思う。

第1回は普通科ではなく、特別科のほうの委員会だ。通算して数えている手前、こちらが2回目だと言うことはこちらが格下だということ。

普通科と特別科の不仲具合は毎年揺るがない。こんな些細なことですら腹を立てる奴らもいる。


そして、次の第3回では普通科と特別科の合同だ。

多分その第3回で、ここに集まった『赤』率の高さが生かされることだろう。下手したら乱闘だ。けが人が出る。

おそらく保健委員長は今回来なかったため、次回絶対参加させるべく見張りがつくことだろう。ざまぁみろ、と腹の中で笑っておく。


今回の委員会はただの顔見せだ。

名前は特に名乗り合ったりはせず、文化祭の日付の確認と当日の他の委員会の動きや実行委員の動きを具体的に並べていく。

いざこざや喧嘩は、今回はない。


要は、第3回に向けての結団式に近い。

委員会は自分のクラスで委員を決めていたあの沈黙よりも短い時間で終わった。



「なんでたかだか文化祭で本気になれるんだか……」


委員長の解散の言葉をきっかけに、ヒトオミとヨウは廊下に出た。

そして、ヒトオミが開口一番にそう言ったのだ。ヨウは「まぁ、仕方ないんじゃね?」とどこか愉快そうに言う。


「3年は最後の文化祭だし。それに、学生にしかないイベントじゃん?」

「そうかもだけど」

「まぁまぁ。楽しんだもん勝ちでしょ」

「でたよ。ヨウ君はなんでも楽しめそうだね」


どんな些細なことでも全力で楽しむ――そんな友人に感化されて、楽しめそうな気もする。でも、特別科という響きに胃が痛くなる。


ヒトオミはヨウと共に教室に戻る。

その道中、廊下で人混みに遭遇した。廊下の幅をほぼ埋めているその集団はやたらと女子率が高く、ヒトオミは歩調を遅めた。

ヨウが「なんだあれ」とうっとうしそうに目を細めた。

人混みの反対側の壁のぎりぎりを通り、すり抜けようと試みる。角度を変えるとある程度そろっている女子の背より1つ頭飛び抜けた人物が人混みの中心になっているのがよく見えた。中心である金髪の男子を見ると、「あれ、だれ?」とヨウに小声で耳打ちされた。


「保健委員長だよ」

「えぇ!?」

「ばっか。声デカい」

「今日サボった、あの保健委員長!?」

「そうだよ。ってか、保健委員長が複数人いるわけないじゃん」

「じゃあ、なに?委員会サボって女子とお話してたってことかよ」


うらやましい限りだなオイ、とヨウが人混みを睨み付ける。腹を立てるところはそこじゃないだろ、と内心でツッこむ。


「まぁ、どうでもいいじゃん。教室行こう」


ヒトオミはヨウの背中を一度軽く叩いて、その場から動く。

最後に人混みに目を向けると、中心の金髪がこちらを見ていた気がした。


三日月のように意味ありげに歪む口が腹立たしい。

直接聞いたことはないが、あの金髪にご執心の女子達はあの仕草を妖艶と言ったり、怪しげだからこそ良いとか言っているらしい。死んでも理解できそうに無い感覚だ。

どこからどう見ても小馬鹿にしているようにしか見えないだろうに。


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