【04】始まりを告げる姫の英断

東雲八重。

その名前を、その家柄を、名乗ると言うことはどういう意味なのか。幼少期から教え込まれてきた。

特殊能力を保持している家系だからと世界から重宝され、そして四大国家と呈されている絶対権力と張れるだけの一族の1つに数えられた。それが何を意味するのかを理解し、姉たちはそれを養分に勇ましく育った。

自信家で、意思が硬く、自己顕示欲が強く、粗暴。

図々しく意地汚い女たちだと言われているが、そうでなければ【東雲】がなめられる。


能力を求められて誘拐や拉致されることだって何の因果か姉妹全員が経験済みだ。【東雲】の娘を殺す、と脅すだけで四大国家が対応を相手好みに変えてくる。

東雲の娘を使えばいい。東雲とはいえ所詮女。――そう甘く見られてはいけない。

【東雲】は先代人類の言葉を借りれば『国』だ。そこを治める人間の娘は時に『姫』と呼ばれたいそう大事にされたそうだ。

何故たいそう大事に重宝され、綺麗な着物で着飾った姉たちが世間に出たとたん男勝りになったのか。八重自身も世間に目を向けたらすぐに分かった。


そうはいっても、同時期に生まれた6人の姉は互いが互いを意識して育ったらしい。母からの愛情は全員に注がれていたが、それでも独り占めを求めてしまうのが幼児の本能なのか、6人で事あるごとに競い合って育ったらしい。それが幸いしたのか、姉たちの性格は激しく【東雲】に向いていた。だが、自分はそうではない、と思う。

争い合っていた姉たちを見て育ったからなのか、争うことを好ましいとは思えない性格になってしまった。自分が我慢すれば丸く収まるのなら我慢する。自分が請け負えば争いにならないのなら請け負う。平和に、平和に。


――八重、そんな性格じゃやってけないわよ

――あんた、そんな性格じゃ毎晩枕ぬらすわよ

――お人好しじゃ後悔するわよ、馬鹿妹


姉たちのそんな一言を寝る前いつも思い出す。後悔してるからなんだろうか。だからって、そう簡単に今までやってきた『自分』が変わるわけがない。変われるはずがない。……そう言い聞かせなければいけない時点で、私は向いてないんだと思う。

【東雲】は嫌いではないし、昔と変わってしまった姉たちも変わらず尊敬できるし家族として誇りに思っている。追いかけたいとも思ってる。

なんで姉たちは6人同時に生まれてきたのに、私は1人なんだろう。責めても仕方ないところに論点をおいてなんとか考えることをやめる。味方がほしいだなんて、おかしい話だ。別に自分は独りではないのに。


「あ、八重さん」


高等部普通科の校舎から特別科に移動するその途中で、声をかけられた。

薄く淡い水色の髪を耳の上で二つに結んだ、まだ幼げな顔つきの少女。着ている制服は八重とは違い、中等部のものだ。


「あっ、ごめんなさい、呼び止めてしまって。見かけたからつい……。すみません、急いでるご様子なのに」

「もう。そんなにかしこまらないでいいって言ってるのに。大丈夫よ、体した用じゃ……」


――遠慮することないと思う。


体した用じゃない。

そう言えるのは一押しされたから?それとも、彼の言葉を引用した言い訳?……あぁもう。なんで自分はこんなにもみっともない。


目の前の少女は、少し微笑んで八重の手を掴む。柔らかく包み込まれてから、自分の手がひどく冷え切っていることが分かった。指先から伝わってくる後輩の体温を奪っていくのが分かる。


「八重さんは1人じゃないよ。だいじょうぶ」


ぎゅと手を握られる。

彼女も自分と同じく、『一国』の『姫』だ。違う国だが似た境遇にいる。


ありがとう。

後輩の手を握り返して、ゆっくり離す。

それから、またねと一言添えて、特別科校舎の方へと走った。


特別科へ言ったら、自分がどういう扱いをされるのか。想像はつく。普通科と言うだけで特別科の生徒は下にみる。

そして、誰であろうと群れになれば強気になる。大してこちらは1人だ。

八重は歩調を速めた。早くしないと、あの子からもらった勇気が逃げていってしまいそうだったし、励まされた自分がまた萎えてしまいそうで怖い。





 ◇




見せしめかと思った。


特別科校舎に足を一歩踏み入れたとたん、見える景色が変わった。

転移魔法。それに嵌められたのだ。嵌められたというより嵌まりに言った。魔術師が自分に仕掛けようと目論んでいたのは校舎に入る前から分かっていた。それを拒む理由も、跳ね返す理由も、応戦する理由も持ち合わせていない。


「ようこそ」


学び舎とは思えない、どこか気品のある廊下から一転し、案内されたのは広めの部屋だった。こちらも学び舎かと疑うほど厳かでどこかの屋敷なのではないかと錯覚しそうだった。

前方には生徒が数人立っており、全員が鋭い目つきでこちらを見ている。敵視なのか。人間から視線を外し、室内を少し見渡す。窓は見えてもドアがない。なるほど、背後にあるのか。


「お久しぶりね、東雲さん」


背後からの声。ドアを開けて逃げることも封じられているらしい。

こちらから乗り込んで逃げるはずがないでしょう。八重は久しく会っていない姉たちのまねごとをする。


「長引かせていた返答をしに来ました」


本当なら敬語を使う必要もないのかもしれない。相手が使っていないのだから。同格。親しければ礼儀を必要とされるのだろうけれど、そうではない。

生意気な姉たちならなんて言うだろう。答えだけして、すぐに去るだろうか。


「お力添えはできません」

「それは誘いを断るということ?」

「はい」

「どうして?あなたも【東雲】なら将来どこかの組織に組み込まれるはず。【火宮】の保証があればあなたが望む場所に入れるわ」


なんでこの人たちに自分の将来のことを心配されなければいけないのか。何を考えているのかは容易に想像がつく。姉たちが【火宮】とは違う勢力になびき、ついて行ってしまったから【東雲】を欲しているのだ。世界になめられないように。

【東雲】というブランドの後ろ盾がほしい。そういうことなのだ。


今から恩を売っておけば、そのまま流れで【火宮】の――四大国家と恐れられる勢力の一部には入れる。いい話でしょ?そう言いたいのだ。私にもあなたにもいい話。互いに利益がある。損はない。すてきな話でしょ。だから手を組みましょう。


に得のある話じゃないからよ」


生徒たちの目つきがよりいっそう悪くなる。正面から喧嘩を売られたことがない温室育ちの子供たちだから仕方ない。世界が自分の思うようになびくと勘違いしている。そういう教育を受けたのだろう。――なんと哀れか。


ふ、と。

それが視線を横切った。――蝶だ。


複数の蝶。花の周りを飛び交う本物の蝶ではなく、人為的に組み立てられた術式で構成された発光した、蝶。それらは背後から複数匹舞い、視界を、部屋を、埋め尽くす。


この学園の校則よりも知れ渡っていることの一つに、『蝶を纏う特別科生を怒らせるな』というものがある。それをふと思い出す。

名前は、火宮姫更。

八重は振り返り、背後を見た。

紫色の長い髪を二つに結った蝶を纏う特別科の女子。彼女はこちらを見て口を三日月型に歪ませる。人に敵視を向けられるのはなれている。下手したらそれが殺意だった、なんてこともある。他人からの不快を訴える目つきには嫌でも耐性がついた。その分類も幾分かつけられる。

だけれど、彼女のその視線がなんなのか。察せなかった。不気味だ。

興味なのか。下に見ているのか。何も思われていない――ということはないだろうけれど。


飛び交っていた蝶の1匹が八重の頭部にとまった。だが、すぐに離れていく。


「へぇ、そう」


紫色の彼女は、同じ紫の色をした瞳でこちらを詰るように見た。

蝶が彼女の肩に、頭に、髪に、手に、唇を撫でる白く細い指に、とまる。

背を預けていたドアから離れ、ゆっくりと近寄ってくる。

周りにいる特別科生は敵ではない。けど、彼女は違う。格が、違う。


「今のあなた、すっごい無様。ついさっき言われた言葉に流されてるとか」

「……その、無様を誘ったのはそっちでしょう?」

「まぁねぇ」


蝶の姫が目の前に立つ。


「もう少し骨が折れるかと思ったんだけど、残念だわ」


少数を残し、蝶が光の粒子となって姿を消した。軍でいうのならそれは武装解除をしたということ。敵を前にして。


「返してきて。――もう要らない」


冷めた紫の瞳。彼女の元を離れた蝶が嘲笑うかのように八重の眼前を飛んだ。

自分が望んだ結果だった。これでいいんだ。だけど彼女の冷めた口調に表情が凍る。

そして、また景色が移り変わる。場所は特別科の、自分が入ってきた場所だった。




 ◇



「あの愚弟、余計なことしやがるわ」


舌打ちをした後、紫色の少女は憎らしくそう吐いた。

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