【03】セカイの掟

「あ、そうや。……なぁ、ヒトオミ君?」


さっきの控えめな言い方ではなく、探るような、恐る恐るとした言い方。

あ、またか。と思うぐらいには慣れてしまった。

なんでいたずらした子供みたいな素振りなんだ。なんだその手。なんで何か言う前から手のひら併せてお願いする態度なんだよ。悪いことをしたわけでもないのに。

そういう茶目っ気があるから、クラスの女子に可愛がられるんだ。ペット的な意味で。


「んー?なに」


そんなトワに対して、ヒトオミは煽るような態度で迎え撃つ。


「今日やった魔方陣の規則性、教えてちょんまげ」

「語尾が腹立つからヤダ」

「すんませんでした調子乗りました見捨てないでクダサイ。もう俺にはヒトオミ君しかおらんねん」

「野郎にそんなセリフ言われてもねぇ……」


鳥肌ものだ。


「サクの方が適任だと思うけど?」

「あいつに頼るなんて癪。『え?そんなことも分からないの?』とか言い出すのが目に見えるわ」

「ちょ、そのモノマネ、完成度高すぎない?」


ヒトオミは腹を抱える。

悪気もなくさらりと毒を吐く。そしてなんで分からないのか分からないという純粋な目。そこが似すぎていた。


「分かったら訊くわけないやん。そんなんも分かんないのか、あのアホは」


一度言われただけなのか、何度も言われたことがあるのか。それは分からないけれど、トワは予め持参していた教科書とノートをぶつくさ文句を言いながらヒトオミの机の上に並べた。


「ねね、なんか、僕の悪口いってない?ねぇねぇ」

「なんやねんお前!そんで、どっから湧いた!?」


絡み酒なんてしたこともされたことも未成年なのでないけれど、ふとその言葉が浮かんだ。

いつの間にかトワの背後をとっていたサクが、トワの方に腕を回していた。


「何々、2人で密談?」

「お前らとちゃうねん。真面目な話や」


トワは開いた教科書をサクに見せつける。


「えー、それじゃ僕たちの会話が真面目じゃないみたいじゃん。ね、ヨウ君」

「こちとらめちゃくちゃ真面目話だぞ」とまたいつの間にか近寄ってきていたヨウが胸を張って、誠に遺憾であるとか口にしていた。なんだこいつら。


「ほぉ、んじゃ何の話してたのか言ってみ?お?」

「テツから借りた教科書に何落書きしてやろっかと思って」


テツ、というのはヨウの昔からの知り合いだと4月頃に訊いたことがある。多分思い浮かんだ顔の人物で間違いないはずだ、とヒトオミは記憶を確かめる。『黄』の短髪で、少し体格がよくて、ヨウを弟のようにしかっていた記憶がある。


「それのどこが真面目話だよ、テツ君苦悩でそのうちハゲてしまうんじゃないんか?」とトワが冷めた目で2人を見る。


教室のドアのほうから「ヨウ!」と友人を呼ぶ声がした。

噂をすれば影がさす。先ほど思い出した顔と同じ顔がそこに立っていた。

テツのもとへ、ヨウは借りていたと言っていた教科書を持って近寄る。



「はいよ、助かったぜ」

「おう。んで、また変な落書きしたんじゃねぇだろうな?」

「心外だわ-。お前ダチ信じらんないの?うっわ、傷つくわー」

「さんざん信じられないようなことしといて、そんなバカみてぇなこというのはこの口か?え?」

「あ、そだ。その教科書名前書いてなかったから俺の名前書いといた」

「お前なにしてくれてんの!?」

「めーちゃくちゃ綺麗に書いといたから、自慢して回ってもいいぜ」

「しかも油性じゃねーか!」

「いやー、いいことしたあとってのは気分いいわ-」

「これ消えなかったらどうする気だよ馬鹿野郎!」



「……なんかかみ合ってないんだよね、あの2人の会話」とサクは2人のやりとりを見ながらそういった。

「いや、サク、お前が言えることじゃないやろ」というトワの一言にヒトオミは首を縦に振っておいた。


テツと直接話したことはないけれど、ヨウとのやりとりを見ている限りは面倒見のいい人なんだろうとは思う。教科書に勝手に名前を書いたヨウの肩をつかんで激しく前後に揺らしながら暴言を吐きまくっているが、あれも仲がいいからこそできることだろう。

あの2人は出身地が同じらしく、生まれたときからの付き合いと言っても過言ではないぐらい一緒にいたらしい。

暴言から軽度な殴り合いにまで発展している悪友2人の口論を誰も止めないのは、いつものことだからだ。……まぁ、風紀委員には2人して目をつけられてしまっているが。


「……、」


騒がしい2人を見るたびに、いつもなんとなく思ってしまう。

自分はどこで間違えてしまったのだろうか、と。



「ヨウ君、あの……風紀委員がきてる」


緑髪の少女、八重は口に人差し指を近づけて2人にそう言い聞かせた。

その後ろには『風紀委員』の腕章をつけたおそらく先輩だと思われる男子生徒が3人立っていた。風紀委員――その言葉に2人は顔を見合わせて、盛大に目を見開いた。やっちまった、と言いたげな顔だ。


「やっべ、ちょ、ヤエちゃん。俺ら逃げるわ!あとよろしく!」

「え、ちょっと」

「悪ィ、ヤエちゃん!あと任した!」

「あの、だから」


言い終わるや否や、ヨウとテツは術式を書くこともなく逃げ足の速い小動物へと姿を変えて逃走。その後を風紀委員が追いかけていった。


「もー!私に何しろって言うのよ!」


あとよろしく。あと任せた。そういう言葉は責任感のある八重には困る言葉だったらしい。

八重が風紀委員を連れてきたわけでもないし、彼女からすれば風紀委員を呼ぶほどのことではないと思っているし、風紀委員側があの問題児2人をどうにか懲らしめてやりたいと企んでいることを言づてに聞いていたので、近づけたくなかった、のだが。

家柄のせいで風紀委員にまで能力を当てにされている。それを裏切りたいわけでもない。だからって、あの2人を悪人だと吊し上げたいわけでもない。


「まぁまぁ、ヤエちゃん落ち着いて」

「すまんなぁ、ヨウ君がアホなせいで」


サクとトワがフォローに入る。

あの馬鹿2人が逃げていった方面の廊下が騒がしくなる。取っ組み合いをして、騒動まがいなことになってしまったのはあの2人に非はない。だが、校内でむやみに魔術を使うのはよくないとされている。もちろん風紀委員に見つからない範囲で使っている生徒はたくさんいるが、あの2人はあろうことが風紀委員の前で変身したのだ。風紀委員側も目の前で魔術を使用した輩を放置するわけにはいかない。きっとプライドもあるだろうから全力で追いかけ回すことだろう。


「まぁまぁ、お疲れのようやし座ったら?」とトワが紳士的に八重に座るように勧める。その椅子はヒトオミの前の椅子だった。最終的にはサクが八重の肩に手をのせてそのまま強引に座らせたように見えなくもない。なんだこの2人は。

で、なんで俺と向かい合わせるように座らせたんだ。ヒトオミが2人の方を見上げると、どちらも顔を合わせようとはしなかった。


「ヤエちゃん、風紀委員の手伝いでもしてるの?」とサクが訪ねる。

「手伝い……なのかなぁ?」


俯いたままそう呟き、首をかしげこちらの様子をうかがう。

ヒトオミの背後にサクが回り込んでいたため、そのサクに意見を求めたようだが自分に聞かれたような距離感で思わずのけぞる。


「なのかなぁって、向こうさんになにか言われたとかじゃないんか?」

「風紀委員側に就くとは言ったことないの。でもはっきりいったわけでもないし、もちろん対立する気もないし……」

「……別に、【東雲】は【火宮】と手を組んでるわけでもないから、自由にしてていいと思うけどね、俺は」

「……」

「……まぁ、何かあっても【東雲】は治外法権があるから、【火宮】に喧嘩売られても無視できる。それにいくら【火宮】が四大国家の一角だからって威張り散らしても、【東雲】ら他3家は同格。なんか言われても突っぱねていいんだよ。東雲さんはその権利がある」

「……ヒトオミ君はそう思う?」


同意を求められて言葉に詰まる。

ここの領土を納めている火宮家の悪口を言うわけにはいかない。事実上、この領土は【火宮】の独裁だ。この学園を取り仕切っているのもその火宮で、その火宮の血を引く子供たちがこの学園に通っている。【火宮】に楯突くのは命知らずだ。


「うん。遠慮することないと思う」


個人的なことを言っていいのなら、その特別な家柄に託けて叩きつぶしてほしい。同格なら、それは抗争の一種でしかない。なら止めに入る別勢力はない。むしろ、【火宮】をつぶしたがってる他の勢力が【東雲】の味方をすることだろう。……いや、さすがに情勢を乱そうならば中立組織【ミドル】が口を出してくるか。


「……ってかね、東雲さんは気を遣いすぎだよ」


おっかないことを考えていたなんて悟られたくなくて、話を少しそらす。


「そりゃたいそうな家柄背負ってるから堅くなるのも分かるけど、でもまだ高校生じゃん。好き勝手していいと思う」


少し呆気にとられたように目をまん丸にしていた八重だが、気を緩めたように笑みをこぼした。


「ヨウ君みたいなこと言うのね、ヒトオミ君」

「え……それは、いくら東雲さんの言葉でも喜べない、かな……」


「ヨウ君にチクちゃおうぜ」とサクがトワに同意を求めたが「それよりヨウ君はよ風紀委員に捕まらんかな、テツ君だけうまいこと逃げてくれればいいんやけど」というヒトオミ以上の毒に、サクはシフトチェンジしたようだった。

「ヨウ君なんて追いかけるだけ時間の無駄なのにね」「ほんとにね。自分の勉強時間にでも充てた方がマシやろ」と自分の背後と八重の背後に立つ2人がこの場にいないヨウをいじる。


「……ありがとうね、ヒトオミ君。それからごめんなさい。こんなくだらない話につきあわせちゃって……」


まだ2人のヨウいじりは続いている。

そんな中、正面に座る少女に深々と頭を下げられた。頭をあげると、彼女の髪と同じ色の緑色の瞳に射貫かれた。


「あ……いや、別に……」


答えにもなってない言葉をなんとか並べながら、ヒトオミの視線は徐々に下に落ちていく。そんな純粋且つ綺麗な目で見られると困る。目を向けられるのは困る。コミュ障にはつらい。

それに。

八重を励ますような言葉は選べていない。結局、【火宮】に対する自分の不満をぶつけただけだ。コミュ障のわりに喋れたのは愚痴だったからだ。そんな自分に謝罪はともかく「ありがとう」なんて言ってくれるな。ココロが痛む。

そんな罪悪感もあり顔を上げられなくなったヒトオミを見て、八重はどこか寂しそうに笑って席を立つ。


「サク君とトワ君も、ありがとう」


緑色の長い髪を垂らした彼女は教室の外に用事でもあるのか、出て行った。


「……、」


そんな彼女の肩に、視えてはいけないものが居座っているが見て取れた。


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