第4話 破壊者たちの目覚め

今日は訳のわからない出来事が多すぎる日だ、と勇治ゆうじは思った。夢の中の本が現実に出てきたかと思えば急に人の心の声が聞こえるようになり、しかもそれは自分の体が化け物に近づいていたせいだという。そして今この瞬間に目の前で起こっている、漫画か何かのような


戦闘能力解放ステージ2!」


突然現れた夢の中の少女。その姿を視界にとらえた瞬間、駆婁かけるは左手の偽装を解除してむき出しになった緑色の義手で殴りかかった。拳は恐るべき速度で少女の顔面をとらえ、その頭部を木っ端微塵に吹き飛ばす。


「お、おい!? お前……」

「まだ死んでない! 勇治は店主から離れないで!」


駆婁の言葉通り、頭部の無くなった少女の体からいったいどうやっているのか声が発せられた。


「もう……いきなり殺されたら流石にびっくりよ?」


勇治としては頭がないのに喋っていることこそびっくりなのだが駆婁もノットも驚いた様子はない。この少女が頭無しで喋るのはこれが初めてではないようだ。

ノットが勇治を守るように前に進み出て少女に問いかける。


「ライター、何をしに現れた? 勇治君の様子でも見に来たか?」

「ええ、そうよ。だってこの子、本が開く前から強い影響を受けていたんだもの。どうなるのか楽しみだったのよ」

「残念だが既に我々同様、本の影響は身代わりが受けるようにしてある。彼は怪物にはならんよ」

「それほど残念でもないわ。本が消えるわけじゃないもの」

「……お前の目的は何だ?」

「ふふっ 内緒」


「じゃあ聞かない。ここで終われ」


ノットが話しかけている間に何かの呪文を唱えていた駆婁が再び義手を少女の残った体に叩きこむ。少女の体は何の抵抗もなく頭部同様に砕け散った。


「殺ったのか……?」

「これでダメならには殺せないってことになる」


恐る恐る問う勇治に駆婁が答えた直後、突然誰かが勇治の左手をつかんだ。


「!?」


驚いて左手を見ると、人間の右手のだけが宙に浮かんで勇治の左手首を握っていた。


「うわぁあ!」


勇治は慌てて左腕を振り回して手を振りほどこうとする。その際に握っていたケイブパールを落としてしまった。宙に浮かぶ手はそれをサッと拾い上げると少し離れた位置まで飛んで移動する。


「コレ、もらうわね」


宙に浮かぶ手から先ほどの少女の声がしたかと思うと、手はひらりと宙を舞い、窓から店の外に出て行ってしまった。


「身代わりを持っていかれたか! ……駆婁!」

「わかってる。逃がさない!」


宙を舞う手を追って駆婁が走り出そうとした瞬間、店全体を激しい揺れが襲った。


「こんな時に地震かよ!? ……っと、結構でかい!」


危うく転びそうになりその場にしゃがみ込む勇治。

駆婁はハッとして足を止め、ノットと顔を見合わせる。ノットが冷や汗のにじむ顔で頷いた瞬間、駆婁は地震の揺れなど完全に無視して勇治を無理に立たせ、そのまま手を引いて店の出口に向かって再び走り出す。


「あ、おい!」

「早く出よう! このタイミングで普通の地震が起こるわけがない! !」


普段の勇治なら駆婁の言葉の意味が分からずその場で固まったかもしれないが今日の勇治は訳の分からない現象に慣れてしまっていた。駆婁の言葉から”何かが自分たちのところに迫っている”という事を理解し自分で走り出す。


外に出る直前、店の床が悲鳴を上げて砕け散り、3人が完全に外に出た直後に今度は屋根が内側から崩壊した。何かが下から床と屋根を突き破ったのだ。

屋根を突き破って出てきたの姿に勇治は見覚えがあった。

黒い膿のようなものが滲んだ表皮、芋虫形の胴、頭と思しき部分には無数の触手が蠢いている、まるで巨大な烏賊を逆さまにしたような生物。


「アレ……は……!」


勇治はその生物を目にして立ち尽くす。

今朝の夢で彼を丸呑みにし、昼の夢では彼がその姿になっていた怪物が何倍も巨大になって現実の世界で出現したのだ。

本と少女、夢に出てきたものが続けて現実に現れたのだから当然もあり得るのは分かってはいた。それでも実際に出てこられると衝撃が違う。

何もできず固まっていると、怪物と目が合ったような気がした。怪物の頭らしき部分に目など見当たらない。無数の触手が蠢いているだけだ。

しかし確かに”見られている”と感じることができた。

昼に見た夢の光景……自分があの怪物と一体化している光景が脳裏にフラッシュバックする。


「俺は……あんなのになる所だったのか……」


掠れるような声が口から漏れるが体は指一本動かせない。

何より恐ろしいのは目の前の怪物と自分が何か見えない力で確かにつながっていると感じられることだ。とわずかながら実感できることだった。


駆婁が固まったままの勇治を庇うようにして怪物の前に立つ。


「勇治、大丈夫?」

「あ、ああ……」


声を掛けられたことで少しだけ思考が現実に戻ってきた。

駆婁たちは勇治を少し後ろに下げて怪物と対峙する。


「クトーニアン……石に移したばかりなのにもうあんなに成長している? 何か変だ」

「ライターがあの一瞬で何かしたのか……? いや、それを考えるのは後だな」

「そうだね。こいつを街に出したら大変なことになる」

「私が。なんとか時間を稼いでくれ」

「わかった」


駆婁が怪物の方を向いたまま左腕の義手を後ろに引き、そのまま人間離れした跳躍で飛びかかる。


「喰らえ!」


駆婁が左の拳を怪物に叩きこむ。先ほども見せた、人の体を木っ端みじんに吹き飛ばす威力を持った拳だ。しかし相手は人ではない。当たった拳は体の表面で受け止められる。

殴られたことでようやく駆婁の存在に意識を向けたようで、ゆっくりと振り向く。

その瞬間、再び地面が大きく揺れ始めた。先ほどよりも数段大きな揺れだ。


「また地震……あいつが起こしてんのか!」


立っていられず、勇治は再びその場にしゃがみ込む。

ノットと駆婁は立っていられるようだがそれで精いっぱいのようで、駆婁は怪物の顔前で大きな隙をさらした。


「がッ!」


怪物が頭を地面を撫でるように大きく振る。回避できず、駆婁は怪物の体に激突し吹き飛んだ。

駆婁は勇治のすぐ傍まで転がってきてピクリとも動かなくなった。


「おい! 大丈夫か! ……返事しろよ! おい!」


返事は帰ってこない。見れば右の手足は変な方向に曲がり、体のあちこちから折れた骨が突き出している。どれほどの衝撃を受けたのか容易に想像できる惨状だ。


「息……してねえ……」


がっくりと体の力が抜け、視界がゆがむような錯覚を起こす。

ノットの方を振り返ると彼は駆婁の方を見て沈痛な面持ちになりながらも何かを唱え続けている。

怪物の方を見ると追撃でも加えるつもりなのか、ゆっくりと這うようにしてこちらに近づいてきている。


「……なんだよ、コレ」


怪物はわざとやっているのか妙に遅く、時間をかけて近づいてくる。それが余計に勇治を焦らせる。


「どうすれば……」


ゆっくり近づいているとはいえすぐ近くだ。この短時間では結局何もできず、怪物が目の前まで到達して頭を振り上げる。このまま振り下ろされれば自分たちはあっけなく潰れるだろう。


死んだ。と思った。自分の心臓の鼓動が妙に大きく聞こえる。周りの動きが妙にスローモーに見える。例えばドラマの交通事故のシーンで迫ってくるトラックのように。そんなことを思い出しながら、自分がこれから死ぬのだと実感した。


(人生は物語のようなものだ、って言ったのはどこの誰だったっけな)


自分の人生が物語だというなら、これがエンディングという事だろうか。

自分の傍らで倒れている駆婁の物語も、後ろで今も必死に何かを唱えているノットの物語も、これで幕引きという事か。


(……ふざけんなよ。こんなクソみたいな物語、納得できるかよ)


ならばどうするのか、と誰かに問いかけられた気がした。

その問いに答える前に怪物の巨体が迫る。


直後、衝撃が地面を揺らす。怪物の体が地面に激突したためだ。


ただし、勇治達のいる場所にではない。


店があった場所、最初に怪物が現れた場所まで地面に叩きつけられたのだ。


(……決まってんだろ、こんな物語、ぶち壊してやる!)


その返答を何者かが笑った気がした。






勇治達の傍にいたノットは驚きのあまり詠唱を止めて立ち尽くす。

いま目の前にいる何か。

勇治達のいた場所に突然現れて、怪物……旧支配者の子、クトーニアンを、左腕以外を黒い鎧のようなものに包まれた、首のない巨人。


「この姿、まさか……駆婁なのか? なら勇治君はどこへ?」


それに答えるようなタイミングで、首なしの巨人の中から勇治と駆婁、の声が重なって響き渡った。


「「邪神変化ステージ3」」


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