第三章 優しい音色が分かつ空 【帝政シャール編2】

幕間


 傭兵街には、一般人からの依頼を受けてくれる腕利きの傭兵がいる。

 深夜。そんな噂を頼りに港街ガランの外れに住む娘レーアは、肌寒くなりかけてきた街中を小走りに南へと向かっていた。素足に編み込みのサンダル、くすんだ灰色をした半袖という薄着で、息を切らせていた。

 あそこを逃げ出したときは、体力の続く限り走っていた。今は息も絶え絶えに、歩く速度と変わらぬくらいの小走り。どのくらい離れたであろうか、背後を振り返るのも怖く、ただひたすらに海を、港を、傭兵街を目指した。

 足を止めれば、すぐに背後からあの女の声が、「どこにいくのレーア」と、いつもの優しいあの女の声が聞こえてくるのではないかと、うなじをそのたびに総毛立たせる。息も上がりかけた汗だくの中、それでも奔る背筋の寒気。

 助けてもらわなくてはならない。

 妹たちを。なによりも自分を。

 あの歌声を聞かされると、総てを忘れて人を殺めてしまう私たち姉妹を。

 助けてもらわねばならない。

 この命を奪ってもらってでも。


「お願いします。助けてください」


 月と星の灯りのみでも見通す自分の夜目を頼りにレーアは駆ける。


「助けてください」


 知れず、声が漏れる。

 嗚咽へと変えては息が乱れる。泣いてはいけない。


「殺してください」


 私を。あいつらを。

 職人街に入ると、レーアは自分の萎えかける肉体を叱咤する。背まで伸びた栗色の髪が、再び風を受けなびく。走る。息が上がってもなお、両足には力がこもる。のどが痛い。足腰も悲鳴を上げている。それでも、噂に聞く場所まで、あと少しなのだ。

 双剣亭に行けば、助けてくれる。

 お姫さまの剣士が、きっと助けてくれる。

 ただ、それだけを信じ、ただ、それだけを頼りに、彼女は一層その両足に力を込めたのであった。

 



 

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