第8話『雨滴の大河(2/5)』

 *


 領都は慌しい雰囲気に包まれていた。

 街の各門は厳重に管理され、人の出入りが極端に規制され始めたのである。

 クライフが南へ旅立ってしばらく、ちょうど緑葉が陥落した日にちと符合する。

 数百の各騎士団が、重装備で街を出たのが十日以上も前だっただけに、領都の住人は一様の不安を感じずに入られなかった。

 この時分になると、徐々に緑葉陥落の噂が流れ始めるようになる。まことしやかなその噂は、根も葉もない流言流布から始まり、様々な状況証拠の尾ひれが付いて各地に伝播するのだ。門戸は閉じられても、状況や人の口に戸は立てられないものだ。

 白亜の巨塔、領主婦人キーリエの住まう一画。

 重く冷たく静まった石造りの宮殿。

 警護の任を与えられている女性構成員のみの白百合騎士団団員が、要所の警備についている。キーリエの実質的な親衛隊であり、私兵である。三十人ほどの女性騎士を擁する白百合騎士団、その団長であるキアラもまた、領都のこの宮殿に配されていた。

 彼女の情報は早い。

 すでにクライフが向かったあとで前後して、グレイヴリィの傭兵が緑葉を陥落せしめたことの一部始終が届けられていた。

 宮殿本館正門に向かいながら、彼女は鎧の紋章に無意識に手を添えて考えている。


「クライフは無事であろうか」


 理不尽な救出行に単身乗り込んだ彼が、無事でいられる保障は無い。すでに戒厳状態の緑葉から抜け出すことは不可能だろう。囲まれ、見出され、殺される。この状況下では、住民も敵と判断せざるを得ない。

 彼一人ならば生き残る手立てはあるだろうが、子供をお腹に宿している女性を連れて領都まで帰還することは果てしなく難関だ。

 あの生真面目だが憎めない男の顔を思い浮かべる。

 訓練時代、女性騎士団設立の動きに反発した心無い流言蜚語や肉体的責めを意地と実力で排してきたキアラを、ただ一己の騎士としてみようとした人間はいなかった。

 クライフだけを例外として。

 あの男は、もともと多くの姉に囲まれて育ったらしく、意識的にも無意識的にも女性を蔑視する気持ちも特別視する気持ちも生まれなかったらしい。何度か会話するうちに、彼の生家は薪売りをしているというところまで聞いた。三男坊だった彼は店を継ぐことを選ばされず、若いうちから騎士を目指すために剣を取った。

 見習いでも、騎士として取り立てられたときの、あの無表情な歓喜の笑顔を、キアラは密かに褒め称えたものだ。一目をおいているといっても良い。騎士として。


「その初仕事で……」


 正門前、護衛に守られた大臣を確認すると、キアラは気を引き締め口を閉じた。


「お待たせいたしました、ケネス様」

「キーリエ様は?」

「自室でお待ちになられています」

「そうか」


 キアラは「こちらです」と一声かけて背を向ける。

 顔を合わせたくは無かったし、彼もあまり見られたくはないだろう。

 彼ら――キーリエ含め、ケネスら一部文官は、領主バレンタインの隠し子を、その母親ともども亡き者にしようと画策しているのだ。白百合騎士団は、そのことを知っている。知っていて、彼女はクライフを見送った。同罪だと、心を痛めていた。

 静謐な廊下を歩くと、二人分の足音が響く。音響に気を使って作られた宮殿を無音で歩くことはできない。足音を消さぬのが、ここでの――用心の住まい全般での――暗黙の了解であった。

 鉄靴の音、靴の音、そして鎧と衣の音。

 キアラは階段をいくつか上り、一室の前で立ち止まった。


「キーリエ様、ケネス様が御到着なされました」


 ノックをせずに声をかける。


「お入りなさい」


 キアラは大きく扉を開き、ケネスに入室を促す。

 ケネスが扉の内に姿を消すと、そのまま閉じようとして……。


「キアラ、あなたも入りなさい」


 キーリエにさすような一言を投げかけられる。

 拒否は無かった。

 給仕係を要しない、密談の類だ。ソファに向かい合わせに座ったキーリエとケネスは、挨拶もそこそこに、一方は喜悦、一方は苦悶を浮かべる。

 口火を切ったのは、キーリエの方からだった。


「緑葉が、堕ちたわね」

「はぁ」


 キアラは鎧を鳴らさずに、扉の脇で直立して控えている。

 ケネスはキアラを気にしながら頷き、キーリエの言葉を促した。


「でもね、あの坊や……余計なことをしてくれたわ」


 キアラは、眉根を振るわせた。

 あの坊や――思い当たるのはクライフしかいない。


「あのカーライル傭兵団を十人ほど斬って、まんまと逃げたみたい」

「なんですと?」


 ケネスが色めき立った。

 心の奥底では無慈悲な策謀に対する引け目を感じてはいたが、こと行動に出てからは一種諦めていた彼である。しかし、あの名うての傭兵団を十人も、見習いあがりの無名の騎士が倒してのけるとは思いも寄らないことだった。

 声にこそ出さないものの、キアラも内心瞠目した。

 彼は生きている、と。

 そしてそれ以上に、十人も殺したのか、と。あのカーライル傭兵団の、腕に赤布を巻く男たちを十人も倒してのけたのか、と。

 キアラの心胆寒からしめたのは、自身の中に巻き起こる羨望だった。


「逃げたのよね、あの坊や」

「………………」

「下賎な娼婦もいっしょにね」

「なんと……、守り抜いたというのですか」


 ケネスは腰を浮かせかけ、力が抜けるようにソファに腰を下ろしなおす。

 キアラにも彼の言いたいことは分かる。自分の立場が違えば「たいしたものだ」と手放しで褒めたい気分であるに違いない。

 しかし、キーリエの前では、おくびに出すことも憚られる。

 白百合の団長も、大臣も、もはや共犯なのである。


「グレイヴリィのお墨付きも、たいしたことは無いのかしら」

「はぁ」

「本隊が到着しない限り、追っ手は望むべくもなし。だとしたら、もう諦めるしかないかしらねえ」

「キーリエ様」


 ケネスはホっとしたように息を吐く。

 もう陰謀をめぐらす必要は無いのか、との彼の一縷の希望を、しかしキーリエは続く言葉で完全に拉ぎ潰した。


「こちらからも、討手を出しましょう」

「っ!」


 ケネスは音に聞こえるほど息を呑み、表情を変えずに喜悦を浮かべ続けるキーリエの顔を凝視する。


「しかし、表立った動きは」

「暗殺者を雇うのよ」


 あなたがね、と。

 目でキーリエは命令を下す。

 ケネスは、呼吸も忘れたかのように震えた。


「暗殺者、名高い『アゴラの双竜』」


 呟くキーリエ。

 その何聞き覚えのあるケネスはビクリと震え上がった。

 各国各領の黒い噂にまれに聞こえる、双子の暗殺者の名だった。

 要職に付く身ならば、一度は聞き、恐れる暗殺者。

 アゴラとは北の大陸の地方都市の名であり、その地で生まれた双子が仕事を求めてこの大陸に渡ってきたのが三十年ほど前。しかし、初めの犠牲者が三十年前に現れたというだけで、その真偽は定かではない。もともと、表立たない世界の人間の情報は、表立つ人間には聞こえては来ないものなのだ。


「彼らと、連絡を取る手段があるのよ、ケネス」

「……!」

「去年、ガレオンを殺そうとした男、覚えているでしょう?」


 騎士団総団長の名前に、さすがにキアラも気色ばんでキーリエを見る。

 ガレオン暗殺未遂事件は、そのときにはすでに領都にいたキアラには耳新しい事件だ。


「そうよ、ケネス」


 キーリエは表情を無に変える。


「貴方が雇った、彼らよ」

「う、ううっ!」

「キーリエ様!」


 キーリエに掴みかからんばかりに身を乗り出したケネスに触発され、警護のキアラは飛び出しかける。しかし、キーリエは右手を軽く掲げただけで、ケネスも、キアラも制する。


「……五人のうち、四人が返り討ち。残る一人も左腕を切り落とされて逃亡、だったわね。……彼らは秘密を守るわ、それは貴方がこの一年の間、良く噛み締めているでしょう?」


 彼女はなおも続ける。


「ふふふ、でもなんで私が知っているのか……よくお考えなさい」


 喜悦を浮かべなおし、キーリエはケネスの瞳を覗き込む。


「同じよ、ケネス。あの時と同じ方法で連絡を取り、あの時と同じように報酬を全て前金で支払うだけ。簡単なことでしょう? 少なくとも、もう二回目なのだから」


 ケネスの顔色は、赤から青に変わり、最後に血の気を失った土気色と変じていた。

 この男、もう逃げられないのだ。

 キアラは哀れみを感じた。

 ――文官の長が武官の長を……か。

 確執を良く知る宮中勤務だけに、分からなくも無かった。しかしこのケネスが去年、そんな大それたことを計画し実行に移していたとは思わなかった。

 魔が刺した、ということか。

 だがその魔が持つ毒は、随分と根深く彼を蝕み、遅効性の枷を彼の命運にはめ込んだ。

 その枷から伸びる鎖を握っているのが、キーリエ。

 キアラは眩暈を覚えるようだった。


「彼らは優秀よ。二代目になって、特に腕を上げたわ」

「二代目……?」

「ふふふ」


 多くを語らず、キーリエは軽く手を振る。


「キアラ、大臣がお帰りよ」

「は」


 キアラはケネスを促し立たせると、扉を開ける。

 正門まで案内しようとすると、またもやキーリエの言葉が彼女を捕らえる。


「貴方は残りなさい」


 その声を諦念とともに聞き、なぜか「大臣は迷わず帰れるだろうか」と、そんなことを考えて深く息をついたのであった。




 翌日。

 早朝から慌しく準備をする白百合騎士団の白銀の鎧が陽光を照り返している。

 団の約半数、二十の騎馬が集結し、旅支度を整えている。

 ――そうそう、精鋭を二十人ほど集め、貴方も南へ向かいなさい。

 キアラは、昨日キーリエに言われたことを思い起こしていた。

 ――坊やを迎えに、ね。連れの娼婦も丁寧にもてなしてあげなさい。

 ……つまりは、白百合騎士団も北から彼らを追う敵になる、ということだ。

 キーリエが望むのは、暗殺である。

 戦渦では何が起こるかわからない、と、彼女は言った。

 お側が手薄になるとのキアラの言葉にも、「私は大丈夫」と、意味深な返しをしていた。


「クライフ……」


 キアラは呟き、腰の剣帯に、流麗な細身の剣を装着する。ベルトをきつく絞り、軽く息を吐く。

 そこに、場内警護の騎士と思わしき六人ほどの一団が歩き寄ってくる。

 別段気にしないキアラだったが、その足が時分に向いていることと、一種下卑た雰囲気を背中で感じ、十メートルほどの距離に迫ったあたりで優雅に振り向いた。


「これはこれは、神聖御側護衛騎士団、序列十二位の白百合騎士団団長キアラ殿」

「御側御用親衛隊、白百合騎士団団長、キアラです。私たちは正式な序列には列されておりません、トーマス衛騎士長」

「そうそう、そうだったな」


 序列十五位、騎士の中でも宮中の警護を任ぜられている鉄鎖騎士団の団長、トーマスである。彼は屈強な体を何物にも染まらぬ忠誠を表した漆黒の鎧に身を包み、あからさまに見下した表情で頭二つ低いキアラの顔を覗き込んでいる。

 部下の五人も、彼らを他の白百合団員から隔離するよう壁となって立っている。

 またか、とキアラは嘆息した。

 この手のやりあいは、見習いのときから星の数ほど受けている。


「この有事にあって、御旅行ですかな?」


 トーマスは低く良く通る声でキアラの耳元にささやきかける。


「きっと行幸の下見ですよ、団長」


 それに合わせる男たちの揶揄が波を作る。

 それを聞きつけた数人の白百合の団員が身を乗り出しかけるが、キアラは目で押しとどめる。


「いいえ、トーマス殿、これは任務です。私たちは戦いに赴くのです」

「……そんな細腕で何ができるというのだ、宮中に引っ込んでおらんと敵に倒され乱暴されるのがオチだぞ」

「…………」


 キアラは静かに息を吐く。


「この細腕で、何ができるか。そうおっしゃるのですね?」

「そうだ」

「では、何ができるかその身に刻み込んで差し上げましょう」


 このキアラの言葉に、男も女も、聞き耳を立て伺っていた全ての者が息を呑む。


「キアラ団長!」


 参謀役の女性騎士がキアラの軽挙な行動に声を上げる。


「トーマス殿、安い挑発をするくらいなら、剣で話を付けようじゃありませんか」


 安い挑発扱いされ、トーマスはその屈強な胸板を鎧がきしむほど隆起させ、怒りを押し込みつつ睨み返す。


「ほほう、さすが騎士団序列が上だけのことはありますな、たいした自信だ」


 いつしか、鉄鎖騎士団の男と、白百合騎士団の女性騎士が、二人を大きく囲むように円陣を作っている。馬も、もはや止められぬと察した騎士数人によって轡を取られて退避している。


「腰の剣が飾りでは無いと証明してみるか」

「いいでしょう」


 キアラは頷いた。

 そのままキアラは一歩下がり、トーマスも二歩ほど下がる。

 ちょうど二人の位置が円陣の中央を境に五メートルほどで対峙する形になる。


「……先に抜きにくいでしょう、私のほうから抜いてあげます」


 言うが早いか、キアラは肘を屈したままの一挙動で細身の剣を抜き放つ。

 鍔元は普通の片手剣の厚さと幅広さだが、先端に行くにしたがってツララのように鋭くなっている。鋭さとしなやかさを兼ね備えた、刺突用の剣だった。

 そのまま右手で腰の高さで構え、極端に右半身を相手に対して向け、軽く重心を落として若干うつむき加減で息を吐く。

 トーマス側からは、彼女の剣と右半身のみが見える形となり、左半身はその陰に隠れてうかがい知ることができない。

 強固な籠手と、腕を守護する板金の装甲、大きく覆うように作られた肩当。その全てが右半身に極端に偏っているのは、単なる意匠ではなく、この刺突一辺倒と特化した白百合騎士団の戦法に沿ったものだとトーマスは看破した。

 急所が見えない。

 つまりは切り崩し正中線を奪うには、力でねじ伏せるのが早い。

 トーマスはそう判断した。

 騎士の鎧は、着るだけでその急所の多くを守護するようにできている。面頬をつけ、甲をし、着込みを付け構えれば、柔な片手剣の攻撃なんぞ物ともしない。


「所詮は女の剣だな」


 厚みのある長剣の一振りで、木っ端のように吹き飛ぶだろう。


「命だけは勘弁してやろうとは思うが、死ぬんじゃないぞ」


 トーマスは長剣を振りかぶった。


「何せ、先に抜いたのはそっちだからな」


 文句はあるまい、とトーマスが口をゆがめたその瞬間、振り下ろされた長剣の袈裟斬りの軌道にあわせ、キアラの剣の切っ先がくねり打つように彼の右籠手に刺し落とされる。


「ぬぐ!」


 手甲と籠手の隙間に入り込んだ切っ先が、下椀の肉に抉り込んだのだ。

 彼が長剣を取り落とし、傷口から血が噴出す刹那の間に間合いを詰めたキアラは、地に屈み込むような低位置でトーマスの鎧の前垂れの中に切っ先を当て、その目は彼を射すくめるように殺気を放つ。


「……このまま、大事な長剣も切り落として差し上げましょうか」

「い、いや……まいった」


 搾り出すような声でトーマスが負けを認めると、キアラは股間に当てた切っ先を外し、懐紙でぬぐうと何事もなかったかのように副長に自分の馬を呼び戻させる。


「お見事です」


 金の長髪をなびかせる副長に言われ、キアラは馬の手綱を受け取りつつ首を振る。


「見事なものか、こんなのが」


 手を押さえて退散する鉄鎖騎士団を横目に、キアラは淡々と馬に荷物をくくりつける。


「団長の剣、久しぶりに見ましたが、実戦でこそ映えますね。――いささか品がありませんでしたが」

「副長」

「は」

「いまのが実戦と思っているのか?」

「………………」


 押し黙る二人。

 彼女の胸に去来するのは、カーライル傭兵団の精鋭を十人倒したという、一人の男の顔だ。


「副長」

「は」

「門前に皆を集合させておけ」

「了解しました」


 重くため息をつき、キアラは副長の背中を見送る。

 信頼できる部下だ。


「品が無かった、か」


 確かにそうかもしれない。

 だが、鎧で覆うことができない脇、喉、顔面、股間などの鎧の隙間は甲冑を着込んだ相手と戦うにあたっては狙わねばならない箇所だ。


「……切り落とすとは、穏やかではなかったなあ」

「ん?」

「オトコを恐怖させる良い手かもしれんがな」


 背後から声をかけられ、キアラは振り向く。

 考え事をしていたにしては、接近に気が付かなかった。


「初めましてになるかな」


 隻眼でにっこりと笑うのは、もう老齢の、小柄な男だった。

 キアラの記憶には、領主の客分であるということだけがかろうじて残っている。


「私に何か?」

「挨拶もできん子なのかな?」

「……初めまして御側御用親衛隊、白百合騎士団団長、キアラです」

「初めまして、キアラ殿。故あって名前は名乗っていないので、私のことは適当に呼んでくれ」

「………………」


 客分でなければ、無視するところだった。


「南へ行くのかね」

「お答えしかねます」


 即答されると、その初老の男はふうむ、と唸った。


「弟子が、貴方に随分と世話になったらしいな」


 話題を変えてくる男に、キアラは首をひねる。


「弟子?」

「クライフ=バンディエール」

「っ!」


 無視しようとした心が、無視できなくなったと震える。


「北の漁村でずいぶんと奴を絞ったよ」


 男は剣を振るしぐさを交えて微笑む。


「あなたは……」

「ははは」


 男がはぐらかす番だった。

 この男が、クライフの師。


「頼みたいことがある」

「なんでしょう」


 居住まいを正し、キアラは聞く。


「あいつに渡してもらいたいものがある」

「渡すもの?」

「ああ、これだ」


 男は担いでいた黒い革製の、長さ1メートルと少し、幅は拳ひとつ分の入れ物を差し出す。

 上下がどちらになるか決まっているようで、肩掛けに運べるようになっている。

 キアラは黙って受け取る。

 なぜ彼女がクライフに会うことを知っているのか、会わねばならぬことを知っているのか、問う気にはなれなかった。

 自然と受け取り、意外にズシリとした重さに思いが至る。


「渡してやってくれ。私の『お古』だが」

「………………」

「頼めるのが、貴方しかおらんのですよ」

「彼は」


 キアラは一度だけ問う。


「彼は、私のことをなんと?」

「『たくましい奴だ』と」

「なるほど、そう見られていましたか」

「………………」

「………………」


 キアラはそれを左の肩に担ぐと、一挙動で乗馬する。


「馬上にて失礼」


 男は微笑む。


「承知仕りました」


 男にそういうと、キアラは城門へと馬を走らせた。

 その後姿に、男は静かに頭を下げる。


「命を狙うものに託す、か。皮肉が利いていて、いかにも俺らしい」


 男が顔を上げたとき、彼女の姿はもう消えていた。


「さて、あの女の子もなかなか難物みたいだな」


 男の呟きは、砂煙に溶け込むように、南の龍鱗山脈に消えてゆく……。

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