小説は探すものでも、買うものでもありません。
遠森 倖
Ver 1.012
便利な時代、不自由な時代。
色々な人が色んなことを言うけれど、僕にはよくわからない。
だけど毎日は楽しいし、運動が苦手ってことを除いたら、そんなに困ってることもないし。
特に不満も持ってない。中学に入るときにスマホを買ってもらってからは特に、時間を持て余すことも無くなった。
僕らが欲しいものを、過不足なくこの時代は与えてくれる。
【主人公パラメータ】
『名前:小鳥遊 篝(たかなし かがり)』
『性別:男』
『年齢:16』
『身長:170cm』
『体重:60kg』
『性格:誰にでも優しい。勇気がある。困っている人を放っておけない。一途』
『特技:空手(中学校まで道場に通っていた)』
『能力:すべてのことを先読みできる(その時は片方の目が青く光る)』
「ひとしー、いい加減お風呂入っちゃって―」
階下から母さんの大声。これで三度目だ。もう降りないと雷が落ちる。
「わかったってば」
僕は画面をスクロールして残りの項目はすべて【オススメ】を選択すると、【作成】ボタンを押し、慌てて着替えを持って部屋を出た。階下に降りると待ち構えていた母さんに「ちゃんと宿題したんでしょうね?」と小言をチクリと刺される。
「やってるってば」
僕は嘘はつかない。ほんとはあんなものグーグルで検索なり翻訳なりすれば一瞬で終わるけど、勉強はしておいた方がいいことくらいはわかってるから。クラスでもほとんどスマホで宿題を済ませている奴はいるけど、大体そういう奴は試験の時に苦労する。
僕は後から辛いのは嫌だから、毎日ちょっとずつ苦労するほうを選んでいるだけだ。
溜めてくれていたお湯に申し訳程度つかり、すぐにお風呂から上がると僕は髪も乾かさずに自分の部屋に戻る。
ベッドに放り出していたスマートフォンを手に取ると、わくわくとしながら画面をタップする。
起動中だったアプリが表示される。丁度15分ほど経っていたので、もう二万文字ほど生成は進んでいた。
【蒼天のフェイクファイド】
少年は真っ暗な闇の中で蹲っていた。
片方の目が青く光り、暗闇の中でも篝火のように周囲をぼんやりと照らしている。
僕が文字を目で追っているところでポップアップが表示される。Wri(ライ)からだった。
Wri:主人公、小鳥遊篝の光る方の目を選択してください。 右 or 左
僕はため息をつく。「どっちでもいいよ」と呟きながら『右』を選択する。プログレスバーと共に、【文章の再構成中です】というメッセージが表示され、数秒で消えた。僕は再び文章を読み進める。
少年の右目が青く光り、暗闇の中でも篝火のように周囲をぼんやりと照らしている。
「……まただ」
不意に少年は呟き、首だけを動かして少年はある一点を注視した。少年にはわかっていた。
きっちり五秒後に、少年の前に美しい少女が現れることを。
「まだ、ここにいるの?」
現れた少女は、肩にかかった髪を大仰な仕草で払い落としながら、少年を見下ろしてきた。腰まである長い髪が外套のように広がって、細い肢体を包み込んだ。
「いい加減その力を認めなさい。何のためにここまでアタシが来てやってると思ってるの?」
少女の大きな瞳が、強い光を持って少年を射抜いた――――
「違うなぁ……」
僕はそこまできて読むのを止めた。マイクがオンになっていたのでWriが【設定を変更しますか?】と声をかけてきた。
「ヒロインの女の子、もっとかわいくしてよ」
Wri:ではおすすめ、から、かわいく、に変更します。
「そうそう、もっと健気な感じね。主人公を何より大事に思ってて、」
Wri:サブカテゴリに健気、いたいけ、一途を追加します。
「あと髪はショートで」
Wri:ヒロインパラメータにショートカットを追加します。髪の色はどうしますか?
「青!」
Wri:では色を青で設定します。
再びプログレスバーと共に、【文章の再構成中です】というメッセージが表示される。僕は今度こそと文字を読み進める。気分はいっぱしのプロデューサーだ。
きっちり五秒後に、少年の前に美しい少女が現れることを。
「まだ、ここにいるの?」
現れた少女は、小首を傾げて少年を見下ろしてきた。頬に触れるほどに切り揃えられた短い髪がさらりと揺れる。その色は、光る少年の右目と同じ、青だった。ここまで必死で辿り着いたのだろう、息を切らし小さく肩は震えている。
「あなたのその力、早く認めてください。お願いです、そうでないとあなた自身が――」
少女の潤んだ大きな瞳が、儚い光を持って少年を映す――――
うん、これなら満足だ。僕はその後も適宜Wriへ設定やストーリーの流れの修正を指示しながら、青いショートボブのいたいけな女の子、海華と、燃えるような赤い髪の、ツンデレで武闘派の女の子、愛菜と、知的で息の合う眼鏡の悪友、樹との楽しい異能力学園生活を三万文字楽しんだ。話は他校との戦いに持ち込まれ、主人公篝の率いるチームは相手チームの罠にはめられて試合の前にピンチに陥った。
篝を庇って、海華はその身を衝撃の盾にと差し出した。
「きゃぁぁぁっ!!」
吹き飛ばされ、もみくちゃになりながらグラウンドに二人は転がり落ちる。自分がどうなっているのかわからないまま一瞬の意識が飛びかけたが、篝は地面に爪を立てすぐに起き上がった。
そして、自分が大きな傷を負わなかったのは、柔らかな何かを下敷きにしたおかげなのだとすぐに悟った。
「そんな……海華……?」
そこで文章が唐突に終わる。文章を、ポップアップが覆う。
Wri:無料生成文字数はここまでとなります。続きを読みますか? Yes or No
その下に、一万文字で百円というアイコンが表示されている。Wriの予想では、この話はあと六万文字程度で一応の終わりを迎えられると補足されていた。
「うーん」
僕は少し考えて、【No】を表示させてその物語を終了させた。
Wri:残念です。もっといいお話を書くので、また使ってくださいね。
「なんでWriが思わず萌えそうなこと言うんだよ……この前のアップデートのせいかな?」
僕は小説自動生成アプリ【MyWriter】を終了すると、スマホを充電器に繋ぎベッドサイドに置いた。電気を消して、僕は目を閉じる。
海華、彼女はどうなったのだろう。
たぶん助かったはずだ。僕ならWriにそうオーダーするから。
頭の中で、海華や愛菜が樹のイメージがまだぼんやりと浮かんでいたが、数分もすると他の話と混濁して、個別のイメージは睡魔と共に溶けていく。
便利な時代、不自由な時代。
色々な人が色んなことを言うけれど、僕にはよくわからない。
だけど毎日は楽しいし、運動が苦手ってことを除いたら、そんなに困ってることもそんなにないし。
特に不満も持ってない。中学に入るときにスマホを買ってもらってからは特に、時間を持て余すことも無くなった。
僕らが欲しいものを、過不足なくこの時代は与えてくれる。
求める世界観を、キャラクターを、シナリオを。
探す手間もなく、僕ら一人一人のために物語をパッキングして提供してくれる。
選ぶまでもなく、批判するまでもなく、僕らはただ見たいものだけを見ていることができる。
適度な過激さと、程良い刺激と、温い人間関係を。
【MyWriter】は日を跨げばまた三万文字まで文章を無料生成してくれる。
Wriに明日はどんな話を紡いでもらおう。
眠りに落ちる寸前まで、僕は明日の物語を想像して、ただ幸福だった。
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