残されたふたりは北へ向かう

『リミ、じっとしてるきゃ!』

「えっ? うん……うわわっ」

 今度は突然周囲の地面が吹き出してきた。

『水蒸気爆発みたいなものきゃ。地中の水分が一気に蒸発したけど、上にしか行き場がなくなって吹き出してるのきゃ』

「ど、どういうこと?」

 リミルリは聡いといっても8歳だし、現代のような知識もない。水蒸気爆発なんて言われてもなんのことかわからないのは当然だ。


『わからないならいいきゃ。それより魔物を倒したけど毒は大丈夫きゃ?』

「うん。完全に燃やしちゃうか凍らせれば出ないらしいから」

 数体やそこらならば彼らもそうするだろうが、何百何千という数を全て燃やすのは無理なのだろう。それなら逃げてしまったほうがいい。


「それよりこのあとどうなっちゃうの?」

 吹き上がる周囲の土、そしてどんどん沈んでいく自分の足元の地面に不安を覚える。このままいつまで地面が下がっていくのだろうと。

『あたしらの足元は加熱されてないから大丈夫だけど、他はすっごい耕した畑みたいに地面がふわっふわになるきゃ』

 周りが吹き上がったうえ、自分たちの足場は沈んでいく。そのため落とし穴に落ちたような状態になってしまった。

 リミルリが壁のようになった周囲の土を触ると簡単に手が埋まる。これでは登れない。


「どうしよう……」

 勢いが衰えたとはいえ、まだ少しずつ沈んでいく。それに登れないし、もし上へ行けたとしても歩いて進めない。リミルリは途方に暮れてしまった。

『今はどうしようもないきゃ。とりあえず寝るきゃ』

「そうだね。私ももう限界……」

『リミは寝ちゃ駄目きゃ。あたしだけ寝るきゃ』

「そんな……私もう辛いよ」

『あたしが起きるまではほっぺでもつねってて耐えてきゃ』

 周辺の魔物は全て倒したといえど、いつ寄ってくるかわからない。地面が歩けないというのは、空を飛ぶ魔物を警戒しなくていいという理由にはならない。だから交互に見張る必要がある。きゅきゅはくるりと回り丸くなると、尻尾を枕にして寝てしまった。



『起きたきゃ』

「えっ!? もう!?」

『小動物なんてこんなものきゃ』

 野生動物で、更に被捕食者ならば睡眠時間なんて30分もあれば充分だ。今の状態できゅきゅならあと2日は起きていられる。


 リミルリが限界なことくらいきゅきゅにもわかっていた。だからあえて今、先に睡眠をとった。

 これから彼女が回復にどれだけ時間を要すかわからない。その間守り警戒するのに先ほどまでの体力では心許なかったのだ。


『さあ、リミも思う存分寝るきゃ』

「う……ん……」

 返事もままならぬ状態で、リミルリは崩れるように寝た。




「……う……おはよぅ……」

『おはようきゃ』

 リミルリがふらふらと立ち上がる。寝ぼけまなこで足元を見て、そういえば地面が下がっていったんだと思い出す。

「私、どれくらい寝てた?」

『一日半きゃ』

「そんなに!?」

 空の色は然程変わっていないが、夕方前に眠り、今は朝。しかも翌々日のだ。

 残念ながら穴深いここからでは太陽の位置が確認できない。

 だが1カ所だけ別方向から光が差すことに気が付いた。寝る前にはなかったものだ。


「それできゅきゅちゃん、これは……」

 リミルリは周囲の土の壁の一か所に階段状の道が出来ているのを見た。

『魔法を使って道を作っておいたきゃ』

 起きている間、きゅきゅは見張りだけをやっていたわけではない。ここをどう登ろうかを考えていた。

 木がなくなったことによりよく風が吹いて、湿り気を帯びた空気が入り込んできたから、魔法で空気中の水を集め、それを使って道が作れるのではないかと試す。

 結果、ぐちゃぐちゃになってしまい、これは駄目だとすぐ諦める。

 今できているのは単純に地面を押し固めただけのものだ。大人であったら危険かもしれないが、リミルリの体重であれば耐えられるはず。


 少し固めに作っただけはあり、特に問題なく穴から脱出することができた。



『さて……どこ行こう』

 ようやくまともな地面までたどり着き、ひと息ついたところで訊ねる。

「えっと、もういないと思うけど前の場所に戻りたい」

『うー、方向がわからないきゃ』

 逃げたとき一応太陽の方向とかは覚えていたが、あれが何時のできごとかわからないし、それに細かい方向はわからない。大体ここかなくらいで進もうとしても、目的地は何十キロも先なのだから、かなりずれてしまう。

「大体の方向がわかればいいよ。そうすれば……」

『でもそれじゃ……あっ』

 わかる方法がある。毒素の強い方へ進めばいいのだ。




『どうきゃ?』

「うん、毒が感じられるよ」

 凡そこの方向だろうと進んだところで、リミルリが体に異変を感じる。

『じゃあここに杭を刺すきゃ』

 ここへ来るまでにきゅきゅはリミルリに数本の長い杭を用意させていた。それを地面に刺し、遠くからでもわかるよう布を旗のように取り付ける。


 それからリミルリは、杭を起点に周囲を大きく回る。


「うぅぅ」

『きつい?』

「毒が強くなったけど、まだ大丈夫」

『無理しないできゃ。じゃあここに杭を刺して毒がない場所まで戻るきゃ』

「戻っちゃっていいの?」

『リミが倒れたら大変きゃ。戻って毒が晴れるのを待つきゃ』

 薄いところで杭を打ち、そこを中心に回って毒が一番濃くなる方向でまた杭を打つ。そうすればこの2点の延長を辿ることでもとの場所周辺へと向かえる。風の影響を受けないからこそできることだ。

 方向さえわかればあとは無理することはない。毒が消えるのを待てばいい。




 それからきゅきゅたちがもとの場所へ戻れたのは1週間ほど後のことだった。

「うっ、ううぅ……」 

 リミルリの目から涙があふれる。

 そこにあったのは共に暮らしていた部族の数人の遺体。身体に致命傷だと思われる傷があるものが4人、傷がないため毒にやられたのだろうと判断されるもの3人。計7人の犠牲が確認できた。


 きゅきゅはぶるりと震え戦慄する。7人が犠牲になったのはわかった。だがその周囲には数千という魔物の死骸が広範囲に存在しているのだ。つまり彼らは7人の犠牲だけで数千もの魔物を倒したことになる。一体どれだけ強いのだろう。


『リミ、とにかくそのひとたちを埋めてあげるきゃ』

「う……そ、そうだね」

 きゅきゅが魔法で穴を掘り、リミルリが遺体を引きずりひとりずつ名前を呼び、感謝の言葉を告げ、祈り埋めていく。たかだか200人ほどの集団だし、いつも一緒に行動しているため、全員を覚えている。



『これで全部?』

「一応、見えてるだけなら」

 リミルリが周囲を見渡して答える。

 ひょっとしたら魔物の下敷きになっているかもしれない。だがこれだけの数だし、巨体の魔物もいる。調べきることは難しい。


 それでもまだいるかもしれない。ふたりは少し歩き回る。

「あっ」

 リミルリがなにかに気付き、駆け寄る。きゅきゅもそこへ行くと、細長い木の板が地面に刺さっているのが見え、リミルリがそこで膝をつき泣き出したのが見えた。


『ど、どうしたのきゃ?』

「……おばあちゃん、生きてる……」

 きゅきゅが板を見ると、なにかが書かれているのが見えた。

『なんて書いてあるの?』

「これはね────」

 そこにはこう書かれていた。「生きていれば再び会うこともあるさ」と、祖母の字で。



「さてと」

 一通り埋葬を済ませ、泣き止み、リミルリは立ち上がる。

 その目はまだ腫れぼったいが、みんなを探そうというやる気に満ちていた。

『どこに行く?』

「うーん……」

 やる気になったのはいいが、どうすればわからない。

 日にちが経ちすぎて、さすがにもう匂いは残っていないためきゅきゅの鼻で追うことはできないし、足跡や轍も見当たらない。

「きゅきゅちゃんはどこへ向かえばいいと思う?」

『んー……北きゃ』

「うん」


 リミルリはきゅきゅの頭を軽く撫でると、北へ向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る