きゅきゅキレる

「きゅきゅちゃん、町! 町だよ!」

『ようやくきゃ!』

 リミルリたちが老婆たちとはぐれてから15日ほど経過し、ようやくひとが住んでいる場所を見つけることができた。

 水は魔法でなんとかなるが、食料はどうにもならない。あと数日見つからなければ危うかったところだ。


「でも私、町って行ったことないんだよ」

 不安そうにリミルリが言う。今まで村などは行ったことがあるみたいだが、町のように人が多いところは行ったことがないらしい。

 ほとんど遊牧民のような暮らしをしていたのだから仕方ないのだろう。


『町のことなら任せてきゃ! あたしは世界一の大都市に住んでたのきゃ!』

「そうなの!? 凄い!」

『お江戸の町娘きゃ』

「オエドノ・町娘……」

 東京は東京以外と川などで隔たりがあるものの、渡ればすぐまた町が続いて途切れていない。それら連続した居住区や商業区をひっくるめた場所を都市圏といい、横浜まで含む東京の都市圏人口は、ニューヨークや上海などを軽く上回り、世界一の大都市と言える。

 ちなみに稲穂が暮らしていたのは東京でも俗に言う城南地区の中でも南なため、正しくは江戸に含まれない。


『そうだリミ、お金持ってるきゃ?』

「うん。なにかあったときのためっておばあちゃんが服に入れてくれているんだよ」

 もしはぐれてしまったら、ひとのいる場所へ行かねば生きられない。そのために用意していたもので、農村でも売買が行えるところに行き、リミルリに買い物を体験させていた。だから使い方くらいはわかっている。


『それにしても壁が凄いきゃ。町全部覆ってるのきゃ?』

「多分魔物に襲われないようにしてるから、全部覆ってると思うよ。きゅきゅちゃんの世界には魔物がいないんだよね? だったら初めて見るのかな?」

『あたしの世界にも大昔はあったきゃ。それはひと同士の戦争のためだったんだけどね』

 城塞都市や城郭都市と言われるところだ。今となっては空から攻撃する手段があり、逃げ場の制限されてしまうそれらは逆に危険である。ゾンビの大量発生でも起きない限り、再び町を壁で覆うことはないだろう。



「待て、そこのガキ。汚い恰好をして、浮浪児か?」

 いよいよ町へ入ろうとしたとき、門番らしき男がリミルリを止める。

 元々綺麗な格好をしていたわけではないが、土や埃などで更に汚れているせいで間違われてもおかしくはない。


『リミ、あたしの言う通りに話すきゃ。悲しそうな顔で』

「う、うん」

 きゅきゅは時代考証から、こういった世代に丁度いい設定を考えてみた。


「えっと、私は旅商人の娘です。先日馬車で物資の運搬中、魔物の群れに襲われまして、命からがらここまで逃げて来ました」


「確かに魔物の群れを離れたところで確認されたという報告があったし、言葉遣いが浮浪児のものではないな。ちなみになにを運んでいたんだ?」

『塩きゃ』

「塩です」

「塩か……それは大変だったな。じゃあここに署名して町税を払ってくれ」

 リミルリがスラスラと名前を書くのを眺めていた門番は、軽く頷き金を受け取りリミルリを町へ入れた。通常の庶民の識字率は大して高くないらしく、きちんと文字が書けるのだから商人などの娘であると認識されたようだ。


「なんとか町に入れたね」

『思ったよりも簡単だったきゃ』

 リミルリが読み書きできたのが幸いだった。凡その時代考証を地球に照らし合わせて考え、当時の識字率から察すると、リミルリにどうしてこういった教育がなされていたのかきゅきゅは少し不思議に思ったが、特に今考える必要がなかったため放っておくことにする。


「でもなんで塩なの?」

『川の石がゴツゴツしてたし潮の匂いがしなかったから、この辺りに海や塩湖がないと思ったのきゃ。岩塩の採掘場でもない限り、内陸だと塩が重要だからきゃ』

 逆に潮の匂いがあったとしても、そこから塩を運ぶのだと言えば辻褄があう。ようはどちらでもよかったのだ。



「それよりおなかすいたよ」

 リミルリの腹の辺りから音がした。昨日からなにも食べていないのだから仕方ない。

『その恰好じゃ店に入れないかもしれないから、屋台で買うきゃ』

 さすがに埃まみれの恰好で店に入れないだろう。服は後で買うとして、まずは腹ごしらえだ。丁度屋台がいくつも並んでいる。

 おいしそうな匂いがするし、まず肉を食べたいと、串焼きの屋台へ向かう。


「あの」

「いらっしゃ……なんだいこの汚いガキは」

 振り返りリミルリの姿を見た途端、屋台のおばさんは顔をしかめた。


「そのお肉を売って下さい」

「浮浪児が拾ったお金で買い物かい? あんたみたいなのに売ってるとこ見られたら店の評判に関わるんだよ。ほら、行った行った」

 おばさんは野良犬でも追っ払うように手を振る。


「わ、私はその、行商の──」

「うっさいな! 早くあっち行きな!」

 ものすごい形相でそこらに落ちているものを投げつけられ、リミルリは慌てて駆け逃げた。


『なにきゃあいつ! 噛み刻んでやる!』

「きゅきゅちゃん落ち着いて!」

 門番と違い言い分すら聞いてくれない。設定上リミルリは商人の娘であり、同じ商売人としてある程度話くらいは聞いてもらえると思ったのだが、そこまでもたどり着けない様子だ。



 それからいくつかの屋台へ回ったが、どこでも嫌がられた。

 道を歩いていても人々から顔をしかめられ、リミルリはフードを目深にかぶり体をすぼめながら端を進むしかなかった。

 そんなリミルリの姿は、今にも泣きだしそうでとても辛そうだった。きゅきゅは苦しい思いでいっぱいになる。

 このままこの町にいてなんになる。いつまでもリミルリに地面を見て過ごさせるわけにはいかない。これは老婆に言われたからではなく、きゅきゅ自身がそう思うのだ。



『……リミ、これからあたしの言うことをきくきゃ』

「う、うん」

 きゅきゅは周囲を見渡し、ある一軒の店へリミルリを誘導する。


『ここで服を買うきゃ』

「で、でもお店だよ。私なんか入れてくれないよ」

『いいから買って! なにがなんでも!』

 きゅきゅに吠えられ、リミルリは店へ飛び込む。その様子を見ていた店主が怒りの形相で近付いてくる。


「おいきたねえガキ! うちの店に入んじゃねえ!」

 大声を出されてリミルリは怯むが、きゅきゅはそれでも買うよう説得する。

「……服を売って下さい」

「あん? ふざけんじゃねえよ」

『大きい声でもう一度!』

「服を売ってくださいっ」

「しーっ! でかい声を出すな!」

『もっと大きな声で!』

「服を売ってください!」

「わ、わかった! 売ってやるから大声出すな!」

 商品などを盗まれぬよう、店主は入り口側へ回りリミルリを見張る。いつまでいても信用されそうもないため、きゅきゅはリミルリを急かす。


『さっさと出よう。買うのはシャツとスカート、それに上着とワンピース、あと靴』

「ど、どれを買おう……」

『ワンピースは高くてもいいから白。あ、布と糸と針も買って』

 言われた通りのものを選び、金を払いすぐさま店を出る。

 だがきゅきゅの買い物はこれで終わらない。次々と店を指示し、また同じようなやり取りをさせた。


『ここで塩と酢と製油、それに桶を5つ』

『お皿とフォークとナイフと櫛。それとロープを10本くらい』


『あとはもうこの町を出よう』

「えっ? う、うん……」

 せっかく税を払ったというのに、もう出てしまうのだ。

 とはいえあのまま町へいても食事はできないし、宿もとれなかっただろう。町のひとの汚いものを見る目を向けられながら過ごすより、外へ出てしまったほうがよっぽどいい。



 町を出て暫くしたところで、きゅきゅが急に叫んだ。

『あたしは悔しい!』

「ど、どうしたの?」

『マジむかつく! あいつらなんなの!? リミはなにもしてないのに!』

 あまりのくやしさできゅきゅの目からは涙が浮かぶ。何故こんな心優しい少女が蔑まれなくてはならないのか。

 恰好が汚いせいか、粗雑な動きをしているせいなのかはわからない。だが少なくともあの町で受け入れられることはない。


『だからあたしはこれからリミを立派なレディにするきゃ』

「ええっ!? 無理だよ……」

『無理じゃない!』


 またきゅきゅが吠える。どうあってもあの町の人間を見返してやりたい。

 リミルリはきゅきゅに指示され、どんどんと町を離れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る