Ⅱ-Ⅲ


目を閉じる暇も無く、俺の目の前で銃が発砲された。

だが、撃たれたのは俺ではなく何故か目の前の男であり、手からは流血し、拳銃を落として痛みで踞る。

一体何が起こったのだろうか。

そう思った時、チュウッと鳴き声が聞こえた。

視線を移した先には、黒い毛をした可愛らしく小さな魔物がコチラを見つめていた。


「何とか間に合ったようだな。」

「し、神父さん...?!」


煙草を咥え拳銃を持った神父さんが、小さな魔物の後に続く様に背後から姿を現した。

銃口からは僅かに煙が出ている事から、先程撃ったのは神父さんだと理解した。

それにしても、どうやって此処に居る事が分かったのだろうか。


「神父さん...なんで、この場所だって分かったんですか...?」

「そのちっこい魔物使って、お前を探させたんだよ。数も多いし、影の多いこの場所じゃ此奴らの方が詳しいからな。」


俺の質問に答えた瞬間、神父さんが再び銃を男に向けて撃った。

会話をしている隙に拳銃を拾おうとしていたのだろう。

その事に気付いていた神父さんは、拳銃を狙い撃ち男の手から遠ざけ銃口を向けながら近付いた。


「よお、豚野郎。よくも俺の玩具を引っ張り回してくれたな。」

「...緑の国には銀髪で修道服を着た《番犬》がいると聞いた。貴様がその番犬か?」

「裏じゃ有名人なのか?モテる男は辛いねェ。番犬っつーには俺からしてみりゃあ、あまりにも器が小さ過ぎるけどな。」


俺にはよく分からないが、神父さんは密かに有名な人だったらしい。

でも、男はあまりいい顔はしていない。

銃口を向けられているのだから、誰だっていい顔なんて出来るはずがないのは当然だが...何処か言い知れぬ違和感を感じていた。


「お前が出てくるという事は、この餓鬼は余程隠しておきたい存在とみえる。」

「まあな。もっとも、俺個人としての問題だがな。」


お喋りは終いだ。

そう言って、神父さんは煙草を吐き捨てた後、靴で火を踏み消した。

銃口を男の頭に押し付け、嘲笑ながらカチッと弾倉を回した。

男は神父さんの表情を見ると、一瞬にして顔色が真っ青になった。

まさか、この場で男を撃ち殺す気なのだろうか。


「神父さん、まさか...その人をッ!」

「ああ、ぶっ殺す。お前が戦争を望むなら、コイツを野放しにしてもいいけど...身元バレてんだろ?」


神父さんに睨まれた俺は何も言い返すことが出来なかった。

そう、神父さんの言う通り...俺は薬物を断ったそれだけで、火の国出身なのかと追い詰められてしまった。

おかげで警戒され、危うく射殺されるところだった。

もしも、この人を解放すれば俺のことは間違いなく火の国に漏れてしまう。

逆に今この場で殺せば、何事も無く過ごせるかもしれないが...本当に殺さなきゃいけないのだろうか。


「お、俺のことを黙ってて貰えば...」

「馬鹿羊だな、お前。闇の商人ってのは、武器じゃなくて旅で得た情報を渡すことも商売に繋がる。」

「黙ってる...ワシは、誰にも言わないから...!」

「無理だな。国が目を付けて、大金で心を掴まれたら即刻バラすに決まってんだろ。」


引き金に指が掛かる。

ダメだ、やっぱり人殺しは良くない。


「待って、神父さん!」


神父さんの行動を止めようと、身体が勝手に動いた。

我儘なのは分かってる...でも、俺のせいで誰かが死んで成り立つ暮らしなんて、俺には出来ない。

必死に相手に手を伸ばすが、どうやっても二人に手が届かない。

間に合わない。


「...Bang!」


銃の乾いた音が、再び路地裏に大きく鳴り響いた。


.

.

.


「一体何を考えてるんですか!」

「ぎゃーぎゃー耳元で騒ぐな。鼓膜が破けたらどうすんだ、あ?」


銃声が聞こえたと国民からの通報を受けたのだろう。

金髪の男性と複数の兵士達が路地裏に入って来ると、男は神父さんの前まで近付けば胸元を掴み怒りを含んで声を上げる。

そんな男の様子など微塵も気にせず、神父さんは顔色一つ変えず耳穴に小指を突っ込んで知らん顔する。

闇商人の男は気絶して倒れているところを兵士が拘束した。


神父さんが男に向かって撃った弾は、実は空砲だった。

すっかり撃ち殺されると思い込んでいた男は、ショックのあまりで気絶したという訳だ。

俺も神父さんに騙されて、てっきり男を殺すかと思ったんだが。


「殺す気だと思ったのに...俺ビックリしちゃった....。」

「ったり前だろうが。此処は平和が象徴の国だぞ?こんなとこで人死んだら、町が大パニックになるわボケ。」

「それをお前は、さっきやろうとしたんだろうがッ!」

「非常時だったんだから仕様がねェだろ。つか、服から手を離せよ。しばくぞパツキン双葉。」

「...あんだと?」

「滝王子様、落ち着いてください!!」


神父さんの挑発に乗った王子と呼ばれた男は、背後にドス黒いオーラを発しながら腰に下げてある剣に手を伸ばす。

今にも斬りかかりそうな勢いの彼を、それを止めようと兵士らが羽交い締めにして押さえ込む。

それをいい事に舌を出して更に怒りを煽る様な事をする神父さん。

大人気無いのでそういう恥ずかしい事するのはやめて下さい。


「貴方ならもっと他にも手段があったでしょ!」

「っせーなァ。町のど真ん中のドンチャン避けて商売による被害者もゼロ。ほら、完璧じゃねェか。キャー流石フロードサマー。」

「銃声に怯えて、国民から通報が出てるんですよ!お願いですから俺の仕事を増やさないでください。」


溜息を吐き、男は落ち着いたところで兵士から解放される。

神父さんに町に入ってすぐに王子様の事を聞いた。

金色の綺麗な髪に頭のてっぺんにはぴょんと双葉が出ており、如何にも貴族達が着そうな高級感と気品に溢れる服装。

もしかしなくても、この人は...。


「し...神父さん、神父さん。あの人、もしかしなくても...王子様ですか?」

「あ? 見りゃあ分かるだろ、ボンボンの坊ちゃんだ。」

「聞こえてますよ? 初めまして、俺はサルト・キル・パクレット。言いにくいだろうから、滝王子でいいよ。」

「あ、ああ...ありがとうございます!俺はメーリです、よろしくお願いします!」


優しく微笑んで手を差し出してくれた王子に対し、俺は緊張で手を震わせながらもしっかりと応える様に手を握り返す。

凄い、貴族ではなく正真正銘の王子様とこんな薄汚い貧民がまさか握手が出来る日が来るだなんて全く持って想像出来ない。

握手した手は、暫くもう洗う事は出来ないであろう。


「えっと、この子だよね。君が他国から来た客人って人? 」

「ああ、訳あって昨日から住み込みで教会で働くことになった。」

「昨日?」

「...此奴の件でお前に話がある。此処では話すのは無理だ。」


その言葉を聞いて、滝王子様は怪訝そうな表情をした。

どういうことだと相手が口にする前に、人差し指で相手の口に添えて黙らせる。

背後で現場の処理をしている兵士達に視線を向ける。

何かを悟ったのか、それに気が付いた滝王子様は再び深い溜息を吐いた。


「...どうやら面倒事の様だね。この件の礼って事で、取り敢えず聞くだけ聞いてあげるよ。」

「そりゃどうも。少し用事があるからな、後で城に向かう。」

「分かった。城で待ってるから、ゆっくりおいで。」

「ああ。おい、行くぞ。」

「は、はい!」


そう言って、神父さんはさっさと路地裏を出て行く。

慌てて後に続く様に、俺も神父さんの後に路地裏を出て隣を歩く。


いつもと変わらない不機嫌そうな神父の声は、確かに僅かだけど怒りを含んでいた。








*








国の王子様と別れた後、神父さんは黙ったまま早歩きで町の中を歩く。

路地裏を出て暫く経っているが、互いに重い空気が続き、会話をする事もなく町を歩き続ける。


「あ、あの...神父さん。」


俺は離れないようになんとか神父さんの隣で歩くが、なんだか怖い感じがずっと続いており、空気に耐え切れず思わず声を掛けた。

すると、神父さんが建物の影に入り、手招きをして俺を呼び出して来た。

なんだろうと疑問を感じつつも、神父さんの傍へ駆け寄った。


「なんですか、神父さん?」


影に入った瞬間、パンッと乾いた音がした。

一瞬何が起こったか分からなくて、頬に触れると確かにヒリヒリとした痛みを感じた。

そこでようやく俺は、神父さんに頬を叩かれたと理解した。

神父さんの表情は、眉間に皺を寄せて怒っていた。


「し、んぷ...さん?」

「お前、町へ来てすぐ俺が言った事...覚えてるか?」


俺と神父さんが町で離れ離れになってしまう前に、神父さんは俺に言った。

自分の事を他人に話してはいけないという事。

町の中では、ちゃんと神父さんに着いて来る様にと注意もされた。

形がどうであれ、俺はあっさり身分をバラしてしまった上に流されるがままにしてしまったせいで、神父さんと離れ...迷惑をかけてしまった。



「...ごめんなさい。」

「許すかよ。謝るくらいなら、もう少し危機感を持て。使えねェ。」


冷ややかな目で俺を見ながらキッパリと言われてしまい、なんだか涙が出て来てしまった。

昨日から神父さんの足引っ張ってばかりで、文字を読めたことは褒められても何の役にも経っていない。

今回のことで思い知った。

俺には、外の世界だなんて早すぎたのかもしれない。

神父さんに出会って、知らないことが多すぎて...今回は、自分がどれ程危険な者か。

それが身に染みて分かった。


「次は、迷惑かけません。スミマセンでした。」

「当たり前だ。次、面倒なことを起こしたら捨てるからな。」


最後まで苛立ちを含めた声は変わらず、神父さんはそう吐き捨てると先に影から出ていった。

俺は神父さんの顔から視線を逸らす様に俯きながら、


―― 捨 て る 。


もしそうなったら、俺はどうすれば良いのだろうか。

初めは外に出ても何とでもなると考えていたが、此処に来て自分はどれほど世間知らずで危険な身か、よく分かった。

今の俺では、きっとどの国に行っても相手にされないかもしれない。

俺が他国に関わったせいで、国同士の戦争が起こってしまうかもしれない。

難しいことは俺には分からない。


「...っ...。」


涙が溢れてくる。

自分のせいで、誰かが死んだり巻き込まれたり。

それが改めて怖いと思った。

本当は、神父さんだって俺と関わって嫌なはず。

当たり前だ、自分は火の国出身。しかも不法侵入者なのだから。


「おい。」


神父さんの呼び声で我に返る。

顔を上げてみると、気付かないうちに相手と距離が出来てしまっていた。

それに気付いたらしく、神父さんが俺の前まで来てくれたらしい。

ああ、そうだった...俺のための買い物だ。

俺が居なくては話にならないのに。


「ごめんなさい、神父さん。」


いつも通りの笑みを浮かべる。

これ以上迷惑掛けたら、神父さんに捨てられてしまう。

死にかけの俺を助けてくれたのは、最初の人だからかもしれない。


捨てられたくない。


神父さんが目の前まで来ると、此方に向かって手を伸ばしてきた。

先程まであんなに怒っていたのだ。

まだ怒っているに決まっている、今度は殴られてしまうかもしれない。

そう思って固く目を閉ざし、身体は強張った。

だが、数秒経っても来るはずだと思った痛みは全く襲って来なかった。

それどころか、手には冬の冷たさを忘れさせるくらいの暖かい感触が伝わった。

なんだろうと、恐る恐る目を開いていく。


「...何ビビってんだ、お前。」

「えっ、だって...。」


変な奴と呟く神父さんの表情はいつも通りに戻っていた。

そして、視線を動かすと神父さんの片手がしっかりと俺の手を握っていた。

暖かい感じの正体は、神父さんの手だった。


「...神父、さん?」

「俺は他人に触ったり、触られたりすんのが苦手なんだよ。体温を感じて気持ち悪いったらありゃしない。」

「じゃ、じゃあ!無理して繋がなくても....!」

「また迷子になったら探すのは俺だぞ。それにコレはお前が町に来た時初めに言い出したお願いだ。それに...」


今回は俺にも非がある。

そういう神父さんの言葉に、俺は首を傾げた。

一体どういう事なのだろうか、神父さんも悪いところがあったってことなのだろうか。

言っている意味が分からず、頭が混乱する。


「お前が危ない身なのは俺も十分理解していたはずだ。だが、国の管理に信用し安心しきっていた点は、明らかに俺のミスだ。」

「えっと...どういうことですか?」

「この国は平和が象徴の国だ。当然、国民と国の安全を保つ為に入国や出国のみ成らず、他国から送られる食材や薬物など凡ゆる面で厳しく管理されている。だから、闇商人やら不審人物が易々と入国出来る場所じゃないし、そういうのは滅多に無い事なんだよ此処は。」

「そ、そうなんですか...?」

「ああ。だから当然、偽のパスポートで入ろうだなんて奴は普通はいない。余程自分に自信があるやつか馬鹿がすることだ。つい最近堂々と不法入国した馬鹿がいたのにな。俺の考えが甘かった。」


チラッと神父さんが後ろにいる俺に視線を向け、僅かに溜息を吐く。

神父さんが言っていることは、結局俺には全部はわからなかったけど、一つだけ分かったことがある。

つまり、神父さんなりの「ごめんなさい」だと思う。

どんなに厳しい言葉を並べても、なんだかんだで自分も悪いと反省しているのだろう。


「...えへへ、じゃあ今回は《おあいこ》って事ですよね。」

「は? お前...何か勘違いしていないか?」

「およ? 俺も悪いけれど自分も悪かったなーって、そういう事じゃないんですか?」

「アホ抜かせ。俺の反省は、自分の為の反省であって...テメェのことなんざ知らねェ。」


嫌そうに舌打ちしつつも、それでも神父さんは握ってる手を決して離さなかった。

それがなんだかおかしくて、思わず笑みを零してしまえば神父さんが思い切り睨んできた。

でも、やっぱり自ら離すような事はしない。

きっと本当に自分の為にやっている事なのだろうけど、それでも俺はとても嬉しかった。


「神父さんの手、あったかいですね!」

「お前は冷たくて気持ち悪い。」

「俺は低体温で、冷え症とかいうやつなんですよー。」


神父さんの手をギュッと握り返してみた。

王子様の手や怖い闇商人の男にも、人それぞれ違うように体温も違う。

今まで触れた人の中で、何故か神父さんの手だけは、誰よりもポカポカと暖かくて心地よかった。



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