Ⅱ-Ⅱ

俺はただ、近道して神父さんの元へ行きたかっただけなんだ。

路地裏を使ったのが大きな間違いだったというのは、十分身に染みて反省しました。

だから、誰でもいいので教えてください。


「待てッ!逃げても無駄だ!」

「大人しく止まれ!」

「ひええ...!し、神父さぁあああん!」


どうしてこんな事になったのだ。


見ず知らずの男に振り回されて、挙げ句に一緒に兵士に追われる事になってしまった。

何度逃げても別の方から兵士が追ってくるのでは、体力を無駄に消費して行くだけ。

捕まってしまったら、自分はどうなるのだろうか。

神父さんの事を話せば何とかなるかと考えたが、その保証は何処にもない。


(ど、どうしたらいいんだろ...?)


平和が象徴であるこの国は、俺の国と違って国の出入りは厳しく管理されている。

身分証明とやらを求められたら、俺も怪しまれて一緒に捕まってしまう事だって考えられる。


そうなったら、神父さんが言っていた事を破る事になってしまう。

何としてもそれだけは避けなければ。


「...あ、そうだ。」


ふと、ある事を思い出した。

神父さんが話してくれた、俺の足にある痣の事と夜中に起こった術式の不具合の事だ。

術式が不安定なせいで、俺の意思とは関係なく周囲のものを凍結する。

そのせいで、昨日は俺が持ってたカップが凍ってしまったり、眠っている間に部屋や廊下を凍らせてしまった。

あの時はいろいろ混乱していたが、神父さんが術式を安定させてくれた今なら、俺の意思で凍らせる程度なら出来るかもしれない。


勿論、試した事は一度もない。

かと言って、このまま捕まる訳には行かない。


「...さ、先に逃げといてください!」


男の手を振り解き、足を止めて兵士達の方へと身体を向ける。

一か八かの駆けだ。

流石に人を直接凍らせるのは危険過ぎる。

道を凍らせれば、時間が経てば自然と溶けるし滑って転ばせるくらいなら、命に関わる様な怪我を負う心配はない。

その場に膝を付き、地面に触れる。

兵士達の足音が近づいて来るのを感じながら、タイミングを計る。

何処まで凍らせる事が出来るのか分からない。

なるべく距離を縮めて、凍らせる範囲を小さくした方がいい。


「あそこだ!」


兵士の姿が見えた。

頼むから上手くいってくれ。

そう願いながら、頭の中で地面を凍らせるイメージを作って目を閉じる。

痣に熱が篭るのを感じた途端、兵士達の驚いた様な声が聞こえた。

恐る恐る目を開けると、俺が想像していた通りに地面いっぱいに凍りついており、兵士達は突然凍った地面に驚いて転んで体勢を崩す。


「ご、ごめんなさい!」

「嬢ちゃん、こっちだ!」


男の人を庇うつもりはないのだが、捕まって神父さんに怒られるのは嫌だから。

兵士達に深くお辞儀をして頭を下げた後、俺を引っ張り回していたあの男が手招きする。

元はといえば、この男のせいで追い回される羽目になった為これ以上は関わりたくない。

だが、この町に慣れていない俺では迷子になってしまうだけ。


俺は溜息を吐きながら、仕方無くその男の背中を追い掛けて行った。


.

.

.


「...この辺か。」


兵士のもとを離れて数十分が経った。

町が広ければ広い程、特定の人物を一人で探すのは困難と判断した俺は、彼らが住み着いていそうな場所を探していた。

今俺が立っているこの場所は、暗い路地裏。

だが、先程いた路地裏とは違って...昼まで太陽が顔を出しているというのに夜だと勘違いするくらいに暗かった。

一般の人には、変わらずただの路地裏に見えているであろう。

魔力を持つ奴なら、この異様な雰囲気に気付いて近寄らない。


その路地裏へ一歩足を踏み入れる。

すると、濃い影は逃げる様に後ろへと下がった。

どうやら此処にいるのは間違いなさそうだ。


「おい、出て来やがれ。大人しく顔出せば、」


言葉の途中で、無数の黒い影が俺に向かって襲い掛かって来た。

威嚇のつもりだろうか。

俺の周囲を覆って逃げ道を塞ぎ、徐々に幅を狭めて来た。

脅して親玉をあぶり出すつもりだったが、向こうから態々飛び込んでくれて好都合。

俺は、一つの影を掴み取った。


その瞬間、影は分散し地面にゴロゴロと小さな個体が転げ落ちた。

影を掴んだその手には、目以外は全身真っ黒で掌に乗るくらいに小さい魔物が目を回していた。

金色の目に黒い毛、小さな耳に長い尻尾。

俺が探していたのは、この魔物の親玉。

世界には、特定の国にしか存在しない魔物と何処にでもいる魔物がいる。

コイツは後者で影がある場所だけに生息する魔物だ。

其々の場所にリーダーを作り、集団で生活をする習性があり...この町ではコイツがこの魔物たちのリーダーという訳だ。


「おい、起きろ。」


軽く頭をつついてやると、我に返る様に目を覚ました。

そして、捕まっていると気付くと抵抗する様に手足を動かし必死に抜け出そうとする。

地面に転がっている連中も毛を逆立てて今にも飛び掛りそうな勢いだ。

空いてる手で炎を出し、壁に向かって其れを放った。

建物を壊す訳にはいかない為、火加減はしているが...彼らを脅すにはこれだけで十分だった。


「状況判断しろ。テメェらに選択肢は与えねェ。」


炎を見た彼らはすぐに威嚇も抵抗もやめてしまった。

抵抗すれば、親玉は灰になる。

影で生活している彼らにとっては、陽のあたる場所は毒であり敵でしかないのだ。

灰にされてしまったら、習性である集団生活がままならなくなる。

しかも、この寒い時期だ。

餌を集めるにも寒さを凌ぐ場所を探すにも、必ず親玉の力が必要になる。

抵抗はするべきではないと、本能的に理解しているのだろう。


「安心しろ、こっちの頼みを聞けば親玉は生かして返す。

 でも、ただ脅して動くだけじゃお前らも面白くねェだろ...褒美も倍にしてくれてやるよ。」


一枚の紙を取り出し、魔物達にそれを見せた。

その紙には、メーリの髪と匂いがついている。


「コイツと一致する奴を探せ。

 見た目は俺と同じ全身黒の修道服にボサッとした赤毛だ。見つけたらすぐに知らせろ。」


髪質と匂いを覚えた魔物達は影を通し、散々になって探し始めた。

一匹残らず探しに行ったことを確認すれば、掴まえたままの親玉である魔物をそっと地面に下ろしてやる。

チュウッと鳴けば、立ち上がって俺の目をじっと見つめて来た。


「出来る事なら穏やかに行きたかったんだが、お前らが先にご挨拶してくれたんでな。

 コッチもそれなりご挨拶を返してやったまでだ。手荒な事をして悪かったな。報酬は約束する。」


俺は人間とは違うからな。

そういって此処に立ち寄る前に買ったクッキーを一枚置いて、その場から離れた。

いつまでも同じ所に留まっている訳には行かない。

自分も動いて一刻も早くあの子羊野郎を見つけ出さなければならない。

路地裏から出ると、見覚えのある人物が立っていた。


「やあ、自ら積極的に人探しだなんて...明日は槍が降るんじゃないかな。」

「...よお、随分と遅かったじゃねェか。また日向ぼっこでもしておネンネしてたのか?」

「確かにちょっと居眠りしてたけど、俺だって一応次期国王だ。そんな暇ある訳がないだろ?」


そこには、ムッと不機嫌そうな顔をして腕を組む滝王子と後ろには先程の兵士達が立っていた。

呼び出すにしては、随分と時間が掛かったもんだ。


「呼び出した要件は何?」

「ああ、闇商人の話は聞いてるか?」

「勿論だよ。それがどうしたの?」

「お前に紹介したい奴がいるんだが、今そいつに捕まっちまってよ。」

「他国からの客人か!? 何かあったらどうするんだ!」


何を勘違いしてか、途端に血相を変えて俺の肩を掴み揺さぶられる。

いや、アイツは貧民だし寧ろ関われば問題になる厄介者だから関わらない方がいいのだが、それでは俺が困る。

此処は黙って大人しくコイツの勘違いに乗った方が良さそうだ。


「まあ、そんな所だ。今魔物使って探させている。」

「兵士は少人数にした方がいいよね? 君達は城で待機していて。」

「し、しかし王子とこの者と二人きりにさせるわけには。」

「あまり兵士が多くウロウロしていては、国民に不安を与えるだけ。それに、俺は大丈夫だよ。何かあったらすぐ呼ぶから...ね?」

「...はっ、了解しました。」


まだ何か言いたげそうにするも、滝王子の言葉を受け入れ頭を下げれば兵士達は城へと戻って行った。

二人で残った兵士達と協力し、子羊野郎と闇商人を見つけ出す為に路地裏を歩き回った。

暫く歩いていると、地面が凍り付き倒れてる兵士達を見つけた。

大した怪我はしていない事から、氷で滑って転んだ様だ。


「おい、大丈夫か!」

「滝王子!? は、はい!申し訳ありません...不審者を発見したんですが、」

「修道服を着た人物が座り込んでいると思ったら、地面が凍って...。」

「...成る程な。一緒に逃げた訳か。」

「どういうこと?」


俺が言っていた事はちゃんと頭に入っていたらしい。

捕まれば身分がバレると考えて、兵士に捕まるより闇商人と行動して後ほど離れた方がよいと考えたのだろう。

片膝をつき、そっと地面の氷に触れてみる。

アイツにはまだ力の扱いを教えていない上に、恐らく初めて自分の意志で魔力を使ったのだろう。

僅かに粗さがあるが、初めてにしては上出来だ。


彼は恐らく、まだあの男が闇商人だと理解していないはず。

騙されて振り回されていると考えるのが普通だろう。

後一歩早く着けば、二人に追い付き商人を捕まえられただろうに。


「此処らには居ないだろうな。一体何処に行きやがった...。」


苛立ちが増していく中、チュウッと鳴き声が建物の影から聞こえた。

視線を移すと、あの小さな魔物は影の中から顔を出してコチラをじっと見つめている。

彼らに探させて正解だった様だ。


「おい、見つけたぞ。俺は先に行く。」

「えっ!ま、待ってよ!」


滝王子の声を無視し、俺は魔物の後を追い掛けて路地裏の奥へと入っていく。

力は使えても扱い方を知らなければ、相手に太刀打ち出来ない。

子羊野郎がまだ口を滑らせていない事を事を祈りながら、ひたすら前へと進んで行った。




*




「いや~、お陰さんで助かったわい!礼を言うぜ、嬢ちゃん!」

「は、はあ...。」


兵士さん達から何とか逃げ延びた俺は、この不審な男と共に影に隠れる様に路地裏で休憩していた。

なんだか町の騒がしい音が遠くで聞こえる事から、どうやらだいぶ奥の方まで進んでしまったらしい。

これって帰れるのだろうか。

あれから時間が経っているから、きっと神父さんはカンカンになって怒っているに違いない。

また投げ飛ばされるのかな...?


「お、おじさん。本当に何もしてないんですか?なんで追われてるんですか?」

「何もしてないね。ワシはただ、商売の為に此処に来ただけさ。」


ケラケラと陽気に笑う男の様子を見ても、どうも胸の中で何かが引っ掛かる感じがしてならない。

背負っている大きな荷物の中身が気になって仕方が無い。

それに、出会った時から鼻を掠めてくる絡み付いてくる様な甘ったるい匂い。

最初は花とか食べ物とか、そんな感じはしていたのだが...そうじゃない。

この匂いは昔、何処かで嗅いだ事のある嫌な匂いだ。


「...俺、そろそろ帰りますね。神父さんが探しているかもしれないので。」

「俺だなんて女の子が言う言葉じゃないな~。言葉使いは大事だぞ?」

「あの、俺...女の子じゃなくて男の子ですよ...?」

「もう少し一緒に居てくれよ。また追われたら、ワシが困るんだ。」


人の話聞いてないよ、この人。

確かに、また追い掛けられたらこの人も困るだろうし...かと言って、俺もこれ以上関わるのは何のプラスにもならないし、リスクしかない。

とにかく早くこの人と離れて、神父さんを探しに行かなければならない。


「で、でも、今日は神父さんとお買い物をする大事な日なんです。」

「そっかそっか...なら、せめてワシの品を見てくれよ。」


そういって、背負っていた鞄の中身を探り始めた。

一刻も早く離れたいが、見るだけなら大丈夫かと軽い気持ちで受け入れた。

おじさんが鞄から出したのは、ごく普通の小さな木箱。

その木箱からは、あの甘い匂いが漂っていた。


「ワシの新商品でな...どんな万病にも効く薬でね。お前さんなら、助けた礼にくれてやるよ。」


そういって、箱の蓋をゆっくり開けた。

甘い匂いがより濃くなったことから、この中身の薬が原因だと分かった。

箱から出てきた薬は、光の反射で輝く宝石の様な丸いモノがぎっしりと詰め込まれていた。

何も言わなければ、とても薬とは思えない程に綺麗な薬だった。

普通の人なら、一つ手に取ってみたくなるものだ。


でも、俺はこの薬を知っていた。

知っていたからこそ、とても恐ろしかった。


「...ら..い。」

「ん?」

「いらない...っ!なんで、なんでおじさんがそんな怖い薬を持っているの...!?」


思わずおじさんの手を叩けば箱は宙を舞い、薬は地面へと落下し散らばった。

この薬は、俺がいたあの国で...火の国で見たことがある。

頭がおかしい人は幾らでもいたけれど、一番おかしかったのは、この薬を飲んでいる人達だった。

これを一度でも口にしてしまったら、後戻りは出来ない。

人という皮を被った、獣に成り下がる恐ろしい光景を俺はこの目で見てしまっていた。


「ねえ、教えて? なんでおじさんがこの薬を持っているの?なんで、こんな...」


顔を上げた瞬間、言葉が途切れると同時に腹部に痛みが走った。

痛みで地面で蹲っていると、うつ伏せの状態で身体を抑え込まれ、更には両手の自由が利かなくなってしまった。

何が起こったか理解出来ず、視線だけ動かし自分を見下ろしている影を見つめた。


「貴様、何故この薬の存在を知っている。まだどの他国にもこれは流出していないはずだ。」


影の正体は、先程まで俺と話していたあの男だ。

今まで見せていた表情とは一変し、怖い表情を浮かべて俺を睨んでいた。

鞄を片手で探り、中から拳銃を出してきた。

そこでようやく俺は、この男は悪い人だという事に気が付いた。


「おっと、動くなよ? まあ、両手使えないんじゃワシを凍らせるなんて事は出来ないだろうけどよ。」

「...っ。」


悔しい事に、この人が言っていることは正しい。

もしかしたら、手じゃなくても他の箇所に触れるだけで凍らせる事が出来るかもしれないが、成功する可能性はない。

俺は傷付くのも、傷付けるのも嫌だから男を凍らせる事は出来ない。

拳銃だけ凍らせればいいのかもしれないが、他にも武器を持っていたら、抵抗する手段がないし、俺には力があっても扱い方を理解していない。


はっきり言えば、俺は危機的状況にあるわけだ。


「さて、ワシの質問に答えろ。お前は何故、この薬の事を知っている?」

「...そ、それは...。」

「さっきも言ったが、これはまだどの国にも流出していない麻薬だ。試作品が火の国に流れていたっけか?」


試作品?

ということは、俺が今まで見てきたこの薬は試作品だということだろうか?

だったら、この男が持っているモノは完成品なのか。

何がどうであれ、危ない薬には変わりない。

これがこの国に流れてしまったら、せっかく賑やかで明るい国なのに、俺の国みたいに暗く冷たい国になってしまうのだろうか。


「ワシが持っているのは、その試作品を改良したモノだ。これを売れば中毒患者から金が山の様に入るって事だ。」

「...っそんなこと、この国でやったら...国の人達が。」

「はっ、そんなのワシには関係のない事さ。」


拳銃の銃口がぐりぐりと俺の頭に押し付けられる。

男が髭を弄りながら、鼻で笑いながらこう言った。


「試作品の事を知っていたな? だが、知っているとしたら紫の国か火の国だ。」

「...それが?」

「紫の住人は口は堅いし、行動にも顔にも出さない。

 さっきお前さんの反応からして...火の国出身者、という事になるな。」


男の言葉に、思わず下唇を噛む。

俺の行動と反応で、簡単に身元がバレてしまった。

気を付けていたつもりが、こんな形で明かされてしまった事を神父さんが知ったら、どんな反応をするだろうか。


「お前みたいな世間知らずの餓鬼が、なんでこの国に居るかは知らねェが、薬の存在を知ってる以上...商売の邪魔になりかねない。」


此処で消えてもらう。


男が笑みを浮かべるのを目にした俺は、身体が凍り付いた様に全く動けなくなってしまった。

殺される。

そう頭で考えた瞬間、人気のない暗い路地裏で一つの銃声が響き渡った。



.

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