Ⅰ-Ⅱ

あれからどれくらい経っただろうか。

空を見上げればいつの間にか空は雲に覆われ、肌に触れる風は徐々に冷たいものになっていった。

身に着けているモノはボロボロになった薄い衣服で、とても寒さを凌げるモノではない。


「...お腹すいたなぁ。」


空腹のあまり先程から定期的にぐーっとお腹の虫が鳴いている。

水は何とか口にしてはいるものの、まともな食べ物は口にしていない。

二日以上は確実に歩き続けているが、小さな村一つ辿り着けないどころか人っ子一人すら遭遇していない。

せめて何処か寒さを凌げる場所があればいいのだが、歩いている道は平地の様に広く隣は奥が深そうな森。

俺が居た場所には森なんてなかったが...森にはいろんな魔物がうじゃうじゃいると聞いた事があるから、中へ入ってしまえば俺なんかすぐに怖い魔物に食べられてしまいそうだ。


困り果ててしまった俺は深い溜息を吐く。

こんな事になるなら、彼処で食べ物を集めてから出てくれば良かっただろうかと考えたが、沢山持ったら食べる事に困った大人達に狙われる上に、抜け出す時に邪魔になってしまうかもしれない。

そうなってくれば、何も持たずに出て行った方が良かっただろうが、今の状況になれば...。

珍しくあれこれと頭を使ったら、なんだか余計に空腹が増して再び大きくお腹がなった。


「およっ...?」


突然足の力が抜けて、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。

起き上がろうと地面に手をつくが、上手く力が入らず身体を起こす事が出来ない。

どうしよう、これは本当にヤバイ。

外の世界なら、あの鉄線だらけの町に比べたらずっと広いし何とかなるだろうと思っていたが。

町を出る事だけでも凄い奇跡なんだ、そう簡単に事が上手く行くわけにはいかないらしい。

地面は氷の様に冷たく身体は殆ど冷え切って、辺りは徐々に空から白く冷たい雫が落ちて来る様になった。

寒さの影響だろうか、何だか眠くなる様に意識も少しずつ曖昧になっていった。


こんな所で死んでしまうんだろうか。

あーあ、せめて一度でいいから良いから美味しいホカホカの御飯をお腹いっぱい食べてみたい。

贅沢を言ってしまうなら、こんがり焼き上がった美味しいお肉や出来たてのもっちりのパンとかキラキラな御馳走を食べて、ふわふわで暖かい所でぐっすり眠ってみたかったな。


そんなことを考え徐々に瞼を閉じていく中、ただ遠目で見えた白い建物は何故か最後まで一番よく綺麗に輝いて見えた。


.

.

.


「神父さん、さよーならぁ!」

「おーう。とっとと帰って寝やがれ糞餓鬼共。」


しんしんと雪が降り注ぐ寒い夜。

教会へ遊びに来た貧しい子供達が家へ帰る頃には、だいぶ雪が積もっており地面は土が見えないくらい真っ白に染まっていた。

仮にも神父の為、学校に行けない貧しい子に勉強を教えたり飯を食わせてやったりとそれなりの事はちゃんと熟してはいる。

ただ、煩くてあれこれ勝手に触る上に自分より遥かに年下の癖に生意気も言うもんだから、俺としては子供はむしろ嫌いな方だ。

ところが、何故か俺に懐いてくる奴らが多く正直鬱陶しいたらありゃしない。


「なあなあ、神父さん。今度俺に爆弾を教えてくれよ! 俺も爆弾でドカーンッてやってみてぇ!」

「アホかお前は。テメェくらいのお子様は花火で十分だ。大好きだろ?線香花火。」

「なんだよケチ!似非神父!不良!」

「おい誰だよ、コイツ間違った知識教え込んだ奴は。股間潰すぞ糞餓鬼。」


そう言ってやりながら股間を蹴飛ばしてやれば、当然痛みでその場に踞った。

潰さずとも何もしないなんて一言も言っていないからな。

こいつの事は放っておいて、早く帰り道を作って家へ返してやらなければ。

手に持っている灯りを上へ掲げると、中にある蝋燭の火が揺らいだ。

暫くするとガラスを通り抜け、蛍火の様に散っていき暗くて見えにくい夜の道を町の方まで明るく照らした。


これでも俺は忙しい身である為、一人一人家へ送ってやれる程の時間はない。

だから、いつもこうして蛍火で夜道を照らしそれぞれが家の前へ辿り着くまで道を照らし続ける。

そして、俺が魔術で生み出した炎は魔物たちにとっては恐ろしい存在である為、これほど弱い蛍火でも迂闊に道には近寄れない。

言わば、魔物除けになる訳だから子供たちは安全に家へ帰れるという訳だ。


「んじゃ、気を付けて帰れや。もう二度と来んなよ。」

「また遊びに来るよ!またね神父さん!」

「今度は神父さんが好きな手作りクッキーを持ってくるねー!」

「おいコラ、人の話聞けや。」


何時までも手を振る子供達を仕方無しに見送り、姿が見えなくなった頃には手先はすっかり寒さで冷え切っていた。

寒さに強く体温は高めな方とはいえ、長く外に居れば身体は冷えてしまう。

さっさと中に入って風呂でゆっくりと身体を温めよう。

そう思って一歩足を踏み入れドアを閉めようとしたところに、小さな影がコチラを見つめている事に気がついた。

目が合うと、雪に頭を突っ込んだりキョロキョロしたりと落ち着きのない様子を見せ始めた。


この小さい魔物は『スクイレル』と呼ばれる弱い魔物で、こうして雪の中でも遊んだりする身体を動かす事が好きな可愛らしい魔物。

緑の国に生息し数は多いが、強い魔物に対抗出来る力が小さい為、あまり人前で顔を出さない少し警戒心が強く臆病な魔物でもある。

それが、魔物に嫌われやすい体質である俺の前へわざわざ顔を出すという事は、何かあったとしか思えない。


「...どうした?」


魔物に近づき、片膝を付いて魔物と目線をなるべく合わせる。

数秒程うろうろすれだ、今度は俺の周りをぐるりと走った後に教会の裏側へ向かい遠くで小鳥の様な鳴き声を発した。

教会は緑の国と火の国の丁度境界線の様に建てられており、教会の裏側から先は火の国の領地となっている上に、ただ広い道の様にある平地が続くばかりで、特に建物も何もない。

此処から先は火の国だという事を、対立国だと互いに十分理解している。


だから敢えて見張りも何もない。

出来れば行きたくはないのだが、火の国は内部にも入れなければ向こうは簡単に外部へ出る訳にもいかない。

少し顔を出して様子を見る程度じゃあ不法侵入だと騒がれる心配もないもなさそうだと判断し、魔物の後を追ってひょいっと教会の裏側の方へと顔を出した。


雪で白く染まっただけで、相変わらず面白みもないただ真っ直ぐに道の様に広がる平地。

だが、よく見れば一部だけ不自然に盛り上がっている箇所があり、その傍にあの魔物が落ち着き無く動き回っている。

よく見れば、ほぼ雪で姿が隠れてしまってはいるが...間違いなく、何かが積もった雪の下敷きになっている。


「...あ?なんだありゃ?」


ゆっくり近付き傍まで来れば、人間が埋まっている事がすぐに分かった。

体格からして子供なのだろうが、全身の大半が雪で隠れてそれ以外分からない。

片腕を掴み、雪の中から引っ張り出し腕を上へあげて立ち上がれば、相手はぶら下がる様な状態で姿を現した。

出てきたのは、痩せ細って傷と泥にまみれた赤毛の汚い子供だった。

服装が女物だから少女だろうと思ったが、今はそんな事はどうだっていい。


「おい、生きてっか?雪ん中に居りゃあ、流石に身体がだいぶ冷えてるな...死んでねェかコレ?」


空いてる片手で子供の頬に一発平手打ちを入れてみる。

やり方としては手荒いが、雪の下敷きになって更には服装は明らかに寒さを凌げるモノではない程にボロボロになっていた。

身体の感覚が寒さによって麻痺しているのであれば、これくらい大袈裟であった方がいいだろう。


「...うぅ...。」

「おお、スゲェ...此奴はゴキブリか?よく生きてたな。」


平手打ちが効いたらしく、意識は無いままだか確かに反応した。

すぐに着ていたコートを子供に着せて、寒さを凌いでやる。

身長に差があるせいで、いい感じに全身を包む様な状態になったがむしろ凍死寸前の子供だからこれくらい防いだ方がいいのだろう。

相手を横にして抱えてやれば、コチラを見つめる魔物に問いかけてみた。


「おい、ちっこいの。この餓鬼がどっから来たか知ってるか?」


俺の質問に対して数秒じっと動かなかった後、ゆっくりと首を傾げ頭上にクエスチョンマークを浮かべた。

知らないなら早く答えろよ。


そう、問題はこの子供が何処からやって来たのか。

緑の国と火の国の境界線であるこの場所に倒れていた以上、この問題を考えなければならない。

相手を教会へ連れて行き、空き室のベッドへ寝かせる。

魔物は様子が気になったのか、後をついて来て勝手に中へと入り込み子供の様子を伺う。

俺が調合した薬を少しずつ飲ませた後、特に酷い手足の傷を手当してやりながら、この子供についてある推測を立てた。


まず、この子供が倒れていた場所。

緑の国の者なら国の兵士ならまだしも、子供なんかがわざわざ自ら命の危険に晒す様な馬鹿な真似はしないだろう。

対立国である火の国がどういう国なのかなんて、幼い子供でも理解出来ている。

悪巫山戯でも教会の裏側へ一歩踏み入れれば、火の国への不法侵入で自分だけではなく国をも危険に晒す事になる。


もう一つは、この子供が非常に貧しい者だという事。

どの国でも貧しい人は存在し、この緑の国でもそれが存在する。

だが、此処は『平和』を象徴とする国だ。

貧しい地域には王が自ら援助し、貧しくても生活には特に不自由なく暮らしていける。

この国で餓死しそうな程食べる事に困るなんて事は滅多にないのだ。

ところが、この子供は食べる物がないどころか、衣服もボロボロで治療して分かったが身体にはいくつか古傷が残っている。

これは、生活がとても出来ない環境にいた事を示す。

傷跡が多いところを見ると、戦いが続く戦場の中で育ったと考える。

そうなってくれば、この子供の正体は一つしか考えられない。


「...火の国から来た貧民だろうな。面倒な事になりやがった。」


深刻な事態に気付いた俺は舌打ちをした。

まだ確信ではないが、その可能性の方が十分に高い。

火の国の貧民である場合でもし俺があのまま見捨てた場合は、国民を見殺しにしたと言って向こうは喧嘩を仕掛けに来るだろう。

そして、緑の国からも見殺しにしたという一件で俺の首はスパンと飛ばされる事も目に見えてる。


じゃあ逆に、現状の様に助けたとしよう。

火の国からは拉致・又は領地への不法侵入で喧嘩を吹っかけられ、緑の国からは敵対する国の者を無断で国内へ招いたとして死刑か処刑か。


つまり、助けても見殺しにしてもこの餓鬼が教会裏で倒れていた時点で、どちらを選んでも面倒事は確実という話だ。

全く持って迷惑な話だ。

このままでは火の粉が自分に降りかかる。

それだけは避けたいというか、関わりたくないというか。


「あー...、こりゃ滝王子にまた怒られるわな。」


顔を真っ赤にして口から炎を出す勢いで怒る滝王子が脳裏に浮かぶ。

戦いの根源になり兼ねないこの餓鬼の存在を知られてしまったら、いくらお人好しの彼でも当然怒るに決まってる。

今日も少しご機嫌斜めだった為、明日は大人しくしといてやろうと思ったんだが...こうなってくれば餓鬼の存在を騙すには彼の協力は必須。

火の国へ送る精鋭部隊は早速明日には出発為、それまで彼は一息も出来ない。

そこまで考えて、ふと疑問が出てきた。


「...この餓鬼、火の国の貧民ならば一体どうやって国から出てきた。」


火の国の新聞や滝王子が言っていた話を考えると、昨日一昨日には既に結界が張ってあった。

仮説として、コイツが元々居た場所が王宮のある町「カルディア」として、この教会までの距離は眠らず最短で約3日、普通に休息取りながら進めば約5日は掛かる。

結界とは、魔力を込めた呪符を利用し数ヶ所に貼り付け結界を作る。

または、術者自身が魔力のみ範囲を広げで結界を作るか。

主な手段としてはこの二つだ。

呪符を使う場合は、ただ貼れないという訳ではなく等間隔に配置しなくてはいけない上に人目に付きにくい場所に貼らなければならない。

その為には人でも配置の計算も必要になる。


逆に魔力のみで結界を作る場合は、その術者の精神的にも肉体的にも負担が掛かる。

出来るとすれば王族並の並外れた魔力を持つ者しか出来ない。

もしくは人数を分けてチームで行ってでの結界も可能だが、交代時には特に慎重に行わなければならない。

乱れが生じれば形を保っていた結界は一気に崩れるリスクがあるからだ。


要するに、どちらの手段を使っても少なくとも準備に時間が掛かる。

せいぜい数日から1週間は少なからずとも必要だ。

魔力を持つ者が結界を突破して中へ入る事が出来なければ、当然外へ出る事も出来ない。

一般人なら尚更それは不可能と言える。

だがコイツは国を出る事が出来た。

偶然、結界が無い間に出てきた可能性だってあるだろうが、張っている間に出てきた場合は一体どう考えればいい。


「...わっかんねェな。」


柄にもなく深い溜息を吐いてガシガシと頭を掻いた。

とにかく、このまま考えたって埒が明かない。

今はこの餓鬼が目を覚まして事情を聞かない限り、現状を憶測で考えても何一つ解決しないし話が繋がらない。

目が覚めたら、風呂に入れてやったり話を聞いたりしてやらなければならない。


いつまでも汚れたままで居させるのは、怪我にも影響しかねない...とはいえ、女性なら勝手に触ると後々が面倒な事になり兼ねない為、今は手当てと治療以外に特に何かをするべきではないだろう。

痩せ具合からして、栄養失調を起こしているが今は何かを口にさせる事は出来ないから先程飲ませた魔法薬で何とか生きながらえるだろう。


「さて、俺も休むか。」


部屋から出れば、欠伸をしながらのんびりと自室へと向かった。

町で追いかけっこや火の国のことやらで、今日は正直疲れている。

歳を取るとすぐに身体に疲労が溜まる...歳は取りたくないものだ。

風呂も明日の早朝に入って、昼前には買い物に行かなければ。

子供たちに夕食を作った為、食材も減っただろうから買い溜めをしておかなければならない。


明日もやる事が山済みだ。

ココ最近興味のある出来事はこれっぽっちもない、はっきり言ってしまえば退屈だ。

明日こそは何か楽しい出来事が起こります様に。

なんて、期待の篭っていない願いを頭に浮かべながら、ドアノブを回して自室へ入った。



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