第五十三話 救出編【53】
「さ、説明は以上よ。ここから私を落として」
「……」
「簡単よ。手すりに座ってる私を突き落とすだけ。力はいらないわ」
「……」
「さ、早く。モミカさんの命を救いたいんでしょ?」
「……」
女子生徒は終始無言だった。私の言葉に反応しない。
暗がりで良く見えないが、女子生徒は
「…です」
女子生徒が聞えるか、聞こえないかのボリュームで声を出した。
「…しいです」
「え、何?」
女子生徒が急に声を荒げた。
「こんなのおかしいです!」
「どこがおかしいの? 一人の命を救うのだから、一人の命がなくなっても不思議じゃないでしょ?」
「そういうことじゃないんです。理屈じゃなくて、言葉では上手く言えないんですが、何か間違ってる気がするんです」
「間違ってる、間違ってないとかじゃなくて、これは
「モミカさんが死んじゃう……」
「そう。だから、あなたは私をここから落として、モミカさんを救うの。罪悪感を持つことはないわ。私もそうしたのだもの」
「でも、やっぱり何か間違ってます」
「私の質問に正直に答えて。モミカさんと私、どちらが大切?」
「大切?」
「そう。あなたはネット上とは言え、モミカさんととても親しい間柄にあった。一方の私は出会って一ヶ月も
私は一旦、ここで一呼吸した。
女子生徒に私の動揺が伝わるかもしれない、と思った。しかし、女子生徒は何も言わなかった。最も、深夜の暗がりなので表情まで見ることはできなかったが。
私は言葉を続ける。
「さぁ、どちらが大切でしょう?」
女子生徒が不安そうな声を出す。
「本当に正直な気持ちを言って良いんでしょうか?」
「
女子生徒は一息ついた。
「はぁ~。やっぱり、私の中ではモミカさんの方が大切です」女子生徒が慌てたように次の言葉を言う。「でも、だからと言って、あなたを嫌いになったわけじゃないですからね。あくまで比較したらの話ですから」
「じゃあ、やっぱり、私をここから突き落とすことは問題ないじゃない」
「だから、そういうんじゃないです。モミカさんは大切です。だからと言って、モミカさんの命を救うのに、別の命を消すのは間違っていると思うんです」
私は身中で驚嘆した。
(この
しかし――、と私は思う。
(しかし、ここから女子生徒はどうやって私を橋から降ろす? 私の時のように強引に引っ張って私を橋の中央に持ってくるか? いや、それは無理だ。今の私の体重では無理やり私を引き寄ることができないだろう)
私は久しぶりに自分が肥満していることに腹をたてた。
すると、私が座っている欄干の前で女子生徒が何やらごそごそとやり始めた。
(何をする気だ?)
次の瞬間、女子生徒は私の眼前にスマートフォンを突き付けた。スマートフォンのディスプレイの明かりによって、女子生徒の顔がぼんやりと見える。
女子生徒は勝ち誇ったように言う。
「これであなたはどうにもならない」
「どういうこと?」
「今から110当番通報します」
「ちょっと、何言ってるの」
私の言葉を無視して、女子生徒はスマートフォンの電話のアイコンを押した。
女子生徒は私の顔にスマートフォンの画面を突き付ける格好で数字を押していく。
「1」
「1」
女子生徒の手は震えていた。それが、寒さからなのか、緊張のためのか、私には判断できなかった。
私は黙ったまま女子生徒の行動を見た。
「0」
女子生徒は110番通報をしてしまった。
女子生徒が私にかざすスマートフォンに電話のマークが表示され、コール音が鳴る。
私は急いで欄干から降りた。その際、「カン」という金属音がした。ザイルの金属部分と欄干の金属部分がぶつかったのだ。
「ちょっと、何やってるの!」
私は橋から降りるなり、女子生徒の前に立ち、スマートフォンを取り上げた。
私が終話ボタンを押そうとしたときには、オペレーターの声がした。
『こちらは110番通報です。事件ですか? 事故ですか?』
私は何も言わずに女子生徒のスマートフォンを切った。
「何考えてるの!」
私は叫んだ。
女子生徒は
「あなたを止めるのにはこれしか方法が思い浮かばなかったんです。警察に通報すれば、あなたも橋から落ちないでしょ?」
私は言葉とは裏腹に心の中で笑った。
(それが女子生徒の答えか。それで、いいだろう)
私はスマートフォンを女子生徒に返した。
「合格よ」
「え?」
「あなたの取った行動は正解よ」
「正解ってどういうことですか?」
「つまりは、私を橋から落とさなかったことよ」
スマートフォンの明かりによって女子生徒が首を傾げるのがわかった。
「どういう意味です?」
「つまりはここで、私を橋から落とさないことが正解なのよ」
女子生徒は少し沈黙した後、先程より大きな声を出した。
「私を試したんですか!」
「大きな声を出さないで。ここは危ないわね。ちょっと移動しない?」
私は笑みをたたえながら言葉にした。
ネタバレの時間である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます