第五十四話 救出編【54】
携帯電話の電波は最寄りの基地局で中継されている。人づてであるが、110番通報をすると、その基地局から通報者の大まかな居場所が特定できると聞いたことがある。
私は腰に巻いたザイルを解いた。結ぶ練習を何度もしたので、解くことも案外、容易にできた。
私はザイルをリュックに入れた。ついでに
「ここから離れましょ。ゆっくりと話がしたいわ」
スマートフォンを手にした女子生徒はどこかボーとしていた。
「さ、早くここから離れましょ。寒いし」
「は、はい」
女子生徒はスマートフォンをポケットに入れた。
私はリュックを背負い直すと、橋の中央から歩き出した。
「どこへ行くんですか?」
女子生徒が私の後を追いかける。
「ここにいるのは良くないわ。もしかしたらだけど、警察がこの付近に来るかもしれない」
「まさか。すぐに電話は切っちゃいましたよ」
私は前述の携帯電話の基地局の話をざっくりと説明した。
女子生徒は慌てた。
「じゃあ、ここからすぐに離れたほうがいいじゃないですか。急ぎましょう」
「あくまで聞いた話よ。それに基地局がこの付近にあるとは限らないし」
「本当に警察が来たら、厄介です。どっかへ早く行きましょう」
私は苦笑した。
「じゃあ、私の後に付いて来て」
「あ、はい」
私は赤い橋から立ち去ることにした。公園の敷地内からも出ることにする。
(まさか、本当に警察が来るとは思えないが、ここは寒い。移動して、どこか、ゆっくりと話せる場所へ行こう)
私は早足で歩き出した。と言っても、肥満している私の早足は普通の人の半分位の早足だったかもしれない。
公園の敷地を出ると、私達は歩道へと出た。歩道もなるべく早く歩いて行く。
女子生徒は黙って私の後ろを歩く。
十分ほど歩いた所で私は足を止めた。
そこはコンビニエンスストアだった。
私の息は若干、切れていた。
「ここで休みましょう」
「はい」
女子生徒の呼吸は普段通りのものだった。
私が先頭になってコンビニエンスストアに入ると、二十代前半らしき店員が一人でレジに立っていた。
「いらっしゃいませ」
と
客は誰もいない。
私はコンビニエンスストアの中を進むと、イートインスペースに腰を落とした。
「ここで少し休みましょう」
「はい」
女子生徒も私の隣りに座る。
私達は一呼吸、置いた。
私は女子生徒が動揺していないか確かめると、聞いた。
「何か飲み物でも飲もっか」
「あ、はい」
女子生徒が突然、立ち上がる。
「あ、私、財布を家に置きっぱなしでした。お金がないので、私は何も要りません」
「コーヒーくらいおごるわよ」
「そんな悪いです」
「気にしないで。私一人だけ温かいものを飲むのも気が引けるし」
「わかりました」
私と女子生徒はレジに向かった。
レジ横の肉まんなどが入ったケースの横に温かい飲み物が入った容器がある。ホットのお茶、紅茶、コーヒーなどが陳列されている。
私はホットのカフェオレを手にした。
「さ、あなたも何か選んで」
「はい」
女子生徒は一番小さいホットコーヒーを手にした。値段も最も安い。女子生徒は遠慮をしているようだ。
私は女子生徒からホットコーヒーを受け取ると、自分が選んだホットのカフェオレをレジに出し、精算した。
リュックから財布を出し、小銭を出す。その際、袋は要りません、と店員に告げる。
精算を終えると、私はホットコーヒーを女子生徒に手渡した。
「ありがとうございます」
「さっきの場所で飲みましょ」
私と女子生徒は再びイートインスペースに行く。
イートインスペースで二人並んで座ると、私はホットのカフェオレのプルトップを開けた。
女子生徒も私にならうようにホットコーヒーの缶を開ける。
「いただきます」
女子生徒はそう言うと、缶に口を付けた。女子生徒の喉がグビリと鳴る。
「温かくておいしいです。何だか落ち着きます」
「それは良かったわ」
私もホットのカフェオレを口にした。確かに、身体が温まる。
女子生徒は一息すると、口を開いた。
「あの、私が取った行動は本当にこれで良かったんでしょうか?」
私は缶に記載されている原材料を眺めた。女子生徒の質問に上手く答えることができるか少し不安だった。しかし、ここは確信的に言わなくてはいけない。
「大丈夫よ。モミカさんは絶対に助かる」
「お母様が書いたブログを読んでから安心はしたんですが、あなたの言ったことで不安になってきました」
「ごめんね。私の言い方が悪かったわね。でも、あんなふうにしか言いようがなかったの」
「でも、確かに、集中治療室を出たからと言って安心はできませんよね。頭を怪我されてるみたいですし」
「私からは、『ただ信じて』としか言えないわね」
「あなたの時はどうだったんですか?」
順番はすべて実行された。私は自分の経験を話しても良いだろう、と思った。
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