第二十六話 救出編㉖
翌日。
女子生徒からの電話はなかった。
私は相変わらず、常にボーとしており、授業も友達との会話もどこか気が入っていなかった。
(女子生徒はいじめに
そんなはずはない。いじめは絶対にあるはずだ。
女子生徒からの連絡がなく、私はやきもきしていた。
家に帰ってからも、スマートフォンを常に手の届く範囲に置いていたが、女子生徒からの電話はなかった。
(今日もいじめはなかったんだ)
そう思い、私は夜の十一時過ぎに眠った。
突然、スマートフォンが鳴った。
私は
スマートフォンには時刻も表示されている。
一時三〇分。
スマートフォンは深夜の一時半を告げていた。
私はスマートフォンの通話のアイコンを押した。
「もしもし」
「あの、もしもし。こんな時間に電話して、すみません」
スマートフォンから聞こえる女子生徒の声は今にも消え入りそうだった。それだけ、声が小さい。
「私、これからどうしていいか、わからなくなりました」
私は心の中で深呼吸をした。
(女子生徒へのいじめが始まったんだ)
私は確信した。
「いじめが始まったのね」
「……はい。学校ともう一つの場所でいじめが始まりました」
「もう一つの場所?」
「はい。こんな時間に電話をしたのは、それが理由です。あの、寝てましたよね?」
私は女子生徒を安心させるように、声を
「うん、寝てた。でも、大丈夫。あなたのことが優先だから。私のことは気にしないで」
「すみません」
「で、学校でどんないじめがあったの?」
女子生徒が言う、「もう一つの場所」というのは後から聞くことにして、取り
「朝、私が学校へ行くと、私の席に
「花瓶?」
「はい。花が
「それって……」
「そうですね。死んだ子の席に花瓶を置くような感じです。私、クラスで死んだことにされたんです」
「その花瓶、どうしたの?」
「黙って片付けました。花瓶を持って、手洗い場で水を流して、花はゴミ箱に捨てました。花瓶はどこから持ってきたのか、わからないので、教室の後ろにある棚の上に置いておきました」
私は自分がいじめに遭った時のことを思い出していた。
(私の場合は
しかし、そのことは女子生徒に言わないことにする。言っても意味のないことだと思ったからだ。
「他に何かいじめっぽいことはあった?」
「まずは無視ですね。私が花瓶を片付けている間、クラスの全員が黙ってました。誰も私に声をかけたりしませんでした」
「そう」
「無視は学校にいる間、ずっと続きました。授業の合間にいつも話す女子とかいるんですけど、全然話しませんでした。それから、私を見て、クスクス笑うんです」
「そう」
「三人くらい女子が集まって私の方を見てるんです。それで、クスクス笑うんです。何かを話しながら」
「そう」
「一番、キツイのがお昼休みでした。いつもは何人かの女子達と一緒にお弁当を食べるんですが、仲間に入れてもらえませんでした。結局、一人でお弁当を食べました」
「そう」
「お弁当を食べ終えてからも地獄でした。何もすることがないんです。いつもなら、ご飯を食べた女子達と何でもないおしゃべりをするんですが、相手がいないんです。私、机に
「そう」
「普段は嫌いな授業が救いでした。授業中はいじめはないですからね。でも、授業と授業の間の時間、私は誰とも話をしませんでした。しない、というよりできませんでした」
「そう」
私は簡単に
(何か助言的なことを言っても無駄だ。私の時がそうだった。いじめの内容を聞いてあげるだけでも、心がほぐれるだろう)
学校のいじめの話があらかた終わったようなので、私は質問した。
「さっき言ってた、『もう一つの場所』ってどこ? 塾かどこか行ってるの?」
女子生徒は声をさらに小さくした。
「ネットです」
「え?」
「ネット上でもいじめみたいなことが起きてるんです。それで、こんな時間に電話をしてしまいました」
「ネット上って、もしかして、あのアバターを操作するサイトのこと?」
「はい。そうです」
「モミカさんも登録してる?」
「はい。あのサイトです」
私は額にスマートフォンを持っていない左手を乗せた。
(なんてこった。よりにもよって、救出したいモミカさんのサイトでいじめがあるのか。でも、ネットのいじめってどんなのだ?)
私は混乱した。
私はインターネットに
私は率直に聞くことにした。
「ごめん。ネットでどんないじめが起きてるか、私、全然、わからない」
「今、ネットできますか?」
「ノートパソコンで?」
「はい」
「ちょっと待って」
私は言い終えると、部屋の
私は椅子に座ると、ノートパソコンの電源を押した。
「今、パソコンを起動させてるから、ちょっと待って」
「わかりました」
ノートパソコンが静かに
「今、起動したわ」
「じゃあ、例のサイトに飛べます?」
「やってみるわ」
私はインターネットエクスプローラをクリックした。ヤフージャパンのサイトが表示される。
そこで、マウスを握る私の手が止まってしまった。
(どうやって、あのサイトに行けばいいんだ?)
私は素直に女子生徒に聞くことにした。
「ごめん。どうやってサイトにいくかわからない」
「あ、お気に入りにいれるのを忘れてましたね。検索サイトはヤフーになってますよね?」
「うん」
「じゃあ、検索ボックスにサイトの名前を入れてください。たぶん、すぐにそのサイトが出ると思います」
「わかった」
私は一旦、スマートフォンを机の片隅に置いた。両手が空いていないと、キーボードが打ちにくい。
私は女子生徒の指示通り、ヤフージャパンの検索ボックスにカーソルを合わせると、サイト名を打ち込んだ。
結果がすぐに出る。一番上に、サイトの名前が表示される。
私はサイト名をクリックした。
すると、ログイン画面が現れ、ハンドルネームとパスワードを入力するように要求された。
私は「スズカ」とハンドルネームを入力し、パスワードの欄に生年月日を反対から打ち込んだ。
画面が切り替わり、私のアバターが中央に現れる。周囲は私の部屋だ。
私はスマートフォンを左手で持ち、左耳に当て、右手でマウスをコントロールした。
「ログインできました?」
女子生徒が聞く。
「なんとかできたわ。これからどうすればいい?」
「右上に〈検索〉というのがあるので、そこに私のハンドルネームを入れてください」
「わかったわ」
私はカーソルを〈検索〉というボックスに合わせると、「アヤメ」と、右手だけで入力した。
中央にいた私のアバターが消え、別の部屋に飛ぶ。
部屋は私のよりもうんと豪華だ。赤い
部屋の中央にはキラキラ光るドレスを着た女の子のアバターがいた。その隣に、白のブラウス、焦げ茶のスカートという質素な私のアバターが立つ。
美しく光るドレスを着たアバターはアヤメ、つまりは女子生徒でる。
女子生徒も私と同じように、片手でスマートフォンを、片手でマウスを操作しているようだった。「カチ、カチ」とマウスのクリック音が聞こえる。
女子生徒が言う。
「右隅に〈コメント〉ってありますよね?」
私は部屋の外の枠に視線を移した。確かに、〈コメント〉という文字が
「あった」
「それをクリックしてみてください」
私は女子生徒に言われた通りにする。
次の瞬間、私は息を
画面に同じ文字が何行も現れたからだ。
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
と。
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