第二十五話 救出編㉕

 翌朝。

 私はいつもの時間に起きた。つまりは遅刻寸前の時間に起きたのだ。

 私は急いで制服に着替えた。机の上の英語の教科書類をかばんに入れると、一階へと降りる。

 キッチンで母が待っていた。

「早い時間に起きるようになったと思ったら、今日はいつもと同じね」

「私にもいろいろ事情があるの」

「はいはい」

 母はあきれた声で食卓の上を指差した。

「朝食、早く食べないと遅刻よ」

「わかってる」

 私は食卓につくと、急いでパンをかじった。その他のものも流し込むように口に入れる。

 母がコーヒーが入ったカップを片手に溜息をついた。

「早食いは肥満の元だそうよ」

「……」

 私は母の言葉を無視して、最後のベーコンの欠片かけらを口に含んだ。

 食卓から離れると、リビングの机にある母が作った弁当を鞄に入れ、駆け足で家を出た。

「いってきます」

 玄関の扉を大急ぎで開ける。

「いってらっしゃい」

 母の声が玄関の扉越しに、かすかに聞こえた。


 英語の授業。

 突然、英語の教師が私を指名し、教科書に載っている文章を和訳せよ、と言った。

 私は席を立ち、ノートに書き込んだ和訳を読み上げる。私の文章は日本語としてもおかしかったが、教師は特に何も言わなかった。

 五行ほど訳したところで、教師が、

「もう、いい。次の人、訳しなさい」

 と、言った。

 私は席に座った。

 教師は私の後ろの席の男子生徒を指し、和訳するように言った。しかし、私の後ろに座る男子生徒は予習をやってこなかったのか、和訳ができなかった。

 教師はいかった。罵声ばせいを男子生徒に浴びせる。

 他の生徒達はとばっちりをらわないように、顔を下に向けている。

(これだから、英語だけは予習をしなくちゃならないんだよな)

 教師の叱責は十分間以上も続いた。


 昼食。

 私はいつものメンバーで母の作ってくれた弁当を食べた。

 話題は私が英語の授業で和訳できたことになる。

「ちゃんと予習して、偉いね」

「うちなんて予習してこなかったから、いつ当てられるか、ドキドキしたよ」

「私も~」

「でも、先生のおこりようはないよね。最後は人格否定だったもんね」

「ねー。あの言い方はないよね」

 私は友達の言葉が耳に入っていなかった。

 女子生徒が今、こうしている間にもいじめにっているかもしれないのだ。

「ね、英語の予習って難しかった?」

 隣に座る女子が聞いた。

「あ、うん。難しかったね。実は、後半の文章はうまく訳せなかったんだ。だから、今日は運が良かったんだよ」

 そう言葉にしながらも、頭の中には女子生徒の顔が浮かぶ。会話もどこか噛み合わないものになってしまう。

 隣の女子が私の顔をのぞく。

「ねぇ、この頃、ちょっと変よ。大丈夫?」

『変なのはあんた達だ。ネットの裏掲示板で桐生きりゅう君の件を暴露して、私をいじめたと思ったら、今度はちやほやした』

 などと、言葉にできない。

(もう、いじめはいやだ。あんな苦痛を受けるくらいなら、学校へ来ないほうがマシだ。私は父を助けるために学校へ行った。父の件がなく、ただのいじめが発生していたら、私は不登校になっていただろう)

 私は笑ってごまかした。

「ちょっと、最近、進路のことで悩んでるんだよね」

「あ、そっか。私達、来年は受験生だね。やばーい。私、試験勉強とか全然してないわ」

「私も~」

 他の女子達も口々に進路について話し合う。

 私は無言になり、弁当を黙々と食べた。


 家に帰ってからも、女子生徒のことが気になって仕方がなかった。スマートフォンはすぐに手に取れる場所に置いておく。

 しかし、この日、女子生徒から電話がかかってくることはなかった。

(いじめはなかったのだろうか?)

 私は疑問に思いながらも床についたのだった。

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