第十七話 救出編⑰

 その夜。

 ベッドに入ると、私は夢を見た。

 夢の中に落ちる瞬間、

(あ、これから夢が始まる)

 と、思うことができる夢だ。

 明晰夢めいせきむである。

 夢の中に私の姿はなかった。それどころか、視野が全くなかった。

 暗闇。

 私は闇の中の存在として、ただそこにあった。

 音がする。それは声だ。

 男性のものか、女性のものかわからない。

 中性的で、どこか子供のような声にも聞こえる。しかし、その声に無邪気さはなかった。

 ただ、淡々と文章を読み上げるように声が耳に入る。

『同じ学校』

『生徒の中で一番、美しい存在』

『人気者』

『告白される』

『断らなくてはいけない』

『驚き』

 声は抑揚よくようのないまま、終わった。

 時間にして一分もかかっていない。

 私は目を覚ました。

 部屋の壁掛け時計を見る。

 午前二時。

 三月とはいえ、夜はまだ冷え込む。私は寒さをこらえて、机に向かった。

 今、夢に見た、いや、夢で聞いた言葉をメモしたかったからだ。

 椅子に座ると、ペン立てからボールペンを取り出し、急いで付箋ふせんに言葉を書いていく。

『学校』

『美しい』

『断らなければいけない』

『意外』

 私は付箋に殴り書きした文字を見つめた。

(これは女子生徒が誰かに告白されるというのを予告する夢だ)

 以前、前任者の美少女が言っていた。どのタイミングで次の子が告白されるかは夢によってわかる、と。

 そして、こうも言っていた。前任者の美少女のさらに前の前任者は、美少女の学校が文字となって夢に現れた、と。

(ならば、音声として夢でお告げがあってもおかしくないはずだ)

 私は付箋を持つと、立ち上がった。

 学校のかばんを開けると、スケジュール帳を取り出す。スケジュール帳に付箋を大切に貼り付けた。

(しかし、今回も学校一の美男子に告白されるのか。女子生徒もかわいそうだ)

 私は桐生きりゅう君に告白された時のことを思い出していた。

(あの時は、胸がおどった。お父さんのガンのことなんて、頭から飛び去りそうになった。桐生君と付き合えたらどんなに良かっただろう)

 しかし、そんな都合のいい話はない。

 父の病気が治り、桐生君とも彼氏彼女の関係になる。それはできっこないことなのだ。

(すると、女子生徒も私と同じ運命を辿たどることになるのか。つらいだろうな)

 ベッドの布団に入り直すと、私は目をつむった。

(音声で未来を予測されるとは少し驚いた。前のように女子生徒の姿が現れて、告白の現場を夢で見ると思っていた。が、実際は違った)

 私は寝返りを打った。先程、起きたばかりなので、寝入りが悪い。

(しかし、『意外』という言葉はなんだ? 他校から学生が来るということか? いや、それはない。まず初めに、『同じ学校』と予告されている。ならば、女子生徒と同じ高校、つまりあの商業高校の中の生徒が女子生徒に告白をしてくる、ということだろう)

 私は初めて女子生徒の学校へ行った日のことを思い出した。

(商業高校だからか、男子生徒の数は少なかった。それでも、全くのゼロ人というわけでもなかった。あの中にずば抜けてイケメンで、女子生徒の趣味に合う人が告白をしてくるのだろう)

 私はそんなことを考えているうちに、ゆっくりと再び眠りの世界へと入って行った。

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