第十五話 救出編⑮

ウィルキン:というわけで俺は風呂に入る

ウィルキン:じゃぁな~


 侍の格好をしたアバターが頭を下げた。頭を上げると同時にウィルキンさんは画面上から消えた。


くく:ウィルキン君はホント、リアルに興味ない

くく:天気の話とかもあんまりしたことないし

アヤメ:ですね。でも、リアルにあまり口を出しすぎるのも、

アヤメ:良くないことなのかもしれません

くく:それにも限度があるよ。モミカさんの話は大切なことだし

くく:ところで、そこに座ってるスズカさんって

くく:モミカさんとどういう関係があるの?


 私はあせった。

(まさか、モミカさんの命を助けるために、チャットに参りました、などと言えるわけがない。何か言い訳を考えなくては……)

 思案していると、女子生徒のアバターから新たな吹き出しが出た。


アヤメ:モミカさんのメル友なんですって

アヤメ:実は、私もモミカさん経由でスズカさんと知り合ったんです


 私も急いでタイプする。


スズカ:そうなんです

スズカ:ある女子高生向けのメール仲間を募集するスマホ向けのサイトがあって、

スズカ:そこでアヤメさんとモミカさんと知り合ったんです


 打ち込みながら、

(苦しい言い訳だな)

 と思った。

(こんな言葉を信じるだろうか? いや、信じてもらわねば困る。あまり突っ込んだ話をされると私も返答ができない。私がモミカさんとメル友であることなど真っ赤な嘘なのだから)


くく:そうなんだ。メル友を募集するサイトね…

くく:最近はそういうSNSで男性にHなことをされたりするから、

くく:気を付けたほうがいいかもよ

アヤメ:私とモミカさんとスズカさんの三人でメールのやり取りをしてたんです

くく:モミカさん、そんなサイトに登録してるって言ってかな?

アヤメ:ここではあまり、そのサイトの話はしませんでしたから

スズカ:私もアヤメさんからモミカさんのブログのことを聞いて、

スズカ:初めてこのサイトに来たんです


 私はタイピングをするのに必死だった。頭で文章を考えて、それを文字に起こす。なかなかに労力のいる作業だ。


アヤメ:くくさんって、どれくらい前からモミカさんと知り合いだったんですか?

くく:私、あんまりスマホの機能を使いこなしてないから、よくわからないな~

くく:あ、モミカさんと知り合った時期ね

くく:ちょうど、1年くらい前だと思う

アヤメ:1年前ですか

くく:私がこのサイトに登録した時には、モミカさんはいたわね


 私は積極的に会話に参加しようとする。


スズカ:アヤメさんよりも先にモミカさんと知り合ったんですか?

くく:1年前、で合ってるわね

くく:そうよ

くく:私とアヤメさんよりも先にモミカさんはここのカフェ10代にいたわね


 私はチャット形式が少しわずらわしく感じた。

 ある質問に対して、答えをタイプするとどうしてもタイムラグが発生してしまう。それが面倒だった。

 もっとも、女子生徒もくくさんもチャットに慣れているのか、そこらへんは気にしていないようだ。


スズカ:モミカさんってどういう人だったんですか?


 私は単刀直入に聞いた。


くく:感じのいい子

くく:私がこのカフェ10代に初めて入ってきた時も、親切に色々おしえてくれた

くく:チャットのやり方とか、アバターが着る服の選択とか

アヤメ:それは私も同じです

アヤメ:私がある男性にしつこく迫られた時、助けてくれたのがモミカさんでした

くく:確かに、モミカさんは面倒見がいいわね

くく:男に言い寄られた? そんなことがあったの?

アヤメ:はい。チャットを初めて1ヶ月位経った時、

アヤメ:スマホのアドレスを聞いてくる人がいたんです

くく:それってウィルキン君じゃないわよね?

アヤメ:まさか(笑)

アヤメ:ウィルキン君はネットで恋愛沙汰とか起こさないタイプですから

くく:ウィルキン君ならね

くく:そうね。さっきも、ネットはネット、リアルはリアルって宣言してたもんね


 私は女子生徒のアバターであるアヤメとくくさんの会話に食らいついていくのが精一杯だった。

 くくさんは比較的短い文章を連投する。そのため、〈履歴〉に連続するような格好で「くく」という名前と発言が載る。

 一方、女子生徒はくくさんよりは文章がまとまっている。頭の中で推敲すいこうした文字列をアバターにしゃべらせているようだ。

 私も発言することにした。


スズカ:モミカさんがこのサイトに初めて来たのって、いつ頃かわかります?


 しばしの間。


くく:それは私もわからないわね

くく:さっきも話したけど、モミカさんは私よりも先にこのカフェにいたから

スズカ:そうですか

くく:あ、待って。

くく:さっき、侍の格好した男のアバターがいたでしょ?


 私は腰に刀を差した、侍のような格好をした男の子のアバターを思い出した。


くく:彼、結構、このカフェにいて長いの

くく:モミカさんと同じくらいの時に、このサイトに登録したのかもしれない

くく:あのウィルキン君って男子ね

くく:彼に聞けば何かわかるかも


 私はノートパソコンの前で肩を落とした。

 が、必死になって言葉を打ち込む。


スズカ:でも、ウィルキンさんって人はネットはネット、リアルはリアルって、

スズカ:考えてるんですよね?

スズカ:モミカさんのことで質問して答えてくれるでしょうか?

くく:ネット内のことだったら答えてくれるんじゃないかな?

くく:少なくとも、モミカさんといつ出会ったかは教えてくれると思う

スズカ:でも、ウィルキンさん、ログアウトしちゃいましたよ

くく:大丈夫。彼は毎日、ほぼ同じ時間帯にログインするから

くく:明日も、これくらいの時間にアヤメさんと一緒にここに来るといいわ

スズカ:ありがとうございます


 何故なぜか、私は女子生徒のネット上の友人、モミカさんを助けることができるような確信に似た感情を抱いた。

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