第15話 救済編⑮

 私は大きなため息をついた。これから先も私へのいじめは続くのだ。果たして、私はいじめに耐えることができるだろうか。

 美少女はどこかしら芯の強いイメージがあった。話口調もいつもしっかりとしている。

(私はあの人と違う。私はデブで不細工でどうしようもない女子だ。でも、彼女は違う。見た目が綺麗だし、心に一本の筋がある気がする)

 それから、私はすべての教科を予習することなくとこについた。

 明日は土曜日だから学校へ行かなくても良い。明後日も日曜日だから学校へ行かなくても良い。しかし、月曜日には……。

 土日。私はほとんどの時間を自室で過ごした。一階に降りるのは食事の時か、のどが乾いて冷蔵庫からミネラルウォーターを飲む時だけだ。

 食事の時間も父やあつしかぶらないように早めにった。おかげで、週末は母以外の家族と話すことはなかった。


月曜日。その日の朝は最悪だった。

 外は雨降りで、いじめがあるとわかっていて学校へ行かなくてはならないのだ。

 朝食。私には珍しく、パンを一切れも食べなかった。食べられなかった、というほうがより正確だろうか。

 とにかく、私の胃袋は空っぽの状態のまま登校することになった。空腹感を覚えないのだ。

 母が心配そうな顔で私を見つめる。

「あんた、大丈夫? いくら人より少し、ぽっちゃりしてるからって、朝ごはんを残すことはないのよ。朝、食べたものはお昼には消化されるんだから」

 私は眉間にしわを寄せた。

「わかってる。本当に、食べたくないだけ。ちょっと、胃痛がするの」

「正露丸でも飲む?」

「それほどの痛みじゃないから大丈夫。あ、あとさ、今日からしばらくのあいだ、お弁当いらないから」

「昼食も抜くつもり? それにもう作っちゃったわよ」

「ごめんなさい。家に帰ったらちゃんと食べるから」

「朝食とお昼を抜いて、夜にドカンと食べるの? そういうダイエット方法が流行はやってるの?」

「いや、そういうわけじゃないけど――」私は思考の回路をぐるりと一回転させた。ここは母の言葉に乗ることにする。「そうなの。朝と昼を抜いて、夜に食べるっていうダイエットがあるんだって。一日一食ダイエットって言って、芸能人でもやってる人が多いんだってさ」

「あんた、そんなにせたいの?」

「決まってるじゃん。私だって女子なんだよ。痩せたいよ」

 母はため息をついた。

「わかったわ。あんたの好きにしなさい。でも、後からリバウンドしても知らないからね」

「わかってる」

 結局、私は朝食を食べることなく学校へ行くことになった。

 学校へ着くと、私はまず二年生用の玄関で一度立ち止まった。足を止めた私の横を男子や女子が歩いて抜かして行く。

(今日の上履きはどんな状態だろう)

 先週の金曜日は上履きにガムが張り付けられていた。今日はもっとひどいものが上履きに仕掛けられているかもしれない。

 私は意を決すると、自分の下駄箱に向かった。上履きを取り出す。

「何これ。古典的すぎる」

 私は思わず声を出した。

 上履きに画鋲がびょうが入っていたのだ。それも、すべての画鋲はとがった方を上に置かれている。

(そういえば、先週の金曜日も椅子の下に画鋲が仕掛けられてた。何て古臭いやり方なんだろう)

 私は画鋲の入った上履きを一旦、取り出した。指に画鋲が刺さらないようにゆっくりと上履きを逆さまにする。片方の上履きから十個ほどの画鋲が出てきた。

 私は靴から上履きに履き替えた。次の瞬間だった。

いたっ」

 右足の親指に痛みが走った。そっと上履きから右足を抜き出すと、右足の親指に画鋲が刺さっていた。完全に画鋲が取れていなかったのだ。

 右足の白い靴下の親指部分に小さな赤いしみができる。

(いじめってのは単純なものほど、心と身体にダメージを与えるんだな)

 と、私は思った。

 私は画鋲を手のひらで持ちながら教室に入った。この日は朝の挨拶あいさつをしなかった。

 私は画鋲を持ったまま、教師の机に向かった。先週と同じように画鋲を教卓の箱に入れる。

 私は自分の席に着いた。

 鞄から教科書類を机に入れようとしたときだった。机に何かが入っているのに気が付いた。

 私は教科書類を罵詈ばり雑言ぞうごんが刻まれた机に置くと、中をのぞき込んだ。

 机の中に紙が入っている。どれも、ぐしゃぐしゃに丸めて、無理やり机の中に押し込まれたようだ。

 私は丸まった紙を取り出すと、皺を伸ばした。

 一枚、一枚、読んでいく。

〈調子に乗るな〉

〈土に埋まってしまえ〉

〈自分が幸運だと思わないのか〉

〈思い上がり!〉

〈桐生君に謝れ〉

 どれも、私が桐生きりゅう君の告白を断った事柄に関するものばかりだった。教室のどこからか、「クスクス」と笑い声が聞こえる。

 私は汚い言葉が書かれた紙を再びぐしゃぐしゃにまとめると、ゴミ箱に捨てた。心が痛かった。

 その日も授業以外の時間は苦痛でしかなかった。

 私は授業と授業の間は机にして寝たふりをした。寝たふりをしていると、私の頭に何かが当たった。

 私は顔を上げ、床を見下ろした。ルーズリーフがボール状に丸められ転がっている。誰かが私の頭にぶつけたのだ。私はルーズリーフを拾い上げると、真っ直ぐに延ばした。

 一言書いてあった。

〈死ね〉

 私は泣きたくなった。

 私はルーズリーフをゴミ箱に捨てる気力もなくなり、もう一度丸めると、机の下に落とした。ルーズリーフが床に触れるカサッという音がした。

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