第16話 救済編⑯
昼休み。
四限目を終えるチャイムが鳴ると、私はすぐに教室から飛び出した。私にとって授業のない教室は地獄だった。
私は足をそのまま、図書室へと向けた。昼食を抜きにして、図書室に
私が図書室に入ると、カウンター向こうで腕組みをしている司書の先生を見つけた。司書の先生と視線が合う。
司書の先生がカウンターの奥から出てくる。
「どうしたの? こんな早い時間に。お昼のベルが鳴って、まだ全然時間が
私は小声で答えた。
「はい」
司書の先生はため息をついた。
「もしかしたら、教室にいるのが
司書の先生の考えは的中した。
私は再び、
「はい」
と、か細い声を出した。
司書の先生が後頭部をガリガリと
「お昼のご飯はしっかりと食べないと駄目だよ。購買部に行って、適当にパンでも食べたらどうかな?」
「今日、お財布を持ってないんです」
普段、私は学校へ行くときは財布を持たない主義であった。財布があると、帰り道などでついつい買い食いなどをしてしまうからだ。財布を持たないのは、ある種の自制だと言えた。
司書の先生が再び、ため息をついた。
「仕方ない」
司書の先生がズボンのポケットに手を突っ込んだ。ポケットから財布を取り出す。財布の紙幣を入れる部分から千円札を取り出した。
「はい。これで購買部へ行って、菓子パンでもおにぎりでもなんでもいいから買いなさい。あと、ジュースでもいいから水分を
私は司書の先生の申し出を断った。いくらいじめられているからと言って、お金をもらうのは良くないと考えたからだ。
「そんな、悪いです。お弁当を持ってこなかったのは自分の考えです。それに私、太ってますし、お昼くらい抜いたって大丈夫です」
司書の先生は首を横に振った。
「大丈夫じゃない。少し太ってるかといって、ご飯を抜くのは良くないことだよ。今日、これからも授業に出るんだろう? 頭をつかうと糖分が必要になるんだ。だから、お昼に糖類を摂ることは大切なことだよ」
「でも、先生にお金をもらうのは良くないことです」
司書の先生はため息をついた。
「はぁ。わかった。こうしよう。この千円は君に貸す。だから、明日、返してくれればいい。それなら問題ないだろう?」
「はぁ」
私の返事は煮えきらなかった。
確かに、先生にお金を借りて、翌日に返せば問題はない。が、支障がある。購買で勝った昼食をどこで食べるかが課題になる。
当然、教室で食べることはできない。食事をしている最中に何をされるかわかったものではない。
司書の先生は私が困った顔をしているのを瞬時に見抜いた。
「ここで食べればいいよ。購買でお昼を買ったらここで食べればいい。それなら、教室に戻らなくてすむだろう?」
「でも、図書室は飲食禁止なんじゃないですか?」
司書の先生はカウンター向こうの部屋を指差した。
「あそこなら問題ない。現に、僕も毎日、あそこでおにぎりを食べてるしね。さ、早く購買部に行きな。早く行かないと売り切れちゃうよ」
私は迷った。
一分間ほど、迷った後、私は決めた。
「先生のお言葉に甘えます」
司書の先生はにっこりと
「そう、それでいいんだ」
司書の先生が私に千円札を手渡す。
私は千円札を手にすると、購買部へと足を向けた。朝ご飯を食べていないので、空腹感はあった。
私が購買部に着くと、まばらに生徒がいた。すでに、人気の商品は売れてしまっている。
私は売れ残ったメロンパンを手にした。それから、紙パックに入ったオレンジジュースも買った。
メロンパンとオレンジジュースを買い終えると、私は真っ直ぐに図書室へと戻った。図書室には相変わらず誰もいない。
カウンター向こうの部屋で司書の先生がおにぎりを
私を見つけた司書の先生が部屋から少し大きな声で私に話しかける。
「買えたかい?」
私はメロンパンとオレンジジュースを司書の先生に見えるように
司書の先生はニッコリと笑った。
「さ、こっちの部屋へおいで。そこは一応、図書室になるから飲食禁止だからね。この部屋なら大丈夫だよ」
「失礼します」
私はカウンターを抜けて、司書の先生がおにぎりを食べている部屋へ入った。
雑然と本が積まれている中、私はメロンパンの包装を破いた。
メロンパンを
「この部屋の本は図書室の本じゃないんですか? ここで、ものを食べたら、本が汚れるかもしれませんよ」
司書の先生はおにぎりを飲み込んだ。
「この部屋の本は汚れてもいいんだ。実は、この部屋にある本は廃棄が決まっていてね。全て、いらないものなんだ。見てご覧」
司書の先生が山のように積まれた本の中から一冊取り出した。ページをめくる。すると、本のあちこちに落書きがされていることがわかった。鉛筆で書いたのか、ページのいたる所に意味不明な暗号のようなものが書かれている。
「こっちはね、もっと
司書の先生は
「ね? こんな本、読めないでしょ?」
司書の先生はバラバラに落ちた本のページを拾い集めて、机に置いた。
私はメロンパンを半分以上食べ終えていたところだった。オレンジジュースの紙パックを開けると、開け口にストローを差した。
「ここにある本は全部、駄目な本なんですね」
「そういうことになるね。だから、汚れたっていいんだよ」
それから、私と司書の先生は黙って食事をした。特に話すこともないので、私はメロンパンをムシャムシャと食べた。
私と司書の先生はほぼ同時に昼食を摂り終えた。
私は両手を合わせた。
「ごちそうまでした」
司書の先生はおにぎりの包装紙をゴミ箱に捨てた。
司書の先生は私も昼食が終わることを確認すると、ノートパソコンを取り出した。
「例の掲示板を見る?
「見たいです。私、パソコンとかインターネットに弱くて、家とかでも全然、掲示板を見れてないんです」
「また、
「構いません。現状を知りたいです」
「そっか」
司書の先生は初めて私に見せてくれた方法と同じ形で裏掲示板を見せてくれた。裏掲示板にはやはり、私に対する
〈あの女を絶対に許すな!〉
〈報告 土日で二年の先輩にメールしました。ほかの生徒にも伝わってるはずです〉
〈
〈この間のあいつ、傑作だったよ。靴のガムが全然取れないの(笑)〉
私はそれ以上、読むことができなかった。自分で、現状を把握したいと思ったにも関わらず、実際に自分の悪口などが書かれた文字を目にすると吐き気がした。
私はノートパソコンのマウスから手を離した。
「すみません。もういいです」
「そっか」司書の先生はあまり深く探求せずに、ノートパソコンをしまった。「今日も図書室で過ごせばいいよ。また、手塚治虫でも読んできな」
「はい、そうします」
私はカウンターの中から出た。
図書室には相変わらず誰もいない。
私は読みかけだった「火の鳥」を読むことにした。
私は予鈴がなるギリギリまで「火の鳥」に夢中になった。ずっと以前の作品なのに、こんなにも人の心を
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