第13話 救済編⑬

 お昼休みを終える予鈴が鳴る。

 私は夢中になって、「火の鳥」を読んでいた。絵柄は古いが、テツガク的な要素がありながらも、純粋に面白いと感じることができた。

 私は「火の鳥」を元の位置に戻すと、教室に戻ることにした。この日は私以外に誰も図書室へ来ることはなかった。

 図書室を去る際、司書の先生と目が合った。司書の先生は何かの雑誌を読んでいた。私と目が合うと、ニッコリと笑って手を振った。

 私は軽く頭を下げると図書室を後にした。

 教室に戻ると、私は席についた。一瞬、また私の机や椅子に何かいたずらがされているのではないかと思ったが、何もされていなかった。

 私はホッと一息ついて次の授業の教科書とノートを机から取り出した。

 その日の午後から、授業と授業の間はずっと机にした状態で過ごした。ときおり、教室のすみから「クスクス」と笑い声が聞こえた。それが私に対してのものかどうかわからなかったが、ひどく不快に感じた。

 ホームルームが終わり、帰宅すると、私は即座に自室に入った。「ただいま」の挨拶あいさつもしなかった。

 かばんを机に放り投げると、制服のままベッドに倒れ込んだ。

(これがいじめなんだ。今まで味わったことのない心の痛さだ。いじめを受ける人は何かしら、その人に問題があるから起こるから、ある意味では仕方ないと思ってた。けど、実際に自分が味わうと地獄だ。友達も誰も話してくれない。それに上履きにガムを入れられたり、弁当が台無しになったり、ひどいことばかりだ)

 一階から母の声がする。

「『ただいま』の挨拶は? どうしたの? それからお弁当箱を持って来て。ちょうど今、洗い物をしてるから片付けたいの」

 私は苛立いらだった。

(娘がこんなに苦労してるのに、お母さんは何も知らないんだ。なんだか無性に腹が立つ)

 私はベッドから起き上がると、机の上の鞄を手にした。中から空になった弁当箱を取り出す。

 階段をわざと大きな音を立てて、降りた。

 キッチンで洗い物をしている母に弁当箱を手渡す。

 母は笑った。

「ありがとう。あれ、なんか今日はやけに綺麗にご飯を食べてくれたのね。いつもはご飯粒とかが残ってるのに。こんなに綺麗に食べてくれると、お母さん、嬉しいわ」

 弁当箱の中身をそのままトイレに流したのだから弁当箱に何も入っていなくて当然である。

 私は苦笑いをした。先程までの苛々いらいらを心の奥底にしまい込むようにする。

「今日は何だかお腹が減ってたの。それで綺麗に食べたの」

「そう。良かった」

 母はニコニコと笑っている。

 私は弁当のことを考えると、急にお腹が減ってきた。太っていても昼食を抜くと、空腹になるのだ。

「ちょっと、買い物に行ってくる」

「どこへ?」

「百円ショップ。シャーペンの芯がなくなったの」

 私は嘘をついた。シャーペンの芯はまだ予備がある。

「いってらっしゃい」

 私は一旦、二階へ戻った。鞄から財布とスマートフォンを取り出す。

 再び一階に降りると、そのまま玄関から飛び出した。行ってきますも言わなかった。

 私は足を百円ショップではなく、近所のコンビニへと向けた。

 私はコンビニでメロンパンとクロワッサン、紙パックに入った一リットルのオレンジジュースを買った。

 これだけ食べれば、さらに太るのは当然だが、私は空腹に耐えることができなかった。

 会計をませると、私はコンビニの自動ドアを抜けた。足を止める。

(家に帰ったら、パンを見られるかもしれない。今、ここで食べよう)

 私はコンビニの自動ドアからすみの方に移動した。ちょうどゴミ箱があるあたりだ。ここならば他のお客が来ても問題ないだろう。

 私は立ったまま、まず、メロンパンを一気に食べた。途中、メロンパンのクッキー生地が口の中でぱさつくと、オレンジジュースで流し込んだ。

 クロワッサンもあわてるように食べていく。

 最後にオレンジジュースが残った。私はオレンジジュースを一気に飲み干した。

 お腹がいっぱいになった。

 一息つくと、私はビニール袋にパンの包装紙とオレンジジュースが入っていた紙パックを入れた。そのまま、ゴミ箱に捨てる。

 空腹が満たされた私は、満足して家に帰った。

 帰宅すると、母が夕飯の準備をしていた。キッチンから母が声を掛ける。

「あと三十分でご飯がけるから、ちょっと待っててね」

 私は返事もせずに、リビングのソファーにもたれかかった。リビングではテレビでニュースが放送されていた。

 しかし、私の耳にテレビの音は入ってこなかった。

 いじめ。

 今日の朝から帰りまで、私はいじめにった。たった一日でこれだけ精神的ダメージが大きいとは思っていなかった。

(来週も学校へ行けるかな)

 私は自分が登校拒否になるのではないかと心配した。が、これは私のための儀式ではないのだ。全ては父を救うための苦行なのだ。絶対に父を助けたかった。

「着替えてくる」

 私はそう言うと、二階の自室に入った。

 制服のポケットからスマートフォンと財布を取り出す。スマートフォンは机の上に、財布は鞄の中にしまった。

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