第12話 救済編⑫
図書室へ入ると、司書の先生がまたしてもカウンター向こうで、おにぎりを食べていた。
私が図書室に入ることを確認すると司書の先生がカウンターから出てくる。
「二回目だね。未来について何かわかったことがあったのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
私は言葉を
司書の先生が肩を落とす。
「図書室や保健室に来る生徒は決まって何か問題を抱えてるんだ。こんなことを生徒に言うべきことじゃないかもしれないけどね」
私は司書の先生の目を見つめた。全て、わかっているとでも言いたげな瞳をしている。
「君って、掲示板で
「掲示板?」
私は頭を
司書の先生が周囲を見渡す。他に生徒は誰もいない。
「ちょっと、こっちへ来て」
司書の先生が手招きをする。カウンターの中に入れ、と言っているのだ。
私はカウンターの中に入った。
さらにカウンターから司書の先生がおにぎりを食べていた部屋と足を進める。
カウンター向こうの部屋は少々乱雑だった。ところどころに本が無秩序に重ねられている。
司書の先生が椅子に腰を下ろす。そこには一台のノートパソコンが置かれていた。
「パソコンの端末があるのは教員室を除いて、視聴覚室とここだけなんだ。もっとも、ここのパソコンを使うのは僕だけだけどね」
司書の先生はノートパソコンを開いた。電源ボタンを押す。小さな
司書の先生はマウスを握ると画面上のアイコンをクリックした。インターネットのブラウザのアイコンである。
ブラウザが立ち上がる。最初のページに検索エンジンが表示された。
司書の先生がノートパソコンのキーボードに両手を置いた。素早い手付きで文字を入力していく。
司書の先生が入力した文字列はこの高校の名前だ。
検索結果が表示される。一番頭にあるのはこの高校の公式サイトだ。司書の先生は公式サイトを無視して、マウスで画面をスクロールする。
「あった。このサイトだ」
司書の先生が一つのウェブサイトにカーソルを合わせた。サイト名にはこの高校の名前と〈裏掲示板〉という名前が
司書の先生が裏掲示板の文字列をクリックする。
現れたのは黒い背景に白い小さな文字が並んだインターネットの掲示板だ。
司書の先生がノートパソコンの画面を私に向ける。
「これ読んでごらん」
掲示板には様々な文章が載っている。
教師の実名。テストの結果。何年何組の掲示板。足が速い人自慢集まれ~、などなど。
しかし、私をいちばん驚かせたのはそれらの文字ではなく、私の氏名が書かれた掲示板が最も多かったことだ。十個はあるだろうか。
「これって君のことだよね」
私は背中から冷たい汗が出るのを感じた。
(私の実名がこんなにもたくさん載ってる。何で?)
私の反応を見て、司書の先生が
「やっぱり君か。悪いけど、体格や顔つきから君のことじゃないかな、と思ったんだよね」
「いったい、誰がこんなことを書いたんですか?」
「さぁ、僕にもわからない。けど、今日の朝、僕がこのサイトに来たときには君の名前の掲示板であふれてたよ」
「じゃあ、皆、これを読んでるんですか?」
「だろうね。このサイト、スマホでも見れるから、かなりの数の生徒が見てるんじゃないのかな」
「そんな」
私は言葉を失った。
「この掲示板でいちばん最初に書かれたものはこれだね」
司書の先生は一つのアイコンをクリックした。そこにはこう書かれてあった。
〈
次に詳細な文章が載る。
〈一年の者です。今日、学校の帰りに桐生君がある女子に告白しました。でも、なんとその女子は桐生君の告白を断りました〉
それに続いて、次から次へと言葉が載る。
〈桐生君、誰かを好きになったの?〉
〈誰が桐生君を振ったの? 信じらんない!〉
〈二年の人だと思います。太ってて、髪は天然パーマです。桐生君とはとても釣り合わない女子です。でも、彼女は桐生君の告白を断りました〉
〈どうして、断るの? その前になんで桐生君はその女子を好きになったんだろう?〉
〈その女子サイテー。桐生君がどんな人がわかってるのかな?〉
〈女子の名前がわかりました〉
その後、私の実名が書かれていた。
〈二年の人に言おうよ〉
〈そうだね。クラスもわかるし。私の部活の先輩が同じクラスだからメールしてみる〉
〈桐生君の
〈皆で協力して、桐生君の気持ちをわからせてやれ〉
〈これを見た人はなるべく多く、この事実をメールや電話で伝えよう。それが桐生君を振った罰だ!〉
その後は私の本名が書かれて
私は声を震わせた。
「いったい、誰がこれを書いたんですか?」
司書の先生は再び肩を落とした。
「わからない。この掲示板は
「この掲示板っていつからあるんですか?」
「さぁ。僕がこの学校に
「そんなに前から」
「いくら図書室の先生とは言え、こんなサイトを見てるのはちょっと問題があるかもしれないけどね」司書の先生が私の顔を
私は言葉を発することができなかった。
それを見て、司書の先生は長い溜息をついた。
「なるほど。もう遭ってるんだね、いじめに」
私は小さく、うなずくことしかできなかった。悔しくて、下唇を
司書の先生は優しい顔になった。
「いつでもここに来るといいよ。図書室ならば学校側も勉強してるんだ、という扱いにしてくれるしね。もし、ここが嫌ならば、保健室でもいいけど」
私はか細い声を出した。
「お昼休み、ここに来ていいでしょうか? 授業と授業の間の
「
私はノートパソコンの画面に表示された、私に関する情報を読んだ。
「学校へは来ます」
「無理をしなくていいんだよ」
「いえ、約束があるんです。私、学校へは来ないといけないんです」
「何か友達との約束かい?」
「そういうわけではないんですが……」
私は言葉を
司書の先生は私を安心させるように唇の
「とにかく、辛くなったらここに来ても大丈夫だから。別に、無理して本を読む必要もないし。漫画だったら手塚治虫の本もたくさんあるし」
私はこの頭髪の薄い司書の先生に好感を抱き始めていた。ここまで親身になって話をしてくれる教師はこの高校では初めてだった。
私は一礼した。
「ありがとうございます。では、早速、今日からお昼休みをここで過ごしたいと思います」
「ああ、ゆっくりするといいよ」司書の先生が
司書の先生は私を安心させるために、わざとおどけているふうだった。
私は少し笑うと、司書の先生から離れた。そのまま、カウンターから出る。
それから私は司書の先生が教えてくれた手塚治虫の漫画を読むことにした。「火の鳥」という題名の本がある。何度も読まれているせいか、ところどころページが折れ曲がっている。
(もしかしたら、私と同じような境遇の人がこの漫画を読んだのかもしれないな)
私は勝手にそんなふうに解釈して、図書室の
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