第10話 救済編⑩

 私は帰路についた。

 学校から家まで、私は何度も胸の中で悪態あくたいをついた。

(校内一の男子と付き合える可能性があったのに。ちぇっ。どうしてこうなるかな)

 家に戻り、夕飯と風呂を終えると、私は自室にこもった。美少女に告白を受けたことを報告するためだ。

 携帯電話を右の耳に当てると、すぐに美少女が応対した。まるで、この時間に私が電話をかけてくるのを知っているかのようだった。

 私は少しの緊張を持って、声を発した。

「もしもし」

「もしもし」

 美少女の声は相変わらず、淡々としたものだった。

 私は早速、今日、桐生きりゅう君に告白をされたことを話し出した。

「あなたの言ったとおり、今日、告白されました」

「そう」

「相手は校内一の美男子です。女子だけじゃなく、男子からも好かれている性格のいいイケメンです」

「そう」

「しかも、サッカー部のキャプテンで教師からの信頼もある立派な男子です」

「そう」

 美少女は、「そう」としか答えなかった。まるで、他に言うべき言葉がないかのような返事の仕方だった。もしかしたら、実際に、私からの報告を受けても意味はないのかもしれない。

 それでも、私は話を続ける。

「私、『俺は本気なんだ。本気で、君が好きなんだ。好きになってしまったんだ』なんて言われてしまいましたよ」

「よく断ることができたわね。これで、お父様の命が助かる可能性がグンとあがった。でも、素敵な男性からの告白をるのは辛いことだったでしょうね」

「生まれて初めて告白されました。私、髪の毛がチリチリで団子鼻で太ってて、何の魅力もないのに、まさか学校内で一番の生徒に告白されるとは思ってもみませんでした。もっと不思議だったのは、告白されることが、前もって知らされていたことです。もしも、あらかじめ告白されることが、わかっていなかったらオーケーを出していたかもしれません」

 私の長い言葉を美少女は黙って聞いていた。スピーカーからは何の音もしない。

 私が言葉を終えると、美少女の声は小さくなっていた。

「私の場合は、相手が私の好きな人だったから、かなりつらかったわ。好きな人、本人を助けるために告白を断ったわけだけど、今でも思い出すと辛い」

 先刻せんこくから美少女の声が淡々としており、小さな声になってしまったのは、自分が体験した儀式を思い出しているせいかもしれない、と思った。あくまで、推測であるが。

「私は好きな人がいないぶん、幸運だったのかもしれません。アイドルグループは大好きなんですが」

「でもね、これから、もっと辛い現実があなたを待ってるの。詳しくは言えないんだけど、今日から一週間以内にあなたを苦しめることが始まる。その時、学校へ行けばわかる。精神的にかなりのダメージを与えるけど、決して負けちゃ駄目よ。負けたらそこで終わり。今まで行ってきた儀式が全部パーになり、お父様の命も終わってしまう。苦しいと思うけど、えてね」

「あなたも体験したことですか?」

勿論もちろん。かなりしんどかった。もう、学校を辞めようかと思った。けど、乗り越えないと大切な人の命が守れないから頑張った。それに、私の前任者が相談に乗ってくれたり、愚痴ぐちを聞いたりしてくれたの。そういう意味では私は前任者に恵まれていたな、と思う。だから、お返しというのも変だけど、私はあなたのサポートを全力でする。勿論、他校だからしょっちゅうヘルプができるわけじゃないけど、電話なんかで相談に乗るよ」

 私は携帯電話を右手から左手に持ち替えた。

「そんなにこくなことが起こるんですか?」

「酷といえば酷だけど、それでも、まだマシな部類だからね。一番最期の儀式は――。ごめん、今のは聞かなかったことにして。とにかく、何があっても明日からも休まずに学校へ行ってね」

「わかりました」

「あなたのことを応援はしてるから。頑張ってね」

 そう言い終えると、美少女は電話を切った。おやすみの挨拶あいさつもなしだった。

 それから、私は前日と同じように、昨日読んでいた少女漫画の続きを読み始めた。これもまた、逃避だ。目の前にある儀式とやらのことを考えないために、少女漫画に没頭する。

(明日の私に何が起きるというの?)

 私の頭には少女漫画の内容が半分も入ってこなかった。明日から始まる、美少女が口にした「酷な事」とは一体どういうことなのか。今の私には想像さえできなかった。

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