第3話 救済編③
私はそのまま、階下へと降りる。
居間のテーブルには夕食が並べられていた。今夜のメインはトンカツだ。
私は自分のテーブルに腰を下ろした。
母が私の茶碗にご飯をよそいでいる。
「あっくんはまだ部活でね」
あっくんとは私の弟のことである。名前を
敦は年子の弟で高校一年生である。私とは別の高校へ通っている。
母が口にした「部活」とは野球部のことである。
小学生二年生の頃から野球を始めた敦は、もともと運動神経が良かったためか、中学の野球部で頭角を現し、高校一年生にしてセカンドというポジションを得た。また、バッテイング技術にも優れており、打順が三番であるということを母伝いに聞いたことがあった。
敦が入学した高校の野球部は県内で名が知られていた。だが、あと少しの差で甲子園へ出場できずにいた。
敦は私と違い、容姿は普通くらいだ。例えるなら、中の上くらいであろうか。
まずは体型である。さすがに野球をやっているだけあって、筋肉がしっかりと全身についている。夏場など弟が風呂からパンツ一枚で居間を
髪の毛は私と違い直毛だがスポーツ
この評価は姉である私のバイアスがかかっているかもしれない。
敦はいつも帰宅時間が遅い。野球部の練習のためだ。いつも、日没まで練習をして帰ってくる。
「お父さん、お風呂に入ってるけど、先に食べちゃって」
母が私の前にご飯を盛った茶碗を置いて言った。
私の家では家族全員が
私は片手に
「いただきます」
私はトンカツに添えられたキャベツの千切りに箸を伸ばした。先に野菜類を食べると摂取カロリーが抑えられるとテレビで観たからだ。これでも肥満を気にしているのだ。
トンカツとご飯を一緒に
「今日はトンカツか。ビールが進むな」
父は自分の席に着いた。
私は箸を動かすスピードを早めた。父と一緒にいるとイライラするからだ。
(今日の風呂はシャワーだけにしよう)
父の入った後の風呂に浸かるのは嫌だった。毛が湯船に浮いていることもあるし、生理的に嫌悪感を覚えるからだ。
「ごちそうさま」
父がビールの缶のプルトップを開けると同時に、私は席を立った。食器類をシンクに置くと、風呂場に向かう。
「お風呂に入るから」
母にでも父にでも言うでもなく、宣言するかのように私は言った。
私は手早くシャワーだけ浴びると、即座に二階に上がり、自室に入った。
部屋に入ると、階下から、「ただいま」という声が聞こえた。敦のものだった。
私はベッドに放った
私は勉強熱心ではない。宿題をするのは教師に怒られるのが嫌だからだ。
特に英語の教師は厳しく、和訳ができないとひどく怒鳴った。三十人ほどいる教室の中で一人だけ適当に選んで宿題で出された英文を和訳させる。訳せないでいると大声で叱り、
そのため、多くの生徒が英語の宿題だけはなんとか形になるように前日にこなしていた。
私もその一員だ。うまく訳せなくとも、宿題をやろうとした努力だけでも見せればそれほど叱責されることはない。
今も必死で教科書とノート、それに英和辞典を広げて宿題に取りかかろうとしているのだ。
しかし、この日の夜はいつもと違った。あの美少女の言葉が頭にこびりつき、頭から離れない。
(あんなイタズラまがいで宿題ができないなんて。これをやらなきゃ明日、私が叱られるかもしれないのに)
私は何とか美少女の顔と声を頭から遠ざけようとした。が、考えないでおこう、考えないでおこうと思うほど、美少女の表情と声色が脳内で再生された。
『誰かを守りたいと思わない?』
わからない単語を英和辞典で引っ張っている最中でも美少女の声が響いた。
私は何とか美少女の記憶と格闘しながら英語の宿題を片付けた。いつもより、二倍は時間がかかっている。
(今日はもう疲れた。ほかの宿題はやめよう)
英語のほかにも古典や数学の宿題があったが、とてもやる気にはなれなかった。宿題をこなすのは毎日嫌々であるが、
宿題をやらないと決めると、身体からどっと力が抜けた。食事前に一眠りはしていた。が、父が出てきた
私を
私はベッドの上の鞄を床に置くと、布団にくるまった。
今年は天気予報で暖冬だと言われているが、夜の気温の低さは昼の比較にならない。寒い。
しかし、寒さは一時のもので、私の意識は五分も
私はそのまま夢を見ることもなく、朝までぐっすりと眠った。
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