第3章 通り魔してたら因縁つけられました。


 結界とは、元は仏教の用語らしい。

 修行場に気が散りそうなあれこれが入らんように囲いを作ったりしていたとか。

いまではすっかりウチら霊能力者の術式の名前として広まっていて、指定の空間内を周囲から認識できなくする程度のものから、いわゆる現世と隔離するために空間の位相をズラすものまで。

 所長は「お祓いのときに、見えない人からの不審者扱いを避けるためによく使う」とかなんとか。

 いろいろあるらしいんやけどウチには正味しょうみようわからん。

 ただ一つ確かなことは、


「捕まった、ちゅーことか……」


『そのようじゃな。厭(いや)らしい空気が臭いおる』


 ともあれ周囲に人がいなくなったのだから、こちらも遠慮することはない。竹刀袋を開き、妖刀の柄に手をかける。


「ほう。妖刀持ちとはな。そりゃあ、カズたちも相手にならんわけや」


「妖刀のこと、知ってはるんで?」


「よぉ知っとるよ。京都でこういう仕事しとったら、あやかしの類にはどっかでぶち当たるもんや」


 言いながら、男は手下が持っていた袋から長い木の棒を取り出した。

 否、それは――


「知っとるか。村正。数打ちの妖刀やから偽物パチもんもぎょうさんあるさかい、胡散臭い言う連中もおるが……逆や。伝説がよう知れとるからこそ、その名前が付いとるだけでそこそこええ線いくんやで」


 木製の鞘。そこから引き抜かれたのは、鈍く光る鋼の刃。おそらくそれは言葉通り、妖刀村正。

 ……え、なに。おっちゃんマジ刀で殴り合いする気?

ウチただの女子高生なんやけど。


「あの、そんな物騒なものを抜かれて何しはるんですか……?」


「悪いが嬢ちゃん。うちの組にもメンツってもんがあんねん。よりにもよってポン刀抜いて手ぇ出してきたのが運の尽きや」


「え、いや、ちょっと。……お話し合いとかで解決しはるつもりは……」


「お嬢ちゃんがどうしても言うんなら――せやな。身体は貧相やがそこそこええ顔してるし、うちの系列店で働いて、加茂野の代わりに借金を返してくれる、言うんなら許したろ」


「働く――ってそれまともな飲食店とかや……」


「おー、飲食店やぞ。ちょーっと、夜遅ぅなるかもしれへんがのう?」


 ……それ絶対アウトなやつや!?


『ほう。案外いい話かもしれんぞ。ぬしよ。戦いたくないのなら乗ってみても――』


「断固却下セクハラ撲滅――!」


 ウチは躊躇いなく妖刀を引き抜いた。


    *


 しかし現実は甘くない。

 パチもん村正の妖力は侮れず、生気吸収はほとんど無効化された。

 おっちゃんとウチとでは、術の練度は同じく中の下でどんぐりの背比べ状態。

妖刀も術も互角であれば、あとはほとんど基礎体力の削り合いになる。


「どうや嬢ちゃん。うちんとこの店で働く気になったか」


「冗談。……んなもん死んでもごめんや」


「しっかし、嬢ちゃんもよう頑張りおったが、もう体がついてこんのとちゃうか」


「く……!」


 痛みをごまかすのも限界だった。


『奴の言うとおりじゃ。これ以上無茶すると筋が裂けるぞ』


 霊力で底上げ、と言ってもたかが知れている。

 もともとあった身体機能を、リミッターを外して限界ギリギリまで酷使していたが所詮はそこまで。

 マッチョの大男が同じことをしてくれば、勝負になるはずもなかった。


「せやけどな……なあ、妖刀はん」


『なんじゃ娘っ子』


「もうちょい気の利いた本気モードとかあらへんの」


『奴を殺して良いならまだ手はある』


「…………」


 今更になってウチは気づいた。この子はまだ、あの一瞬の約束とも言えない取り決めを守ってくれとったんや、と。

 ……変に律儀な妖刀や。


「ええよ。しゃーない」


『もう一つ。全部を呪いに預けてもらうゆえ、ぬしの身がどうなるか責任は持てん』


「……どういう意味やの」


『わっちではなく、わっちの怨念に身を任せてもらうという意味じゃ。今はぬしの制御でわっちも自我を保っておるが、そのくびきを解く。そうなれば――』


「あー、ええよもう。変なJKビジネスに売り飛ばされんで済むなら何でもええわ」


『承知した。まあ、どうなるかはお楽しみじゃな』


「何やコソコソと。遺言でも相談し――」


 瞬間。ぷつり、と電源が落ちたように、ウチの意識は途切れた。


    *


 再び目覚めたのは、真っ暗とも紫ともなんとも色のとらえきれない、眠っているのか起きているのかすら曖昧な空間。

 そこに意識だけが浮かんでいる、と自覚だけがあるようなぼやけた場所。


「なんやここ」


『夢と現の境目じゃな。身体を怨念に手渡したゆえ、目覚めたままの心が半ば夢をみておるようなものなのじゃろう』


 声のする方を向けば、彼女の声。おおよそ幽体離脱していた霊体のような形だった。


「あ、あんた。こんなとこで何しとんの。ちゃんと仕事しいや」


『戦っておるのは“刀”の方じゃ。わっちはただのか弱いおなごじゃて。そんな器用な真似はできやせん』


「あ、そう。……それで、ホンマに勝てそうなん?」


『さあて。本気で妖刀と戦ったことなどありゃせんからの。わっちにもわからん』


「向こうパチもんやん」


『それを言えばわっちとて何を切ったとの曰くも伝説もない無銘の数打ちじゃ。格の低さなら負けておらんよ』


「えええ……」


 アカンやんそれ。


「殺してもええとかあのフリは……」


『くびきは解いておる。じゃが、結果がどうなるかはお天道様次第というところじゃ』


「なにそのダイエットサプリの言い訳みたいなん」


 ため息をつこうとして、なんとなくできたようなできなかったような茫洋な感覚を得てうんざりする。

 なんだか手持ち無沙汰になってしまったので、試しにもう少しこの妖刀と話してみることにした。


「なぁ、さっきの話の続きやけどな?」


『ん?』


「ウチにも好きなひと、いるんよ」


『ほう。それは?』


「強めの怨霊に憑かれてたとこを助けてくれて、ウチの体質――霊がよう見えて絡まれやすい、めんどくさい体質を大分マシなもんに変えてくれはったひと。

 憧れみたいにずっと追っかけとったけど、結局この好きが恋かどうかも確かめる間もなく離れてもうたひと」


『よくある話じゃの。まったく、よくある話じゃて』


「そや。あんたと話して、ちょう、思い出したんよ。だからこれは、勝手な想像なんやけどな」


 背景も重さも全然違うけれど。少しだけ通じるものがあったかもしれない。

 だから。

 勝手な。本当に無責任な、想像やけど。


「さっきのアレ、男を好きなだけっていうの嘘ちゃうのん?」


『たわけが、また異なことを言う。わっちが嘘をついてなんとすると?』


「だって、ウン百年も同じ人を好きなんやろ? ……さっきの言葉、ただの昔話やない。本気のノロケやったもん」


『わっちはもうあの頃の小娘ではない。とうに変わり果てたというたろう』


「でも、一番強いのもその娘なんやろ? もしウチがやったら、そやな……」


 これはもう完全に勘やけれど。


「手当たり次第に、好きな人の生まれ変わりを探したりするかな、って」


『…………。はん、想像で小娘がよくも喋る』


 不愉快そうに妖刀の少女は鼻を鳴らす。だが、


『じゃが……そうさな。当たらずとも遠からず、ということにしておいてやるかの』


 そういう彼女の輪郭は少しばかり疲れた笑みに見えた。


「ええやん。そういうの、ウチは嫌いやあらへん。霊の類はあんま好きやあらへんけど、あんたには特別につきおうたるよ」


『小娘の分際で言いおるわ。じゃが、礼は言っておこう。物好きな――いや、小娘がゆえに、か』


 最後の方、小声で聞き捨てならないことを言われた気がしたが、些細な事だと笑い飛ばした。やっと、この子の事が少しはわかった気がしたのだから。

 なんて感慨に浸っていたのもつかの間。


『それはそれとして、表のほうがやっぱり負けそうなんじゃが、どうするつもりじゃ?』


「えっ……ええええ!?」


    *


 流石にすっかり身体が動かんようになったら、妖刀の怨念さんもすることがなくなり引っ込んでしまったようです。

そして、むちゃくちゃに動かしてズタボロになった身体だけが、人通りの消えた四条河原町のだだっ広い交差点の真ん中にごろん、と転がっていて。

満を持して、ウチがそこに帰ってきました。

 結果。


「…………ぅぁぃたぁ…………!!」


 声にならない声。全身の筋を違えたような――例えるなら全身の筋肉で寝違いを起こしたような壮絶な痛み。

 覚醒して早々にそんなものに襲われたんやけど何の罰ゲームですかこれ。


「ったく手こずらせよってからに……」


 流石にこうなるまで頑張った甲斐はあったのか、おっちゃんのスーツにも目に見えて切り痕やら血痕やらが見えた。けれども負けは負け。このままウチは裏社会に沈められてしまうのでしょう。


「女子高生が無茶すんのはドラマん中だけにしとけや。ほれ行くぞ」


「あ痛っ痛い触らんとい――あああ痛いたいたい!!」


 身体に触られる不快感どうこう以前にむっちゃ激痛が走るんでやめてください。

 薄れゆく意識の中、ウチの脳内に走馬灯的なあれこれが駆けていく。

 ああ、ウチはここまでのようです。五体満足で帰れたらええねんけど、そもそも帰れるんかなぁ。というか借金のカタにバイトを夜の商売に沈めるとかどういうブラックバイト……いや、勤務時間中ずっと遊び倒してたからむしろアリとキリギリス――

 などと、すっかり諦めて後ろ向きに思考がぐるぐると回り始めた、その時だった。



「よく頑張ったぞ助手ちゃん!」



「は?」


「へ?」


『ほう?』


 三者三様の声をあげ、見上げたそこは、百貨店のビルの上。


「霊に困った貴方の下へ即参上。加茂野特殊興信所、所長の加茂野由梨奈が可愛い助手を助けに来たわよ!」


 見慣れたパンツスタイルの女性の影。

 ゴムで雑に括られた茶の長髪がなびき、鋭い眼光が光る。

 まぎれもなく彼女は加茂野由梨奈。

 ウチの、憧れの人。


「しょちょぉ……」


 思わずちょっと涙目になってしまった。この人はほんといっつも卑怯なんやから。


「ありがとう助手ちゃん。助手ちゃんが河下組を引っかき回してくれたおかげで、奴らの下部組織、ナムナム金融の書類とデータの書き換えはすべて完了したわ」


「……はい?」


 一瞬何を言われたかわからなかった。強面のおっちゃんらも、妖刀ちゃんも、皆一様にポカンとしている。

 だがそんな周囲に構わず堂々と所長は続ける。


「業務中だった事務員さんたちの記憶も術でひとり残らず書き換えた。あとは貴様らの記憶を消せば、私の八千万は利子含め完済したことになる……!!」


 ……うわ思い切り借金踏み倒す気だこの人ー!!


「おいごら加茂野! うちの借金踏み倒そうったってこの俺の目の黒いうちは――」


 ボスの怒声など意に介さず、所長は目を閉じ静かに言葉を朗じはじめる。


あめより来たりて土にで、こと御門みかどは開かれん」


 まるで祝詞のような術言。詠うように諳んじれば、


魑魅ちみを喰らいて鬼を切る、すさ御霊みたま無銘むめいの器、命じていわく」


 すう、と。


「――鬼切揚羽おにきりあげは


 も無き刀の名を呼べば、所長は静かに虚空からそれを引き抜いていた。

 妖刀。確かにさっきまでウチの手にあったはずの、妖刀かのじょが。


『ふん。相変わらず芝居がかった真似が好きじゃのう』


「わかってるなら合わせてくれてもいいのに。可愛いアゲハ。……さて」


 所長は手にした妖刀の重さを確かめるように空を一振り。静かに構えると、


「悪いけど瞬殺させてもらうわ、社長さん」


「なんやワレ偉そ――」


庚辛白虎こうじんびゃっこ――瞬雷脚しゅんらいきゃく


 またたきの間に所長の姿はかき消えた。

 目で追えない速度。かすかな気配は、刹那にパチもん村正の背後に現れていた。


「んな……」


 動揺したおっちゃんの声の直後、雷光が爆ぜた。

 大気を叩き割るような重い音と、青白い雷光をまとって放たれた蹴り。それを、おっちゃんはとっさに腕と術で防御したらしい。

衝撃を受け流すように大きく後ろにジャンプして着地、背広の袖が焦げたことにも構わず、おっちゃんは所長に向かって村正を構え直す。

所長は小さく煙を引きながら、放電の残滓を帯びた右足を静かに下げた。


「やるわね。私のイナズマ妖刀キックを防ぐとは!」


「アホか自分!? それ妖刀関係あるかいな!?」


「ええあるわよ! しっかり手に持っているでしょう!?」


 いやそれ全然ないです所長。


「ナメくさってからに……おら村正、やったるで! りんぴょうとうじゃかいじんれつざいぜん――

悪鬼斬滅……!」


「ふん。ひねりがなさ過ぎてつまんないわね。――天帝てんていあまね言祝ことほぎって悪行を為す亡者を滅ぼさん。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 両者ともにすぐに術言を唱え刀を構える。

動いたのは同時。三拍後に真正面から双方の刀身が激突した。

 二度、三度と刃が交錯した後、二人は鍔迫り合いの格好で霊力の圧し合いとなった。

 どちらも圧を放ちながら互いに力を食い合う。ぱっと見は互角――いや。

見る間に明らかに所長の霊力がおっちゃんのそれを圧倒していく。


「くそったれ、何やこの力……!?」


 所長は生まれつき優れて多くの霊力を持っている――というわけではない。


「地元由来の天然とれたてパワーよ。ほら、潰れなさい……!」


 よくよく見れば近所の地脈からどっさり霊力を引っ張ってきているようだった。おそらくはここに現れる前にどっかで繋いできたのだろう。

 それバレたら怒られますからね?


高天たかあまの原、あま祝詞のりとる――」


 所長はさらに重ねて次の術言を詠み始める。

 おっちゃんもすぐに何かされるであろうと気づいたようだが、術の引き出しが多くない彼はもう打つ手が無いようだった。

 なんとか足を出して蹴ろうとしているようなのだけど、生まれたての子鹿のようにプルプル震えて上手く蹴り出せない。

 霊力で圧されきっているので、もう身体の制御も上手く効いていないのだろう。


天津神あまつかみあまいわを押しひらき、国津くにつかみ高山たかやますえに登りて聞こしめさん――」


「村正、きゅうきゅう、にょりつりょう、や! なんとかせえ! こんまま押し返せ、村正……!」


 術の並列発動などはウチでも無理な高等テク。

同レベルのおっちゃんにもどだい無理な話で。

 決着が見えている状況で叩き込まれる、それは正真正銘のダメ押し。


「されば、はらたまきよたまわん――!」


 言葉が結ばれるとともに、破砕音。

 振り抜かれた揚羽の刃は、パチもん村正の刀身をど真ん中からへし折っていた。


    *


 その後。所長は勢いで手下のカラフル背広たちもまとめてノすと、全員を集めて担いだ刀を向けた。


「さあて、結界の権限もこちらが頂いたことだし。どうしてくれようかしら」


「な、なんや!? 金が欲しいんやろ自分。なんぼでもくれたる! せやから、せやから命だけは……」


 最初の威勢は何処へやら。

ボスのおっちゃんもすっかり蛇に睨まれたカエルであった。

 いや、単純に暴力に弱いというのは、逆にこの業界では普通なのだろうか。


「んー、確かに金は欲しいけど、遺恨は要らないからね。借金も含めここいらで一度スッキリさせておこうじゃない」


「まさか、ワシらを――」


「ええ、根こそぎ消させていただきましょう。――その記憶をね」


 目を閉じ、所長は術言を唱え始める。


たけ八首やつくびすさぶるあぎとまなこを渡りて悪しきおぼえを、呑み尽くせ――」


 結びの言葉とともに、所長は眼を見開いた。

 ウチが視たのは、その目から飛び出した龍とも蛇とも付かない八つの影。

のたうつそれらが、その場のおっちゃんらを喰らい尽くすように飛びかかった光景だった。


    *


 その後、結界から出てすぐに壮絶な筋肉痛で救急車を呼びました。いやマジで。

 所長が地脈の力を借りてズタボロ放題だった骨とか筋肉を直してくれなければ、その後の人生に支障をきたすレベルだったんだとか。治した本人の解説なのでどこまで盛ってるかわからんのやけど。

 ともあれ、数日の絶対安静ぐらいで済んだのは良かったのか悪かったのか。

 そういうわけで今、ウチは病院のベッドで大人しくしているわけなのですが、


「ほんとーにゴメン、助手ちゃん!」


「……ぶー……」


 珍しくちゃんと申し訳なさそうな所長に、ここぞとばかりにぶーたれつつ、ウサギさんカットのりんごをあーんして食べさせてもらっているけれど、ウチはまだなんとも不機嫌です。

 役得といえば役得やけど、そもそもが全部この人のせいなのでまだまだ帳尻は合っている気がしーひんのです。


「なあ、妖刀のことはちょっとした出来心というか、お前らなら仲良くなれそうな気がしたのよ。まさか取り立てと鉢合わせるとか思わなかったし……しかもいきなり斬りかかるとか」


「ウチ、ほんまに人斬りそうになったもん」


「いや、それはほんと……というか揚羽。あんたああいうガラの悪そうなのは好みじゃないとかなんとか前に言ってたでしょう。何でいきなり食いつくかな」


『腹が減ってはなんとやら。由梨奈も、空腹は最高の調味料だかなんだかと言っておったじゃろう。それじゃよそれ』


 相変わらずのアゲハさんの本体は竹刀袋にくるまって、着物少女の霊体は所長の背中でふんぞり返っている。


「はっはっは。まったく口もないのに口が減らないなこの刀は。こいつめこいつめ」


『くぉっ!? 霊気を流し込むでない! 浄化される……!?』


 所長が袋の上から刀身を片手で握ると少女の姿がみるみるうちに霞んでいく。

 ウン十万かかると言われた除霊を片手でやってしまう所長は本当に何者なんやろ。


「本当に、今回のことは助手ちゃんには済まなかったと思ってる。入院費はさっそく調達できたから私が払うし、今度美味しいパフェもおごってあげるからさ」


 ……む。

 パフェの一言に少しだけ心が揺らぐ。けれどもこの際だからもっと上乗せしたい。


「…………。お買い物も一緒に。美味しいディナーも」


「いいわよ。また可愛いフリフリの服を選んであげましょうか」


「フリフリもワンセット買いますけど……」


 それだけじゃ、まだちょっと割に合わない。ので、


「じゃあそれも込みで、春の新作、上下揃いをよりどり五セットで手を打ちません?」


「ぐ……さすが助手ちゃん、的確に財布の痛いところを突いてくる……」


「どうです?」


「……三セットで」


 値切ってきたよこの人。


「四セットから下にはまかりません」


「あー、わかったわかった。じゃあ四セットで――」


「あれ、忌み数やないですか。これは縁起ようないですよ。五セットにしときましょ?」


「鬼! 悪魔! 千花ちゃん!」


「可愛いバイトを裏社会に沈めようとした人がなんか言うてはります?」


「マジすんませんした」


 あ、これちょっと面白いかも。しばらくは遊べそう。


『由梨奈も相当かと思うておったが、ぬしも大概よの……』


「なんか言うた?」


『……ま、これはこれで面白い』


 相変わらず失礼な子やけど、そろそろウチも慣れてきたので無視。


「所長も、約束ですよ? 寝てたとか仕事が入ったとか途中で『ちょっと財布の調子が~』とかなしですからね?」


「わかったわかった。大丈夫よ。お詫びだからね」


「ホントですよ? 前みたいに三条で置き去りとかなしですからね?」


『……なるほど。そういうことか』


 ウチのその妙な一生懸命さに悟られたらしい。まったくこの可愛げのない妖刀は。


『赤くなって、可愛らしいのう。しかし、そっち方面でわっちはまったくの素人での』


「なんよ。ええやろ別に。へし折られたいん?」


 ウチのこれが恋かどうかはわからない。

 でも、なんとなくそうかもしれないと思ったほうが、少しだけ楽しい。

 そんな日々がまた、帰ってきた。


「あ痛っ――身体に響く……」


「こらこら安静にしてなきゃ。子守唄歌ってあげようか?」


「……頭もなでてください」


「お任せあれ、お嬢様」


『やれやれじゃの』


 かくして加茂野特殊興信所はまた何事もなかったかのように復活し。

ウチは、いつもどおりの日常の中に、ちょっと小うるさくて可愛げのない、妖刀

“揚羽”をお迎えしたのでした。

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