第2章 換金したいので相談してみました。

「と、いうことなんですけど……」


 蔵馬古美術店。

 叡電でちょっくら山中に分け入った、京都の隅っこにある由緒正しい古美術を扱うお店。しかし同時に、江戸時代から霊具の取引や呪いの品の解呪なんかも手がけているお店でもある。

 現在の店主は十三代目という、片眼鏡のイカすヒゲダンディ蔵馬敏三氏。所長の知り合いということもあり、ウチもちょくちょくお話させてもらっている間柄だ。


「カモちゃん、またやったんかいな……」


 ウチの話を聞くやいなや、蔵馬のおじさんからは深い溜息。その口からちょっと聞き捨てならない一言が飛び出した。


「またってなんです。またって」


「いや、常習犯なんや。夜逃げも達人級でな? あんの事務所もえらい散らかしてるように見えて、二、三枚の護符に三分で全部収納できるようにしてあったらしいし」


「なんやそれ……」


 デタラメな。いや、もともと所長は存在自体がデタラメな人だったけど。


「で、その現物支給の品やけど……」


「おいくら万円です?」


「鑑定額は、まあ刀そのものなら十万はなんとか。たぶん、江戸後期の作だと思うんやけど、無銘やしちょっと使うて傷が入ってしもうたのが痛いな。ちなみに滞納されてたバイト代は?」


「十三万……」


「そりゃまたエライこと滞納されてはったな……」


「事務所で昼寝するかおやつ食べるかスマホしてるだけで良かったし、あんま気にしてなかったんですけど……」


「……ちゃんと支払いが出ただけでもええ感じのパターンか」


 蔵馬のおじさんは苦笑。


「じゃあ、とりあえず十万でいいので買い取って――」


「いや、それがな。ほんま申し訳ないんやけど、ちょっとうちじゃ買い取れへんな」


「ええ、なんで!?」


「呪いというか怨念が強すぎて、僕ひとりやと扱えへん。ここに憑いとるんは結構な怨霊や。女の子でも、千花ちゃんぐらいの霊能があらへんかったら、きっと人斬りならぬ、おじさま斬り女子高生と化しとったね」


 何それめっちゃ嫌な絵面。いろんな意味で。


『のう、ぬしや。そこの美味そうな男、ひとくち食わせてくれんかのう。聞こえとるか、ぬしよ……』


 いやもうさっきからほんまカタカタうるさいんやけどどうしたらええのこれ。


「とにかく不気味なんで可及的速やかにお金に換えたいんですが、どーしたらええのんですか」


「まずもって解呪しぃひんと人には渡されへんのやけど……このクラスの妖刀やと、なんぼかの職人はんがえらい儀式を組みやせんとちゃんとは祓えへんなぁ。そうなってくると、お値段のほうもえらいことなってくると思うわ」


「かなりのって……具体的には?」


「たぶん三十万は下らへんのとちゃうか。ヘタしたら五十万超えるかもしらへん」

 最低でも差し引き二十万の大赤字ということです。マジか。


「うちの店もなぁ、もうなんぼか景気ようなっとったら出したったのやけど、額が額やから……」


「高校生にはもっと出せませんてそんな額。……そやったら、自力でなんとかできません?」


「んー……刀の怨念が晴れるまで通り魔するとかちゃうか」


「それ選択肢に入れます!?」


「この手のは、とにかく無念を晴らすしかあらへんから。夜中の女の子の一人歩きなら、悪い男は引く手数多やろ?」


「ええ大人がするアドバイスですかそれ。繁華街を血に染めぇと」


 むしろお巡りさんに補導される方が早いと思うんですけど。


「……まあ、そやな。いや、まったく申し訳ないんやけれど、僕はお手上げやなぁ。お金をかけずに済ませるなら、なんとかその子と相談しながら、無念を晴らしてやるしかないんとちゃうか」


 かくして、まったく役に立たないアドバイスを頂き、ウチはガタガタ独り言のうるさい無銘の妖刀を背負ってトボトボと帰途についたのでありました。



    *


 で。

 相談の結果、ひとまずのところ街を歩きながら、すれ違いざまにちょっとずつ生気を集めていくという実に地味くさい手に落ち着いたのでした。


『あーあー、辛気臭い喰い方じゃ。こんなんじゃちっともわっちの心持ちはふくれんぞ』


「うっさい黙っとり。だいたい何でウチがこんなめんどくさい……」


 買い物客やら観光客でごった返す四条河原町。

 人も多ければつまみ食いし放題だろう、ということで休日に友人との約束も断って人混みでぼんやり突っ立っていることになった。

 背中には無銘の妖刀 。剣道の竹刀用の袋を買ってきてとりあえず無理やり突っ込んであるのやけれど、

 ……これ職質されたら即ゲームオーバーやよね……。

 銃刀法の届け出はしてないらしいので、完全にアウトである。

 蔵馬さんいわく、登録審査手続きなどで下手に一般人に触らせると死人が出るとのことで、やむを得ないといえばやむを得ないのだけど……ウチの身が法的に大ピンチなのはええんか。


「帰りたいわほんま……」


『だいたいなんじゃぬしよ。わっちに比肩しうる力を持ちながら、何もしとらんのか』


「何も……って? バイトしとった事務所が夜逃げしてもうて、いまはただの学生やよ」


『なら男はおらんのか。家の仕事はしとらんのか』


「男……って、んなっ、お、お、おらんわ! 悪いか!?」


『なんじゃ生娘みたいな反応しよって。その歳ならもう旦那くらいおるじゃろうに。さては行き遅れか』


「昔の基準で話さんといて! 今はこの歳でもそれが普通やの!」


『ほう。じゃが、お主頃の歳に、わっちには身も心も捧げた御方がおった。それはそれは、まげの似合うたくましい男前じゃった』


 何をいきなり、とさえぎろうとしたが、やめた。もしかしたらこの話が、成仏させるための鍵になるかも、と。


『十四の時じゃ。仕事を始めてから何人目かの客でな。すぐに解った。この御方じゃと』


「客……って」


 言葉の意味を察してウチは思わず顔が真っ赤になった。けれども、かつて遊女であったと語る妖刀は続ける。


『幾度か睦言をかわし、あの方もわっちを気に入ってくださった。金が用意出来たら、身請けしたいとまで云ってくださった。けれど……』


「……けれど?」


『病で亡くなられた。流行病じゃった』


「……っ」


 たぶん、その時代ではありふれていただろう、小さな悲劇。

 劇作にも残らない、小さな小さな。けれども確かにあった、悲劇。


『その後すぐ、わっちは他の客が持っておった刀を見たいとねだり、奪って自らの腹を割いた。……それがちょうど、この刀になる』


 ウチは、何も言うことができなかった。大変だったと同情する資格すらない。

 ……こんなの。どうやって成仏させたったらええのか、わからへん。

 そんな無念。今の今まで刀に取り憑くほどの無念を。一体、どうやって。


『この刀は、そういうものをよく引き寄せるらしいの。わっちが憑いてからも、あまたの血と魂を喰らい、融けて一つになり、今のわっちがある』


「せやったら、今の話は」


『紛れもなくわっちの話じゃ。あまた混ざりあった魂の中で、最も強い記憶。けれども、わっちがもはやあの頃の娘ではないことも確かじゃろうて』

 じゃから、とわずかな間を置いて妖刀は言う。


『……じゃからせめて、余生は存分に良い男を食い散らかして生きると決めたのじゃ』


「えっ」


 なんかいまめっちゃ話が飛んだんですけど。気のせい?


『ここはええのぅ。京のみやこをこうして回ったのは初めてじゃが、なかなかよい男子おのこが揃っておる。線は細いが品が良い。骨の髄まで吸い尽くして回りたいの』


「いやいやいや、させへんからな? 遠巻きにちょっとずつ吸い取るだけや言うたやろ?」


『ほんにつまらん女よのう。ぬしは魅力的に思わんのか? 旨そうな男たちを前によくもまあそんな素面しらふでいられるものじゃ』


「ウチはアンタとちごうて、誰かれ構わず見境なく手ぇ出したりせぇへんから」


『なら、誰かひとり心に決めた相手でもおるのか?』


「それ、は……」


 それかどうかわからないひとは、胸にいた。しかもそれは、異性ですらなかった。

 もしかしたら、と。そんなはずは、という二律背反を抱えながら、憧れのように抱えてきたものはあった。

 けれど、全ては後の祭りだ。

 彼女はもう、目の前からかき消えてしまったのだから。

 だからこの気持ちも、きっと一時の夢だったのだと――


「……あれ?」


 気がつけば、周囲にまったく人がいなくなっていた。

 ……んなアホな。休日昼間の四条やのに。

 一歩遅れて気づく。この空間が、霊的に造られたものであると。

 人為的な術式が施された、結界空間。


『のう、ぬしよ。向こうから美味そうな男が近寄ってくるぞ。あれは喰ってよい類であろう?』


「……たぶん、そうかも」


 妖刀が言う男。その姿はウチにもはっきり見えていた。

 揃いも揃ってまったく色の揃わないカラフルなスーツに、これまたたいそう愉快な柄のネクタイ。

 顔に傷が入った、ガタイのでかいおっちゃんと、グラサン率の高いその取り巻きのような数人の男たち。

取り巻きの中にはあの日の金髪の兄ちゃんやカツラのおっちゃんもおり、


「よう、嬢ちゃん。やっと見つけたで。――うちの若いもんが、随分世話んなったらしいのぉ?」


「あの……どちらさまで?」


 聞きながら、しかしウチは確信していた。

 これ、あの人らのボスやわ。

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