【 ある老人の日記帳1 】
1985年7月9日(火) 雨
東ヒバリ病院からの退院が決まり、
本日より、ここ、養老院エナガの里に収容される事となった。
バスに揺られて、少し気分が悪い。
日当たりの悪い104号室が、本日より私の住いだ。
部屋番号に、4など縁起が悪い。
髪を茶色にした若い女が挨拶に来た。
チャラチャラした若者は好かない。
先が思いやられる。
7月15日(月) 曇り
養老院は実に退屈な所だ。
食っちゃ寝、食っちゃ寝、たまに、風呂に入る。
棺桶に片足を突っ込んだ様な年寄りばかりでろくに話も出来ない。
仕方ないので、暇つぶしに日記を書いてみる事にした。
一番最初に、先週の火曜、ここに来た時の事を思い出して書いてみた。
三日坊主に成らないといいが。
7月18日(木) 晴レ
早速、三日坊主に成って仕舞う所だった。
最初に、挨拶に来た茶髪の女は、吉田ユカリと云うそうだ。
私の担当職員らしい。
吉田ユカリは、丸太のような女と、ヒョロ長い男を同僚だと紹介してくれた。
名前は、杣澤 富美子、野間 大毅。
忘れない様に書いておこう。
今時の若者は皆軟派なものかと思ったが、彼等はこんな私でも明るく、
気サクに話をしてくれた。
案外好い奴等なのかも知れない。
7月21日(日) 雨
最近は、雨ばかり降って蒸暑い。
本日は、若い者達が休みなので、話しかけて来る者が居なくて退屈だ。
仕方がないので、日記帳を開いてみた。
何を書いたものか。
そう云えば、この間、指導員と大毅が私の話をして居るのを聞いた。
エナガの里に収容されるよりも前の話だ。
妻に先立たれた私は酒浸りになり、家に籠っていたらしい。
定年を迎えて久しく、趣味も友人もない私は一日中酒を飲んで居た様だ。
生活費すら酒に使い、電気や水道は使えなくなった。
挙句の果てに、泥酔した私は、浮浪者の様に路上で眠りこけて居たとか。
私が目を覚ましたのは病院で、アレヨアレヨと云う間に、
ここに来る事になっていた。
息子達とも連絡がつかず、今の私は身寄りの無い浮浪老人だ。
とんだ恥晒しな話しだが、どこか他人事の様だ。
目覚めるまでの数日のことを、私自身全く覚えて居ないのだから。
7月25日(木) 雨
今日は、テレビで青い山脈の映画を見た。
原節子は、良い女だ。
午後から、ユカリと、女部屋の婆さんと、手の体操をした。
タマにはこうして体を動かすのも、良いものだ。
ユカリはチョット原節子に似て居るかも知れない。
7月28日(日) 晴レ
今日は最悪だ。
窓辺で外を見ていたら、酷いデブの看護婦に怒鳴られ、部屋に閉込められた。
脱走するとでも思ったか。
私を呆け老人の様に扱うな。
ユカリが(続きは消しゴムで消されている。)
7月30日(火) 曇り
朝起きたら、顔を覗かれていた。
この間一緒に体操した婆さんだった。
直ぐに寮母に連れて行かれたが、心臓が止る思いがした。
8月3日(土) 晴レ
朝から天気が良い。
天気予報で今日は最高気温が30度と云っていた。
寮母達はもう汗まみれだ。
私はロクに動きもしないので、汗どころか暑いと云う感覚もない。
一日窓から外を眺めているだけだ。
ここに居たら季節も忘れそうだ。
カセット、美空ヒバリが流れている。
富美子がかけて行ってくれた。
この歌は、(線で塗りつぶされている。)
8月20日(火)
夏風邪を引いて、寝込んでいた。
流動食や粥飯ばかりで飽た。
美味い物が食いたい。
8月25日(日)
(消しゴムで消されている。)
8月28日(水)雨
この間から婆さんに付き纏われている。
熱で寝込んでいた時、濡した雑巾で顔を拭かれた。
ドブ臭くなった花瓶の水を、滋養と云って入歯コップに入れて持って来た。
旦那と勘違いしているのか。
全く厄介な婆さんだ。
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