6.密室

 

 昔、私がまだ中学生の頃、生徒の間で流行したゲームがある。

 『脱出ゲーム』だ。


 その存在を知ったきっかけは、友達から借りた月刊誌で連載されていた漫画だった。タイトルは忘れてしまったが、閉鎖空間に閉じ込められた主人公たちが、謎解きしながら脱出を目指すストーリーだった。答えを間違えると罠が発動したり、次々と刺客が現れては命懸けの攻防を繰り返したりしてなかなか面白い漫画だった。連載当初この漫画はかなり人気があり、休み時間の教室では密室の謎についての議論が白熱したものだ。


 漫画はいつの間にか打ち切りになっていたが、連載が終わっても「密室×謎解き」ブームは続いた。インターネット上にある脱出ゲームを片っ端からやり込む子もいたし、パソコンも携帯電話も持たない子はノートにオリジナルの密室を描いたり、空き教室を使って擬似的な脱出ゲームを楽しんだりするようになった。私自身も「密室バカ」と呼ばれるほどゲームにのめり込み、危うく友達をなくしかけたほどだ。


 ある時、町はずれにある廃墟でゲームをしていた高校生が、不審者に襲われて怪我をする事件が起きた。事態を重く受け止めた学校により脱出ゲームは全面的に禁止され、それと共にブームも終わった。


 元々何かの施設だったその廃墟には立ち入り禁止のロープがかかっているだけであったが、事件があったことで取り壊しが決定。怪我をした高校生が廃屋全体を使って作り上げた密室は、日の目を見ない傑作としてブームが終わっても尚語り継がれた。


 当時のことを思い出しながら、自分の置かれている状況に考えを巡らせてみる。密室、得体の知れない何か、謎、まるで脱出ゲームだ。無言の非通知電話がかかってきたり、謎の存在が扉をこじ開けようとしたり、これがゲームだったならなかなか凝った導入だ。


 もしかして私は夢を見てるのかもしれない。だってそもそもおかしいことだらけなのだ。まだ午前中なのに何故こんなに暗いのか、無人になることのない施設が何故こんなに静かなのか、さっきまでついていた引き戸の鍵はどこへいったのか。これが夢じゃなかったらとんだ不思議ランドだ。


 最近は嫌なことばかりで気分が沈んでいる。精神を保つために、脳が楽しかったあの頃を思い出させようとしているのかもしれない。漠然と抱えている不安が夢となって現れることもあるというし。これ以上深く考えるのはやめよう。大丈夫。覚めない夢はない。


 恐怖心は消えないが、そう思うことで幾分か気分が紛れた。


 意を決した私は引き戸の取手に手をかけ、物音を立てぬよう、慎重に、引き開けた。


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