第十一話 美少女ゲーム淑女

「はいこちら、株式会社◯◯のコールセンターです。水樹が承ります」

 毎日のように掛かってくる苦情・問い合わせ。ときには変な声を出す変態もいる。

 たとえ相手がヤクザだろうと子供だろうと、怒りで我を忘れていようと泣いていようと、常に笑顔で応対しなければならない。

 目の前に置いてある鏡で笑顔をチェックする。そんなの新人の頃だけで、慣れてしまえばただの愚痴相手だ。

 どんなときも笑顔で。休む暇があるならまだしも、常に電話がなり続けるここでは、ストレスが掛かってくるもの。

 ある先輩からアドバイスを貰った。

「毎日毎日、お客様の相手をまともにしてたら、ストレスで参って身体壊しちゃうよ。それでコツを教えるね。今日はお姉さん風とか、今日は真面目ちゃんとか、役を演じれば楽になるよ。もちろん、やり過ぎると向こうも引いちゃうから、常識の範囲内でね」

 先輩の言っていたことは本当だった。

 自分を出していては、降りかかるストレスも半端ない。実際、それで心労がたたって辞めた娘は数知れず。打たれ強いと思っていた私も、流石にきつくなってきた。

 本来は、会社の声という役を演じるのが社会人にとっての常識なのだろう。

 でも、そんな法人の顔をしてたら、本人として仕事をする以上のストレスを抱え込む。私は社長ではないしましては幹部でもない。

 演劇なんて出てないし、ドラマみたいな女優を演じろなんて無理だし。そもそもああいうのはどうも性格が曖昧で、参考にならない。ましてこっちは声だけで仕事をしている。

 声優を参考にしようとしたが、TPOをわきまえない言動や発言が本当に多すぎて、これもウチのような硬い職業じゃ駄目だと思った。



 なにか参考になりそうなのはないかなと、本屋をぶらついていたら、「オススメ! 美少女ゲーム特集」なる本が目に入った。

 エッチなゲーム雑誌かなと思ってたけど、この本屋はその手のものを一切置かないはずなので店員に聞いてみた。

「あの、これ。大人向けのゲーム雑誌なんじゃないの?」

「いいえ。それはどなたでも楽しめる『全年齢向け』美少女恋愛ゲームを紹介している雑誌ですよ」

 と言われた。

 そんなものがあるのかと、価格も千円ちょいだし、試しに購入すると、キャラクターが立った可愛い娘がいっぱい紹介されていた。現実ではありえない美少女だらけなページに、ちょっと食傷気味なにっていたら、あるページに目が止まった。

『お淑やか! お嬢様ランキング』

 そのキャラの紹介を見てみると、なかなか説得力がある。

 人気の高いキャラが出て来るゲームがやりたくなった。飲むこと以外に殆ど使わないからお金は余っている。

 ハズレ覚悟でネットショップのページを開いた。

 独り言をしない性格なので、心の声でブツブツと品定めをしていく。

 ――ああ、これが人気投票一位取った娘が出てるやつか。あれ、メインキャラじゃないのか。

 ――このゲームならメインキャラだけど、なんか題材がホラーっぽいな。

 ――これ、大人もキャラとして出てくるのね。学生ばっかだと流石に使えないわ。

 結局決まったゲームは、社会人のキャラもお嬢様タイプのキャラも真面目なキャラも出てくる物にした。タイトルは「クラウ・ナウド」だった。



 翌々日にポストに放り込まれていたゲームをパソコンに入れた。なんか薄い説明書あるけど、普段から家電慣れしているからいいやと、ゴミ箱に入れた。

 のを戻した。

 万が一ハズレだった場合、中古で売れるみたいだ。あの雑誌に中古ゲーム取り扱いますって広告が出てた。

 仕事明けなので、長くは出来ない。タイマーを二時間にセットしてゲーム開始。

 ――やだぁ、この娘。なんて良い子なのかしら。

 ――ああ、こんなお母さんみたいな台詞、仕事で使えたら。

「あっ」

 思わず口に出てしまった。お目当ての社会人キャラだ。確か結構会社で出来るキャリアウーマンで営業担当らしい。

『あら。君、いいセンスしてるわね。ウチに就活に来てみない』

 これは、この人と一緒に働けるということか。でも、ゲームだし適当に表現しているんでしょ。



 タイマーが鳴った。

 甘かった。なんてリアルに現場を表現しているんだ。私が普段思うことを言ってくれる。思わず「あるある」と言ってしまうくらいだ。

 このキャラにすっかり惚れ込んだ私は、出来るだけこの人の性格や口調をまねようと懸命にテキストと声を聞いた。

 三十分超過してしまった。すぐに明日に備えて支度した。



 だいたいキャラを物にした私は、仕事場でこれを使うことにした。

 するとストレスが嘘のように軽くなった。

 もちろん、余計なことは言わないように注意は払ったが、怒鳴りつけられたり、変な声がしても、前よりは受け流せるようになっていた。

 そのキャラが飽きてくると、別のキャラを攻略した。

 


 気がつくと、ダウンロード版含めて大量の美少女ゲームを購入するようになった。要するにハマってしまったのだ。

 学生のみが出るゲームもやるようになり、ついには成人向けのエッチなゲームもやるようになった。ものすごいプレイに悶々としてきた。男の人ってこれで喜ぶのか。

 ただ、問題が出てきた。

 お金が尽きかけた。

 PCゲームは一本九千円前後はする。なので、先行投資もかね家庭用ゲーム機を買い、それに移植されたものをやっていたが、それでもやっぱり出費がかさむ。

 仕事にストレスはなくなってきたし、チーフにも昇進できたけど、今度は新人教育。さすがに「ギャルゲーやればいいよ」なんて教えられない。

 ゲームなんてハマらなければ良かったのかな。でも、これがないと私は仕事がまともにできそうにないし。

 気がつけば、同僚との付き合いが随分減っていた。

 彼氏も出来ない。

 もう三十も目の前、婚期切れが間近だった。

「これは、不味いのではないか」

 お風呂に入って考えよう。

 湯船に浸かると、ついウトウトしてきた。



「はじめまして、夢野魅苦です。魅苦とお呼びください」

「あれ。なんてリアルなキャラなのかしら?」

 3DCGで描かれたリアルで可愛い、見たことがない娘が目の前に立っていた。

「あの、私は、実在してますよ。《夢目》ですけど」

「夢? うっそ。すっごく可愛い。へぇ、肌も綺麗。たしかに質感が本物みたいね」

「ありがとうございます。改めまして《夢目》世界にようこそ」

「ああそうか。私お風呂で眠っちゃったんだ。お風呂熱かったかな」

「ここにお呼びしたのは、あなたが人生の分岐点に戻りたいと願ったからです」

「分岐点……まあ、あるにはあるけど」

「それと、今、お風呂で溺れかけてます」

「え⁉」

 突然バスルームが現れ、そこに湯船に顔をつけて動かない女性がいた。

 この人に指を向けて、ミクに聞いた。

「これ私だっていうの?」

「はい」

「はいって、ちょっとこのままじゃ。どうして窒息しそうなのに起きないの?」

「よく見てください。泡が止まったままですよね」

「あ、本当だ」

「時間は止まってます。ただし、このままでは溺れるでしょう。そろそろ五分たちますし」

「ヤバイじゃないの。早く起きなきゃ」

「お疲れだったようですね。身体がだらんとしてます」

「ああ、ねえ、起こしてよ! お願いだから」

「その前に、お聞きします」

「何をっ」

「時間を分岐点まで《巻き戻して》とおっしゃりますか? それともこのまま目を覚ましますか?」

「《巻き戻して》!」

「承りました」



「っは⁉」

 首を左右に振った。

 ここは本屋だ。

 目の前には、私が美少女ゲームにハマったきっかけの本が置いてある。

「どうしよう」

 めずらしく独り言が出てしまった。

 この本を買えば、私はまたお風呂に溺れるまでハマるだろう。

 買わなければ?

 私は自宅に帰った。

 これで良いんだ。



 気がつくとネットショップを、じーと見ていた。

 ――もうここのゲームはやり尽くしてしまって、飽きた。

 よくよく考えれば、《巻き戻る》前にやってしまっているのだ。買わない選択肢をしても意味がないではないか。

 念のため、クレジットや預金残高を確認すると、使われた痕跡はない。

 ――一円も使わずゲームをやったことになるんだ。なんかお得な気分ね。

 ブラウザを閉じようとするも、手が動いてくれない。

 ――何か新しいゲームをやりたい。

《あなたは、18歳以上ですか?》

 はい、をクリックした。



「はいこちら、株式会社◯◯のコールセンターです。水樹が承ります」

 マニュアル通りの応対をする。

「申し訳ございません。はい」

 なんだかなーと首をひねる。

「……またよろしくお願いします。担当の水樹が承りました」

 アソコにピンクローダー入れているのに、ちっともビクビクしない。

 エロゲにでやってたプレイを試してみたのに、なんか興ざめした。

 声だって全然艶っぽくならない。レコーダーで聞き返しても普段と変わらない。

 私って不感症だっけ?

 数日後。

「は、い。こちら……」

 あうっ。くるっ。やっぱり大きなバイブだと効くわ。

 ハードなプレイじゃないと駄目みたい。

 下着も穴が空いたエロいのにして歩くようになった。いろんなプレイを試して、駄目なら辞めた。

 そう、すっかりエロゲにハマったのである。

 ただ、嘘くさいものもかなり多く、男の願望が殆どで女が実際にやってもいまいちなプレイが大半だった。

 それでも収穫はあった。男を喜ばすには、エッチの最中に実況することだ。これが私自身もかなり興奮する。ついには、自宅でエッチ実況オナニーするようになっていた。

 


「……イク!」

 ――ふぅ。変な癖ついちゃったけど、気持ちいいから良いや。

 いろんなプレイを試したが、全部ソロプレイだ。男の人とエッチしてない。処女じゃないから怖くはないけど、ハズレが怖い。もしもエッチが下手だったらどうしようと思うと踏み出せない。かと言ってビデオなんかに出たら、今の仕事即クビにされる。男の人にはソープがあるけど、女にはそういうのないし。



 悶々とした中、いつもどおり通勤電車に乗る。女性専用だ。《巻き戻る》前は普通の車両に乗っていたが痴漢にあったことはない。今回もない。やったら最後、訴えられて捕まるかららしい。今の女性は気が強い、じっと黙って耐えるなんて娘はもういない。

 ――女の人相手じゃ、子宮に突くのがどうなのかとかわかんないしなー。

 電車が揺れたその時、背中に何か硬いのが当たった。

 後ろを振り返ると、女性だった。

 ――この娘はたしか、ウチの会社の。

「ねえ、ちょっと」

「は、はい。ごめんなさい」

「なんで謝るの。ていうか、ちょっときて」

「は、はい」

 電車を降りてトイレに連れて行くと、個室に一緒に入った。

 戸惑っている娘に聞いた。

「あなた、ウチの会社で営業している娘よね。たしか山吹さん」

「はい。あの遅刻しますよ」

「大丈夫よ。それより」私は股間を触った。

「ひゃん」

「やっぱり、ついてる。あなた、シーメールなの?」

「ち、違います」

「あれ?」

 タマを触ろうとしたら、何か触ったことがある感覚がある。

「あ、あう、あ、やめ」

「あなた、フタナリ⁉」

「ひっ、言わないでください」

「本当にいるなんて思わなかった」

「どうしても、その、取っちゃうの怖くて」

「勿体無いわ」

「あの……。気持ち悪くないんですか」

「なんで」

「だって。これで私いつも」

「大丈夫、私、エロゲやってるから」

「え……」

「山吹さん、仕事いつ終わるの」

 半ば強引にアドレスと電話番号を交換した。



 そして強引にラブホでセックスした。

 山吹さんは、ぐったりしている。

「凄かった。これが男の感覚なのね」

「私、男よりも女として生きたいんです……」

「私じゃ駄目なの」

「たしかに、その、気持ちよかったです……けど、やっぱり」

「じゃあ、適当に男呼ぼっか」

「ダメダメダメ。それだけは止めてください。私、昔、田舎で男の子に乱暴されてそれで、それで」

「ああ、ごめん。泣かないで。冗談だからさ」



 それから私たちは本格的に付き合うようになった。

 が一ヶ月も経たない頃に、急に美代子から別れ話を持ちかけられた。

「どうして?」

「留美さんのエッチに付いていけません。これ以上は私、耐えられません」

「ちょっと。あなた、じゃあ、誰かアテはあるってこと?」

「……今ありません。でも、普通に付き合いたいんです」

「あ、ちょっと。美代子!」

 逃げてった。

 電話も拒否られた。

 あんな娘、二度といないのに。

 私は、風俗街をフラフラと歩き始めた。

 若い男の子を見つけた。

「あんた、こんなところに来てもいいのかしら」

「あ、あの」

「私がただで相手してあげよっか」

「え」

 ラブホに連れ込んだけど、全然勃たない。

 そのまま帰した。

 童貞ってやっぱ使えないわ。



「美代子……あんたの身体が欲しいよー」

 ロッカーで聞こえないようにつぶやきながら着替えていると、向こうの列から会話が聞こえてきた。

 いつもの私や部長への愚痴かと思ったら。

「へぇ。営業の山吹さん、結婚するんだね」

「綺麗ね。いいな、ウェディングドレス」

「ちょっと良いかしら?」私はその話をしつこく聴き出した。



 男に山吹を取られた。

 悔しくて仕方がない。

 結婚に踏み切ったくらいだ、美代子の身体のことは承知してのことだろう。

 殺してやりたい衝動を抑え、私はあることを思いついた。



 相手の男性を呼びつけた。

「何のようでしょうか。こんな人気のない場所で」

「美代子の身体のこと、知ってんのよね」

「どうしてそのことを。……あなたが、前に付き合っていた恋人ですか」

「美代子のこと、本気なのよね」

「もちろんです」

「アレ、取れなんて言ってないでしょうね」

「全部受け入れるつもりですよ」

「だったら、私も混ぜてよ」

「は?」

「あなた達の仲は認めるから、エッチのときは私も混ぜてって言ってんの。それに美代子のチ◯コ遊ばせておく気? いやでしょ」

「それは……」



 結婚式。

 私は呼ばれていないけれど、顔を出した。

「久しぶり、美代子」

「留美さん。これを見てください」

 ウェディング姿の美代子が立ち上がった。ハイレグの大胆なデザインだったが、そこにあるはずのモッコリがなくなっていた。

「あんた、まさか。切ったの⁉」

「もう、嫌なんです。快楽よりも女として生きていきたいんです」

「あんたって人は!」

 私はハンドバッグで殴った。

 何度も殴った。

 けどお腹に力が入らなくなった。

「あれ……。ナイフ……。美代子あんた」

 ウェディングが血に染まった。

「心配しないで。ドレスは別のを用意してます。これは決別のために用意しました」

「こんなことをしたら……どうなるか」

「ミクさんってご存知ですよね」

「ミク、ってあの夢の……」

「私、《巻き戻った》んです。前はあなたにここで殺されました」

「復讐……そんな私はただ」

「もう私から消えてください」

「殺人犯になるのよ……ぐ……それでも」

「ああ、それなら私が面倒見るから」別の声が歩いてきて、美代子の隣に立った。

「私はうつつ鏡華。実は、この子のアレ取ったんじゃなくて《反転》させただけなのよね」

「……」



 ――鏡華さん、駄目じゃないですか。美代子さんの不幸を邪魔してはいけませんね。

「まあ、いずれ堕ちることになるでしょうけど」うふふふ「それではまた、逢える刻を」

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