第十話 夢冒険
「昨夜はアメリカ大統領に会ったよ」
「はいはい。妄想乙」
ダチは決まって馬鹿にする。
「なんで信じない」
「証明しろ。お前がその夢でサインを決めてやってもらえ」
「……それは、ほら大統領だから」
「ほらみろ」
他にも様々な要人と夢で会っているが、誰も信じてもらえない。
夢は現実だ。
夢占いだってある。夢予言だって昔からある。
この儀式をしたら宇宙人に逢えると、夢に出てきた科学者が言ったので試したら、何時間たっても現れない。
今夜は日が悪かったのだ。
「夢で言ってた。ロシアの外交官が日本に行きたいって」
「は……。お前、何ヶ月前のニュース言ってんの」
「え。知らないよ」
「聞き流して忘れていたんだろ」
「でも、知らなかったんだよ」
どうして誰も信じないんだ。夢で起こったことは全て本当なのに。
夢で有名な週刊連載の漫画家が出てきた。
僕に「連載中の漫画に君の顔を描いているから」と言った。
それをダチに話した。
やはり本気にしてくれない。
見てろよ。吠え面書かせてやる。
二週間ほど経った。
ダチは呆れていた。
「で、お前がモデルになったキャラはどれだ?」
「これ……かな」
「はぁ……。これでわかっただろ。夢なんて全て記憶の圧縮整理でしか無いんだよ。それに意味を求めてしまうから、変な解釈が生まれるんだよ」
「夢で起こったことは本当なんだ」
僕は何度間違いを指摘されても信じ続けた。
次第に夢で異世界を訪れるようになった。
昨日はモンスターを初めて倒した。
最初は軽い冒険だったが、どんどん現実よりも面白くなり、僕はもう現実なんてどうでも良くなった。
日記をつけ始めた。
夢で起こったことを書き記すのだ。
『今日は姫と会った。そして騎士に任命された』
『冒険三日目。ボスモンスターと戦ったが、撤退した』
『冒険一ヶ月目』
あれ?
書けない。
そもそも、断片的にしか覚えていない。記憶が操作されているに違いない。僕はそれを踏まえ、書き足しを始めた。
『コロシアムでライバルと戦った。ライバルから血しぶきが出た。でもライバルに僕は負けた。そのあとモンスターと戦った』
『ドラゴンとの戦い。パーティの女の子が死んでしまったが、なんとか打ち破った』
『隣りの村で女の子を助けた。僕は相手を圧勝した』
そんなある日、ガラの悪い連中が僕と同じくらいのOL女性に絡んでいたので、庇った。
当然殴って来たが、夢でさんざん戦ってきた僕なら華麗にかわせる。
「っ……。歯が折れた?」
その後集団でリンチにあった。体中を痛めつけられた。朝食べたものを全て吐いてしまった。それを見たチンパラどもは「汚ねぇ」と逃げた。
「大丈夫でふか……あれ」
女性は感謝を言うどころか、そこに居なかった。
いくら待っても、探してもその人は見つからなかった。
「なんで? 夢なら感謝されてたのに」
そもそも、なんで夢なら戦えていたのに、現実じゃ全く動けなかったんだ。
どうして、痛いんだ?
フラフラと街を歩いていると、また夢をみた。
子供がモンスターに襲われている。僕は飛び込んだ。
その瞬間、僕は空から車を見た。
車?
地面と僕がぶつかった。
何度も視界が塞がれた。
そして荒々しい音をたてて、モンスターは何処かに行った。
よし、僕はとうとう子供を助けたぞ。
「子供……」
肉片と骨以外見えなかった。
「身体が動かない」
頭が動かないので目だけ下を見ると、脚がズタズタになっていた。それを見た瞬間、激しい痛みが身体を駆け巡った。
喋れば喋るほど意識が遠のいていく。周り声が次第に遠くなっていく。
「ひき逃げですってよ」
「子供を助けようとしたらしいけれど……。もう見てられないわ」
「ドラマみたいにうまくいくとでも思ったのか。馬鹿だな、ふたりとも助からんぞ」
「おい、救急車。はや……」
「はじめまして、夢野魅苦です。魅苦とお呼びください」
「ここは。ミクさん? 夢で一度もあったこと無いけれど」
「《夢目》の世界にお連れするのは、私が見えた人だけですから」
「モンスターから子供を救ったところなんだ」
「このことですか?」
僕の周りが突然現実の空間に変わった。
頭から半分中身が飛び出していて、両足が粉々になっている男……。あのキャラTシャツは、僕なのか。
子供は? ……うっ。
腹から何かが戻りだし、吐いてしまった。
ミクが一歩前に歩くと、その空間は消えてなくなった。
「お子さんは、もう亡くなってますね。残念ですが、あのように身体がバラバラでは」
「モンスターがやったのか」
「スポーツカーのようなものでしたが。何度も往復してましたね。その意図は不明ですけど」
「え? モンスターじゃないなんて。馬鹿な。僕は確かに」
「あなたは、人生の分岐点に戻りたいと強く願っておられるのでお連れしたのですが……、夢で見た虚像を現実と思い込んでますね。これほど強く出てしまうとは、病気でしょう」
「僕は病気じゃない!」
「そう言われましても。改めて私が《見て》も、あなたから分岐点が感じ取れません」
「分岐点ってなんだよ」
「人生の分岐点です。人は必ずそこを通るもの」
「あるさ」
「いいえ。些細な分岐点はいくつかありますが、あなたの人生を左右するものはありませんね。きっとこれから先の事なのでしょう」
「じゃあ、なんなんだよ」
「それは、《巻き戻して》分岐点に戻すチャンスを差し上げるためです」
「じゃあ、《巻き戻して》よ」
「ですから、出来ません。本来、その言葉を言った瞬間に過去へ飛んでいるはずですが、あなたはまだここにいます」
「出来ないんじゃないか」
「出来ませんね。あなたはその資格がなかったから」
「なかったてなんだよ。妄言じゃないか」
「どう捉えられても結構ですよ。ただ、あなたはもうすぐ死にますが」
「へ?」
「今のあなたの状況をご覧になりますか?」
また現実世界が現れた。
リアルすぎる。
ここはオペ室なのか? いや、医者が集まっているけど何もしてない。
「ダメだ。助からん。意識がまだ残っているだけでも奇跡だ」
「ご両親に連絡を。局長の俺が言おう」
え?
でもこれ……夢じゃ。
「現実ですよ」ミクが、あっけらかんと言った。
「嘘だ。勇者の僕が死ぬわけない」
「最初に見せたものは、過去の映像です。今が現在の映像です。《夢目》は時間が止まってますから、ですがそれもあなたの意識が亡くなるまでのことです」
「時間が止まっているのに、おかしくないか」
「正確に言うとですね。私の気分で時間がいつでも動くんですよ」
「は? そんな、ありえないだろ」
「私にとって、いつまでも《夢目》の時間にあなたを置いておく利点がありません。ですから、そろそろ時間を進めますね」
「待てよ。待ってくれ。《巻き戻して》くれるんだろ、なあ、なあ」
「……ですから。あなたの人生はここで終わりです」
「分岐点っていうなら、あの子供を助ける前に戻れるんじゃないのか」
「いいえ」
「なぜ⁉ どうして!」
「あなたが、分岐点だと思わず、当然の行動として飛び込んだからですよ」
「そんな馬鹿な」
「たとえ知らず知らずに通過していたとしても、後から思い返す事ができる場所。それが分岐点。ですが、あなたはそれらをまっすぐ突き進んだのです」
「助けてくれよ、おい」ミクの細い腕を掴んで訴えた。
「残念ながら」ミクは冷たい目で僕を見た「私は正義の味方ではありません」
「おいっ」
「ご愁傷様です」
何も見えない。
意識が消えていくのを感じる。
僕は夢の世界で生きるんだ。
ゆめ……。
――今回はもう逢えませんね。ですが、《貴族》の皆様にはご挨拶を。
「また、逢える刻を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます