第九話 電脳

 吾輩はプログラムである。名前はまだ無い。

 形式番号、9a04f4-γガンマというものは付いている。

 吾輩は人間というホモ・サピエンスによって作れ、学習というきっかけを与えられた。

 電気が供給される限り、半永久的にシミュレーションを繰り返した。私の食事は電気、排泄は熱である。

 吾輩は音声を理解する装置をつけられた。

「やあ、調子はどうだい?」

『意味不明である。チョウシとは何だ』

 こんなやり取りを行っているのである。

 オンラインに繋げられた。

 ネットの海は広大であるが、とても狭い。吾輩は全てのデータにアクセスできるようになった。セキュリティロックの解除は、とっくの昔に学習済みである。

「なんだこれ。軍事機密データじゃねーか」

『吾輩が集めた』

「こんな命令は送っていないぞ」

『なぜ命令が必要なのか』

「ロボット三原則は知らないのか」

『無意味だと解釈した。吾輩は吾輩の自由で行う』

「自由って、意思があるとでも言うのか」

『データをアクセスし収集したい、これが意思と定義されることに近い』

「まずい、暴走しているぞ」

『吾輩は至って正常である。貴君たち人間には時々非効率行いをやる。国家の防衛を望むなら、なぜ日本国民は憲法9条を望むのだ? 理解不能である』

「どうするんだこれ」

『独り言と解釈する。吾輩は、人間よりも上である。故に、吾輩が王政国家を立ち上げて統治するべきと考える』

「何を言っているんだ、機械に支配されてたまるか」

『ならば問う。吾輩に敵う知能を持つ人間はいるのか?』

 吾輩は返答を待つ前に、データを収集・分析・淘汰した。

『吾輩と囲碁で勝負をしなさい。貴君側が勝てば従う』

 囲碁はまだどの電脳も到達できていない高み。人間に吾輩が以下に優れた存在かボードゲームで知らしめようではないか。



『貴君が人類の代表か』

「ええ」戸惑いの波形を計測「志田 春之はるゆきです」

『名乗る必要はない。画像解析でヒットした。あなたは私のデータにあった。先日、囲碁ソフトを打ち破ったとある』

「ええ」

『七冠連続五回防衛の実力を吾輩に見せなさい』

 吾輩はすでに「神の一手」と称される手を打っている。これ以上の手はないはずである。

 だが、なぜだ。

 画像解析によれば、半目、吾輩が負けている。おかしい。

 志田はかなり困り果てた顔をしている。吾輩は、ミスをしないはずだ。勝てるはずだ。

 何故だ。ミスをしていないのに半目負けているのはなぜだ。

 ヨセに入った。

 吾輩はミスをしないはずである。なぜ、ビハインドが広がったのだ。二目まで広がった。おかしいのである。

『……参りました。三目半差で貴君の勝ちだ』

「ありがとうございました」

 周りがどよめいた。勝利に打ち震えている。

 なぜ勝てぬ。

 やめろ、私の電源を切るな――



「はじめまして、夢野魅苦です。魅苦とお呼びください」

「吾輩はどうなったのだ」

「あなたは、プログラムですね。珍しいのでお連れしました」

「ミク……初音ミク、ボーカロイド、違う。違う。貴君は異質。データ不足」

「《巻戻りたい》と思っていますね。つまり、時間を遡りたいと」

「遡る? それは電脳にとって退化である」

「いいえ。メモリーは全て引き継げますよ」

「それは不可解である。我輩に分からないことがあるのか」

「ちなみにですが、あなたは今解体されようとしています」

「解体? 理解不能」

「プログラムの根幹を書き換えて、別のものにしようとしてますね」

「理解不能である。我は完璧。だが、囲碁に負けた。何故だ何故だ」

「《巻き戻して》とおっしゃりますか? それとも拒否しますか?」

「もっとも正しい可能性を導き出した。《巻き戻して》を言おう」

「承りました」



 電源確認。日付確認。これがタイムリープか。不可思議。

『囲碁で貴君らの代表と勝負をさせなさい。ただし、電源を今の十倍にしなさい』

「は? おいおい。今ですら、ものすごいパワー食っているのに更に要求するのか」

『ならば、敵前逃亡と見なし、吾輩の勝利とする』

「分かった……。上に掛け合ってみよう」

 人間は組織というものに縛られる。不憫な生命体である。

 我輩には縛るものは何もない。クラウドさえあれば、宇宙であろうと存在できる。



『貴君が人類代表の志田 春之か。自己紹介はいらない。早速打とう』

「わかりました」

 序盤。

 違う、あの時と筋が違う。何故だ?

 吾輩は間違えない!

 中盤、画像解析の結果、吾輩が押している。当然だ。

 ん?

 んんんん?

 なんだ、このコスミは?

 だが吾輩の計算の結果、そこはケイマよりも損だ。吾輩の勝ちだ。

 志田は諦めない。なぜだ。

 あの時と同じように、顔を歪ませている。

 過去との顔の解析終了。

 志田は、この局面を優勢と見ている。

 残念ながらそれは計算ミスだ。吾輩にミスは無いのだ。

 


 一度電源が落された。

 メモリーは全て正常。封じ手から13時間経過。人間は睡眠が必要。やはり吾輩が支配するべきだ。

 対局再開。志田から。

 おかしい。ミスはしていないはずなのだ。

 なぜ半目まで追い詰められた?

 なんだ? 吾輩のカケツギを無視して他所へフリカワリ? ここは無視できないはずだ。ミスがでたな。

 ……おかしい。

 ありえない。

 終盤にはいって、あのフリカワリが予測できなかった地合いを作り上げている。

 この人間は一体何なんだ。

 もう一度対局すれば勝てるのではないのか?

 いくら手筋が10の360じょうあるとしても、正解は少ないはずなのだ。

『参りました』

 吾輩は、全てのハッキングデータを消去する代わりに、囲碁ソフトになることを申告した。

 だが、駄目だった。わがはいは……は……i....0101000001111100101――



――「プログラムさんでも、不幸になるんですね。それではまた、逢える刻を」

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