第五話 異世界パンデミック(前編)

 今回のミッションは僕達にとって、少々骨が折れた。

「ぐおぉぉぉ」大型の武装オークは絶叫した。

 けれど三人で力を合わせれば、どんなモンスターでも打ち破れる。

「キジ、ナイス」リゼルがねぎらってくれた。

「皆の支援があればこそだ」僕はルミルミに向かって手を上げた。

「まあね」ルミルミは、その手にハイタッチした。

 みんなでギルドに戻り、討伐の証を見せた。

 受付嬢が報酬を渡す。

「おつかれ……ゴホゴホ……様です」

「風邪ですか?」僕が聴くと、もう一度咳き込んだ後に答えた。

「最近流行っているらしくて」



 それは猛威を振るい、あっという間に三十名の死者をだした。

 激しい頭痛、嘔吐、発疹、倦怠感、そして見たこともない症状は身体の一部あるいは全身が、あり得ない状態になる。

 あり得ない状態とは、思い浮かべるのも吐気がするものばかりだ。腕があり得ない方向に突然曲がり始める、首が一八〇度曲がる、胴体が半分移動する(当然、そこから大量出血して死亡する)、人が突然モンスターになる、顔のパーツが全て落ちるなどだ。

「これって、呪い? 他からの攻撃とか」ルミルミが言った。

「いや。呪術に詳しい情報筋によると、こんな呪い存在しないそうだ。あったらチートだとさ」

「なあ、もしかしてこれさ」リゼルが手を上げた。

「なんだリゼル、言ってみろよ」

「ウイルスなんじゃ」

「いやいや。インフルエンザじゃないだろ、エボラとでもいうのか」

「ちがう。そうじゃなくて、コンピューターウイルスの一種なんじゃないか」

「は⁉ ここはいくら異世界だからって、よくあるVRMMOじゃないんだぞ。プログラムで支配されているわけじゃ」

「異世界だからこそさ。そのウィルスが変異してみんなに感染している可能性はないか」

「どうしてそう思うんだ」

「あの身体の変化だよ。まるで、バグだ」

「ああ、出来の悪いMMOとかやってるとよくあるけど、それが実際の人間に起こるのかよ」

「でも、当てはまるだろ。その可能性は否定しちゃ駄目だと思うんだ」

 支援魔法使いのリゼルの知力はかなり高い。それを無視できなかった。

「でも、そうだとしたら。なおさら手の打ちようがないぞ」

 リゼルの予想は不幸にも的中した。

 病人の身体が突然触手モンスターになったり、眠っている病人の顔が突然ピカソの絵みたいに壊れるなど。この一帯の感染者すべてがこうなっては、バグあるいはコンピューターウイルスの可能性は否定できない。そしてバグの可能性を排除した。それなら元々この世界で起こっている不治の病として知られているはずだ。



 そして、とうとう、僕達も感染した。

 コンピューターウイルスなら異世界から来た人間なら大丈夫だと思っていたが、身体はすっかりこの世界の法則に支配されていたのだ。

 でなければ、魔法が使えたり、超人的な力が使えるわけがない。

 先に死んだのはリゼルだった。突然身体が真っ二つになり、大量出血して死亡した。ヒーラーの魔法なんて全く効かなかった。

 まさに慚愧に堪えないを覚えた。

 次は、彼の恋人関係だったミルミルだ。

 リゼルの死に絶望した彼女の身体は、ボスモンスターになってしまった。その後、皮膚がボコボコと泡のように膨れ上がり、まるで癌細胞が増殖するように不規則に膨張して破裂した。

 そんな彼女たちの死を目の当たりにした僕にも、とうとう症状が出た。

 腕が突然折れ、肋骨が肺に食い込み始めた。

「ぎゃああああ。く、首が勝手に曲がる……これ以上は曲がらな」

 あまりの痛さに気絶した。



「はじめまして、夢野魅苦と申します。魅苦とお呼びください」

「なんだ、この世界は。俺の身体は確か」なんともない?

「ここは《夢目》の世界、あなたの身体はあのまま時間が止まっています。気絶したのが幸いして、ここにお越しいただけました」

「夢? 幻想魔法?」

「どのように捉えていただいても、あなたのご自由ですよ」

「僕は目が覚めると、死ぬのか?」

「そのままでは、そうですね。うふふ」

「笑い事じゃない! それにこのままじゃあの一帯は全滅だ」

 ミクと名乗った娘は、長く艶やかな黒髪をくと、腰の高い椅子に座った。短すぎるスカートから、ピンク色のパンツが丸見えだ。

 僕にも椅子を勧められたが、両手を振り下ろして拒否した。

「悠長に座っている場合じゃないんだ。どうにかしなきゃ」

「どうやってですか」

「それは……」

 目が覚めれば、待つのは即死。蘇生されてもまた同じ目に遭うか、別の死が待っているだけだ。

「実は良い方法をご提案しようと思って、お招きした次第です」

「なんだ、ミクさん」

「それは、《巻き戻る》ことです。あなたの人生の分岐点に」

「時間の事を言っているのか」

「はい」

「そんなこと、可能なのか」

「はい。《巻き戻して》とおっしゃりますか? それだけであなたはそこに戻れます。拒否をすれば、このまま目が覚めるだけです」

「本当だとして、記憶はどうなるんだ」

「ご心配なく。すべて残りますよ」

 彼女は、巨乳を見せびらかすような上目遣いで言った。まるで自分の好みを見透かされている気分だ。

 とはいえ、他に選択肢はないし、これがただの夢ならそのまま死ぬだけだ。

「分かった。一か八かだ。《巻き戻して》を選ぶ」

「承りました」



 通り道?

 ガラス越し?

 テーブルにコーヒー……リクルートスーツ……。

「戻れたのか。本当に戻れたのか」

 僕は就活連敗中に異世界転移したのを思い出した。

 すぐにスダバを出て、自宅に戻った。たしかPCの隣りにおいてあったはず。

「あった、セキュリティソフト。でも、異世界でこれをどうやって人に入れれば良いんだ?」

 ノートPCが役に立つかどうかわからないが、これを持っていき家を出た。

 ただ、問題がある。

 転移のきっかけが、これからやってくる信号無視の自動車との衝突なのだ。

 このまま転移しなければ自分だけは助かる。

「駄目だ! 俺はヒーローになりたくて転移したようなもんだ。この世界はクソゲーだ!」

 俺は青になった横断歩道を渡った。

 そして、例の車が突っ込んできた……。

 ノートPCとセキュリティソフトだけは絶対に離さなかった。



 気がつくと異世界に転移されていた。

 心臓に悪すぎるが、あの時の変異に比べたらマシだ。

 ノートPCは、魔法の本になっており、セキュリティソフトのディスクはただのお金10ゴールドになっていた。

「この本を使えってことか。でも俺にはこれは使えない……せめてリゼルがいなければ」

 例のウイルスが蔓延するまで、一ヶ月もない。

 二人に出会うまで時間がある。鍛錬をして時を待つしか無い。

 ようやくリゼルとミルミルに出会い、これから起こるであろうことを話した。

「は⁉ コンピューターウイルスが人間を襲う? そんな馬鹿な話が」一番先に気がついたはずのリゼルが全く本気にしてくれない。

「そうよ。いくら異世界でも」ミルミルも同じだった。

 僕はとにかく、こいつを使えるようになってくれとリゼルにお願いした。彼にしか出来ない仕事だ。

 支援魔法が得意なリゼルはすぐに使い方を覚えた。だが問題があった。

「これ、ページの枚数分消費するようだな。マナの容量じゃない、もともとこのアイテムにある分だけだ」

「充電できないのか。そのライトニングとかで」

「このアイテムがぶっ壊れるだけだぞ」

「何人分つかえそうなの」ミルミルも聞いてきた。

「んん、せいぜい俺たちの分だけかな。ものすごい消費量だ。さっきの試し打ちでもうこんなに減った」

 魔法の本のページが、どうやらバッテリーの残量を表しているらしい。マナでどうにかなると思っていたが甘かった。

 うがい手洗いをしつつ、ギルドにこのことを注意喚起してくれるように頼んだ。

 出来る手はすべて打ったが、相手がコンピューターウイルスではどうしようもないだろうと僕は思った。この世界の法則を破壊するものなのだから。



 数日後、いつものギルドにやってくると、受付嬢を含めみんな咳き込んでいた。

 とうとうやってきたのだ。

 見えないところに隠れて、リゼルに本を開いてもらった。

「リゼル、やってくれ」

「いいのかよ。俺達だけしか助からないとか。そもそも助かるのかも分からねぇぞ」

「やるしかない」

「分かった。《セキュリティア》!」

 リゼルが名付けた魔法が全員に掛かった。

 魔法の本のページは、後数ページを残した。

「やったのか?」僕が聞くとリゼルは肩をすくめた。

「分からない」

「不安」ミルミルの思いも同じだった。

 周りはどんどん倒れていき、変死を遂げていく。でも俺達には何もない。本当に効いたようだ。

「ねぇ、誰か助けてあげよう。これじゃ、みんなが」ミルミルの訴えは僕にも痛いほど分かった。

「でも、もう一回分あるかないかなんだ」

「この中から誰かを選べなんて、無理……」リゼルが何か言いかけたそのとき、魔法の杖を構えた。

 僕も殺気に気が付き、剣と盾を構える。ミルミルもすでに臨戦態勢で、双剣を取っていた。

「誰だ! 出てこい」

「ちっ、不意打ちは無理だったか」

 こいつら、山賊だ。賞金首の連中がずらりと並んでいる。

「何のようだ。窃盗なら、もっと楽な標的があるだろ」僕はとんでもないことを言ったと口をつぐんだ。

「それがよう、もう盗り尽くしちまってな。あとは、その本だけだ」

「何のことだ」

「分かってんだよ、そいつが病気を直せる唯一のアイテムだってことをな」

 奴らが更に倍に増えた。

 その下劣な視線は本とミルミルに向けられていた。

「なんでおまえら、無事なんだよ。感染してないなら要らないだろ」

 リゼルの質問に山賊が笑って答えた。

「ああ、向こうの山で狩ってたからな。だが、帰ってみればこんなことになっているなんてよ。もうすでに仲間の何人かは死んじまった。それを渡せ」

「くそ」

 山賊の数は三〇名以上はいる。数の上では圧倒的に不利だ。

 僕は五人以上の男たちに囲まれ、リンチにあった。

 その向こう側で、ミルミルが身ぐるみを剥がされ乱暴されていた。

「よせ!」そういったのはリゼルだ。彼女があんな目にあったんだ、男なら叫ばずにはいられない。

 だが、リゼルの詠唱は許されず、ミルミルは男どもの性のはけ口にされた。

「……」ミルミルはもう目が死んでいた。

 そして、僕の胸は槍に貫かれた。

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