第三話 写真

 ひぐらしの鳴く頃も私は、写真を人に見せた。

「古い写真やね」

「その女の人に似ている人、知りませんか。お孫さんとか」

「ごめんなさい。分からないわ」

「ありがとうございました」

 木枯らしが荒ぶときも、しんしんと降り積もる雪の日も、うぐいすが求愛の音を吹く時も、梅雨で荒れる日も、私は写真を見せた。

 南から北へ、各県を渡り歩いた。

 お父さんの最期の願いを叶えるために。

「わたしは、この人を探していた。だが、叶わなかった。この通りの体だ、もう動けない。八智やち、頼みを聞いてくれないか」

 生前ずっと言っていた。お父さんのお父さん、祖父がこの写真の人に助けられた。その恩を返したい。せめて礼だけでも伝えたいと。

 その人がいなければ、私も生まれていない。そう思い、引き受けた。

 だけど、父のノート以外をすべて回っても、知っている人を見つけられなかった。

 どうして父は挫けなかったんだろう。母は病弱だったのに倒れるまで支えていたのだろう。

 そう思う時が、最近頻繁に過るようになった。

 五年だ。気がつけば私は三十を越え、婚期を逃していた。

 残してくれた財産も底を付きかけていた。

 また今日も、安宿で静かに床についた。

「引き受けなければ良かったかも……」



「はじめまして、夢野魅苦と申します。魅苦と呼んでください」

「あなた、どこかで会っているような?」

「いいえ。お会いするのは初めてですよ」

「ミクさん、この写真の人、知らない? て、あれ。ない。写真がない」

「ここは《夢目》の世界です。持ち込みは難しいかと」

「だったら、私の覚えている限りのものを出してみせるわ」

 大きな目、小さな顔、口角の綺麗な唇、私はありとあらゆるイメージを浮かべた。

 すると、額縁が現れ、写真が浮かび上がった。

「まあ、凄い。自力でこんなことが出来たのは、あなたが初めてですよ」

「この人よ、知らない?」

 私は額縁を裏返して、ミクにみせた。

 すると、ミクの瞳孔が大きく開いたのが見えた。

 畳み掛けた。

「知っているのね! やっと会えた」

「どこで、この写真を」

「わたしの祖父から受け継いだ写真よ。命の恩人だって」

「命? あなたには、祖父の記憶はないようですね。残念です」

「ねえ、教えて。お孫さんでもいい、お子さんでもいい、場所を知りたいの」

「目の前にいます」

「え⁉」

「私が写真の娘です」

「そんな、だって、これ、もう七十年も前の写真よ。その娘さんがこんなに若いわけが」

「詳しいことは話せませんが、たしかに私の母親です」

「たしかにそっくりだけど……。あなた、一体何者なの」

「私は夢野魅苦です。人生の分岐点まで時間を《巻き戻す》女」

「分岐点……。父が私にこれを託した日」

「あなたは《夢目》の世界に訪れました。ですから、分岐点まで《巻き戻して》とおっしゃりますか? もしそうすればあなたは記憶を引き継いだままその日に戻れます。しかし、拒否をすればここでの出来事は全て忘れます」

「忘れるって、そんな、せっかく会えたのに」

「では、《巻き戻して》とおっしゃりますか?」

「いいえ。私は、あなたに会えた。この時間は無駄じゃなかった。やっとお父さんの約束を果たせた。今が一番幸せよ。それに父の最期の日に戻って報告なんて、何か違う気がするから」

「……。そうですか」

「祖父を助けていただいて、本当にありがとうございました。こうして命が繋がれて私は生きています」

 私は深々と頭を下げた。めいいっぱいの感謝を娘のミクに捧げた。

「……。でも、よろしいのですか。記憶を失えば、また私を探す旅に出るのですよ。私はここ以外では存在できません」

「また、会えないの?」

「残念ですが、あなたには《貴族》の素養はありません。二度と会うことはないかもしれません」

「会えるのね?」

「あなたがまた、人生の分岐点に立てば、きっと」

「それを聞いて、安心したよ」

「《夢目》から覚めれば、永遠の呪縛が始まるかもしれませんよ?」

「いいわ。きっと私、また子供に託すから。その時にまたよろしくね」

「また、逢える刻を」



 目が覚めた。

 いつものように癖っ毛を直して、朝食を取った。

 チェックアウト後、電車に乗った。

「一度自宅に帰ろう。少し整理して、また探す旅に出かけよう」

 何の確証もないまま、私は写真を取り出した。

「あれ? なんで」

 涙が写真に溢れ始めた。

「写真が汚れる。やだ、なんでなんで泣いてるの」

 不思議と、この涙は苦しみや哀しみの涙ではなく、晴れやかな涙だった。

 私にはその意味はわからないけれど、これからも写真の血筋の人を探そうという、強い決意をした。



――まったくもう。

 あの家系は、皆さん同じことを私に言うのですね。

「まあ、悪い気はしませんけれど。うふふ」

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