第二話 シャー芯
『ケンジ:シャー芯貸して』
隣りを見ると、片目瞑って片手立てて拝むような仕草をしている健二が見えた。
分かったと手を出す。
空のシャー芯入れが渡されたので、適当に分け入れて返した。
『ケンジ:いつも悪いな』
『>シャー芯くらい買えよ』
『ケンジ:いいじゃないか。ケチくさい』
『>じゃあ、返せよ』
『ケンジ:だが断る』
『>言うと思った。ほら、真田振り返るぞ』
「おまえら、隠れてリモやってんじゃないだろうな? まったく、昔は携帯を取り上げたものだが」
昔は携帯の代わりに紙丸めて投げてやり取りしてたんだろ、と突っ込みたかったがやめた。
『ミーユ:ケンジくん、シャー芯貸してくれなかった』
『サユリ:やだー』
後から聞いたが、これが発端らしい。
個人チャット機能(通称影リモ)が回りだし、僕のところにも「グループのお誘い」が来た。「イジメのお誘い」の間違いだろ。むろん、選択肢はない。拒否をすればこちらも酷い目に合う。
健二に、このことを直接言った。
「やっぱりか」缶コーヒーを一気飲みした。
「熱くないか、おい」
「熱いわっ」
「だろうな」
「なあ、雅人。俺、どうすりゃいいんだ」
「分からん。僕に出来ることは、スパイとしてお前にリモを見せることくらいだ」
「雅人、それやらんでいいわ」
「なんで」
「お前まで標的にされるぞ」
「分かった。もう見せん」
「相変わらず、あっさりしてんな」
「クールだと言ってくれ」
「この寒いのに」
「寒くてもな」
今のところ、軽い無視くらいしか司令が出回っていない。この先過激になっていくのは目に見えている。たかがシャー芯貸さなかったくらいで、ここまで陰険になれるとは、人間は怖い。
健二は、イジメの発端になった女子に謝ろうとした。
「里中、悪かったよ。謝るから、もう許してくれよ」
「なによ、今更。もう遅いよ。じゃあね」
「おい……」
隣りで見ていた僕は、ただ事ではないと感じた。自殺に追い込まれるなんて十分にありえる。健二はそんなタマじゃないが、タフでもない。
「はじめまして。夢野魅苦と申します、魅苦と呼んでください」
「うわっ、顔近っ」
「失礼しました。上の空でしたので」
「君……ミクさんだっけ。同じ学校?」
「いいえ。十七ですが、学校には通っておりません」
「ここどこ。僕、寝てたんじゃ」
「《夢目》の世界です。眠らなければお越しいただけません」
「夢か。周りに靄がかかっていると思ったら」
「上の空の理由は、友達の件でしょうか」
「なんでそれが分かるんだよ」
「なんとなくです」
「なんだ、そりゃ」
大きな胸に、太ももの付け根付近しか伸びてないミニスカート。露出癖でもあるのか? ニットの服がシルエットをくっきりさせている。正直、巨乳好きにとってはたまらん。可愛いし。でも、声が高くもなく低くもなく、なんというか冷たさを感じる。
「見たいんですか、スカート」ミクがまた顔を近づけた。
「いや、いい」
「あっさりですね。見せろと言われたら断りませんよ」
「遠慮する。見せたがりは好みじゃない」
「そうでしたか」
「友達の件、と言ったよな」
「はい。なんとかして差し上げられるかと思いまして」
「どうやって」
「《巻き戻す》ことによってです」
「何を?」
「時間です」
「やっぱり夢だな。そんなこと出来るならとっくの昔にやってる」
「それなら、《巻き戻して》とおっしゃりますか? その一言だけであなたは戻れます。もちろん、拒否も可能です」
「どうせ夢だし。《巻き戻して》見せてよ」
「承りました」
『ケンジ:シャー芯貸して』
LIMOから飛んできた。
って、あれ?
ここ、僕の部屋じゃなくて教室じゃないか。
本当に《巻き戻った》のか。
『>健二、今は貸すけど、後で一緒に購買に来い』
『ケンジ:なんで」
『>シャー芯を買い溜めしとくんだよ』
『ケンジ:おまえの買い物になんで付き合わなきゃ』
『>ちげーよ、お前のシャー芯だよ』
『ケンジ:だが断る』
『>いいや、連れて行くね。我慢の限界だね』
真田に見つかって怒鳴られた。
それはともかく、購買でシャー芯を五セットほど買わせた。
「こんなに要らねぇよ」
「いいから。三本くらい、机の中に入れとけ。忘れるだろ」
「分かったよ」
「あと、誰かから『貸して』と頼まれたら渡せよ」
「俺がそんなケチに見えるのか。悲しいね」
「ああ、見える」
「って、おいこら」
里中には無事にシャー芯を貸してあげたようだ。
これで健二に対するイジメがなくなればいいんだが。
ピピピ……。
「おっと、マナーモードにしてなかった。……おいこれ、影リモじゃねーか」
「なんだ、どうした」健二がスマホを覗き見した。
「なになに『里中を懲らしめるグループ』てなんで。健二、知ってるか」
「わからね。女子たちの喧嘩じゃねーの」
「じゃあなんで男子の僕に来るんだよ」
僕達は、偶然通り過ぎた里中を呼び止めた。
影リモについて話すと、本人はびっくりしていた。
「なんで。私何も悪い事してない」
「何か貸さなかったとかないのか」
「無いよ」
影リモの内容が悪質になってきた。
『マーヤ:ケンジとマサトとミーユが3Pしてるって』
『ケンジ:そんなわけ、ねーだろ!』
健二のバカ……。
案の定、大炎上した。反論したことによってだ。もちろん、そんな事実はない。なにより僕は童貞だ……。
クラスで三人で会うのは不味い。またリモも不味い。
特定の人間しか入れないようにパス付きのSNSを導入し、三人でやり取りをすることになった。
『ミーユ:わたし、どうしたらいいのよ』
『>放っておくしか無いだろ。ケンジが反応するから』
『ケンジ:ついかぁと、なっちまって……』
『>里中、親友とかいないのか』
『ミーユ:無理。みんな噂信じてる』
結局、何も打開策が浮かばないまま解散になった。
スマホを置こうとすると、里中から個人チャットが来た。
『ミーユ:村上くん、ちょっといい?』
『>雅人でいい。この名字好きになれない』
『ミーユ:山田くんじゃ頼りにならないからさ、これからも個チャっていい?』
『>頼るのは自由だが、僕は何もできんよ』
『ミーユ:そんなこと無いよ、じゃあね』
僕はある秘策を思いついた。これはもう少し考えて伝えることにしよう。
そんな悠長な事を言ってられなくなった。
卑猥なコラ画像が出回りだし、ますますイジメが陰湿になった。
僕は鍵付きSNSで二人を呼び出した。
『ケンジ:なんだよ』
『ミーユ:ごめん、わたしそんな気分になれない』
『>聞いてくれ。ここはひとつ、大きな賭けに出ようと思う』
『ケンジ:賭け?』
『>里中と僕が付き合っていることにする』
『ケンジ:は? なんでそうなるんだ。てか、そうだったのか』
『ミーユ:違う! 意味わかんない』
『>僕と健二が里中を取り合って、僕が付き合うことになった。これなら誰も文句は出ない』
『ケンジ:なんでお前なわけ』
『>実はどっちでもいいんだが、なるならこの組み合わせかなと』
『ミーユ:ちょっと。わたしが当事者なんだけど』
『>どっちがいい?』
『ミーユ:(@~@)』しばらくいろいろなスタンプが出た後『雅人くんで』
『ケンジ:いいよ。俺、里中はタイプじゃないから』
『>おまえ、年上好きだもんな』
『ケンジ:ああ、上川先輩今頃どうしてんだろうな』
『>僕らが一年の頃の三年生だろ。もう誰かとできてるだろ』
『ケンジ:ひでぇ。夢くらい見させろ』
『ミーユ:じゃあ、明日からどうしたら良いの?』
『>健二、協力してくれ』
健二は負け犬役を引き受けてくれた。
先に学校について、今までの経緯をでっち上げてくれた。
そして僕と里中が入る。
周りは白け始めた。
「なんだよ、誰だよ、乱交してるとか言ってたやつよ」
「
「じゃあさ、やることもうやってんだよな」
笑い声がどっと上がった。
不味い。このままでは、別の噂が立てられてしまう。
ここはラブコメならキスをして既成事実を見せつけるのが王道らしいが、僕にそんな度胸あるわけない。そんなの、コミュ障な奴がハーレムになるような、わけわからんラノベよりありえん。
が、里中が僕の腕をギュッとして、胸を当ててきた。
「わ、わるい?」
おいおい、里中。
先生が入ってきた。
うちの担任は恐ろしい。モンペアすら拳で追い返す男だ。みんな席についた。
だが、リモでは僕達のことで持ちきりだった。
ここまで来たら、本当に付き合うしかない。
里中は可愛い部類だし、スタイルもいい。不満はないが、会話が続かない。
「はい、これ」
「あ、ありがと」
お互いにこれを繰り返すだけだ。全然イチャイチャしていない。
一時的だと割り切っていたからかもしれない。
ある時、里中に言った。
「いつまで続ける気だ」
「何よ。そっちが始めたんじゃない」
「だからさ、やめるなら今からすぐにやめてもいいよ」
「案外冷たいのね」
「正直、女子と付き合ったことがないんだ。だからどうしたら良いのか分からん」
「わたしだって、ないわよ」
結局、里中との仲は続かず、自然消滅した。
「村上、里中泣かしたんだってな」
「普通に別れただけだ」僕は他人事のように言った。
「ひでぇな」
これが不味かった。
当の里中に至っては、僕を見るなりビンタを張り飛ばした。
何なんだ、僕が何をした。むしろ、何もさせてもらってないぞ。
気がつくと、女を泣かせる極悪人というレッテルが貼られた。
もうどしようもないと、街をフラフラしていると、健二を見かけた。
「おい、け……」
上川先輩とイチャイチャしてやがった。
「僕は、あいつのためにこんな目に合ったのに」
僕の何かがプッツンと切れた。
『ミーユ:速報 殺人鬼 村上雅人、少年院送り』
――あら。ちょっと力を入れるだけで折れてしまうんですね。
「それではまた、逢える刻を」
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