第二章 呪縛
第一話 顔知らず
荒波と吹雪荒ぶ絶壁で手を合わせる人たちに混じり、黙祷を捧げた。
「今年も安らかに眠ってけろ」
ここは事故が多い。こうしてガードレール越しでも、落ちそうになる。地元の人はめったにここを走らない。
「他所から来たのに、わざわざありがとう」
「いえ」
ホテルの回覧板をたまたま見てしまったのも、何かの縁だろうと俺、
不謹慎だろうけれど、興味が出ると止まらない性分だ。
地元の図書館にいって、被害者リストを探した。
ひとりだけ、新聞にすら顔写真が掲載されていない犠牲者がいた。
「名前は、広井 美由子。年齢は十六歳。バイク事故」
ボソボソと読み進めた。
たくさん記事が見つかった中で、その娘だけ妙に気になった。事故が最近だったことも強く印象づけた。
適当に剃ったヒゲを気にしながら、どうしたものかとタバコを吹かした。
ま、先に支配人とか店員に聞きゃいいか。
「ねぇ、君」
「はい、何でしょうか。お客様」
「地元の人?」
「いえ」
「近くに住んでるの」
「なにか聞きたいことでも」
俺は美由子について尋ねた。
「ああ。その事件でしたら、支配人とかのほうが詳しいと思いますよ。私は、その事後の一ヶ月後くらいに赴任したもので」
「助かった」
かと言って、いきなり支配人室に行くのもな。
ベテランそうなボーイを捕まえてみよう。
「あの、すみませんが」
「はい。お客様。なにか」
同じことを尋ねてく見ると、ロビーのソファに誘われた。
コーヒーを淹れてくれると、ボーイが聞いた。
「なぜ、その事故を」
「顔写真がこの娘だけ無いでしょ。不思議に思ってね」
「探偵さんですか」
「まあ、そんなところです」
「噂なんで、あてになるかどうか分かりませんが」
「はい」
「元々写真は掲載されていたのですが、新聞から消えたそうです」
「なんですかそれ。電子版でもないのに」
「ここは田舎ですから、そういう噂話が好きなんですよ」
その噂話に奇妙な親近感を持った。
オカルト話は嫌いな
何にしてもお手上げだ。
この土地にコネがあるわけでもないし、諦めるか。
「《貴族》の一馬さまではありませんか。今夜はどうされましたか」
「《夢目》の世界か。いつの間に寝たんだ。まあいいや、広井 美由子って知ってるか魅苦」
「お教えしても、起きたら覚えていないのでは?」
「内容によっては、《巻き戻し》を願い出てもいい」
「それでしたら、よろしいですよ」
魅苦の目の前にティーセットが現れた。俺は促されるままに座った。
魅苦が語りだした。
「美由子さんは、バイクの事故に合われました。でもそれは巻き戻った後の話です。本当は、自殺です」
「自殺」
「両親が夫婦で無理心中。後追いです」
「巻き戻して解決したんじゃ」
「そこは、いつものように更に不幸になっただけです」
「不幸か。何故だ」
「鏡華さんが、《反転》させ金持ちの家になったのです」
「それで……見返りは存在か?」
「そうです。あなたが調べた新聞もそろそろ名前すら消えると思います」
「自暴自棄になって、暴走して死んで、それでもなお忘れられるか」
「《巻き戻して》とおっしゃりますか? 《貴族》の素養は失われますが」
「俺なんて不幸になっても誰も泣かん。《巻き戻して》くれ」
「承りました」
夏か。
さっきまで冬だったから暑いな。
この辺でバイク飛ばしている女子高生を聞いて回った。
誰も知らない……。
もうすでに《反転》したあとか。
この道路で張ってよう。
バイクのエンジン音が響いてきた。
「おーいおーい」
手を振って止めようとした。
通り過ぎていってしまった。だが、数メーターで止まってくれた。
「あんた、私のこと見えるの」
「ああ。《巻き戻った》んでね」
「ミクに合ったの」
「お前、このままだと崖から転落して死ぬぞ」
「それでもいい。誰も私のことなんて」ヘルメットを脱いだ。ボブ・ショートのクールな感じの顔だった。
「へぇ」
「なによ」
「けっこうイケてんじゃないか、お前の顔」
「な、なによ」
「なあ、それニケツ出来るか」
「なに」
「どっかで飯くおう。俺がおごるからさ」
彼女の背中に抱きついて、定食屋に向かった。
「なんだ、お前。腹減ってたのか」
「だって、誰も私の事わかんないんだもん」
ここの店員も彼女ことが見えていない。
二人前を頼むと妙な顔をされた。
「伝えておくことがまだある」
「なによ」
「魅苦に《巻き戻して》と言ったやつは、ほぼ間違いなく破滅に向かって行く」
「じゃあ、なんであんたは」
「せめて、一馬って呼んでくれ。おっさんだけど、これでもまだ三十でさ」
「じゃあ、一馬さん。なんで戻ったのよ」
「君を助けるためだ」
「馬鹿馬鹿しい。今日始めてあったばかりなのに」
「そうだな。あえて言うなら、他人の不幸を見飽きたから、自分が不幸になろうかなってさ」
「何それ」
「俺に不幸を背負わせてくれ。そうすれば、お前は魅苦の呪縛から解放される」
「ナンパ?」
「これから死ぬ奴がナンパなんてしないよ」
それから俺達は常にバイクでニケツした。
あと少しで事故が起きる。俺が投げ出されれば、彼女は助かるだろう。
だが、計算が少々狂った。
「こうなっちまったか。男と女だもんな」
ホテルで頭を掻いた。
「一馬、死なないでよ」
「おいおい。お前のために死ぬんだぜ。そのために《巻き戻って》来たんだ」
「嫌だ。だって、エッチ上手いし」
「理由がそれかよ!」
「それだけじゃない!」熱いキスでその先を言わせなかった。
美由子が死ぬ予定日。
彼女はバイクに乗らなかった。
情が芽生えれば誰だってそうなる。それに、今の彼女の存在を認知できるのは俺しかいない。
「なあ、美由子」
「なに、一馬」
「結婚して子供作ろう」
「なによ、急に」
「存在を確定させるんだ。そうすれば、お前だって元の生活に戻れるだろ」
「私、戸籍なくなってるよ。どうやって婚姻届だすの」
「そんなもの、後でいい。今夜、お前を孕ませる」
「真顔で言わないでよ、あははは」
「こっちは真剣だ。笑うことはないだろ」
「ごめん。でもおかしくて」
ダメだった。
何回も出したのに、全然妊娠の気配がない。
検査もしたがこちらは異常がない。美由子の方は存在がわからないため、検査のしようがないが、生理はきちんと来ている。
「ち、これが魅苦の呪縛か」
「一馬……。もういいよ。もう」
「俺がずっとそばに居てやるから、俺はずっとお前を見ている」
「ありがとう」
本来の死亡予定日から、三年が過ぎた。
俺もバイクの免許を取り、二人でツーリングを始めた。
先頭を行く美由子は、手を挙げて挨拶をしてくる。俺もそれに倣った。
信号が急に黄色に変わった。停まりきれないので、交差点を通過しようとした。
その刹那。
右折をしてきたダンプカーに美由子が轢かれた。
バイクを捨て慌てて駆け寄った。
「おい、美由子」
「一馬……」
「救急車……な、美由子、消える、なんで。なんで俺が見ているのになんで」
「ありがとう……楽しかった。だいす……」
俺は誰もいない交差点で、大泣きした。
心のなかにぽっかりと大穴があいた。
どんな風俗嬢を抱いても、素人抱いても、埋まらなかった。
「……俺、若い時誰といたんだっけ」
――「《貴族》の皆様、いつでも
皆様黙ったままですね。
「それでは、また逢える刻を」
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