第十六話 雪だるま

 滅多に降らない地域で大雪があった。

 五センチの積雪で交通が麻痺するほどだ。それが三倍の十五センチの積雪ともなれば、なおさらだ。

 公共交通は完全に停止。

 天気予報が地域ごとズレたらしい。もちろん、気象庁に謝罪はない。

 私は黒タイツを二枚重ね、眠っていたセーターを引っ張り出してその上からセーラー服を着た。こういうときは、暖かいと思う。可愛いブレザータイプのが好きだけど、その学校の娘たちはコートを着てても寒そうだ。

「おはよう」

「おはよう。雪すごいね」

 公園に雪だるまを作っている子どもたちがいた。

「ほら、可愛いね」

「ねぇ」

 その瞬間、周りが真っ暗になった。

 ここに深くて蓋がない側溝があることを、雪のせいで忘れていた。

 友達の掛け声が遠のく中、瞼がゆっくりと閉じていった。



「はじめまして。夢野魅苦です。魅苦と呼んでください」

「夢……?」

「はい。《夢目》の世界です。あなたは、落下して意識を失いました」

「そうだ、溝に落ちたんだ」

「あらら、これは大変ですね」

「な、ここ、外? 寒くないんだけど」

「VRみたいなものです」

 救急車が駆けつけてきて、溝から引き上げられた。その娘は頭から血を流しており、脚が変な方向に曲がっていた。

「あの黒タイツ、まさか、私なの?」

「そうですよ」

 自分とそっくりの顔は実際会うと、似ていると気づかないと言うけれど、本当だった。でも、髪の毛が血と雪と泥にまみれてぐちゃぐちゃになってる。

 隊員たちが、映像の私を囲って応急処置を始めた。

「右頭頂骨、両脛骨損傷。意識レベル三〇〇」

「バイタル確認しろ」

 ただ落ちただけなのに、すごく大げさになっている気がする。

「ミクさん、あの聞いてもいいかな」

「何でしょうか」

「意識レベル三〇〇ってそんなにヤバイの?」

「簡単に言うと、痛いところを触っても全然反応がない状態ですね。よく勘違いされますが、この数字は高いほど危険なのです」

「どれくらいなの」

「一番危険です」

「え、私死んじゃうの」

「私は医者ではないのでそこまでは……」

「ちょっと、教えてよ、ねぇ」

 ミクの細い腕を握って揺さぶっても、何も言ってくれない。

 救急車が私を運んでいった。

 今気がついたけれど、ここって公園の近くじゃ無い。ずっと先の道路を挟んだ路地だ。

 私、落ちた時にかなり滑ったんだ。だから脚もあんなに……。

「もしかして、私の足、動かなくなるんじゃ」

 ミクは慌てる私の手を取ると、その大きな胸の谷間に挟んだ。柔らかくて暖かくて、気持ちいい。

「落ち着きましたか」

「うん」

「私がお伝えできることは、《巻き戻す》事ができる、ということだけです」

 ミクは顔を斜めにして、優しく微笑む。こんな時になんだけど、この娘アイドルみたいに可愛い。

「なにそれ」

「あなたは偶然にも人生の分岐点を、事故という形で迎えました。《巻き戻して》とおっしゃりますか? そうすれば事故直前まで戻れますよ。もちろん、選ぶのはあなたです」

「そんなの、戻すのに決まってるじゃん!」

「では、お聞かせくださいますか?」

「《巻き戻して》よ!」

「承りました」



「ねぇ、あそこで雪だるま作ってるよ」

「え⁉」

 公園前だ。

 先に進もうとするミユを「行っちゃダメよ!」とひっぱった。

「なに?」

「だから駄目なの。この先、蓋のない溝があるの、忘れたの?」

「あ、そうだったね。ありがとう」

「うん」

「どうする、これじゃ道が分からないよ」一面雪だらけの上に、また雪が降ってきた。

「廻ろう。あっちから行けば溝は無いよ」

「そうだね」

 時々雪で足を滑らせた。

 そのたびに心臓が爆発しそうで、絶叫してしまう。

「大丈夫、花ちゃん」

「う、うん。……きゃぁぁ!」

「ビビりすぎよ」とミユが笑いながら、指で向こうをさした。

「ねえ、すっごい大きい雪だるま、あるよ」

「でも、ここ道路の真ん中……」

 突然雪だるまが割れ、中からトラックが飛び出してきた。

 逃げようとしたが、私たちは雪に足を取られ、ふたりとも跳ねられてしまった。



 私の身体はもう二度と動かないらしい。

 ミユは、私がなんとか庇ったおかげで下半身不随と右腕を失うだけで済んだ。

 それだけじゃない。

 あそこは小学生の通学コースでもあったのだ。集団登校していた三十名が犠牲になった。

「私一人だけだった犠牲が、こんなに増えるなんて」まるで雪だるま「アハハハハ、アハハハハ」

 なんか面白い。これウケる。アハハハハ。

「あはははははははははははははは」



――「残念。あの車の運転手さんは即死だったそうです。《夢目》の世界にぜひご案内差し上げたかったのに。仕方がありませんね。それではまた、逢える刻を」

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