第十五話 異世界の閂

 世の中は不思議で満ちている。

 いや、満ちてほしいという願望がある。

 かくいう俺、高杉慎之介もそう思ってた。

「あ、また脳内独り語りの癖が」

 やめられないので仕方ない。口に出ないだけマシだ。

 俺は厨二病じゃない。だって、本当に異世界に転移したのだ。

 世の中、どこかの出版のせいで異世界モノ溢れすぎていると揶揄されていたが、体験者が多いせいだろう。と、思ってた。

 だって、街の酒場に入るとこんな雑談ばかり聞こえてくる。

「おいお前、異世界から来たの?」

「ああ。顔は黄色いがこれでもアメリカ人だぜ。ニューヨーク州だ」

「日本語覚えたの?」

「いや、お前こそ英語出来るの?」

「え?」

「え?」

 よくある話では異世界転移者はもれなく勇者となれる。またはチート能力を授かるはずだが、ここにいる連中は全員そうらしい。

 それについては聞こえてこない。

「あ、俺、魔剣が出せるんだぜ」

 とか自慢している奴を見ると、明日死体で転がっているのは容易に予測できる。

 そう、勇者は一人あるいは一パーティで十分なのだ。

 それ以外は淘汰されていく。つまりバトルロワイヤルなのだ。

 これだけで一つの本が書けそうだが、あいにく俺には文才がない。ちなみに俺、慎之介が得た特殊能力は、幸運にも「加速装置」だ。超高速で動ける。だからといって無敵じゃない。目の前に罠があれば、急に止まれず引っかかり胴体真っ二つだ。

 こんな、今の俺みたいに。

「ぐはぁ……。ヒューヒュー」

 これは口笛じゃない。呼吸だ。肺から息が漏れているんだ。

 もう駄目だ。

 あいつら組んでやがった。そしてどこかで俺の能力を知った。もしかしたら心を読む奴がいたのかもしれない。

 意識が遠のいていく……。



「はじめまして、夢野魅苦と申します。魅苦と呼んでください」

「あれ? 俺の胴体は割れたはず」

「《夢目》の世界ですから、意識だけの状態です」

「もうすぐ死ぬし」

「ここにいる限り、時間は止まっています。ただ、覚めてしまえばそうなります」

「夢の世界って何だ」

 視線だけを動かしてみた。

 ガラスのような筒状の中にいるらしい。広さまでは掴みかねるくらいあやふやだ。その外側には、妙に気合の入った御粧おめかしをしている。タキシードやら軍服やら学校の制服やら……、思い思いの正装と言った感じだ。年齢層も男女比も様々だ。ただ、亜人種だけはいなかった。

 俺は視線をミクと名乗った少女に戻した。丈のものすごく短い赤いスカートは、男を誘っているとしか思えん。さらにニーソからなる絶対領域もけしからん。おっぱいも巨大で、俺のスーパー計測器によればバスト90・ウエスト65・ヒップ87だ(ちなみに俺は漢数字が嫌いだ)。髪はロングヘアで艶々。瞳は大きく、二重まぶたのつり目に、鼻は高く、唇も色っぽい。なんつー完璧美少女だ。こんな娘、異世界にも早々いるわけじゃない。

「もう、値踏みはよろしいですか?」

「あ、はい」バレてた。

「では、ご案内いたします。あなたは人生の分岐点をもう一度やり直したいと思ってますね」

「そりゃ、死にかけているからな。リザレクション掛けてくれる仲間もいないし」

「そのチャンスが今訪れたのです。それは一度切り。そして《巻き戻った》後のことは、こちらでは一切関与しません」

「タイムリープなの?」

「ありていに言えば、そうなります」

「記憶は?」

「全部残りますよ」

「リスクは?」

「ほぼゼロです。一点だけあげるなら、先程も言ったように一度きりです。何度も《巻き戻せ》ません」

「対価は? タダじゃないでしょ」

「タダです」

「は? そんなうまい話があるわけないだろ」

「あえて申し上げるなら、ここに集っている《貴族》の皆様の見世物になるということでしょうか」

「見世物……。全部筒抜けなの?」

「はい」

「トイレも? 風呂も?」

「はい」

「それは嫌だな」

「ですが、そこまで見ようとする《貴族》の方は滅多におられませんよ」

「でも、こっちには隠す自由はないってことか」

「はい」

 死ぬかピエロになるか。そんな選択肢、ひとつしかない。

「だったら、異世界に転移する前に戻りたい」

「それでは、お選びください。《巻き戻して》とおっしゃりますか? それとも拒否なさいますか?」

「拒否なんて、死んでも見られたくないって人がいるのか。変わっている」

「私もそう思います」口角を上げて綺麗な笑顔を見せた。心からそう思っているらしいが、なぜ不気味なんだ?

「ねえねえ、ミクちゃんも一緒に来なよ」

「お誘いはうれしいですが、私は《夢目》の世界にしか存在できませんので」

「そうか、残念。《巻き戻して》くれ」

「承りました」

 別の能力でもう一度転移したいな。


 

 異世界の門に再び来た。

 前と違うのは、扉が固く閉ざされていることだ。

 タックルしても開かない。

『異世界に選ばれし者よ』神っぽい声が聞こえた。

「入れないんだけど、なんで」

『おぬし、時の禁忌を犯したな』

「タイムリープのことか。なんだよ、良いじゃないか」

『駄目だ』

「おいおい、特殊能力には無限ループするやつだっているんだぜ」

『そんなReなんとかなんぞ知らぬ』

「知ってんじゃねーか!」

『転移者の権利は失われた。元の世界に帰れ』

「嫌だ。あんなクソゲーな世界に戻りたくない」

『まったく、これだからニートという連中は』

「選んだのはそっちだろ。責任取れよ」

『無茶いいよってからに。本当に転移したいんだな』

「ああ」

『どうなってもいいんだな』

「ああ」

『本当に本当にいいんだな』

「しつこい神はお賽銭もらえんぞ」

『黙れ。現世の金が私の何の役に立つ。……そこまで言うならかんぬきをあけてやらんでもない』

「早く開けろよ」

『せいぜいあがけよ、もと人間』

「エルフにでも転生するかな?」

 俺は門をくぐった。



 それからは冒険者から追われる毎日が始まった。

「ブヒィブブブ!」

 言葉が出ない。

 精力旺盛のオークに変身したのか? 違うね。

 ゴブリン? ならまだマシだ。

 ただの豚だ。家畜のあの豚だ。

 逃げ足だけは速いものだから、希少種扱いされ「高速で走る豚」として高い懸賞金まで付けられた。

 時の禁忌とやらを犯したものは、こうなるらしい。

 他の豚仲間が言ってた。――先日、どこかに勇者の血肉になったが。

 なぜか知らないが思考だけは人間のままだった。

 いくら走っても、山にこもっても、イノシシにクラスチェンジできない。この異世界では野生化という概念がそもそもないんだ。

 


 とうとう捕まってしまった。

 もう体力の限界だ。四六時中追い回されては、餌を食べる暇もない。

 魔法使いがやってきた。

 屠殺場になんで? と思ったが疑問はすぐに解消した。

「ライトニング!」

 俺の身体は感電してしびれ、その間に頸動脈を掻っ切られた。つまり絞められたのだ

 のはずなのに意識がまだある。

 おかしい、死なない。

 腹をかっさばかれ、内臓が取り出された。見たくもないサーモンピンクが引き出されていく。

 痛い!

 叫んでいるけど、肉体である豚はもう死んでいる。

 次は肝臓、胃袋と取り出されていく。

 そして、脚を切断された。

 ガキッン!

 ものすごい鈍痛がした。

 首を切断された。

 これで痛みをもう感じずに済む。

 生皮を剥がされていく。

 まだ死ねないのか。直接的な痛みはないが、自分の体が解体されていくたびに幻痛が脳を襲った。

「料理長、頭どうします?」

「豚の頭は受けが悪いから、そのへんに捨てとけ」

 俺の頭は、森の彼方へ投げ捨てられた。



 蟻が這い回り、ハエがたかり始めた。口が蛆虫でいっぱいだ。

 野良犬がやってきて、蛆虫ごと俺を食い始めた。

 つねられた頬に、針が突き刺さるような感覚が走った。

 とうとう、脳も蛆が這い回り始めた。

 頭痛というより、二日酔いの激痛だ。

 まだ死ねないのか。

 まだ俺は、森の木々を眺めなきゃならないのか。

 目玉さえ食われた。

 耳も食べられた。

 ああ、意識が消えていく、やっと死ねる。



「おい、あの豚の死骸に向かってリザレクション掛けてみろ」

「なんでよ」

「練習だ。本番で失敗しちゃ困る」

「分かった。えいっ」

「ああ、豚の頭だけ戻ったか。全身ないと無理なのか」

「万能じゃないんだね」

 ようやく死ねたと思ったのに、また蝿がたかり始めた……。

 よく見たらこいつら、人間の時の俺を殺した一味じゃねーか。

「ここいいね。初心者ヒーラーに知らせよう」

「ああ。そこらじゅうに牛や豚の死体あるしな」

 こんな無限ループはやめてくれ。



――「ふー、『異世界に転移したら無双できるとでも思った⁉』てラノベ、なかなか良かったですね。特に豚を食べるシーンは、美味しそうに描かれてましたよ」椅子からトンと降りて、本を返す「それでは皆様、また逢える刻を」

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