第十四話 隣の花。

 何の因果か、二人の女の子を同時に好きになってしまった。

 一人はメガネをかけていて、まさに委員長タイプ。

 もう一人は、ポニーテールがトレードマークのサッカー部キーパー。

 しかも二人に対しての接点が、クラスが一緒というだけ。

 まだある。

 僕はそんなにイケメンじゃない。どっちかと言えば、おっさん顔だ。

 以前、付け髭をしてハロウィン仮装をしたら、あまりにもハマり過ぎて大笑いされたことがある。

 


 僕は意を決して、委員長の方に告白した。

 いつも遅くまで教室で作業をしているところを狙ったのだ。

「あのさ、佐伯さん」

「なに、加山くん」

「話が……あるんだ」

「なにかしら。改まって」向こうも目を伏せてきた。空気読むところは流石優等生。

「僕、佐伯さんのことが好きなんだ!」

「あ、あの……。私、気持ちは嬉しいけれど加山くんのこと、そんな風に見れないの。ごめんなさい」

「分かった……。ごめん」

 俺はフラフラとその場を後にした。

 これでもう一人の娘には告白しないと決めた。

 こっちが駄目ならあっち、なんてのは嫌だったし、これでも一ヶ月悩み抜いた末だ。



 翌朝。

 噂になっていないことにホッとしていると、手を引っ張られた。

 キーパーの鈴木美々子だ。

「なあ、加山」

「はい?」

「あのあと、どうなった」

「どうとは?」

「したんだろ、告白」

「ど、どうしてそれを」

「どうなんだ」

「振られたよ……あははは」

「そうか。じゃあさ」

「なに」

「これ」

「手紙?」ハートの封がしてある。これラブレター?

「お前のことを好きなやつがいるんだ。読んであげて。じゃあ」

「え……」

 肩を落として封を開けると、……もっともクラスで顔も性格もブスの、通称ブブ子が俺のことを好きだと、いろんな装飾言葉を並べて書いていた。

 ありえん。

 俺はそもそも物好きじゃない。

 さらにありえんことに、強引に付き合うことになった。

 ブブ子が有る事無い事を吹聴しまくり、既成事実をでっち上げたのだ。

 何度も何度も訂正したが、それが火に油を注ぐことになった。

 しかも、死体蹴りのような一言があった。

「幸せにな」鈴木、お前がそれをいっちゃあお終いだろ。

 数週間後、俺は引きこもりになってしまった。



 ここは夢か。なんだろう、大きな瞼があるような……。

 それが開いた瞬間、光りに包まれた。

「はじめまして。夢野魅苦と申します、魅苦と呼んでください」

「あれ。さっきのまぶたは?」

「《この目》を観てしまったのですか。しかたありません」

「なんだよ」怖いな、この娘。こんなに可愛いのに。

「あなたは《貴族》としての素養があります」

「貴族ってなんだよ」

「簡単に言えば、傍観者です。ですが、あなたは《巻き戻る》権利も同時に得ています」

「巻戻る?」

「人生の分岐点に一度だけもどって、やり直すことです。今の記憶をすべて引き継ぎます」

「貴族を選べば?」

「ここでずっと傍観者となります。いつでもこちら側に戻れますが、《巻き戻した》ら最後、二度と《貴族》として傍観者になることは出来ません」

「傍観者って見てるだけか」

「はい。特典は快適な睡眠、でしょうか」

「なんだそりゃ」

「《巻き戻して》とおっしゃりますか? それとも拒否をして《貴族》になられますか?」

 僕は周りの貴族とやらを観ていた。皆、ざわついている。

 囁き声がかろうじて聞き取れた。

「ほお、珍しいですな。両方の権利とは」

「彼がどれを選ぶのか見ものですな」

「どちらが賢い選択か、分かるものでしょうか」

「さあ。今回は変わった嗜好で楽しめそうですわ」

 僕はどうせ、このままじゃ人生が終わる。

 そして、目の前にいるミクという娘からは、とてつもない力を感じる。霊感のない僕がそんなことを思うのは、きっと貴族とやらの素養のせいだろう。

「決めた。《巻き戻して》ほしい」

「承りました」



 教室のドアの前だ。

 《巻き戻った》ようだ。

 タイムリープなんてとんでもない現象なのに、不思議と違和感なく受け止められた。そして、《貴族》の連中が俺を観ていることも感じていた。

 だが関係ない。あいつらは何も出来ない。根拠のない確信があった。

 そして、僕は踵を返した。

 廊下の窓からグラウンドを観てみると、鈴木がキーパーの練習をしていた。その周りを探す。

「いた、ブブ子だ。くっそ、先に会わなきゃ」

 僕は走った。

 グランドまで駆けながら叫んだ。

「鈴木! おーい、鈴木」

 手を止めた鈴木が僕に寄ってくれた。

「なんだよ、加山。何か用かい」

「告白したいんだ、部活が終わるのはいつだ」

「はぁぁぁぁぁぁ/// おまえ、急に何言い出すんだよ」

「いいから、いつ終わるんだよ」

「そろそろ、クールの時間だから、シャワー浴びて……んんと、三十分後かな」

「何処で待っていればいい、すぐに会いたい」

「お、おい、一体何だよ」

「いいから、言ってくれ」

「分かったよ。……じゃあ、シャワー室前の廊下で」

「シャワー室前だな」俺はすぐに向かった。

「ちょ、おい、加山……。あいつ、私の事、マジで、嘘」



 僕はカバンを抱えたまま待った。

 しばらくすると、女子サッカー部たちがシャワー室に入っていった。

 鈴木はこちらをちらりと見ると、すぐにポニーテールを振って視線を外した。

 ドクドクドクドク……。

「我ながら、なんつー告り方したんだ。完全にほぼ言っているよな」

 もしも、ここに来るまでにブブ子に手紙とか渡されていたらおしまいだ。

 だが、押し切る!

 シャワー室から女子が出てきた。

「がんばってねー」

「大胆~」

「きゃあん」

 完全に見世物になってる。

 鈴木にも迷惑はかかっているだろうが、そんな恥は、後でいい思い出になるって、どっかの雑誌に書いてあった。

 鈴木は最後に出てきた。

 ここまで石鹸の香りがしてくる。

「か、加山。告白したいことって」

「もちろん、鈴木のことが好きだってことだよ。彼女になってくれ!」

「でも、五木さんから手紙」

「そんなもの、読みたくない。鈴木以外、考えられないんだ。お願いだ」

「分かったよ。……私がここまで押しに弱いなんて思わなかった。いいよ、彼女になっても」

「本当か」俺は飛び上がってガッツポーズを取った。

「でも、その、恋人同士しか出来ないことは、そのあの、もうしばらく後にしてくれよ」

「構わないよ。でも、握手くらいさせてくれ」

「あ、ああ」



 僕達の仲は順調だった。

 委員長よりも可愛い姿や性格をいくつも見つけることが出来た。だけど、俺はかっこいい所ひとつも見せられなかった。

「美々子、俺、だっさいよな」

「そんなことないよ」と腕を組んでくれた。おっぱいが当たる。当たってる。

 幸せ過ぎる。

 ざまあみろ《貴族》ども。僕のような選択をすれば、こんなリア充生活を満喫できたのに。



 クラスで大事件が起きた。

 いや、正確にはそれを認識しているのは僕だけだった。

 ブブ子が、超絶美少女のありえない天使性格にクラスチェンジしやがった。それに誰も気づいていない。

「どういうことだ」

 もちろん、誰もブブ子と呼ばず、文吹ふみふの名前からフーミンという愛称に変わったのだ。

 あろうことか、こちらを見て、勝ち誇ったかのような笑みをしてきた。

 僕は、予めフーミンに会うことを美々子に言った後に、話をするため二人っきりになった。

「どういうことだ、ふーみん、いやブブ子」

「ひどいわ。そんな、『昔』の仇名」

「やっぱり。お前、誰かに何かされただろ。ミクか?」

「違うわ。鏡華さんよ」

「誰だ、それ」

「あの人に、私の劣等を《反転》してもらったの」

「てことは、顔も性格も全部真逆になったのは、そのせいか」

「そして、あなたに復讐するためよ」

「なんだよ、復讐って。俺はそんな姿になっても、美々子以外と付き合うつもりは毛頭ないぞ」

「さあ、どうかしら。ねぇ、鈴木さん」

「なん……だと?」

 美々子が影から現れた。

「新司、どういうこと?」

「美々子、俺は、お前が好きだ。それは信じてくれ」

「うん、分かってるけど、フーミンの言っていることが分けわかんなくて。……宣戦布告された」

「はぁ?」

 その時を堺に、美々子とフーミンが俺を取り合うバトルが始まったのだ。



 なんだよ、この変則修羅場は。

 だが、フーミンはマジで可愛い。二次元がそのまま出てきたくらいのレベルだ。しかも性格までパーフェクトだ。腹黒さだけは健在だが。いやむしろ、前は純粋だった裏返しかもしれん。

 エッチなハプニングをフーミンからアクティブに仕掛けられた。

 おっぱいに顔を埋めてしまったり、パンツを脱がせて中を見てしまったり、向こうが転んで俺の股間に顔を埋めたり、などなど。

 いくら僕が一途であっても、思春期の男にとってこれは地獄だ。

 美々子に嫌われる覚悟でそれを告白した。

「なあ、頼む。このままじゃフーミンを襲ってしまう。僕の初めては、美々子が良いんだ。お願いだ」

「でも、私達付き合ってまだ一ヶ月も経ってない」

「分かった。これからも頑張って耐えてみるよ」美々子が制服のブレザーを引いてきた。

「バカ……。いやなんて言ってないわよ」

「美々子!」

「こら、抱きつくな。んん、キスいきなり……んん」

 そこで襲い尽くすことはせず、美々子の望むタイミングで結ばれた。

 だけど、エッチの最中ずっとフーミンがチラついた。



 お陰でとうとう、中折れしてしまった。

 まだ十七なのに、嘘だろ。

 舐めてもらっても勃たなくなり、怖くなった僕は泌尿器科にかかった。

「あの、先生」先生に診断結果を聞いた。

「心理的なものですね。機能的には全く問題ないです」

「僕、このままじゃEDになるんじゃないかと、怖くて怖くて」

「思い詰めては駄目ですよ。自慰はどうですか」

「全然駄目です。薬なにかくれませんか」

「若いですからね……。処方はしますが、過剰摂取だけはやめるように。いいですね。それから、抗うつ剤も駄目ですよ」

「どうしですか。気持ちの問題なら効きそうですけど」

「抗うつ剤には、勃起を抑える副作用があるんですよ。だから市販のものであっても使っては駄目ですよ。どうしようもなくなったときは、必ず私に相談してくださいね」

 このことを美々子にも話したが、ハグをして慰めてくれた。

 美々子は巨乳なのに、それでも僕のモノは反応しなかった。



 フーミンが俺の自宅にいた。

 母さんが上げたのだ。

 しかも、これから町内会とかで出かけるらしい。

 二人っきりになった。

「あなた、EDなんですって」

「誰から聞いた」

「否定しないのね。鏡華さんからよ。別れ際に言われたわ」

「笑いに来たのかよ」

「ねえ、エッチしよ」

「何言ってんだよ」

「だって、そうなったの私のせいだよね」

「違う」

「嘘よ。それに私とすれば、鈴木さんともエッチできるようになるんじゃないの」

「いいわよ、新司」

「美々子⁉ なんでここに」

「私が呼んだの」

 フーミンは当てつける気満々だ。

 もう修羅場は勘弁してくれよ。

「新司、あなたが元気になるなら、浮気してもいいよ」

「でも、僕は」

「分かってる! けど、今のアンタ見てられないの」

 フーミンが服を脱ぎだした。

 真っ白な肌にピンク色の乳首、下の毛は薄い。本当にエロアニメみたいな身体だ。

 それでも、僕のは反応しない。

 フーミンがそれを口に含んだ。

 生暖かく、そして激しい音に僕は思わず喘いだ。

「あ、固くなった」

「こ、これは」

「ふふふ」

 フーミンが美々子を見ているのが分かる。

 それからフーミンと本番をしてしまった。

「そんな……僕は……」

「あとはお二人でどうぞ。じゃあね。ああ、私ピル飲んでるから大丈夫よ♪」

 僕は悔しさで震えている美々子を抱きしめた。

 そのまま愛撫の後入れようとした時、今度は美々子が濡れなくなっていた。

「美々子?」

「ごめん、無理」

 そのまま僕から逃げるように出ていった。

 僕のEDは治った。先生からも大丈夫と言われた。

 でも、今度は美々子が不感症になってしまった。

 病院にも通って努力したが駄目だった。



「新司、私達別れよう」

「美々子、嫌だよ。僕は……」

「駄目よ。もう私、女としても駄目になった。それじゃ」



 それから僕は、フーミンにアタックされ恋人になった。

 いや、正確にはセックスフレンドだ。

 あいつは本当は僕のことなんて好きじゃない。

 あまつさえ、ブルーレイで他の男とやっている動画まで送りつけてきた。

「これが、NTRってやつか」

 結局、引きこもりに戻ってしまった。

 そのビデオで虚しいオナニーを繰り返すだけの猿に成り下がった。



――「今回は引き分けでしょう。さすが鏡華さん」

 このお紅茶、美味しい♪

「それではまた、逢える刻を」

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