第十三話 唯一の「醜」

 今日も美しい。

 四十を過ぎた肌と艶とは思えない。

 毎朝鏡を見てうっとりするのが私の楽しみ。

 でも姿見だけは絶対に置かない。

「どうして、私は貧乳なの」

 この胸のせいでずっと独身。

 カップサイズはにっくきAA。膨らみなんて全くない。

 付き合ったことは何度もあるけれど、必ず別れてしまう。

 もう、バスト七ニセンチのAカップに負けたときには、本当に果物ナイフで刺しに行こうかと思った。

 しかもほぞを噛む思いがしたのは、最近になってようやく豊胸の美容術が確立されてきたことだ。今の私がいくらやっても意味はない。

 女性誌に「バスト75cmで悩んでいます」という投稿を見るたびに、首を絞めてやろうかと思う。

 ……私のバストサイズは60cmだ。

 身体にメスを入れて整形するなんて嫌。

 都市伝説として、悩みを反転させてくれる占い師がいると聞いて、日本中を探した。でも、見つからない。

 そして、目撃情報最後の温泉地の宿。

 ここだけは行きたくなかった。周りの女性に男のような胸を晒すなんて、耐え難い屈辱だった。

 でも背に腹は変えられない。

 家族風呂はなく、露天風呂だけだが、哀れみの視線は覚悟した。

 幸い、知り合いはいない。



「ようこそ、お越しくださいました」

 女将さんが出迎えてくれた。

 荷物を隣りにいた女中が持ってくれた。

「ありがとう」

 営業スマイルで微笑み返してくれたが、なんておっぱいしてるの……。胸囲の格差社会は本当に虚しいわ。

 私が溜め息を漏らしていると、女将が後を託した。

「それでは、うつつさん、お願いしますね」

「はい。こちらにどうぞ」

 通された部屋は四畳半の部屋が二つ。景色はそんなによくない、安い部屋だ。

「荷物、ここに置いておきますね」

「はい。お疲れ様」

「ところであなた、《反転》を願っているようね」

「え⁉ どうしてそれを。あなたが、伝説の占い師さん?」

「う、占い師って、……まあそれはいいわ。あなたの願い、残念だけど叶えられないの」

「どうしてよ。って偽者ね」

「本物よ! ホ・ン・モ・ノ。私を必死に探しているって言うから、ちょっと細工して旅館に来てみたら……」

「なによ。じゃあ私の願い当てごらんなさいよ」

「おっぱい、大きくしたいんでしょ。しかも、綺麗な乳首と形つきで」

「そ、それくらい、この姿を見れば誰だって」

「まだ言ってほしいの? あなたの胸、ホクロだらけでしょ。しかも乳首の周りにいっぱい」

「どうしてそれを」

「まだあるわよ、肋骨が……」

「やめてお願い。もうやめて。うわーん」

 私は泣き出してしまった。



 煎茶を淹れてくれた。

「どう、落ち着いたかしら」

「ぐすん。あんたはいいわよ。そんなおっぱいあるんだから、私の悩みなんて」

「とにかく、無理なのよ。あなたの願いは聞けない」

「どうしてよ」

「弱いのよ、願いが」

「そんな、こんなに願っているのに?」

 鏡華と名乗った女中に化けてた娘は、ツインテールをフルッフルッと振ってから答えた。

「駄目なの。それでも弱いの。だから、諦めなさい」

「何処が行けないの、ねぇ?」

「西園寺さん、あなた、最後は整形に頼ろうとしているでしょ」

「いやよ、メスなんて」

「ごまかしても駄目。あなたは、世界中の優秀な美容整形外科医の情報を集めているわね」

「それは、奥の手で」

「その『奥の手』が駄目なの。どうしようもない、抗いようもない逆境を反転させるのが私の役目。あなたはまだ手がある。しかも確実な」

「ねぇ、お願い、お金ならいくらでも払うから」

「駄目よ。残念だけど。あなたみたいな人、いくらでもいるの。西園寺さんだけだと思わないでよね」

「ねぇ! ……消えた」

 さっきまでいたのに、急に目の前から消えた。まるで、映画のフィルムが切れたみたいに。

 私は夕食もろくに喉が通らず、温泉にも入らず、布団に入った。涙がこぼれた。



「はじめまして。夢野魅苦と申します、魅苦とお呼びください」

「……また巨乳。昼間見た鏡華さんより小さいけれど」

「あら、鏡華さんに会われたんですか? 変ですね。反転を受けているなら、私の目に触れることはないんですが」

「受けてないわよ! 断られたのよ」

「あら」

「何よ、嬉しそうに」

「これは失礼しました。ここは《夢目》の世界です。あなたは人生の分岐点に戻りたいと願っていますね」

「ええ。戻れるなら戻りたいわよ。もう一度思春期に」

「戻れますよ」

「何よ、あっさり。ていうか、鏡華さんのこともご存知ってあなたも占い師?」

「似たようなものですね」

「なんでも良いわ。戻れるなら今すぐ戻して」

「い、一応、注意事項としてですね、チャンスは一度きりでして……、あのお顔が近いですよ」

 気がつくと、ムカつく巨乳と私の胸が当たるほど迫っていた。

「ごめんなさい。私すぐ周りが見えなくなるの」

「一言《巻き戻して》とおっしゃりますか、拒否しますか。……と言うのが流れなんですが。あはは、鏡華さんより激しい方ですね」

「待って。リスクは?」

「急に冷静になられましたね。リスクはありませんよ。あなたの今の記憶をそのまま持ち込めますし」

「本当に? そんな都合のいい話あるのかしら。まあ夢っぽいし、良いわ。《巻き戻して》 ほら、言ったわよ」

「承りました」



「西園寺さん、はいこれ。ナプキンよ」

「誰?」

「はい?」

 周りを見た。

 保健室……。私の身体、なんかやけに小さい。制服じゃなくて子供服来てる。

「西園寺さん、初潮は女の子なら誰しも訪れる普通のことよ」

「いま、初潮っていいました⁉」

「ええ。あなたが泣きながら保健室に来たから、ナプキンを……」

「うっそー、やったー」

「あ、こら、飛び跳ねないで。血が飛び散るから」

 本当に戻れたんだ。

 あの娘、鏡華さんよりいい人じゃないの。

 でもここからが本当の戦いよ。



 とにかく、睡眠時間を大事にした。

 また食事もお菓子ばっかり食べていたのを見直し、三食バランスよく食べるようにした。

 部活はテニス部に入った。

 この頃は部員数も少なく、すごくマイナーだったが、二〇一◯年以降のトッププレイヤーはみんな巨乳だ。因果関係はわからないけれど、可能性があるならかけるまで。

「今しか、豊胸のチャンスはないのよ!」

「おーい、西園寺、うるさいぞ」

 担任の先生の注意なんて知ったことではない。



 ところで、困ったことがあった。

 前は文化系ばっかりだったから目立たなかったけれど、すでに頭角を表してきた美貌に男どもが五月蝿いこと。

 中学はさらにそれが顕著になった。

 胸は、相変わらずだけど、あのときの大失敗のひとつ、似非美容薬品に頼らないようにした。お陰で肌だけは綺麗なままだ。

 日焼け止めも毎日塗った。冬だろうと構わず。

 部活で忙しくなってきたが、今までの生活リズムは絶対に崩さないように努力した。



「西園寺さん……、あのね、その」

「どうしたのですか先輩。私のフォームに何か?」

 先輩が耳打ちした。

「乳首が目立ってるから、ブラしなさい。なんなら一緒に買いに行こうか」

「え?」

 私は胸を観た。

「きゃあああああああん♪」

「な、なに、どうしたの。耳弱かったの⁉」

「い、いえ」

 大きくなってる。本当に大きくなってるわ。

 今までノーブラでも目立つことすら無かったのに。

「西園寺さん、あなた可愛いんだから、女のたしなみもちゃんとしないとね」

「ありがとうございます」

 第二次性徴期って本当に素晴らしいわ。

 私は放課後、文字通り生まれて初めてのブラを先輩と買った。

「ちょっと西園寺さん、泣くほど感動することなの?」

「だってぇ……だってぇ……」

「なんかもらい泣きしちゃうな。私のときは恥ずかしくてそんな気持ちにならなかったけど」



「西園寺さん、放課後あいてるかい」

「おい、木村抜け駆けすんな。ねぇ、西園寺さん、俺と近くで出来たカフェでお茶しない?」

 今までこんなことはなかった。

 胸を見て顔色を落としていく男ばったりだったのに、今じゃモテモテ。

《才色兼備のスポーツ万能、スーパー美少女西園寺 かな恵》と学区を超えて評判になった。



「ねぇ、お母さん」

「なに、どうしたの」

「またスカウトされた」

「また?」

 芸能プロダクションからのスカウトが、毎日のようにやってくるのだ。

 胸もCカップにまで成長した私は、百年に一人の美少女と、まるで深田恭子や小泉今日子みたいな扱いを、週刊誌でされるようになった。

 芸能界に行くのだけは、私個人もいやだった。

 胸の成長が間違いなく止まるし、前の私が歩んできていない道に飛び込むなんてこと、とてもじゃないが怖すぎる。



 志望校にも順当に受かった高校生活、何かが足りないことに気がついた。

「あれ。私、彼氏がいない」

 モテはするが、特定の男の子との付き合いがないのだ。

 過去の私が男絡みでひどい目にあっていたせいで、自分から行く勇気も無かった。

 姿見の私は、自信を持っていい美少女なのに、記憶を引き継いでいるせいで、男の子が怖い。

 かといって、百合に走る気にもなれない。

 高校生ともなれば、性に興味がない女子なんていない。私だってエッチもしたいけど、相手がいない。

「ねえねえ、西園寺さん。楽に稼げる仕事あるんだけど」

「援助でしょ、嫌です」

 私はその全盛期にいたから知ってた。こうやって悪友の誘いに乗って援交して、泣きを見る娘を。バックに暴力団も絡んでいることも、もちろん知ってる。

 でも、彼女たちはその怖さを知らない。

「西園寺さん、あんた、お金困ってんでしょ」

「いいえ。今のままで満足ですから。失礼します!」



 芸能プロダクションも諦めてきた、高校二年生の冬。

 子供が泣いていた。

「どうしたのかしら」

「風船」

「あら、引っかかってるのね」

 背を伸ばして、壁によじ登ってみるが、あと数センチ届かない。

「もうちょい、ああ、胸が邪魔して」えへへ、胸が邪魔♪

「お姉さんー」

「ああ、ごめんなさい。もう少し」

「はいこれ」

 横からすっと手が伸ばされた。

 それを観た時、私の胸は初めてのトキメキを覚えた。

 背が高くてがっしりした、イケメンの男子だ。制服が違う。

「あの、ありがとうございました」

「君も助けようとしてんでしょ……、て、もしかして君、西園寺かな恵さん?」

「はい」

「いやホントに⁉ アイドル雑誌とかで観てて、ひと目見て応援したくなっちゃった。ああ、ごめん、アイドルじゃないんだよね」

「ええ。あれは週刊誌が勝手に」

「そうか。あ、ごめん。変なこと言って。それじゃ」場が居たたまれなくなったのか、彼は帰ろうとした。

「あの!」

「なに!」

「あなただけのアイドルなるってのは、どうですか」

「へ⁉」

 かぁぁぁぁぁぁぁ。

 何言ってんの私。

「ごめん、俺、彼女いるんだ」

「そうですか」やっぱり、こんないい男に女がいないわけ無いか。



 って、諦めきれるものですか!

 私は彼について色々リサーチした。

 そして彼の恋人を見つけた。

「よっしゃ。余裕で勝てるわ」私は思わずガッツポーズを取った。

 こうなったら猪突猛進あるのみよ。

 彼女の前で当てつけるようにアピールを繰り返した。

 絶対に見えないところではやらないようにした。

 そして、彼女から話があると持ちかけられた。

「なんなんですか。アイドルなりそこないのくせに」

「なり損ねじゃないわ。断り続けたのよ。なんだったら芸能プロダクションに電話でもして調べてみなさいな」

「私の京介くんを、……取らないでよ」

「なっ」

 急に泣き始めた。

 私よりもそばかすが多くて、胸も小さいくせに、目の前の彼女は誰よりも可愛く見えた。

 私は白けた。

「分かったわよ。もう近づかないわよ」

「本当なの?」

「ええ」

 ああ、私の初恋が終わっちゃった。



 高校三年生の受験シーズン。

 私は勉強のため図書館に向かった。

「え、渡辺くん」

「西園寺さん、久しぶり」

 背がもっと高くなった初恋の人とばったり出会ってしまった。

「彼女とは、上手くやっているの」

「別れた」

「え⁉」

 図書館なので慌てて口を閉じた。

 そこから出て、近くのカフェに入った。

「別れたって本当なの。それって、私のせいなのかな」

「違うよ。なんかどんどんすれ違っちゃってさ。そのうち、君の笑顔ばかり浮かんでて」

「え……」

 なになになに。このラブコメ展開。スイーツ過ぎて虫歯がっ、あーん、もっと広がって~。

「おかしいよね。今更」

「そんなことないわよ」むしろ、ウェルカムなんですけど。

「あのさ、俺とつ……」

「はい、付き合います! 恋人になります! 私フリーですから」

「は? あはははは、西園寺さんって時々面白いよね」

 こうして私はイケメン彼氏をゲットした。

 《巻き戻って》良かったわー。



「は……」

 付き合って半年。

 彼ったら全然私に手を出してこないんですけど。

 嘘でしょ。ありえないわよ。

 この時期の男子は、溜まって溜まって仕方ないじゃないの?

 こんな美少女が眼の前にいるのよ。

「……ふぅ……」

 一年過ぎた。

 受験だから我慢してたけど、なんで全然手を出さないのかしら。

 同棲までしているんですけど。



 授業が休講になったので、まっすぐ家に帰った。

 玄関に手をかけた時、違う男の人の声が聞こえた。

 友達かしら、とゆっくりとドアを開けたとき、信じられない声が聞こえた。

「あああ、硬いよ」

「おまえのケツ、いい締りだよ」

 は・・・・・・・。

 私はわざとドカドカと音を立ててベッドルームまで走った。

「アンタたち!」

 本当に男同士でやってた。

 しかも、京介が受けって……。

 私はその日のうちに荷物をまとめて出ていった。



「彼氏がホモだったなんて、酷いよ。あんまりよ……。私まだ処女なのよ。こんな理想の女になれたのに、どうして男の人と幸せになれないのかしら」

 不幸は立て続けに起こった。

 母親が癌を宣告、父親は電車に跳ねられた。

 実はこれはすでに知っていた。

 癌についてはなんとか見つけようとしたのだが、半年ごとのがん検診ですら見つけられなかった。電車事故は、以前から免許を勧めていたが叶わなかった。

 それでも、今の私には十分なダメージになった。



 男運のなさは呪いのようについて回った。

 結婚詐欺師に貯金をむしり取られたり、イケメンだと思った男が大改造した顔でしかも国籍が日本じゃなかったり。

 私は理想の身体を手に入れた代わりに、最も孤独で惨めな人生を歩むことになった。

 四十路も見えてきた頃、懐かしい人に出会えた。でも相手は知らないだろう。彼女は《巻き戻る前》に出会った人だ。

 通り過ぎようとした。

「あら、西園寺さん。《巻き戻った》のね」

「鏡華さん……どうして私のことを」

「あなた、魅苦がどんな娘なのかまだ分からないの」

「どういうこと」

「あの娘はね、人が破滅に向かうのを楽しんでいるのよ。傍観者である《貴族》たちとね。今もあなた、観られているわよ」

「嘘よ。だって私」

「理想のおっぱいになれたみたいね。でも、他のものはどうかしら」

「他……」当てはまることが多すぎる。

「ついでにもうひとつ、教えてあげる」

「なに?」

「魅苦ってね、『魅力的な苦しみ』って書くのよ。名はたいを表すって、よく言ったものだわ」

 それを聞いた私は、力が全部抜けて、アスファルトの水たまりに膝をついた。

 もう、何も考えられなくなった。

「あ、あ……」

「だからね、今のあなたになら願いを……。ちょ、ねえ、もしもーし。……駄目。心がもう壊れてるわ……」



――「綺麗ですね。どんな彫刻よりも、生きた人間は何倍も魅力的です」うふふ。「それではまた、逢える刻を」

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